謎との遭遇【1】
全ての空想家へ
浅葉大学付属松城高等学校、通称アサマツは特色がないのが特色の大学付属で共学の高等学校であり、生徒の五分の一が浅葉大学に進学する。学校行事や部活動にはイマイチ活気がなく特に文化祭は千葉県イチつまらない文化祭という不名誉な称号を獲得していた(この文化祭が凄い!参照)。ただし私、川田卓という名の天才がアサマツに入学してからは違った。彼が入ったや否や学校全体が活気を帯び、私が入学したその年には「この文化祭が凄い!」にて6位入賞を果たしたのである。
というのは全くの嘘であり口から出まかせで―――もなく、あながち間違っていない。私の影響でなかったとしても上記の通り私が入学した年から学校はかなりの変貌を遂げた。知人談では、部活動や学校行事だけでなく学業まで生徒たちのやる気は上がり、いままでのように隠密活動がやりにくいそうである。なんでも空気の沈んだ学校のほうが忍びやすいとかなんとか。
ではなぜ生徒たちのやる気や心意気というものが変貌したのだろうか。因みに学校側は一切このことに噛んでいない。学校側は傍観主義であり、こんな千葉県の中心地からそう遠くないのに田舎風情溢れるこの学校にあまり興味を示さない。運営側は責任を負うのだけは嫌なようで、厄介ごとが起こりそうになると運営側はこちらが責任を負わないことを釘を刺し、そそくさと退散する。
私が入学したということは他の生徒もまたもちろん入学している。その中に金剛寺神楽という周辺に恐るべき美貌と笑顔を振りまき見たものは来世か来々世までは決して忘れることのできないというモンスターが紛れ込んでいた。彼女は容姿端麗、頭脳明晰、さらにはスポーツも万能で性格も女神の如しと例えられるほどの才女、これぞ天才といった具合であった。また、そのカリスマ性で一年生にして生徒会補助という名目で生徒会活動に従事、生徒会役員全員の仕事量の何倍もの仕事を彼女一人で行った。その全てをこなす姿はまさに「神」であった。彼女を崇めるものは男子生徒女子生徒さらには教員の中にまで現れた。
そうである、皆様お察しの通り彼女、金剛寺神楽がこの学校の活性化を導いたのだ。彼女の輝きは紙に落とされた水滴のようにじわじわと広がり、結果上記のような結果となった。
彼女が二年生になるころには、生徒会副会長という役職と生徒からの厚い信頼を手に入れ、(少なくとも)学校の表側を牛耳る権力が彼女には既にあった。そしてもう一つ彼女が獲得していた称号が「新聞部副部長」である。
アサマツは俯瞰するとカタカナの「ユ」の字のような形になっておりアサマツ新聞部は「ユ」の縦棒に位置している。アサマツ新聞部は浅白の中ではかなり歴史が長い方の部活であり、もともとそれなりの地位はあったが、金剛寺神楽がここへ入部したことで以前とは比べ物にならないほど発言力を増していた。その発言力は教師を退職へ追い込むほど。部員数も格段に膨れ上がり浅白イチの部員数を誇っていた。
部員が増えると新聞部は役割分担を始めた。まず学校内の事件や行事について取り上げる「学校班」、日本や世界の主なニュースを伝える「社会班」、先人の暮らしの知恵や面白い科学、小さいが興味深い事件などを伝える「トピック班」、新聞の構成・内容決定・デザイン・校正また取材等の依頼なども担当する「編集班」、そして世界の秘密を見つけ出す―――旧探求班であり現在の名称を―――「探偵班」があり、私はこの探偵班の書記であり、今現在この活動記を書いている張本人である。
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私は青春に猛烈に憧れていた。その為高校受験の時最も気にしたのは男女比、部活、学校行事の三つであった。しかし私は青春に夢見るばかりで当時になると、ことごとく前記の要素が当てはまる学校が私から離れたり、Uターンしたりと私は気が気ではなかった。私が受かったまともな学校はただ一つだけであり、それが浅葉大学付属松城高等学校であった。この学校、なんと前述の三点がすべてがダメダメだとされる学校だった。家から近いというただそれだけで選んだ学校なのだ。偏差値もなかなか高いとあって「この学校に入ることだけはないだろう」と思っていたら珍しいこともあるものだ。
入学した私は金剛寺嬢が行う美しき改革と美しき体に感銘した私は熱狂的なファンとなった。青春など二の次である。いわゆる「おっかけ」というやつだった。そのくせ近づく勇気は全くなく、いつも物陰から見ているだけであった。彼女の行為すべてが美しく、たとえ近づけなかったとしても私は大変満足だった。むしろ、近づいたら彼女が穢れる気がしてとても近寄れなかった。
一度金剛寺さん自身が私に声をかけたことがあった。
「川田さん、カメラを忘れていますよ」
私は当然驚いたし、嬉しかった。声をかけてきたことにも、私の名前を憶えていてくれたことにも。
私は「有難うございます。名前を憶えてくださり光栄です。」と言おうとしたのだが声は出ない。
「あら」 彼女は何かに気付く。その目線はデジタルカメラの画面に向いていた。 「これ、わたくしですよね」
私は死にたくなった。
すると予想外なことに彼女は可愛らしく笑った。さながら一輪の向日葵だ。
「こんなにわたしを綺麗に撮影してくださり有難うございます。私の身なり、少しはましにみえるかしら?」
「そ、そんな! 金剛寺さんはい、いつもお美しい。わたくしめが撮影したからお美しいのではございません。貴女様だからお美しいのです! む、むしろ私の撮影によって貴女様の美貌を削いではいないかと、私はそちらのほうが心配でございます。」
「あら、気遣いありがとう。それなら心配ないわ」 大輪の笑顔。 「ではわたくしはこのへんで。これからも可愛く取ってくださいね」 冗談めかして笑ってから美しい会釈。
私は興奮で何もできなかった。
と、こんな熱烈な金剛寺ファンは冬休みまで続いた。聖夜に金剛寺嬢を尾行しているときに悟ったのである。私は阿呆だと。その日見た電飾が照らす馬鹿に幸せそうなのカップルたちを私は生涯忘れることはないだろう。
私は正気に戻った後、当初の目的であった青春を求めてゾンビのように徘徊したが、青春はもはや消失し二度と帰ってこないモノなのだと理解するまで、そう時間はかからなかった。
新聞部探偵班はそんな私の心の傷につけ込み、なんやかんやあり、私は高校二年生、新聞部探偵班・副班長兼班書記の役職に就いている。
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世界にはさまざまな秘密があるとされている。UFOだとか幽霊だとか魔法だとか超能力だとか霊能力だとかミステリーサークルだとかバミューダトライアングルだとか枚挙の暇がない。ただどの存在も科学的に認められ、その存在が子供科学図鑑だとかでライオンの隣に書かれるように変わったなんて話は一度も聞いたことがない。つまりそういう未確認な存在が科学に認められるように変化したなんてことは一度もないわけである。
「なのに何故私たちは再びそんな情報に振り回されなければならないのだ!」
「仕事です、文句は許しませんよ先輩」
場所は新聞部探偵班部室。大きめの机の向こう側にいる長い黒髪を蓄えた女生徒に簡単にはねのけられる。
彼女―――樋宮流は全体的に高校一年生としては可愛らしく小さめである。ただそのまんまるとした瞳は何故だか悲しげで、達観しており、社会人のそれに見えた。そして彼女は私をこの新聞部へ引き込んだ元凶であった。
「そうですよう、スグチャン先輩。楽しそうですし、いきましょーよ」 今度は樋宮さんの隣に座る、髪を二つに纏め、なにかほわほわした、背後にお花畑が見える女の子―――内藤桜乃が言った。彼女もまたここに所属していて、樋宮さんにとても懐いている。
「しかし御両人、これは無意味ではないか。わざわざ無意味なことに時間を投入するほど私は暇ではないのですよ」
「ばかおっしゃい。あなた、家でもぐうたら寝転がりながら自分のほくろの数を数えているだけでしょうに」
いつの間にか私の背後にいた男が言った。
「なぜそれを」
「世には知らなくてもいいものがたくさんあるのです」
彼は木村、謎の男だ。組も学年も不明な男で、謎の組織に出入りしているだとかいないだとか。 「依頼内容はどのようなものなのでしょうか? 僕は聞いていなかったもので。」
こいつの台詞はすべて疑わしいし、胡散臭い。樋宮さんが再度手紙に目をやる。
「こんばんは。ヤマダというものです。因みにこんばんはと挨拶したのが何故かということはトップシーィクレットだからエヌジイです。トップシーィクレットだからエヌジイとはいい響きですね。”東方見聞録”と同じような印象を受けるのは自分だけでしょうか。自分だけでしょうね。それと自分って美男子ですから女の子をとっかえひっかえなんですよ。いいでしょう。そういやUFOが出ました、前田川に夕方。―――とのことです」 樋宮さんは顔を上げる。何故全文音読したかというのはつくづく謎だが、私が彼女という人間を推測するに、その内容が気に入っているからであろう。
「相変わらずこの”ヤマダ”という男は大事な情報が小出しだな、文章が支離滅裂だし。そして殺してやりたくなる」 私は大分柔らかい表現で感想を言う。本当はもっと暴言を吐きたいのだが、可愛い後輩の前である、それはできない。
「本部の嫌がらせのような気がしますが、それでも、とりあえず行きましょう。我々は世界一の探偵になるのです。駅前のたいやきも楽しみですし、なにより本当にUFOが現れたら最高です。」
そう言う彼女の眼は輝いていた。まるで満天の星空かのように。彼女は楽しい時、眼をキラキラと輝かせる。今までの眼は何だったのだと言いたくなるほどに。
彼女は心のどこかで信じているのだ。未確認なものが実在すると。実在するのだとしたらなんて素敵なのだろうかと。
私は結局この眼に負け、了承した。思えば入部を了承した時もこの眼にヤラレタのだったと思い出した。
○
「スグチャン先輩行きますよ」
そう言うと内藤さんはうでをぐるぐる回してから投球する。私と内藤さんは前田川の河川敷でキャッチボール中であった。内藤さんの放擲したボールは山なりの軌道を描き、私が立っている場所の5メートル前にポトリと落ちる。
「内藤さんよ、何故キャッチボールなのだ」
「スグチャン先輩知らないんですか? 河川敷という場所はキャッチボールをする場所なんですよ。」
曲解すぎではあるまいか。
前田川へはUFO探しのためにやってきたのだが、一時間ほどしても現れたものといえば飛行機くらいなものだったため、一緒に捜索していた内藤さんは飽きがきてしまった。そこで前田さんが事前に私に用意させたグローブとボールでキャッチボールを始めたというわけである。なにか樋宮さんと相談して持ってこさせるように頼んだのだとばかり思っていたのだがまさか自分が遊ぶためだったとは、内藤さんらしい限りだ。もうだいぶ暗くなったため、ボールが見にくい。
内藤さんは投擲して笑い、ボールを追いかけて笑い、補給して笑い、始終上機嫌だった。尤も、上機嫌でない内藤さんなど見たことがないが。内藤さんが笑うと私も笑ってしまう。あははあははと双方が笑いながらキャッチボールをする姿はさぞ不気味であったことだろう。
突然私のポケットが震えだし、独特の深みのまるでない音が流れ出す。携帯が着信した。私がそれに気にとられているといつの間にか野球ボールが私の頭に直撃している。内藤さんが一生懸命謝っているのを横目に見ながら私は樋宮さんの電話に答える。
「もしもし、川田です」
「先輩大変です! 宇宙人です! 宇宙人が出ました!」
私は驚愕した。
連載小説で、40%日常・60%非日常の予定(あくまで予定)
ずっと温めていた案なので温かく見守ってくれるとありがたいです。