謎との遭遇【2】
「は?」 混乱した私は樋宮さんに更なる状況説明を求める。
「簡潔にいうと謎の生命体を目視したんです。物凄い眩しくなにかが発光したと思った瞬間、人型未確認生物はそこにいました。」
私はいまだ混乱している。宇宙人?未来人?いったい何が起こっているのだ。
私は辺りを歩き回る。そして私は見た。
「先輩たちが監視している方向へ逃げていきましたので、そちらに現れるかもしれません。」
「ちなみに、その人型未確認生物は灰色っぽくて、光が反射して青白くも見えて、体がブヨブヨと震えるのでしょうか? 形容するとすれば人型のコンニャクのよう…」
「それです」
そいつは私の10メートルほど前にいた。顔はたぶんのっぺらぼうだったろう。よくは確認できない。眼もたぶんないのだがそいつは私を凝視しているようだった。そいつの灰色がかった体はいまだかすかに赤い夕陽を反射し、自身が発光しているように見えた。凝視は何秒も続いた。そのあとそいつは急に180度回転し走り出した。
「あぁ」
声は震えている。
「先輩! そいつを追ってください!」 耳元の携帯電話から樋宮さんの声が聞こえた。
「走れえぇ! スグチャン先輩!」 内藤さんの大声。
この一言が引き金となり私は走り出した。
そいつの走りは奇妙なものだった。コンニャクマンは走るたびに体がぷにゅぷにゅと震え、その反動で走りが速くなったり遅くなったりしていた。私と同じほどかそれより遅い走りだった。
「待てぇい!」
私は携帯電話のカメラ機能で奴を激写する。が、もうかなり暗いのと走っているので明瞭な写真は一枚も撮れない。私は写真を撮りながら走ったので、僅かであるが減速してしまい少し距離を離される。
「くっぅぐ!」
私はそのロスを取り戻すため腕の振りを速くする。腕を殴るように突き出し思い切り引く、腕を殴るように突き出し思い切り引く…
足は悲鳴を上げ、もはや自分のモノとは思えなかった。それでも私は走った。
なんのためであろう
私がコンニャクマンを捕まえ有名人となる姿
私が世界の秘密にたどり着き満足気にジュースを飲み干す姿
私がコンニャクマンの正体が麗しい女性だということを知り、彼女を守るうちに愛が芽生え、幸せになる姿
さまざまな情景が浮かび上がったがなにより私の頭を占めたのは
「先輩!」
「ああ! 樋宮さんよお任せあれ! きっと彼奴を捕らえて見せる!」
私の頭を占めたのは宇宙人をとらえたときの樋宮さんが見せるであろう瞳であった。きっとそれは全宇宙の星々に匹敵する輝きを放つだろう。いつまでも眺めていたい満天の宇宙。
私は人生最大の力を込め、地面を蹴る。私の手は彼の手首を掴む。しかし、その手はコンニャク如くニュリュニュリュであった。彼の手首は私の拳でニュルリと滑る。
「ぐうっ!」
私は握力を込めるが逆効果であった。より滑りは良くなる。私はバランスを崩した。コンニャクマンは私から逃げ去っていく。逃げられた。
しかし、奴が前田川の橋の高架下にさしかかった際異変は起きた。橋の上から何かがコンニャクマンの上に落ちたのである。”何か”は人影のようでもあった。次の瞬間彼らがぶつかり合ったであろう場所にて発光現象が起きた。それはとても眩しく、私も大きく仰け反ってしまう。もう一度コンニャクマンがいた方向を見ると、そこには木村しかいなかった。いや逆にいえばなぜか木村は何故か存在したのだ。私は呑気に焼き鳥を食っている木村に近寄り、儀礼として言う。
「木村、ここで人型未確認生物を見なかったか」
「さあ、ずっとここにいましたけどなにも見ませんでしたねぇ」
「阿呆らしい」 白々しい。
「申し訳ない。お詫びに私のネギま食べます?」
「私はネギは好きじゃアないのだ。」
彼は「うそ~」と言うように口を手で覆った。
○
「逃してしまいましたね~」
樋宮さんは意外にもそこまで悔しがっている様子はなかった。いや勿論悔しそうではあるが、笑っていた。少しその瞳は輝いていた。綺麗だ。
「樋宮さん、悔しくは無いのですか?」
「勿論悔しいですよ! ですが楽しかったですし、何よりこれからたいやきが私を待っていますので」
見れただけでも嬉しいといった感じだろうか。
「ああ、私が捕らえていれば。申し訳ない」
私は樋宮さんに言う。
「そうですヨ川田氏。あんたが捕らえていりゃあ今頃宴会ですよ、宴会」
木村よ、どの口が言うのだ。
しばらく歩くと木村が急に口を開いた。
「そういえばたいやき屋の閉店時間もうそろそろなのではあるまいかな?」
樋宮さんが分かりやすく顔色を変える。
「私は走りますので」 樋宮さんが言う。 「皆様何味がお好みで?」
「私は小倉で」 木村がのんびりとした口調で言う。
「わたしはカスタード~♪ 餡子食べらんないから」
「では私は宝石小倉を頼めるか」
「了承しました」
そういうと樋宮さんは小走りでたいやき屋に向かった。我々も早歩きで向かう。
私たちがたいやき屋にたどり着くと、樋宮さんは丁度たいやきの受け取りを完了したところであった。
「お待たせしました」 と言う彼女の持つ紙袋からは、たいやきの生地と餡の甘い匂い。食欲を揺さぶられる。
「ええと、小倉が木村さん、カスタードが桜乃さん、宝石小倉が私と先輩ですね」
「おお、樋宮さんも宝石小倉なのか、なかなかお目が高い」
「先輩こそ見直しました。”21世紀の至宝”宝石小倉を食すとは…」
「ふふふ」
「あはは」
「ふあははは」
私と樋宮さんは宝石小倉愛好家の不気味な笑みを浮かべる。さっきまで宇宙人らしきものを追いかけていたなんて嘘のようであった。樋宮さんの瞳は餡子色に美しくかつ美味しそうに輝いていた。
次回は学校回予定です