驚愕のマジック【1】
ここは千葉―――のようで違う場所。
そう、そこはこんなに可愛いわけがない妹がいて、きんぱつの高校生とは思えない美少女たちがいて、最高の小学生がいる女子バスケットボールチームがあり、クリスマスにトラウマをもつ男子高校生が彼女を求め、普通のJKがローカルアイドルをやってみて、間違っている青春ラブコメが展開されるそんなありえない世界線の千葉。
理想郷の千葉。
ユートピアの千葉。
千葉のイーハートヴォ。
暑い。以前まではムシムシしているだけだったが、このところは日差しも強く、蒸し暑い。そんな蒸し暑い空気が一番人の能力を削ぎ、100%の力が出せなくなってしまう。
「こんな日に依頼なんて悲劇、苦痛、苦役でしかないとは思わんかね、内藤さんや」
「ええ、ええ、そうですともスグチャン先輩! こんなことあってはならない事態です!」
内藤さんがうんうんと首を縦に激しく振り同意する。
「我々の休日を返せぇーっ!」
私は頭がおかしくなったようである。
「休日を返せぇー!」
内藤さんがのってくる。内藤さんも頭のネジが取れかかっているようだ。
「我々に人権はないのかぁーっ!」
「ないのかぁぁーっ!」
「ヤマダを討てぇーっ!」
「討てぇー!」
「樋宮さんを」
「私がどうしたんです?」
「ひぃっ!」
一番先頭をぐんぐん歩いていたはずの樋宮さんがにゅいっと湧き出てきたので私は焦る。
「私が何なんです?」
笑顔が怖い。
「いいえ、なんでもございません。“樋宮さんを一生慕い、付いていきたい”と言おうとしただけです。」
「それならいいのですけど。」
さらに笑みを広げるが、同時に彫りも深くなる。
「そろそろ見えてくるはずですよ」
黙々と爽やかでキモチワルイ笑みを半径100メートルへまき散らしながら歩いていた木村が言った。
私たち新聞部探偵班一行はヤマダの“魔術師”密告の手紙を受け目的地へ歩いていた。といっても、松城駅から10分足らずの近場であるが。
この取材にはあの機甲リクガメポール君も木村に抱えられながら同行している。調査にポール君が役に立つのだとか。やはり有能ポール君。
「あれでしょうか」
樋宮さんが指を指した先には電気を送るための鉄塔があった。ただひとつ普通の鉄塔と違ったのは真っ黒のネットらしきものが鉄塔全体を覆っていたことだ。だからなんなのだと思うだろうが、ネットで覆われたそれは底知れぬ谷の深淵や、深い闇でも見ているような、そんな根拠のない動物的な不安を私に抱かせた。
「なんか」 内藤さんが言ったが、その先は黙ってしまう。
「死神のよう」
樋宮さんが内藤さんの後に続けるように言う。
「ただの工事中だか整備中なだけではないのか?」
私は疑問に思い言う。その鉄塔は明らかに何かが“違う”のはわかっていたはずなのに。
「まあ、とにかくポール君で解析しないと何もわからないわけですし」
木村は特に変わった様子はなく、いつものように爽やかながら気持ち悪く笑って言った。いやむしろその笑みはさらに爽やかさを増していた。こうしてみると彼もハンサムである。意地悪をやめ、爽やかなくせしてキモチワルイ笑みからキモチワルさを取り除き、UMAと同じくらいミステリアスで不気味なところを改善すれば彼もモテるだろうに。
私と内藤さんでこの鉄塔を一周してみる。風が吹くとネットをゆらゆらと揺らし、気味悪さに拍車がかかる。
「解析終了です」
木村が言った。
○
「つまり、わからない、と」
樋宮さんは悔しそうに言った。
「うーむ」 木村が唸りながら返答する。 「正確には“科学技術によっては解析できない”ことが分かったんです」
「わからないとは何が違うのだ」
私は木村に問う。
「つまり、科学以外の“なにか”がこのネットにあるのです」 それから木村はにこりといい笑顔を見せる。 「まあ、それを分からないとも言いますが。でもその“なにか”が魔法の可能性は大いにあります」
「では、これ以上何もできないのですか?」
「ええ、残念ながら。やれることといったら詳しい解析を進めていくぐらいしかないでしょう。それでも何も出ない可能性のほうが高いですが」
○
「苦い」
「が、が・・・“か”でもいいでしょ?」
「ええ、いいですよ」
「か、か・・・固い!」
「た・・・高い」
「えー、また“か”ー」
「それはもはやしりとりの理です。仕方がありませんよ桜乃さん」
「えー・・・じゃあ・・・痒い!」
「ゆー・・・緩い」
「る!? る、る、るー・・・るるるーるんるるーるるるー」
「歌わないでください」
内藤さんと樋宮さんは電車の中で形容詞しりとりを行っていた。周り客はほとんどいない。車両に三人程度である。ルールは普通のしりとりとほとんど変わらないが、尻が“い”になってしまうことを避けるため、“い”の前の文字、“長い”であれば“ながい”の、“が”が尻になるというルールがある。
「るー、ぐぐぐ・・・ワカラナイ」
「私も“る”から始まる形容詞なんて知りません」
「えー、りゅーちゃんもわからないのに私が分かるワケナイジャナイ!」
内藤さんはなにか―――きっと日本語と神と樋宮さんにだろう―――に対しモーレツに怒っていた。かわいい。
「しりとりというのは戦術なんですよ」
そういう樋宮さんは得意そうに笑っていた。かわいい。
「りゅーちゃん。形容動詞もありにしない?」
そう提案された樋宮さんは芝居臭く考えてから 「ダメです」 と意地悪に、可愛らしく言った。きっとその間はわざとだろう。
「りゅーちゃんの人でなし!」
うわーんと内藤さんはウソ泣きする。
「何とでもおっしゃい!」
おーほっほと樋宮さんは高笑い。二人とも楽しそうである。
しかし私の隣に座っている木村は膝に乗せたポール君を操作中で、顔は真剣だ。
私たちは鉄塔の分析をした後、後ろ髪を引かれながらも退散。松城駅前に着いた私たちは駅前のたいやきを買い、そして新京千ラインに乗り帰宅する途中だった。
「なんですか先輩その目は」
私がにやにやと二人を見ているのを見て取ると樋宮さんは頬を赤らめた。照れ隠しに彼女はそっぽを向く。
「あ、あれはさっきの鉄塔じゃないですか?」
見ると、樋宮さんが向いた方向のかなり遠くにネットのかかった鉄塔があった。
「え、本当ですか!」
木村が真剣な表情で尋ねる。
「ええ」
樋宮さんが驚きながら肯定すると木村は押し黙ってしまった。
「なんでそんなに驚いてるのだ、木村」
私が尋ねると、木村は考え込みながら彼が膝にのせているポール君を見るように促す。
「今樋宮さんが見た鉄塔はここにあるんです」
そういうとポール君の甲羅に新京千ライン沿線の地図が浮かび上がり、線路から少し離れた場所に黄色い丸が浮かび上がる。
「で、先ほど我々が訪れた鉄塔はこちらです」
そう言うと今度はかなり離れた場所に赤い円がマーキングされた。
「え」
樋宮さんは驚きの表情を見せる。
「しかし、さっき樋宮さんが見た鉄塔こそ本当に工事中かもしれない。決めつけはよくないんじゃないか?」
私は反論した。
「実を言うと何分か前から、先ほどの鉄塔で検出されたものと同じ反応が近くであったのです。その場所を特定しそこに何があるのかを調べていたんですが―――いや見てもらった方が早いですね」 そういうと木村は再びポール君を操作し始める。 「その場所と言うのがこちらです」
そうしてマーキングされた場所は先ほど樋宮さんが鉄塔を見たところと完全に一致していた。
私たちは驚愕し、目を見開く。
「では、私たちが見に行った鉄塔と完全に同じ状態のものがもう一つあるということですか?」
樋宮さんが厳しい表情で聞く。
「断定はできませんがおそらく」
全員が黙りこくってしまう。
突如ポール君から電子音が鳴った。
木村が確認すると
「みなさん!」
電車内にかかわらず木村は大きな声を発した。車両内は比較的すいているものの何人かの乗客が訝しげにこちらを睨む。木村はさすがに良くないと思ったのか、声のトーンを下げ早口で言う。
「鉄塔を探してください!」
「え」
「また、あの、反応です!」
私は心臓が早鐘打つのを感じながらも周囲に“例の”鉄塔がないか探す。見ると、樋宮さんや内藤さんも顔を固くしながら探している。真剣な顔をしてきょろきょろと首を回すその姿は、周りから見ればさぞ滑稽であったろう。
「あっ」
口から洩れたように言ったのは内藤さんで、すっと指を一点に向ける。そこにあったのは―――。
「鉄塔」
そう呟くように言った樋宮さんの瞳は、あの動物的な不安を抱かせるネットように暗く、重く、沈んでいた。