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4.シナリオ

「瞬。それ体に悪くない?」

 横顔にくわえ煙草。

「一応未成年だってのに」

 呑気な感想に苦笑が漏れた。


「そんな事より千代、これ見てみろよ」

 煙草を揉み消しながら、抱えていたノートパソコンを千代の方に向けてやる。

「驚きだぜ。ここ、東京だってさ」

 パソコンに目を落としたまま無言の千代。言葉を発する気配もない。煙草に意見する気はあるのにこっちにはコメント無しか。まあ妥当な反応だけど。

「…―」

 千代は口を開きかけては黙る。その繰り返し。それが結構面白くて、俺は何も言わずに待っていた。



「なんで」


 やっと出てきた台詞が。なんで。

「なんだよ。気の聞かないコメントだな。もっとマシなの期待した」

 辛辣な言葉にも千代が驚いたままの表情で固まっているのはパソコンに映る内容か、それとも俺が(恐らくタチの悪いという表現が適切な)笑みを停めているせいか。

「だって、瞬、施設の外に興味なさそうだったし、実際俺ら出れる訳じゃないし。ここが何処とか。それこそどうでもいいっていうか、知ったからどうって事も…」

「どうってことあるんだよ」

 自分はやっぱり性格が悪い、と思う。千代のネガティブな発言が面白い。

「千代。俺は」

 ばしっと視線が合う。ああ、きっちり聞いとけ。

「諦めるのを止めたんだよ」

 そうだ。いつ死んでも同じとか。仕方ない、なんて言葉で濁すのは。

「止めた」

「瞬……外に…、出るつもり…?」

 恐る恐るといった質問。「もしかしたら」とふとよぎる。外に被害が出る事を恐れているのは俺より千代の方なのかもしれない。でもそれも知らねぇ。俺はニヤリと笑う。

「ああ」


「そっ……か」

 空気が張るような数秒。止める言葉を探してるのか。

 無駄だぜ。


「瞬、だったら…」

「おう」

「俺も付き合うよ」

 予想外。

「止めないのか?優等生」

「うん。必要ないからね」

 ふわり。その笑みは全てを受け入れるようで、全てを拒絶するようで。ただキラキラとした瞳だけが千代に偽りがない事を物語る。

「瞬。俺は面白いのがスキ」

 調子狂うよお前。

「優等生より、共犯者の方が魅力的だ」

 素行良好そうな顔して。

「後に引けないぜ?」

「そこが面白いんだよ」

 なんだそれ。

「そもそも空気感染しないし、多分他の感染の仕方もない」

 ?

「…それって、」

「だから、実際の話俺たちが外に出たところで何も起こらないと思うよ」

「は…」

 それは。

「あーだから…。俺たちが隔離される理由って、つまり、…、無いんだよね」

「はあ!?」

 、…待て、

「感染するかもしれないから閉じ込められてるんじゃないのかよ」

 だから十年も大人しくしてたんだぜ俺は。

「―…。千代、お前なんか知ってるのか…?」

「まあ…十年もあったんだよ、研究の成果が全く出ないなんて変だろ」

 どんなウイルスなのか。感染ルートはなんなのか。

「俺だって調べた。他にやることもなかったし、考えるのはそれなりに面白かったし」

 聞きたいのはそんなことじゃない。

「俺、研究室に出入りしてたんだ」

 ウイルスの提供者として。それから、

「もちろん防護服来てだったんだけど」

 研究員として。

「ある日突然一緒にやってた研究員の二人が感染して死んだって聞かされた」

「感染…?どういうことだよ、矛盾してるだろ」

 千代が顔を伏せる。軽そうな茶色の髪が重力に従って落ちた。弧を描いた唇は恐らくいつもの笑みとは違う。髪に隠れた目が見れればその意味が分かりそうだったが、無理にそれを暴く気にはなれない。

「瞬っていい奴だよね」

 場違いな台詞。遠回し過ぎる。

「…はっきり言えよ」

「俺、信じれなくて。死んだって」

 ―

「研究を打ち切る言い訳にしか聞こえなかったんだ」

「―…頼むから分かりやすく言ってくれ。全然呑み込めねぇ」

「迷宮入りさせる、口実だよ」

 口実…?

「もう調べないってことか?」

「じゃなくて、

 結果が、」

「…なんだよ」

「都合の悪い結果が出たんだ。きっと大多数にとって」

「……」

「例えばウイルスの発祥地が国に必要不可欠なところだとか、今まではテロだとか自然発生だとか誤魔化されてたけど、とにかく研究結果が表沙汰になったら不利益が多いことなんだろうと思う」

 …揉み消されたんだよ。俺たちの、存在ごと。呟かれた言葉に逃げ場所がない。

「研究員の二人が死んだって以外俺は何も聞いてない。俺は研究員全員を知ってたのに、犠牲者が誰か教えないなんておかしいだろ。どうして感染したかも、ほんとならそこからルートだって割り出しやすくなっただろうに『だから研究は打ち切る』なんて、不自然すぎるよ」

「それは、お前の推測だろ…?それとも確信してるのか?」

 確信してる。そう言って上がった千代の目は、揺らぐ素振りもなく涼しげだった。

「研究員は全員生きてる」

「…で、研究は事実上打ち切り、俺らはここで朽ち果てるってのが用意されたシナリオか?」

「そういうこと」

 何だって言うんだ…。

「それは証明できるのか」

 何も言わない千代の目に先を促される。

「他に感染しないこと、研究員が生きてること」

 お前の言ってることが真実だってこと。だとしたらお前は、一緒にやってきた研究員や、結果や、その先の未来にどれだけ裏切られたって言うんだ。

「俺の口先が信じれないなら外に出る以外証明するのはムリ」


 冷えていく。そう思った。


 俺と千代の間を埋める空間が、遠い。


「俺が外に出るって言わなかったらお前、…」

 このままずっとここにいるつもりだったのか?

「あー結構どっちでも良かったし俺。無理矢理出るほど外に魅力も感じてないしさ」

 多分本心なんだろう。

「千代。俺はお前と一緒に外に出る」

 真剣に言ったら千代が吹き出した。

「何の宣言だよ、そんなキャラじゃないクセに、」

 あははマジウケる。

 、…本気で笑ってやがる……

「やっぱてめーうぜぇ…」

「ごめんごめん、ついていきます隊長!!」

 ははは。

 ダメだわかんねーこいつ。むかつく…


「ねーねー瞬」

「―だよ、」

 溜め息、苛立。―有り得ねぇ。

「サンキュー」


 …。

 なんか。



 …まあ、いいか。

 なぜか苛立ってるのが馬鹿馬鹿しくなった。


「なぁシナリオ書き換えって、アリだよな」

 独り言と問いかけの間の中途半端な呟きを空気に乗せる。千代の描いたシナリオか、ただ押し付けられただけのシナリオか。どのみち従えない。

 コメントを寄越す代わりに千代は口角を柔らかく上げた。ああ、そっちの方が似合ってる。

「派手にやろうぜ。感染しないなら躊躇わずに済む」

「うん。でも当たって砕けたくはないね」

 そう言って喉の奥で笑う。

「言ってることの割に楽しそうだな」

「え、あー、わかる?…うん、楽しいんだ俺」

 ―いや言われなくてもわかるけど。見れば。

「得なキャラだなお前」

「ん?うーん、ありがと」

 今礼言う意味と言われる意味あったか?

「褒めて、ない」はず。

 にこやかに頷いた千代は、それでも相変わらず俺に出来ない笑い方で、

「気にすんなって」

 へらっと言った。こういうのは、わかり合える日が来ない気がする。

 からからと流していくことは俺には出来ない。真似するつもりも無い。

 けどこいつと一緒に行くのはそんなに悪くないと思う。手に手を取ってなんて、それこそ柄じゃねーけど。

「あー俺本気で瞬で良かったと思うよ、逃げるだけなのにワクワクする!」

 …脳天気。とにかく取り敢えず、…真似はしたくない。

「無駄にポジティブとか今要らねーから」

「うわ冷たー」

「、、、」

「…。すいません隊長」

 ―隊長じゃねえ!!

「当たって砕けないためにはどうすれば、「千代真面目に聞け」

「…、わかった…」

 これじゃあ先が思いやられる。


 頭痛の予感を紛らわすように放置していたパソコンを引き寄せた。



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