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魔法のかかった・・・

「え、スグチャン先輩ってエビフライのしっぽ食べるんですか?」


 内藤(ないとう)さんは仰天といった表情で言う。何もそこまで驚かなくても。


「内藤さんは食べないのか?」


「えー、食べませんよー。あんなもの食べるなんてありえません。固くて口に刺さってとってもイヤですよ。」


「あの固いのと海老の味が存分に出ているのがいいのだよ。内藤さんもまだまだ子供だなあ。」


「スグチャン先輩」 内藤さんはにたりと笑う。 「エビのしっぽってゴキブリと同じ成分らしいですよ」


「貴様ァ! 禁句を言いおったな! かの蟹味噌王凱旋堕弾を打ち破った我が奥義、海老尾天上天下唯我独尊手之斬撃を食らい罪の重さを知れえいぃ」


 私は彼女に手刀を繰り出すが内藤さんはすばやくよける。


 「恐ろしく速い手刀、私でなきゃ見逃しちゃうね」


 彼女は静かに且つ得意げに笑う。


「こんにちはー」


 そこへ樋宮(ひみや)さんが部室に入ってきた。


「何してるんです? お二方」


 そういう彼女は少し機嫌が良く見えた。


「りゅーちゃん、エビフライのしっぽって食べる?」


 樋宮さんは急な質問に驚く。


「え、えーと食べるけど…」


「ええん、ウソー」


 内藤さんは涙目。実に感情の起伏が激しい人である。


「ふうむ、樋宮さんは食べるのか…」


「え、もしや先輩は食すのですか?」


「うむ」


「なんと! わたし人生一の屈辱を感じております」


 つい先日宝石たいやきの味を分かち合った仲だというのに。


 ちなみに、宇宙人はあの後あらわれなくなった。交代で監視や聞き込み捜査をしたのだが、情報はぷつりと途絶えUFO騒ぎが嘘のようである。木村もあの晩に何をしていたのかは 「私は何もしていません」 と言ってニヤニヤするばかりで何も教えてくれない。そして現在あの捕り物騒ぎがあった日から一か月ほどたち、夏休みが見えてくる時期になっていた。


「あれ、りゅーちゃんご機嫌だねー」


 内藤さんが彼女の上機嫌さに気付いたらしい。


「気づいてしまいましたか…」 彼女は額に手を添える。


 いつもの樋宮さんであればこんな質問は本当であろうとなかろうと「絶対に違う」と反論するのだが、しかし今日は認めさえした。よっぽど機嫌がいいのか、この女性が偽者で実は樋宮(りゅう)でない誰かなのかもしれない。


「ねーなんでなんでそんなに嬉しそうなの?」 内藤さんが間延びした声で聞く。


「遂に完成したからです」 ふふふと笑う。


「何が?」


「・・・・・」


 樋宮さんは一呼吸置く。


 我々の間は謎の緊張感に埋め尽くされる。 なんと阿呆らしいのか。


「機甲リクガメポール君です!」


「おぉー! ・・・・・ん?」


 何なのだそのセンスのないギャグマンガみたいなものは。


「これは私と木村(きむら)さんで開発した画期的な発明です。これは次世代のキーアイテムですよー」


 彼女はとてもご機嫌そうである。その瞳は


「なんなのだそれは。よく汚れが落ちる消しゴムか何かなのか?」


 私は例のカバーに顔が書かれた消しゴムを思い浮かべていた。


「先輩、ポール君はそんなもんじゃありませんよー」 樋宮さんは私を小さい子のようにたしなめる。 「まあ、百聞は一見に如かずと言いますし、彼に登場していただきましょう。」 樋宮さんは振り向きドアの外に呼びかける。「ポールくーん!」


「・・・・・・・・・・・・・・」


 何の反応もない。


「樋宮さんよ」


 樋宮さんはすぐ、私の発言に被せ言う。


「大丈夫です。ポール君はすこしのんびりとしたところがあるだけです」


 次世代のキーアイテムがそんなポンコツでいいのだろうか


 なんて思っていたところに彼は来た。その姿からは大いなる知性がにじみ出ておりながら、表情はたいへん穏やかで心優しい印象を受けた。


 それを見た私と内藤さんの感想は一致していた


「亀だな」


「亀ですね」


「最初にリクガメと言ったじゃないですか」


 樋宮さんが言った。


「いやものすごい亀なもので」


 私はポール君を凝視しながら言った。それはものすごい亀だった。しかしよく見るとメカチックなところもある。T1000の攻撃によって傷ついたターミネーターくらいにはメカチックだった。


「ロボットっぽいところもあるんだね」


 内藤さんは言った。


 樋宮さんは「ふっふっふー」と笑う


「そこがこのポール君のいいところです。“リクガメの可愛らしさとメカのロマンの両立”ってのが今回のコンセプトなのです。」


「では具体的に何ができるのだ」


「なんでもですよ」 樋宮さんは「そうですねー」と逡巡すると 「コーヒーでも入れてもらいましょう」 と言った。


 リクガメにそんなことができるのだろうか。


 樋宮さんはカメを持ち上げ部室のつなげて使っている机に乗せた。汚くないのかと思ったが抗菌だの浮いてるだの洗浄だので大丈夫らしい。樋宮さんは木村が愛用するコーヒー豆を取り出し―――木村はわざわざ専門店に豆を買って挽いてもらうのだ。コーヒーが好きらしい。その割には入れ方も適当だが―――カメの顔の前に持ってきた。すると樋宮さんはコーヒー豆を躊躇なくカメの口に投入したのである。私と内藤さんは思わず短い悲鳴を上げる。幾ら今出会ったばかりのカメであっても、こんな最期では可哀相である。樋宮さんは非道にも勢いよく亀の口に入れていく、しかし私たちの同情もよそ知れず、詰まり滞る様子はない。ある程度入れると今度はミルクを再び喉へ入れる。これもまた滞りなくカメの中に取り込まれていく。入れ終わると樋宮さんはカメに指示を与えた。するとカメはこちらを見た、気がした。彼女がカップを三人分持ってくると、なんとカメはその中へ口から何かを入れ始めたのである。白い煙を放出した後、美味しそうな深い香りが辺りを漂う。まさかコーヒーだというのか。入れ終わると樋宮さんは私たちにカップを配る。カメは入れ終わると机の中央に腰を据えた。やはりコーヒー―――カプチーノのようで香りはとてもいい。カップの中を見ると、なんとカプチーノに自分の顔がそっくりに描かれていた。私たちは少し飲むのに戸惑う、なんせマシンとはいえカメの口から出たものである。


「大丈夫です」 彼女はカプチーノを飲み、幸せそうな顔になった。 「口から出たといってもポール君は“機甲リクガメ”ですから」 樋宮さんは相変わらず得意そうな顔である。 「むしろそこらへんのペットボトルより清潔というものです」


 私たちはおずおずとカプチーノを口に運ぶ。


 口を開けると高温の液体が入り込んでくる。


 熱すぎて一度口を離す、舌が少し火傷してひりひりする。


 カプチーノを冷まそうと、ふーふーふー、と何度も息を吹き付ける。


 再び口をつける。


 熱いと感じるも今度は飲めないほどではない。


 順調にカプチーノは口に入っていき、喉を伝い、胃に到達するのがのが分かる。


 うまい、うまい、めちゃくちゃうまい。香りは身体全体に染みこみわたるようで苦みは快く、深みがあった。言葉にするのは難しいがとにかくうまかった。


「どうですー?」


 彼女は嬉しそうだ。


「うまい」


 私は心の底から声が出た。


「そうでしょうそうでしょう」


 しかし内藤さんは顔をしかめていた。


「りゅーちゃん、これ苦いよぉ」


「ああ、そうでしたよね。桜乃さんは苦いのが苦手なのでした。」 樋宮さんはポール君の方向を向く。 「ポール君、これを甘くしてくれます?」


 ポール君の頭が縦に動く。頷いたのだろうか。するとポール君は内藤さんの方向へ歩いていく。彼女の前までたどり着くと、奴の甲羅に異変が起こった。ブロックを並べたような甲羅はテレビのチャンネルでも変えるように一瞬で液晶に変わったのである。「おお」という声が漏れる。今度はその液晶から文字が浮かび上がってきた。文字を読み取ると「カプチーノはどれくらい苦かったですか?」という質問であった。そしてすぐに「1、ものすごく苦かった 2、なかなか苦かった 3、少しだけ苦かった どれほど苦かったか選択しタッチしてください」という新たな文字が浮かび上がってきた。内藤さんは少し考えると2の選択肢をタッチした。すると無駄ではないかと思うほど綺麗なエフェクトと効果音と共にすべての文字が消え、ポール君は動き出した。内藤さんのカプチーノにたどり着くと、ポール君は再び口をカップに近づけ何かを口から勢いよく吐いた。それが済むとポール君は静かにもといた机の中央に戻っていく。内藤さんはカプチーノを何の躊躇もなく飲んだ。カメから出た得体のしれないモノがなんだということは気にしないのだろうか。それが砂糖だと彼女が決めつけているとしたら、それは危ないぞ内藤さん。


「おうーっ! おいしい~」


 内藤さんは海外コメディーさながらのオーバーリアクションだ。


「やっぱ、甘いのが一番だねー」


「それで、そのカメは変わったコーヒーメーカーなのですか?」


 私は樋宮さんに聞く


「まさか」


 樋宮さんはとんでもないという顔だ


「このポール君のコーヒーメーカー機能は無数にある彼の機能の内の一つでしかありません。例えば」


 彼女はポール君を呼び 「クーラー、26度、風量大」 と言った。するとカメは口を開け、涼しい風を送り始めた。


「なんと」


「これで驚かれちゃ困ります」


 樋宮さんは得意そうだ。


「そうですねー、これなんかどうですか。」


 樋宮さんはカメを呼び出し「テレビ」と一言言い、カーテンを閉め、部室の電気を消す、するとポール君の口から光が漏れ出してくる。ポールはその光を壁に当てると、テレビが映る、そこにはサスペンスドラマの再放送が流れていた。樋宮さんはポール君の甲羅に手をやりなにやらもぞもぞさせる、するとチャンネルが変わり今度はニュース番組で、「夏休み直前怪奇特集」とかいう馬鹿らしい特集が流れていた。内藤さんがこれが見たいというのでその特集をほぼすべて見てしまった。中身もまた馬鹿らしく、関東を何故か―――この「何故か」に番組は全く触れなかった―――嫌っている魔法使いが関東全域を消し去る計画を立てているだとか、入ったら二度と出られない町があるだとかを説得力の欠ける語り口で紹介していた。そこには例の前田川の宇宙人も紹介されていて、白くヌメヌメものの発光が目撃されているとのことだった。その発行物体に人間が接近したこともまた取り上げられていた。特集を見終えると樋宮さんは「パソコン」と言った。そうするとテレビ画面からログイン画面に変わる。


「これは厳重なセキュリティーをひくことが可能なのです。文字でロックするのは勿論、声紋、指紋、スパイ映画のように」 樋宮さんは自分の眼を指さす 「ここでもロックが可能です。まあ面倒くさいから声紋と指紋のどちらかでセキュリティーしとけばいいと思います。声はどちらにしないと登録しないといけないですし」


「どういうことだ?」


「ポール君は主に声によって命令でき、誰の言うことは従い、誰の言うことには従わなくていいのかは事前に登録しておく声紋によって決定されます。たとえポール君に命令したとしても、さっきのように私の一時許可を得ない限りは言うことを聞きません。ですので事前の利用者の声紋登録は必須です。」


 そういや樋宮さんも自らの指示によってポール君を動かしていたと私は思い出す。


「では試しに桜乃さんを登録しましょう。誰かを登録のは私か木村さんしかできません」


 そういえば木村もこのカメの開発にかかわっていたのだったな。どのようなことに彼は貢献したのだろうか、という疑問は今は置いておこう。


 内藤さんが登録を始める。決められた言葉を言うだけで、登録は一瞬だった。


「これで過去の桜乃さんのデータとの同期も完了しました」


 樋宮さんが内藤さんに言った。


「え」 内藤さんはキョトンと首をかしげる。 「わたし過去のデータなんてあったの?」


「さっきカプチーノの苦さを調整しましたよね。その時の声紋と今回登録した声紋は一致しているので次に飲み物を入れるときはそのお好みの甘さを考慮したものとなっているはずです、そのようにして集められたデータは様々なことに活用されます。使えば使うほど使い勝手が良くなるというわけですのでどんどんこのポール君に要望を言ってください。普段ポール君のそばで会話するだけでもその会話を聞き取り、学習していきますのでお楽しみに」


 普段の会話まで聞き取るとは恐ろしい子。


「それでは桜乃さん、なにかポール君に命令してみてください。大抵のことは何とかなります」


「ポール君! わたしウルトラマンになりたい!」


「すみません、それは無理です」


 内藤さんの表情が沈んだ。


「川田さんは登録しないのですか?」


 木村はいつの間にか私の隣に座り、コーヒーをすすっていた木村が言った。


 私はホラー映画顔負けに乙女の如き悲鳴を上げた。隣を見れば内藤さんと樋宮さんも真っ青だ。


「貴様は幽霊かなにかなのか!」


「あいかわらずヒドイですよ「木村は不気味にニタニタと笑っている。 「それより登録はどうするんです?」


 私は樋宮さんのほうを見る。


「そうですね、先輩、登録しますか?」


「そうですな、その方が便利そうですし」


 登録が終わると樋宮さんは再びポール君の機能を語り始めた。


「ポール君は倉庫にもなっていて―――ポール君、『桃太郎』を倉庫から出してくれます?」


 するとポール君の中からなにか軽いものが回る音がする。


 かと思えばポール君は消えた。歩き消えたのではない、その姿が消失したのだ。


「え」


 そして目を白黒しているうちに再び何もない空間からポール君が現れた


「え」


 私と内藤さんは木村と樋宮さんとを見る。二人は動じていない。仕様なのだろう。現れたポール君は口に平均的なものより長い本が出てきて、表紙には日本一と書かれた武士風の男の子が描かれていた。まぎれもなく『桃太郎』である。我々が求めずとも樋宮さんは説明してくれる。


「ポール君は光学迷彩によって消えたのです。倉庫はコンセプトの“リクガメの可愛らしさとメカのロマンの両立”の特に“可愛さ”のところに大きく反しますから、光学迷彩で倉庫を使っている様子は隠しているのです」


 “可愛らしくない”とは光学迷彩の隠す中何が起こっているのであろうか。私は強い好奇心に駆られた。そして私はもう一つ素朴な疑問を抱く。


「そういえば何故貴女は『桃太郎』などという子供向け絵本を持っているのです?」


 樋宮さんはキッと睨む。私も彼女の眼光には竦む。


 私は謝ろうと唇を湿らそうとしたが廊下を響く靴音によって中断を余儀なくされる。


 静かな廊下にその音のみが響く。


 引き戸が彼女の登場を盛り上げるように盛大な音を上げ開かれる。部室に入ってきた彼女は行儀正しく挨拶をする。


 颯爽と入ってくる女性。彼女は樋宮さんのような段違いの美人であったが、彼女にはない大人の色香をまといながらも内藤さんのような少女のあどけなさを口許に残していた。この大人と子供の入り混じった表情で数々の男子生徒の心をつかんでいる―――私もまた彼女に魅了された一人であった。樋宮さんは入ってきた彼女を睨むがそれは先ほどの眼光より弱々しく見えた。そのあとには屈強な大男と不機嫌そうに見えるツインテールの女性が入ってくる。


「なんの用でしょう、新聞部副部長にして生徒会会長である金剛寺神楽(こんごうじかぐら)先輩」


 憎しみのこもった皮肉である。が、金剛寺神楽は臆さない。


「あの・・・実は、記事を作ってほしくて。まだ一度も私のところへ記事が上がってきませんので・・・」


 明らかな皮肉だった。私たちはもうすでにいくつも記事を作り本部に送っているはずなのである。金剛寺さんも勿論このことは知っているだろう。しかし本部から何らかの返事が来たことは一度もない。我々の記事はダメダメだとでも言いたいのだろうか。


 我々、特に樋宮さんは新聞部から追放された身である。金剛寺神楽の機嫌を損ねたものはみな新聞部探偵班―――旧探求班に異動しなければならない。退部処分というわけではないのだがほぼ同意である。ここについたものは記事を書いても無視されることが通例であり、どんな立派な記事を書いても徹底的な無視を本部は貫いている。だからといって記事を書かないと今度は金剛寺さんからのママより怖い厳しい処罰がある。この処罰を食らったものはみな鋸山(のこぎりやま)に遊びに行くと言って消えていくらしい。

 

 以下、樋宮さんが新聞部探偵班に私を強制連行して語ったことの一部である。


       ○


初めまして、ええとお名前は―――川田卓(かわだすぐる)・・・先輩、ですか。貴方がこの班に必要な存在の為拉致した次第です。


え、メイワク? なら出て行ってもいいですけど、この金剛寺神楽先輩をストーキングしている写真をばらまいてもいいですかねー。うわ、これとか金剛寺先輩のあれやこれやを覗いてますよー、私引いちゃいます。


分かってくれたのならいいのです。ようこそ、新聞部探求班へ、といっても、もう“探偵班”に改名予定ですが。先輩をここへ呼んだのはこの“探偵”に理由があるのです。先輩、探偵小説や推理小説ってお読みになります?


ほお、どんなジャンルを読むんです?


なるほど日本ミステリが好きなんですか、海外ミステリは?


へえ、結構読んでいるんですね。


 このあと15分ほどミステリー談義が続いた。


ほら、ドイルのホームズやアガサのポアロシリーズを例にするとワトスン役というのは非常に大事だということが分かるでしょう? 先輩はそのワトスン役になってほしいんです。


探偵役? 勿論私ですよ。ここ、新聞部探偵班は何か事件が起こる予定です。


そりゃ殺人事件でも誘拐事件でも失踪事件でも日常の謎でもどんとこいですよ。さあ事件が“現実に”起こったときワトスン役に必要なのはなんでしょう?


そうですね、でもノックスの十戒に則った行動をしなければいけないのは当然のことです。“現実において”ワトスン役がワトスン役たるためにはやはり“記録”が不可欠だと思うのです。ワトスン役の記録と言う形で出版されている推理小説はかなり多い。私たちもその形式に則ろうではありませんか!


え、探偵役が書けばいい? それではフェアにするのは難しいですし、自分の活躍を本にするっていうのも。


ええ、私は自信の推理力には自信があります。あなたは事件が起こった時に見返せるようにこの班の活動記を書いているだけでいいのです。それを読み解けばきっと難事件でも解決できますよ。先輩自身が犯人かもしれませんけど。


       ○


 そう言う樋宮さんはあの輝く眼をしていた


 そして今、彼女の眼は憎しみで静かに燃えている


       ○


「貴様ら、早く金剛寺様へ返事をせんか!」


 ツインテールの少女はご立腹のようである。横の屈強な大男は依然として沈黙を守っている。


 部室には重苦しい空気が広がる。木村はニヤニヤしている。


 やがて金剛寺さんは部室の隅に目をやると何かを発見したようである。


「お」


 金剛寺さんは魅入られたようになりながらふらふら部室の隅へ歩いていく。


「おお」


 そこに存在したのは機甲リクガメポール君であった。


「おおお」


 金剛寺さんはしゃがんでポール君に近づく。


「何をするのです」


 樋宮さんは怪訝そうな顔で尋ねる。


「あっ、すみません夢中になってしまって。このリクガメ君が愛らしくて愛らしくて・・・触ってもいいでしょうか?」


 樋宮さんは驚く。非道な独裁者にも可愛いと思う心は有るらしい。


 樋宮さんは面食らいながら了承すると、金剛寺さんはまず甲羅を触った。メカチックなところはだれも気にしないのだろうか。


「おお、おおぅ・・・ごつごつです」


 金剛寺さんはまるで好奇心旺盛な子供のようである。その顔は隙間なく笑顔に満ちていた。私はすこし心臓がはねた。樋宮さんは不機嫌気味、金剛寺さんを怖い顔で睨んでいる。


「あの・・・」 樋宮さんは耐えかねたように切り出す。 「金剛寺先輩、他にご用件は?」


 金剛寺さんはハッとすると、すぐ彼女はしゅんとする。 「あ、本当にすみません、猫のように気まぐれ屋だとよく言われるのです」 しかし彼女は依然としてポール君を抱きかかえていた。彼女は残る用件はもうない、と言い、あと 「その・・・川田さん、社会班に来たいとと思ったのならばいつでもきていいんですからね」 と言って去っていった。


       ○


「金剛寺先輩はいまだに川田先輩を引き抜こうとしているんですね。特に長所など無いのになぜでしょう」


 樋宮さんは疑問そうである。


 それにしてもなんという暴言か。


「金剛寺先輩は川田さんのことが好きなのですよ」


 木村が囃してくる、が内藤さんが真に受ける。


「えぇーっ! そうなのー! で、スグチャン先輩! どうなの? 受けるの? あ、そりゃ受けるよね、スグチャン先輩キンチャン先輩のストーカーさんだったんだもんね」


 内藤さんが言い終わると同時にポール君から電子音がした。その深みのまるでない短い音は携帯電話のメールの着信音によく似ていた。


「ああ、これはポール君がメールを着信したんです」


 樋宮さんが説明する。


 まさか本当にメールとは。


 樋宮さんはポール君に近づくと何か言い、甲羅を触る。すると甲羅に文字が浮かび上がる。


       ○


へろー、ヤマダですわ(お嬢様風に高い声で)


いやあ暑くなってきて夏も近いですね


みなさまは夏休みの予定とかもうありますか?


僕は特にないですね、彼女とイチャイチャするって以外は!


僕の彼女かわいいんですよ! 彼女は性格が最高に良くって美人で・・・(ここでは読者の心痛を考慮し省略した)など彼女の良いところはありますがなんといっても好きなのはおっぱいが大きいところ!(川田さんももちろんおっぱい好きですよねおっぱいおっぱい) もう食べちゃいたいくらい!―――まあ実際、彼女を“食べました”けど(笑) 彼女の初々しい反応最高でした!


この夏は“彼女”とお化け屋敷行ったり、“彼女”と海に行ったり、“彼女”と夏祭りに行ったり、夏を“彼女”と満喫したいと思います!


なんか関東のネットのかかった鉄塔に魔術師が関係している


アディオス!アミーゴ!


       ○


 私は怒りで煮えたぎった。何なのだこいつは! 腹が煮えくり返るような文体に、時間を共にするような女性などいないこと承知の者へ露骨に自らの女性を自慢していく。さらには胸の大きいおなごを我が物にするとは・・・うらやましすぎる!


「川田先輩!」


 樋宮さんが声を上げる。


 まさか樋宮さんは私が本当におっぱいが好きな破廉恥野郎だと勘違いしているのではあるまいか。


「樋宮さんよこれは誤解だ。乳など乳でしかなく女性の乳は脂肪の塊に過ぎないというのが私の意見なのだ。決して女性の価値が胸で決まると思っているような大ばか者ではない!」


 私は女性の胸など興味ない紳士だということを説明するため声を荒げる。そういえば金剛寺さんもおっぱいが大きいな、とふと思った。


「なんですか私への慰めですか。そもそも私はそんなこと気にもかけていなかったのに、あなたが蒸し返すから私も気になってきたじゃないですか。ぺったんこで悪かったですね」 樋宮さんは怪訝な顔をする 「まあいいです。それよりも魔術師です」


「へ?」


「何ですかギャグですか?」


「ああ、あのそっけなく書いてあった」


「先輩の目はやはり節穴以外の何物でもないようですね」


「そらひどい」


「皆さん」 樋宮さんは部員全員に呼びかける 「明日の8時に松城駅に集合です、では明日に向け英気を養っておいてください、解散」


 樋宮部長の一言でその日の部活は即刻解散となった。ポール君は樋宮さんが連れて帰るらしい。


 樋宮さんの眼は青い炎で燃えていた。


       ○


「木村、樋宮さんはなんであんなに都市伝説に夢中なんだ?」


 私は木村に尋ねた。木村に何故尋ねたかと言うと、なんとなく知ってそうだからだ、特に理由はなかった。日は既に傾いていて校門の前に立っていると夕日が眩しかった。


「別に“都市伝説だから”というわけではありません」 木村は気持ち悪いにやにやをかまし、しばらく考えた後そう言った。 「樋宮さんは悔しいのです、新聞部に負けたことが・・・」


 木村はそれ以上何も言わなかった。私もそこまで深い追究はしない。


 たまには、と木村が珍しくおごったマックスコーヒーの甘さは私の何かを緩和させた。


 夕日はいつまでも沈まないように感じた。

遅れてすみません

自信もありません

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