5, 悪夢
5、悪夢
大滝にとって悪夢のような出来事が起きてから、四年近くなる。
思えば地獄のような日々はその日から始まった。それは、ゴールデンウイークの初日だった。
連休はファミリーレストランにとっては、かきいれどきである。大滝は、その日は店舗回りをしようと思いながら、自宅で朝刊を読んでいた。
九時になるのを待つかのように電話が鳴った。
「もしもし・・・・森山です・・・・これから伺いたいのですが・・」友人の森山だった。いつもと違って濁った声だ。それに、どうも他人行儀な物言いである。大滝は不吉な予感を覚えたが、努めて明るく「どうした、なにかあったのか?」と言った。「ウーン、会ってから話させてください」とまたまた他人行儀なことば使いである。
「わかった、うまいコーヒーを入れて待っている」と努めて明るくいった大滝だが、心がざわついた。
そのとき、大滝は3か月ほど前に森山が大滝の会社を訪ねたときのことを思い出した。
森山の会社である材木の卸売業森山商事の連帯保証人になっていた大滝に、光陽銀行の手形割引の枠を増やしたいので保証の印鑑が欲しいといってきたのである。
大滝の森山商事に対して保証している金額は光陽銀行の1億円と下野信用金庫の8千万円に政府系の金融機関である日本経済金融公庫の1千万円を加えて一億九千万円に上っていたはずである。
「当分資金繰りの心配はないと、光陽銀行の保証額を1億3千万円に増額するために保証書を入れ直したとき、言っていたはずではないのか?」そのとき大滝は森山の顔を見据えていった。
「すまない、沢野材木の手形のサイトが3カ月から4カ月に延ばされてしまい、その分手形割引の枠がいっぱいになってしまったもので・・・」と森山は首筋に右手を回した。照れたときや負い目を感じたときのクセである。不渡り手形を出せば倒産である。振出人が倒産すれば受け取った手形はただの紙切れになる。それを銀行で割引していれば即座に返済しなければならない。
「1社に売上が偏ることは危険だぞ。しかも手形だろう、売掛金のほかに売上の四カ月間も面倒見る計算になるだろう」大滝がすかさずいった。
「うん、わかっているがほかの受注が軒並み落ち込んでいるので、つい・・・。それに、卸売にしては粗利率も悪くないし・・」
その時大滝は、価格に厳しくない取引先こそ要注意だぞ!と言おうとしたが言いそびれてしまった。
1度保証をするとその後の保証を拒んで、倒産でもされたら大変だと思うからつい、いいなりになってしまうものである。
本来手形割引は銀行が、信用調査をしてその手形を買い取って振出人の支払期日までの利息を割引料として取るのだと聞いているが、実際のところリスクは割引した会社が負わなければならない仕組みになっている。それは、割り引いた会社の連帯保証人のリスクにもなる。
森山商事はもともと地元の木造建築の工務店や大工さん相手に堅実な商売をしていたが、最近になって売上高の上がる埼玉県の同業者への卸売や仙台営業所をとおして宮城県と福島県の建築業者などに販売していたのである。宇都宮にある規模の大きい東洋建材の経営する材木市場で競り落とす商品はそれでも利益が出ていたのである。
玄関のチャイムが鳴った。森山の会社兼自宅から20分もあれば着くはずである。妻の京香は東京の妹の家に泊まりがけで出かけていた。長男の清志と次男の厚志は、東京の下宿とアパートからそれぞれ大学へ通っている。
二人ともゴールデンウイークは、アルバイトが忙しいと聞いていた。
玄関を開けると森山薫が立っていた。日頃おしゃれな彼にしては、無精ひげを生やしていた。ひどく疲れているようだ。
いつもの外車と違い、トラックで来た。
森山の自慢は、ゴルフのシングルプレイヤーであることと、常に外車を買い換えていたことである。
「入れよ」大滝は胸騒ぎを抑えながら招き入れた。
森山は「休みのところすいません」森山はぺこりと頭を下げた。そして、応接間に入るやいなや「実は大変なことが起きてしまって・・・」とうつむきながら言った。
「どうした?」
「不渡りをくってしまった」森山は初めて大滝の顔を正視して言った。
「沢野材木か?」すかさず大滝は聞いた。
「はい」
「いくらだ」
「650万円です」
「期日は?」
「4月20日です」
「なぜ、今日まで言わなかった?」
「すいません、沢野社長と連絡がとれなくて、会社、自宅、社長の実家、それに静岡の奥さんの実家などを探していたので・・・・、それに、何とか金を集めなければならないと思って金策を・・・・」
「それで?結果は?」大滝は、努めて冷静に聞いた。
「沢野社長は雲隠れしていて、どこにいるかわからない。私も親戚などへ金策に歩いたが思うようにいかなくて・・・」図体の大きい森山が消えいりそうな声で答える。
「沢野の手形で期日のきてないのはいくらだ」
「約3千万円ある」
「みんな割っているのか」大滝は聞きながら、途方もなく暗い闇の中へ突き落される自分を感じた。
「全部割り引いている。2千5百万円が光陽銀行で、残りが下野信用金庫で」森山は消え入りそうな声で言った。
「沢野の在庫は?」
「めぼしいものはなにもなかった」
おそらくは、計画的な夜逃げであろう。
「銀行は、すぐ割引した手形を買い戻せと言ってくるはずだ」
「もう、連日催促の電話がきています」
「金の集まる見込みはあるのか?」大滝は、恐れと怒りを抑えながら聞いた。
「それが・・・」森山は言葉を濁してうつむくばかりであった。
大滝は、森山に金の都合ができれば、これほど落ち込んだ様子でやってくるはずがないことを承知の上で聞いたのである。儀式に過ぎないと思いながらも、聞くべきことは、聞かなければならないむなしさを感じていた。
いまさらいっても始まらないが、当初大滝がした保証は、中小企業政策銀行の1千万円と、光陽銀行の2千万円であった。
しかし、その後フロンティアが1千5百万円ほどの設備資金を借りるとき、自分が保証している気安さから森山に保証してもらったことがきっかけになって、森山商事に対する保証額もずるずると増えてしまったのである。大滝は、自分の甘さが招いた結果であることを、痛切に感じていた。
大滝が森山商事に対して保証している金額は少なくとも2億5千万円にはなっているはずである。
これから先どんなことが起きるのか。にわかには思い浮かばないが、大滝自身にも危機が訪れていたことは確かである。
重い沈黙の後、大滝は、起きてしまったことはどうしようもない。いま、大切なことは、降りかかる火の粉をどう振り払うかということだ、今すぐにでも損害を最小限にくい止めるための行動を起こさなければならない。重い頭をフル回転させているつもりだが、うまく回らない。
「とにかく、会社の状況を数字で把握したい。誰かに大至急決算書を届けさせてくれ」
返事もせずに森山は、いそいそとカバンの中から、決算書を取り出したのである。
森山は、そういわれることを読んでいたようだ。このとき大滝は、森山はすでに倒産を覚悟しているのかも知れないと思った。
昨年三月期の決算書はかろうじてバランスはとれているものの、沢野木材の不渡り手形の3千6百50万円と売掛金9百50万円の回収不能金、合計4千5百50万円を計算に入れれば、ただちに債務超過になる財務内容である。
債務超過とは負債が資産を上回ることをいう。別な言い方をすれば、資産のすべてが帳簿価格で売れたとしても負債を全部は返せない状態のことである。
得意先の顔ぶれを見ても、売上高を大きくは見込めそうもないところばかりである。森山商事の売り上げを支えてきた沢野木材の倒産は、森山商事の息の根を止めたと言える。大滝はこの時点で森山商事の再建は不可能だと判断した。
森山が帰った後大滝は、友人である弁護士の横田輝夫へ電話を入れて事情を説明し、その日の午後には作戦会議を開くことになった。
横田のほかに参加したのは、フロンティアの経理部長宇梶とその部下2人である。
森山商事の直近の決算書に加え、試算表と現時点の売掛金の明細をつかむため、得意先元帳から一覧表をつくらせる。
一方1人に週明けに登記所に行き商業登記簿謄本、印鑑証明書、会社と加藤個人の不動産登記簿謄本、市役所で森山個人の印鑑証明書と資産証明書を取るように命じた。
これらの書類のすべては、会社や個人の実態を把握するためにも、自己破産の申し立てをするためにも必要だという。
森山は、大滝に会社の会計に関する書類の一切と、印鑑証明カード、実印にいたるまで預けた。言わばまな板の上の鯉とはこのことである。大滝は、苦しみぬいた経営者がこの時点で、ある種の諦観をすることを後々知ることになるのである。
今にして思えば森山の表情は悔しいというより、むしろさばさばしたように思えた。肩の荷を下ろしてほっとしていたのかもしれない。人知れず資金繰りに苦労してきたのであろう。
宇梶をはじめ社員は最初のうちは何事かとばかり、緊張感が先立って動きが鈍かったが、事情が呑み込めるにしたがい、大滝の思うように動いてくれるようになっていた。
時間はあまりない。森山商事が振り出している、次の手形の期日は5月20日の3百50万円で、その後が5月31日の2千5百万円である。
大滝は、迷わず森山商事の所在地の土地と事務所兼自宅と倉庫を大滝の名義に変える手続きから始めた。最初は詐害行為の疑いを持たれることを心配したが、光陽銀行の抵当権が付いているので資産価値がないに等しいのでそれは杞憂に過ぎなかった。いずれ担保権者である光陽銀行の了解を得て任意売買ができる可能性がある。
もし、競売ということになっても、常に状況を把握できる立場にいれば、知り合いに落札させることもできるとふんだのである。
ついで、森山商事の売掛金を大滝に譲渡させたのである。回収に手間取ることは想像できたが、中にはすぐ払ってくれそうな会社もありそうだ。
しかし、こうなったからには、森山商事は自分の手で整理するしかない。大滝は覚悟を決めた。保証債務を弁済する覚悟があるいじょう最大の債権者になるはずだ。自分で納得のいく整理をしなければ、あとあと後悔するという思いがあったからである。
その後、大滝の一連の行動は早かった。
連休の明けた日から5日目、大滝は金融債権を除けば、つぎに大きい債権者である東洋建材に乗り込んだ。
社長は出張中で、専務の吉田と名乗る男が応対した。大滝は、森山から金融機関からの出向であると聞いていた男である。歳のころ60歳前後と思われるいかにも金融マン上がりの人物に見える。
大滝は開口一番「森山商事の森山社長からの通知を預かってまいりました。森山商事は、お客の欲しい商品が御社から入らなくなったのでやむなく休業するそうです。ついては、御社の債権の保全のため御社が納入した、森山商事の在庫を返品したいので引き取ってほしいとのことです」大滝は、自分を落ち着かせるように、ゆっくり話をしながら用意してきた森山商事の文書を渡した。
「森山社長はどちらにいるのです?」吉田は驚きを隠せない様子で、大滝の差し出した名刺をまじまじと見つめながら言った。
「体調を崩して、これから病院に入るそうです」
「どちらの病院ですか」
「さあ、そこまでは聞いておりません」
大滝は、気の弱い森山社長は郡山の親戚へ身を寄せていることや、会社の整理が、一段落するまでは帰ってこないことになっていることを知りながらも、そう言った。
話をしながら大滝は、自分と比べて気楽な森山をうらやむ気持ちがある一方事業家としての役目の終わる彼が哀れに思えた。もう二度と立ち直ることはできないであろう。
「実は、先月の中頃に森山社長から、資金繰りがきついので、手形をジャンプしてほしいとの要請がありました。当社としては森山商事様とは長いお取引ですし、不渡りでも出されたら困りますので、何とかしたいとは思いました。しかし、あいにく、すでに銀行割引しておりまして、手形は手元にはなかったためお断りせざるを得ませんでした。そこで当社としても、債権保全のために、2番抵当でもよいから、担保物件を出して頂くか、保証人を立てて頂ければ金額によってはご用立てできると申しあげたのです」
手形のジャンプとは、支払期日の引き延ばすことであるが、これを依頼した会社の信用は著しく損なわれるからふつうはできるものではない。
「それで?」
「そのとき森山社長は、考えて後日連絡するとのことでしたが、その後連絡がないので、心配していたところです」
「それで出荷を止めたのですね?」
大滝は得意先からの注文に対して、品物が揃わず営業に支障をきたしていると森山が言っていたことを思い出していった。
「ええ、まあ・・・」吉田は歯切れの悪い返事をした。
「それでは、返品の件はご承知頂けますね。そのとき、私が立ち会わせて頂くための委任状は預かっております」
「当社で納めさせて頂いた商品は早速引き揚げさせて頂きます。しかし、在庫をあたったうえで、計算しなければ何とも言えませんが、おそらくは、私どもの売掛金が残ると思います。それは、どのようにして・・・」
「それは、私には何ともいえません。これは、仮定の話ですが、森山商事が自己破産の手続きに入った後では、おたくの、債権は膨大になってしまいます。さしでがましいようですがいまは、一刻も早く在庫を引き上げることが先決ではないのですか」
大滝は、自分が在庫を処分して債権回収に回してしまうことも一時は考えたが、大口債権者の東洋建材を敵に回すと大ごとになってしまうと考え思いとどまったのである。
「森山商事さんの持つ売掛金はどうなるのですか」
育ちの良さそうな顔に似合わず吉田は、眼をしばたたかせながら粘っこいことを言う。
「森山商事の売掛金は保証債権者であるわたしに債権譲渡されました。つまり、現在の売掛金はゼロです」大滝は毅然と言い放った。そして昨日郵便局から届いたばかりの、森山商事から大滝にあてた、内容証明付きの債権譲渡書の束を見せたのである。
「それは、詐害行為にならないのですか?」
「いや、森山社長自身は、まだ会社の継続をあきらめていないようです。なにせ会社は、まだ生きています」
「でも、在庫もなし、運転資金である売掛金もなしでは、立ち直るのは無理でしょう」
「無理かどうかは、やってみなければ分からないでしょう。なんでも、森山社長は金融負債をリスケジュールし、社員を減らし規模を縮小して、現金仕入れ、現金販売で、こつこつやっていきたい。と言っていました」大滝は、そんなことは、無理だと思いながらも、平然と言ってのけた。
詐害行為とは、債務者が、債務の弁済にあてるための財産を故意に減らすことや、債権者を害することと知りながら悪意の財産を減少させる行為のことをいう。
しかし、債務者が、会社の存続のために行う行為は、通常の取引と同じである。つまり、会社存続の意思があるかないかは、債務者本人にしか預かり知らないことである。つまり、その時点で経営者が、会社を経営していく意志があるかないかの問題なのである。
森山社長は、最後まで会社の存続を考えて行動をする。その結果として刀折れ、矢尽きて倒産した、ということになるであろう。それは、それで仕方のないことだ。
大滝の描いた筋書きが、後で疑われることのないよう、森山社長は他の債権者に対しての発言は、慎重のうえにも、慎重でなければならない。理想的な「慎重さ」で沈黙に勝るものはない。そして、沈黙を保証できるのは「不在」以外にはない。だから、病気で入院
したことにして身を隠したのである。
大滝は弁護士の横田から詐害行為に関する知識を得たうえで、自分なりに立てた作戦を実行に移していたのである。
大滝が考えていたことは、他の債権者は利害関係でいえば敵である。敵を欺くことに躊躇してはいけない。ウソもつき通せれば、本当になるかもしれない。たとえ法的に疑わしいことがあったとしても、違法と断定されない限りは、実行に移すまでである。大滝は、まったく後ろめたさを感じないわけではなかった。しかし、なによりも、詐害行為は刑事事件にはならない。つまり、民事の問題であることが大滝を勇気づけていることは、間違いないようだ。
とはいえ、底知れぬ不安と恐怖がないわけではなかった。
いますぐ会社を倒産させたほうがどんなにか楽であろうか、とも考えた。しかし、ここでうろたえてはいけない。自分を信じて不利な戦いを強いられながらも頑張っているフロンティアの社員や、取引先に与える迷惑を考えて自分を叱咤激励した。そしてなによりも眼に浮かぶ妻や子供たちの姿が挫けそうな心に鞭を打った。
森山商事が振り出していた、つぎの支払手形の支払期日5月20日がきた。大滝は、その手形3百50万を自分の金で落とした。
受取人であり、その手形を銀行割引していた東洋建材をはじめ銀行など周囲は、不渡り手形をつかまされて夜逃げしたといううわさでもちきりの森山が手形を落としたので、少なからず戸惑いを見せたようだ。大滝にしてみればつぎの支払手形の期日である5月31日までの時間を350万円で買い取ったことになる。
在庫を引き揚げられたうえ、社長もいなくなった段階でも、手形を不渡りにするまでは、森山商事に対して誰も手を出すことはできないはずである。
大滝の手によって森山商事名義のゴルフ場会員権や森山の乗っていた外車など資産の処分や債権債務の整理が内々に進んだ。森山商事の資産の処分が、破産申し立ての間際であると、管財人などに知れると問題があることを聞いてはいたがダメモトである。
そのときは、処分したお金は人件費や会社整理のために使ってしまったというしかない。事実数名いた社員も森山の親せき筋の1人を残して全員解雇し、5月分の給与と1カ月分の解雇予告手当に心ばかりの退職慰労金を加えて支給した。雇用保険の支給についての手続きは社会保険労務士に依頼した。
一連の処理は5月26日には終了した。
森山商事が横田弁護士を代理人として自己破産の申し立てを行ったのは、支払手形2千5百万円の支払期日の1日まえの5月29日のことである。
その後森山商事の整理は順調に進んだ。法人であり、不動産もあるので管財事件である。官財事件は裁判所が指名した弁護士が管財人となるのがふつうである。
森山商事や森山個人の不動産である会社兼自宅は、大滝の名義になっても担保がついている。土地と倉庫が会社で建物は個人のものである。その担保を解くための借金を大滝が払える状態ではない。一般的に残された道は競売しかない。
光陽銀行が森山商事の資産の競売の申請を宇都宮裁判所に対して行った。
しかし、森山商事の近くに住むアパートを経営している磯田という男が欲しがっていた物件であることを知った大滝は、本人の意思を確認したうえで、すぐさま破産管財人を訪れて競売申し立ての取り下げを申し入れた。
裁判所から大森商事の破産管財人に選任されていた弁護士は、競売価格よりは任意売買のほうが価格の面で有利なことは容易に判断できるので、取り下げの決定を裁判所に依頼し許可されたのである。 破産管財人は破産財団の財産の管理や処分を裁判所に対し許可を得やすい立場にある。
大滝の名義になっていた森山商事と森山薫の不動産は予定通り磯田に譲渡することができたが、競売取り下げに必要な約五パーセントの費用は名義人であり債務者の大滝が負担せざるを得なかった。
不動産の売却金は光陽銀行の負債に充当され、大滝の保証債務は減額された。
思いのほか時間がかかったのは、森山商事から譲渡された売掛債権の回収である。大滝は債務者それぞれの事情や性格により対応がこうも違うものかと驚いた。
ある建設会社の社長は「いろいろ大変だったようですね森山社長によろしくいってください」と言って即座に売掛代金65万円全額の小切手を切ってくれた。
また、ある大工は「森山さんには長い間お世話になりました。これから、どこへ注文したらいいのか考えているところです」と言ってしわだらけの札の混じった30万円を渡してくれた。
そして、こんな工務店の社長もいた「払いたいけど、いまは金がない、またそのうち、電話してから来てください」
「およそ、いつ頃になりますか」
「それが、いつとはいえません」と、こんな具合である。
そのほか「返品したいものがある、今度来る時までに用意しておくから引き取って欲しい、お金はその時清算したい」という大工。
また、不良品があったのでその分値引きをして欲しいという建設会社の担当者。
「私は森山商事から買ったのであって、貴方から買ったわけではないから払えない。森山商事さんには、いつでも払う」こんなことをまくしたてた工務店の社長もいた。大滝が「あなたが森山さんに払うと二重に払うことになりますよ、森山さんは、もうあなたに債権はないのです。森山さんにお支払いになっても私は、あなたに対して永久に請求させて頂きます」と大滝が言うと「今金がないから手形にしてくれ」としぶしぶ60日先の約束手形を振り出したものである。
「いま、私どもも大変なので、10回くらいの分割払いにしていただけないでしょうか、必ず毎月振り込みます」というこちらが気の毒に思う大工さんもいた。
そして、こんな工務店の社長がいた「昔のつけをいまさら請求されても困ります」
「だいぶ古い売掛金のようですし金額も30万円くらいですから何とか支払ってください」
「あなた商業取引の時効を知っていますか」
「はい、5年間と聞いていますが・・・」
「もう5年以上経っているから時効です」
知ってはいたがこうもしゃあしゃあといえる御仁もたいしたものだと感心したというより呆れ果てたものである。
困ったのは仙台方面の債権である。遠いうえに場所がばらばらである。アポを取っていったにもかかわらず不在の人もいる。
それでなくてもやるべきことは山ほどある大滝である。かなりの売掛金が未回収のままである。
債務者の対応をみると実にさまざまであった。一部を除いて相手に対する思いやりのある会社は会社の内容もよいことがうかがい知れた5、悪夢
大滝にとって悪夢のような出来事が起きてから、四年近くなる。
思えば地獄のような日々はその日から始まった。それは、ゴールデンウイークの初日だった。
連休はファミリーレストランにとっては、かきいれどきである。大滝は、その日は店舗回りをしようと思いながら、自宅で朝刊を読んでいた。
九時になるのを待つかのように電話が鳴った。
「もしもし・・・・森山です・・・・これから伺いたいのですが・・」友人の森山だった。いつもと違って濁った声だ。それに、どうも他人行儀な物言いである。大滝は不吉な予感を覚えたが、努めて明るく「どうした、なにかあったのか?」と言った。「ウーン、会ってから話させてください」とまたまた他人行儀なことば使いである。
「わかった、うまいコーヒーを入れて待っている」と努めて明るくいった大滝だが、心がざわついた。
そのとき、大滝は3か月ほど前に森山が大滝の会社を訪ねたときのことを思い出した。
森山の会社である材木の卸売業森山商事の連帯保証人になっていた大滝に、光陽銀行の手形割引の枠を増やしたいので保証の印鑑が欲しいといってきたのである。
大滝の森山商事に対して保証している金額は光陽銀行の1億円と下野信用金庫の8千万円に政府系の金融機関である日本経済金融公庫の1千万円を加えて一億九千万円に上っていたはずである。
「当分資金繰りの心配はないと、光陽銀行の保証額を1億3千万円に増額するために保証書を入れ直したとき、言っていたはずではないのか?」そのとき大滝は森山の顔を見据えていった。
「すまない、沢野材木の手形のサイトが3カ月から4カ月に延ばされてしまい、その分手形割引の枠がいっぱいになってしまったもので・・・」と森山は首筋に右手を回した。照れたときや負い目を感じたときのクセである。不渡り手形を出せば倒産である。振出人が倒産すれば受け取った手形はただの紙切れになる。それを銀行で割引していれば即座に返済しなければならない。
「1社に売上が偏ることは危険だぞ。しかも手形だろう、売掛金のほかに売上の四カ月間も面倒見る計算になるだろう」大滝がすかさずいった。
「うん、わかっているがほかの受注が軒並み落ち込んでいるので、つい・・・。それに、卸売にしては粗利率も悪くないし・・」
その時大滝は、価格に厳しくない取引先こそ要注意だぞ!と言おうとしたが言いそびれてしまった。
1度保証をするとその後の保証を拒んで、倒産でもされたら大変だと思うからつい、いいなりになってしまうものである。
本来手形割引は銀行が、信用調査をしてその手形を買い取って振出人の支払期日までの利息を割引料として取るのだと聞いているが、実際のところリスクは割引した会社が負わなければならない仕組みになっている。それは、割り引いた会社の連帯保証人のリスクにもなる。
森山商事はもともと地元の木造建築の工務店や大工さん相手に堅実な商売をしていたが、最近になって売上高の上がる埼玉県の同業者への卸売や仙台営業所をとおして宮城県と福島県の建築業者などに販売していたのである。宇都宮にある規模の大きい東洋建材の経営する材木市場で競り落とす商品はそれでも利益が出ていたのである。
玄関のチャイムが鳴った。森山の会社兼自宅から20分もあれば着くはずである。妻の京香は東京の妹の家に泊まりがけで出かけていた。長男の清志と次男の厚志は、東京の下宿とアパートからそれぞれ大学へ通っている。
二人ともゴールデンウイークは、アルバイトが忙しいと聞いていた。
玄関を開けると森山薫が立っていた。日頃おしゃれな彼にしては、無精ひげを生やしていた。ひどく疲れているようだ。
いつもの外車と違い、トラックで来た。
森山の自慢は、ゴルフのシングルプレイヤーであることと、常に外車を買い換えていたことである。
「入れよ」大滝は胸騒ぎを抑えながら招き入れた。
森山は「休みのところすいません」森山はぺこりと頭を下げた。そして、応接間に入るやいなや「実は大変なことが起きてしまって・・・」とうつむきながら言った。
「どうした?」
「不渡りをくってしまった」森山は初めて大滝の顔を正視して言った。
「沢野材木か?」すかさず大滝は聞いた。
「はい」
「いくらだ」
「650万円です」
「期日は?」
「4月20日です」
「なぜ、今日まで言わなかった?」
「すいません、沢野社長と連絡がとれなくて、会社、自宅、社長の実家、それに静岡の奥さんの実家などを探していたので・・・・、それに、何とか金を集めなければならないと思って金策を・・・・」
「それで?結果は?」大滝は、努めて冷静に聞いた。
「沢野社長は雲隠れしていて、どこにいるかわからない。私も親戚などへ金策に歩いたが思うようにいかなくて・・・」図体の大きい森山が消えいりそうな声で答える。
「沢野の手形で期日のきてないのはいくらだ」
「約3千万円ある」
「みんな割っているのか」大滝は聞きながら、途方もなく暗い闇の中へ突き落される自分を感じた。
「全部割り引いている。2千5百万円が光陽銀行で、残りが下野信用金庫で」森山は消え入りそうな声で言った。
「沢野の在庫は?」
「めぼしいものはなにもなかった」
おそらくは、計画的な夜逃げであろう。
「銀行は、すぐ割引した手形を買い戻せと言ってくるはずだ」
「もう、連日催促の電話がきています」
「金の集まる見込みはあるのか?」大滝は、恐れと怒りを抑えながら聞いた。
「それが・・・」森山は言葉を濁してうつむくばかりであった。
大滝は、森山に金の都合ができれば、これほど落ち込んだ様子でやってくるはずがないことを承知の上で聞いたのである。儀式に過ぎないと思いながらも、聞くべきことは、聞かなければならないむなしさを感じていた。
いまさらいっても始まらないが、当初大滝がした保証は、中小企業政策銀行の1千万円と、光陽銀行の2千万円であった。
しかし、その後フロンティアが1千5百万円ほどの設備資金を借りるとき、自分が保証している気安さから森山に保証してもらったことがきっかけになって、森山商事に対する保証額もずるずると増えてしまったのである。大滝は、自分の甘さが招いた結果であることを、痛切に感じていた。
大滝が森山商事に対して保証している金額は少なくとも2億5千万円にはなっているはずである。
これから先どんなことが起きるのか。にわかには思い浮かばないが、大滝自身にも危機が訪れていたことは確かである。
重い沈黙の後、大滝は、起きてしまったことはどうしようもない。いま、大切なことは、降りかかる火の粉をどう振り払うかということだ、今すぐにでも損害を最小限にくい止めるための行動を起こさなければならない。重い頭をフル回転させているつもりだが、うまく回らない。
「とにかく、会社の状況を数字で把握したい。誰かに大至急決算書を届けさせてくれ」
返事もせずに森山は、いそいそとカバンの中から、決算書を取り出したのである。
森山は、そういわれることを読んでいたようだ。このとき大滝は、森山はすでに倒産を覚悟しているのかも知れないと思った。
昨年三月期の決算書はかろうじてバランスはとれているものの、沢野木材の不渡り手形の3千6百50万円と売掛金9百50万円の回収不能金、合計4千5百50万円を計算に入れれば、ただちに債務超過になる財務内容である。
債務超過とは負債が資産を上回ることをいう。別な言い方をすれば、資産のすべてが帳簿価格で売れたとしても負債を全部は返せない状態のことである。
得意先の顔ぶれを見ても、売上高を大きくは見込めそうもないところばかりである。森山商事の売り上げを支えてきた沢野木材の倒産は、森山商事の息の根を止めたと言える。大滝はこの時点で森山商事の再建は不可能だと判断した。
森山が帰った後大滝は、友人である弁護士の横田輝夫へ電話を入れて事情を説明し、その日の午後には作戦会議を開くことになった。
横田のほかに参加したのは、フロンティアの経理部長宇梶とその部下2人である。
森山商事の直近の決算書に加え、試算表と現時点の売掛金の明細をつかむため、得意先元帳から一覧表をつくらせる。
一方1人に週明けに登記所に行き商業登記簿謄本、印鑑証明書、会社と加藤個人の不動産登記簿謄本、市役所で森山個人の印鑑証明書と資産証明書を取るように命じた。
これらの書類のすべては、会社や個人の実態を把握するためにも、自己破産の申し立てをするためにも必要だという。
森山は、大滝に会社の会計に関する書類の一切と、印鑑証明カード、実印にいたるまで預けた。言わばまな板の上の鯉とはこのことである。大滝は、苦しみぬいた経営者がこの時点で、ある種の諦観をすることを後々知ることになるのである。
今にして思えば森山の表情は悔しいというより、むしろさばさばしたように思えた。肩の荷を下ろしてほっとしていたのかもしれない。人知れず資金繰りに苦労してきたのであろう。
宇梶をはじめ社員は最初のうちは何事かとばかり、緊張感が先立って動きが鈍かったが、事情が呑み込めるにしたがい、大滝の思うように動いてくれるようになっていた。
時間はあまりない。森山商事が振り出している、次の手形の期日は5月20日の3百50万円で、その後が5月31日の2千5百万円である。
大滝は、迷わず森山商事の所在地の土地と事務所兼自宅と倉庫を大滝の名義に変える手続きから始めた。最初は詐害行為の疑いを持たれることを心配したが、光陽銀行の抵当権が付いているので資産価値がないに等しいのでそれは杞憂に過ぎなかった。いずれ担保権者である光陽銀行の了解を得て任意売買ができる可能性がある。
もし、競売ということになっても、常に状況を把握できる立場にいれば、知り合いに落札させることもできるとふんだのである。
ついで、森山商事の売掛金を大滝に譲渡させたのである。回収に手間取ることは想像できたが、中にはすぐ払ってくれそうな会社もありそうだ。
しかし、こうなったからには、森山商事は自分の手で整理するしかない。大滝は覚悟を決めた。保証債務を弁済する覚悟があるいじょう最大の債権者になるはずだ。自分で納得のいく整理をしなければ、あとあと後悔するという思いがあったからである。
その後、大滝の一連の行動は早かった。
連休の明けた日から5日目、大滝は金融債権を除けば、つぎに大きい債権者である東洋建材に乗り込んだ。
社長は出張中で、専務の吉田と名乗る男が応対した。大滝は、森山から金融機関からの出向であると聞いていた男である。歳のころ60歳前後と思われるいかにも金融マン上がりの人物に見える。
大滝は開口一番「森山商事の森山社長からの通知を預かってまいりました。森山商事は、お客の欲しい商品が御社から入らなくなったのでやむなく休業するそうです。ついては、御社の債権の保全のため御社が納入した、森山商事の在庫を返品したいので引き取ってほしいとのことです」大滝は、自分を落ち着かせるように、ゆっくり話をしながら用意してきた森山商事の文書を渡した。
「森山社長はどちらにいるのです?」吉田は驚きを隠せない様子で、大滝の差し出した名刺をまじまじと見つめながら言った。
「体調を崩して、これから病院に入るそうです」
「どちらの病院ですか」
「さあ、そこまでは聞いておりません」
大滝は、気の弱い森山社長は郡山の親戚へ身を寄せていることや、会社の整理が、一段落するまでは帰ってこないことになっていることを知りながらも、そう言った。
話をしながら大滝は、自分と比べて気楽な森山をうらやむ気持ちがある一方事業家としての役目の終わる彼が哀れに思えた。もう二度と立ち直ることはできないであろう。
「実は、先月の中頃に森山社長から、資金繰りがきついので、手形をジャンプしてほしいとの要請がありました。当社としては森山商事様とは長いお取引ですし、不渡りでも出されたら困りますので、何とかしたいとは思いました。しかし、あいにく、すでに銀行割引しておりまして、手形は手元にはなかったためお断りせざるを得ませんでした。そこで当社としても、債権保全のために、2番抵当でもよいから、担保物件を出して頂くか、保証人を立てて頂ければ金額によってはご用立てできると申しあげたのです」
手形のジャンプとは、支払期日の引き延ばすことであるが、これを依頼した会社の信用は著しく損なわれるからふつうはできるものではない。
「それで?」
「そのとき森山社長は、考えて後日連絡するとのことでしたが、その後連絡がないので、心配していたところです」
「それで出荷を止めたのですね?」
大滝は得意先からの注文に対して、品物が揃わず営業に支障をきたしていると森山が言っていたことを思い出していった。
「ええ、まあ・・・」吉田は歯切れの悪い返事をした。
「それでは、返品の件はご承知頂けますね。そのとき、私が立ち会わせて頂くための委任状は預かっております」
「当社で納めさせて頂いた商品は早速引き揚げさせて頂きます。しかし、在庫をあたったうえで、計算しなければ何とも言えませんが、おそらくは、私どもの売掛金が残ると思います。それは、どのようにして・・・」
「それは、私には何ともいえません。これは、仮定の話ですが、森山商事が自己破産の手続きに入った後では、おたくの、債権は膨大になってしまいます。さしでがましいようですがいまは、一刻も早く在庫を引き上げることが先決ではないのですか」
大滝は、自分が在庫を処分して債権回収に回してしまうことも一時は考えたが、大口債権者の東洋建材を敵に回すと大ごとになってしまうと考え思いとどまったのである。
「森山商事さんの持つ売掛金はどうなるのですか」
育ちの良さそうな顔に似合わず吉田は、眼をしばたたかせながら粘っこいことを言う。
「森山商事の売掛金は保証債権者であるわたしに債権譲渡されました。つまり、現在の売掛金はゼロです」大滝は毅然と言い放った。そして昨日郵便局から届いたばかりの、森山商事から大滝にあてた、内容証明付きの債権譲渡書の束を見せたのである。
「それは、詐害行為にならないのですか?」
「いや、森山社長自身は、まだ会社の継続をあきらめていないようです。なにせ会社は、まだ生きています」
「でも、在庫もなし、運転資金である売掛金もなしでは、立ち直るのは無理でしょう」
「無理かどうかは、やってみなければ分からないでしょう。なんでも、森山社長は金融負債をリスケジュールし、社員を減らし規模を縮小して、現金仕入れ、現金販売で、こつこつやっていきたい。と言っていました」大滝は、そんなことは、無理だと思いながらも、平然と言ってのけた。
詐害行為とは、債務者が、債務の弁済にあてるための財産を故意に減らすことや、債権者を害することと知りながら悪意の財産を減少させる行為のことをいう。
しかし、債務者が、会社の存続のために行う行為は、通常の取引と同じである。つまり、会社存続の意思があるかないかは、債務者本人にしか預かり知らないことである。つまり、その時点で経営者が、会社を経営していく意志があるかないかの問題なのである。
森山社長は、最後まで会社の存続を考えて行動をする。その結果として刀折れ、矢尽きて倒産した、ということになるであろう。それは、それで仕方のないことだ。
大滝の描いた筋書きが、後で疑われることのないよう、森山社長は他の債権者に対しての発言は、慎重のうえにも、慎重でなければならない。理想的な「慎重さ」で沈黙に勝るものはない。そして、沈黙を保証できるのは「不在」以外にはない。だから、病気で入院
したことにして身を隠したのである。
大滝は弁護士の横田から詐害行為に関する知識を得たうえで、自分なりに立てた作戦を実行に移していたのである。
大滝が考えていたことは、他の債権者は利害関係でいえば敵である。敵を欺くことに躊躇してはいけない。ウソもつき通せれば、本当になるかもしれない。たとえ法的に疑わしいことがあったとしても、違法と断定されない限りは、実行に移すまでである。大滝は、まったく後ろめたさを感じないわけではなかった。しかし、なによりも、詐害行為は刑事事件にはならない。つまり、民事の問題であることが大滝を勇気づけていることは、間違いないようだ。
とはいえ、底知れぬ不安と恐怖がないわけではなかった。
いますぐ会社を倒産させたほうがどんなにか楽であろうか、とも考えた。しかし、ここでうろたえてはいけない。自分を信じて不利な戦いを強いられながらも頑張っているフロンティアの社員や、取引先に与える迷惑を考えて自分を叱咤激励した。そしてなによりも眼に浮かぶ妻や子供たちの姿が挫けそうな心に鞭を打った。
森山商事が振り出していた、つぎの支払手形の支払期日5月20日がきた。大滝は、その手形3百50万を自分の金で落とした。
受取人であり、その手形を銀行割引していた東洋建材をはじめ銀行など周囲は、不渡り手形をつかまされて夜逃げしたといううわさでもちきりの森山が手形を落としたので、少なからず戸惑いを見せたようだ。大滝にしてみればつぎの支払手形の期日である5月31日までの時間を350万円で買い取ったことになる。
在庫を引き揚げられたうえ、社長もいなくなった段階でも、手形を不渡りにするまでは、森山商事に対して誰も手を出すことはできないはずである。
大滝の手によって森山商事名義のゴルフ場会員権や森山の乗っていた外車など資産の処分や債権債務の整理が内々に進んだ。森山商事の資産の処分が、破産申し立ての間際であると、管財人などに知れると問題があることを聞いてはいたがダメモトである。
そのときは、処分したお金は人件費や会社整理のために使ってしまったというしかない。事実数名いた社員も森山の親せき筋の1人を残して全員解雇し、5月分の給与と1カ月分の解雇予告手当に心ばかりの退職慰労金を加えて支給した。雇用保険の支給についての手続きは社会保険労務士に依頼した。
一連の処理は5月26日には終了した。
森山商事が横田弁護士を代理人として自己破産の申し立てを行ったのは、支払手形2千5百万円の支払期日の1日まえの5月29日のことである。
その後森山商事の整理は順調に進んだ。法人であり、不動産もあるので管財事件である。官財事件は裁判所が指名した弁護士が管財人となるのがふつうである。
森山商事や森山個人の不動産である会社兼自宅は、大滝の名義になっても担保がついている。土地と倉庫が会社で建物は個人のものである。その担保を解くための借金を大滝が払える状態ではない。一般的に残された道は競売しかない。
光陽銀行が森山商事の資産の競売の申請を宇都宮裁判所に対して行った。
しかし、森山商事の近くに住むアパートを経営している磯田という男が欲しがっていた物件であることを知った大滝は、本人の意思を確認したうえで、すぐさま破産管財人を訪れて競売申し立ての取り下げを申し入れた。
裁判所から大森商事の破産管財人に選任されていた弁護士は、競売価格よりは任意売買のほうが価格の面で有利なことは容易に判断できるので、取り下げの決定を裁判所に依頼し許可されたのである。 破産管財人は破産財団の財産の管理や処分を裁判所に対し許可を得やすい立場にある。
大滝の名義になっていた森山商事と森山薫の不動産は予定通り磯田に譲渡することができたが、競売取り下げに必要な約五パーセントの費用は名義人であり債務者の大滝が負担せざるを得なかった。
不動産の売却金は光陽銀行の負債に充当され、大滝の保証債務は減額された。
思いのほか時間がかかったのは、森山商事から譲渡された売掛債権の回収である。大滝は債務者それぞれの事情や性格により対応がこうも違うものかと驚いた。
ある建設会社の社長は「いろいろ大変だったようですね森山社長によろしくいってください」と言って即座に売掛代金65万円全額の小切手を切ってくれた。
また、ある大工は「森山さんには長い間お世話になりました。これから、どこへ注文したらいいのか考えているところです」と言ってしわだらけの札の混じった30万円を渡してくれた。
そして、こんな工務店の社長もいた「払いたいけど、いまは金がない、またそのうち、電話してから来てください」
「およそ、いつ頃になりますか」
「それが、いつとはいえません」と、こんな具合である。
そのほか「返品したいものがある、今度来る時までに用意しておくから引き取って欲しい、お金はその時清算したい」という大工。
また、不良品があったのでその分値引きをして欲しいという建設会社の担当者。
「私は森山商事から買ったのであって、貴方から買ったわけではないから払えない。森山商事さんには、いつでも払う」こんなことをまくしたてた工務店の社長もいた。大滝が「あなたが森山さんに払うと二重に払うことになりますよ、森山さんは、もうあなたに債権はないのです。森山さんにお支払いになっても私は、あなたに対して永久に請求させて頂きます」と大滝が言うと「今金がないから手形にしてくれ」としぶしぶ60日先の約束手形を振り出したものである。
「いま、私どもも大変なので、10回くらいの分割払いにしていただけないでしょうか、必ず毎月振り込みます」というこちらが気の毒に思う大工さんもいた。
そして、こんな工務店の社長がいた「昔のつけをいまさら請求されても困ります」
「だいぶ古い売掛金のようですし金額も30万円くらいですから何とか支払ってください」
「あなた商業取引の時効を知っていますか」
「はい、5年間と聞いていますが・・・」
「もう5年以上経っているから時効です」
知ってはいたがこうもしゃあしゃあといえる御仁もたいしたものだと感心したというより呆れ果てたものである。
困ったのは仙台方面の債権である。遠いうえに場所がばらばらである。アポを取っていったにもかかわらず不在の人もいる。
それでなくてもやるべきことは山ほどある大滝である。かなりの売掛金が未回収のままである。
債務者の対応をみると実にさまざまであった。一部を除いて相手に対する思いやりのある会社は会社の内容もよいことがうかがい知れた。そして余裕のある会社には応対する人の顔が心なしか優しさに溢れているように思えてならなかった。
考えてみれば、いまは多くの人が苦しいときである。背に腹は代えられないのであろう。そのときのお金のあるなしが人間を変えるのであろうか。
大滝が森山商事の整理に関わった期間は1年有余におよんだが、その間本業のフロンティアの業績が低迷を続けるとともに、財務内容を著しく悪化させていった。
。そして余裕のある会社には応対する人の顔が心なしか優しさに溢れているように思えてならなかった。
考えてみれば、いまは多くの人が苦しいときである。背に腹は代えられないのであろう。そのときのお金のあるなしが人間を変えるのであろうか。
大滝が森山商事の整理に関わった期間は1年有余におよんだが、その間本業のフロンティアの業績が低迷を続けるとともに、財務内容を著しく悪化させていった。