純粋依存
1.
天風周真は対人スキルが著しく欠落していた。
極度の上がり症もあり、クラスメイトと話をすることが恐怖でもあった。
高校入学直後はクラスメイトから挨拶があったものの返すことができず、一ヶ月も過ぎれば周真に挨拶する人間はほとんどいなくなった。
今朝も家を出た後、誰とも話さず、顔を俯けたまま教室の端の席でこっそりと佇んでいる。それが僕。
存在感を極限まで消す。話しかけられないように、気付かれないように。
それでも、これだけははっきりしておきたい。
人付き合いが苦手で上手く話せなくても、決して人間が嫌いなわけではないんだ。
15歳の健全な男子高校生。好きな人だっているのだ。
「周ちゃーん、今日もステルスだね~はは」
能天気でバカ明るい声が教室に響き渡った。
「周ちゃんの前世は忍者だよな、確実に」
クラスメイトの速水瀬名は僕とは真逆の、社交的な生徒。
近所の幼馴染でもなければ、絡む機会の無い人間だ。
瀬名の声は僕が教室に存在していることを周囲に知らせる。
「あ、速水くん天風くんおはよー!」
「おはよん!おはよん!」
せっかく存在を消していたのにと思うところだが、近くにいたクラスメイトが僕達にまとめて挨拶すると、瀬名もまとめて返事をしてくれるのでこれはこれでいいかと思っている。
「でさ、周ちゃんに内緒のお知らせがありまーす」
珍しく声を潜めて顔を近づけられて、ビクっとなった。
「瀬名、声でかいから内緒話になってない」
瀬名は口の横に手を添えて内緒話のポーズのような格好をしているが、隣の席の女子には十分聞こえる声量だった。
「えっなになにー?」
ほら、女子が目を輝かせて食いついてきた。
いつもの瀬名ならそのまま話を続けるところだが、どうも本当に内緒話だったようでごにょりだした。
「ついでに口にハミガキ粉がついている」
瀬名の口元を指差して指摘し、口を洗う言い訳として男子トイレへと逃げ込んだ。
「ああああ、あのな?し、周ちゃん!ここだけの話だけど!」
瀬名でも緊張して噛むことってあるんだー。などと内容より瀬名に気をとられる。
「昨日、彼女ができました」
ん…?
ああ、彼女ね。未確認生物ってやつだろ?知ってるよ。うんうん。
UMAっていうんだろ?チュパカブラ的なやつでしょ。
「え…あ、そうなんだ。おめでとう」
「なにそれ、反応薄いーー!!」
へー、彼女って生物が確認されたんだ。
いや、僕みたいな奴にとっては彼女なんてUMAでしかないけれど、瀬名のように社交的な人間なら彼女も出来たりするのかもしれないと、冷静に理解もできる。
「で、誰なの?相手」
「隣のクラスの鳴海さん」
鳴海ゆあ。華奢で物静かで髪の毛サラサラで人形みたいな…絵に描いたような、男子の注目の的。
まじすか。瀬名に彼女ができたことはさほど驚きはしなかったが、お相手があの美少女の鳴海さんとは恐れ入る。
しかも彼女から告白してきたようだ。僕の幼馴染は結構凄いのかもしれない。
瀬名が続ける。
「それでさ、鳴海さんと一緒に行動することが増えるから、周ちゃんには言っときたくて」
なんだそれ、僕に気を使ってる?そんなの迷惑なんですけど。折角彼女ができたのなら好きにしたらいい。
瀬名は僕の表情を見て、なんとなく読み取ったようで。
「彼女ができても周ちゃんとはこれからも仲良くしてーんだよーー!」
抱きついてきた。僕なんかに気を使う必要なんか微塵もないのに。
これからも仲良くしたい?それは僕だって同じだけど。
瀬名はいいやつだよ、こんな僕といつまでも仲良くしてくれる。
でも、親友を応援したい気持ちもわかってほしい。
チャイムが鳴り、教室へ戻る。
そっか…、彼女できたのか。
鳴海さんからの告白でねぇ…。
…僕だって、好きだったのにな。
2.
翌日には瀬名と鳴海さんが付き合い始めたことは、学校中に知れ渡ってた。
瀬名は僕にしか話していないようだが、鳴海さん側から情報が広がったらしい。
「ゆあ、内緒だよって言ったふに~」
「別にいーじゃん、俺とゆあちゃんが付き合ってるのは事実なのだからっ」
おいおい、それよりもなぜ、僕の席の前にこの2人がいるのですかな?
自然に3人でしゃべってるかんじになって…ねーよ。
瀬名は僕にここだけの話といって教えてくれた。
僕は瀬名以外にしゃべる相手いませんからね、僕からは漏れないけど、普通は即効漏れるパターンでしょこれ。
「内緒だよ」って広がらせる気満々の合言葉ですよね。わざとでしょ。
「でね、ゆあちゃん。俺友情も大事にしたいから、周ちゃんとも今後遊ばせてね~」
「勿論だふに~!ゆあもお友達大事にしたいふに~!」
ええと…
昨日の瀬名の報告以降、多少頭が混乱していることは自覚している。
それでも、この目の前の鳴海という女性の言葉遣いに違和感を感じるのは、混乱のせいではないな?
「瀬名ぴょんの親友はゆあの親友だふに~LINE登録するふに~」
僕ちゃんは瀬名以外とLINEなんてしたことがないふに~鳴海さんは俺ちゃんなんかとLINEしてくれるふに?
ぶああああああああ!
なんだこいつ!?
いや、瀬名が昨日の今日で鳴海さんのことを「ゆあちゃん」て呼んでることにも少し「ん?」て思ったさ。
でも付き合ってるんだから名前で呼ぶのは普通なのかもしれないと言い聞かせてる最中。
こいつは僕の親友を『瀬名ぴょん』と呼び、会話の語尾にわけのわからない呪文を付け加えてやがる。
これがあの、男子の注目を一身に集めた鳴海ゆあなのか?
「ゆあちゃん、普段は猫かぶってるんだよ、でも俺には素顔を見せてくれてんだ~」
2重人格かよ!普通美少女の2重人格って、おしとやかな娘が実は攻撃的とかで萌えるパターンじゃないの!?
でも目の前の2重人格者はうぜーーだけじゃねーーか!
「周ちゃんなら猫かぶらなくても、絶対誰にも言わないし我慢せずに素でいていいよって言ったの」
なに勝手に許可出してんだよ!ただの道連れだこれ!
「ゆあちゃん今日髪型かわいいね~俺のため?」
「そーだふに~お昼ごはんは2人で一緒に食べるふに~」
能天気で馬鹿な男子(ホメ言葉な!)と、不思議呪文女子のイマイチかみ合わない会話を目の前に、僕は朝から疲れ果てた。
昨晩僕は、ものすごく落ち込んでたんだ。
親友と好きな人を一度に奪われたのだから。
孤独には慣れていたつもりだったが、こんなに寂しく感じるものだと思わなかった。
応援しなくてはという建前と、僻みが絡まりあって、苦しかった。
そして今日、この惨劇。
一人でいじけてるのがアホらしく思えた。
鳴海さんの本性はうざすぎるが、気持ちは救われた気がする。
昼休み、2人は僕の席の前で待ち合わせしていた。
ここは待ち合わせに使うようなランドマークではないのですが。
購買で買ったパンを持って呪文女子が現れる。
「あ、俺飲み物買うの忘れた~ゆあちゃんちょっと待ってて」
ちょ!瀬名!呪文女子と僕を2人きりにするな!何の罰だこれは!!
「瀬名ぴょんまって~ゆあも一緒に行くふに~」
呪文女子は瀬名を追いかけていった。あせったぜ。
僕の机の上には2人の買ったパンが置かれたままだった。
瀬名は相変わらず、メロンパン。メロンパン3つ。
呪文女子はいかにも甘そうな砂糖がびっちりつけられて中に生クリームの入った、僕が勝手に「地獄パン」と呼んでいるものを、これまた3つ購入していた。
この2人、似たもの同士なのかもしれないな、と小さく笑う。
ハマったものをひたすらがーーーっと食べて、ある日パタりと飽きる。少なくとも瀬名はそう。
呪文女子、これ食べるのかあ。
「セーフセーフ!レモンティー最後の一個だった!」
2人が帰ってきた。そのまま僕の席で3人で食べようとしたのには、流石に断った。
朝、お昼ごはんは2人で一緒に食べるって言ってただろ。
僕に気を使わずに2人で楽しく食事すればいい。
半ば強引に2人を屋上に追いやって、僕は一人で静かに食事を始めた。
「周ちゃんやっぱ怒ってるのかな~」
「きっと気を使ってくれてるのふに~帰りは瀬名ぴょんと周ちゃん一緒に帰るといいふに~」
「え、いいの?」
「ゆあもお友達と一緒に帰るふに!」
「おおお!俺の彼女いいやつ~!理解ある~!」
屋上では2人が食事を始める。
晴れ渡った空、のどかな昼休み。
瀬名は風になびくゆあの髪を、遠慮気味に撫でてみた。
「ふふ。しあわせふに~」
「俺も幸せ、これからよろしくね」
ニコニコと幸せそうなゆあを確認して、瀬名が3つ目のメロンパンを開封したそのとき。
「ん…!?いっいたっ!!いたい…っ!!!」
ゆあが小さく叫んだ。
ゆあが口に入れていたパンに、、血が滲んだ。
「なんか刺さっ…針?え…シャー芯…?ふ…に…?」
「ちょ!ゆあちゃ...大丈夫!?食べるな!ほ、保健室に!」
小さな唇から血が細く流れた。
3.
購買で購入したパンにシャーペンの芯が混入。女子生徒が口の中を切り、軽症。
針ではなくシャー芯だったこともあり、口の中に刺さりつつも折れてくれて大事には至らなかった。
しかしすぐに学校中の問題となった。パンの販売はしばらく中止。
調べたところによると、パンの袋に小さな穴があけられていて、そこから混入させたようだ。
誰の仕業なのかは、まだ解らない。
最初は、ただの愉快犯は無差別に攻撃しただけだと思った。
しかしすぐに、ある特定の人物を攻撃していると断定できた。
いや、ある特定の『カップル』というべきか。
その後、二人を狙ったと思われる攻撃が続くことになる。
「くそっ!なんなんだこの陰湿な嫌がらせは!」
二人を狙った攻撃は、運悪く鳴海さんにばかり被害が偏った。
さすがに瀬名もいつもの脳天気さは消えて、怒りと焦りに満ちていた。
嫌がらせはネットを使った悪口的なものから、上履きの裏に画鋲というレトロなものまで様々だった。
明らかに誰かが、二人の仲を裂こうとしているようだった。
「そりゃゆあちゃんは人気あるだろうけどさ!俺に文句があるなら俺だけを攻撃すればいいだろ!」
瀬名もヒガミからの攻撃だと考えているようだった。
「そんなことより僕なんかと話してないで、鳴海さんと一緒にいてあげたら?怯えてるんじゃない?」
そうだな、彼氏の俺が守らないで誰が守るんだよ!とかっこいいセリフとともに、瀬名は鳴海さんの元へと走った。
一人になった僕はまた、ひっそりと存在を消して教室を出た。
瀬名と一緒にいるときは、僕の存在を他の生徒達も認識している。
でも、一人になった僕は空気そのものだった。
僕が何をしていても、誰も関心を持っていない。見えていない。
シャーペンの芯を混入するのは容易いことだった。
小さな嫌がらせの種を撒くのは、挨拶することよりも簡単だった。
目的はひとつ。
好きな人と、親友を、失いたくない。
4.
「瀬名ぴょん、ゆあ、怖いふに…」
「大丈夫だよ、絶対俺が守るし、犯人だって捕まえてやるから」
2人が屋上で抱き合う。それを覗き見した周真は歯ぎしりした。
僕がやってことは二人の絆を深めただけだった。
孤独は嫌だ。
それ以上見せつけないでくれ。
僕がこっそりと見ていることなんて2人は知らないだろうけど。
2人はキスした。
僕はパニックで息が荒くなる。苦しい。
子供の時、何度かこんな風になったことがある。
確か、幼稚園で瀬名がほかの女の子と手をつないでるのを見た時だ。
過呼吸。意識が朦朧としてくる…。
チャイムがなって教室へ戻ろうとする2人。
ドアに隠れていた僕は、後ろから突き落とした。
誰をって?
もちろん、鳴海さんだけ。
「ゆあちゃ…!」
瀬名の顔が凍った。頭から落ちたからどうだろうね~
運が悪けりゃ死んじゃうけど、すぐに救急車呼べば助かるかもしれないよ。
どうでもいいけど。
「周ちゃん?まさかとは思ってたけど、周ちゃんだけは無いって、自分に言い聞かせ…なんで」
瀬名に微笑んで、僕は告白した。
フラフラになりながら。必死で息を整え。
「僕も…好きだった…から。ね」
戻っておいで、僕の親友であり、大好きな人。
「僕も、好きだったんだよ、瀬名が」
生まれて初めて書いた小説です。これからゆっくり練習していけたらいいなと思い、まずは一本上げる事が目標でした。
拙い文章で読みづらかったと思いますが、お読みいただきありがとうございました。




