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10.光

視界はきかないが、セキュリティー統括本部に近づくにつれて警報は小さくなる。本部の人間がそこだけ警報を切ったのだろう。事態の対処をするために。対処するべき事態が『感染者の脱走』だと分かっていて、しかも主電源が他と違う統括本部は照明も落ちていない。施設内にいる人間が外に出るためにはそこを通るしかないから、罠を掛けるなら当然そこだけで十分だ。それに感染者が辿り着くまでには少なく見積もっても10分ある。

そんな圧倒敵有利な状況で、ネズミ捕りを仕掛けない奴なんているだろうか。


一応のところ武装集団は巻いたようだ。それでも俺たちは暗闇を走る。と言っても全速力って訳にはいかない。

今更イチタニを放り出してくってのも、……ねぇよ。確かにその選択肢は。確かにな。

ばこんっ、がこっ。

ああ、それはそうなんだけど。

「瞬ー。イチタニさんがちょっと…、その…」

せんせぇ。勘弁してくれ。

「―って!」

ばんっ。どこっ。

…マジかよ。

「瞬…、ちょっと、……待ってあげたり、とか、…」

千代が躊躇いがちに俺を伺ってくる。

「しねーよアホかテメーは!一刻を争ってんだよ!!止まんな走れ!」

いるのかホントに。こう…、運動神経皆無、って奴は。よりによって、こんなとこに。

「いいんだ千代、瞬、先に、行って、くれ、…はぁ、」

市谷が弱々しく呟く。後半の息切れは、なんだ、聞かなかったことにして大丈夫な種類のボケか?オイどうなんだその辺、勘弁してくれよ。

「行け、気に、…はぁ、はぁ。する、な、」

「格好つけんな、格好ワリーんだよオッサン!!」

我慢できずについ叫ぶ。照明を落としていくら姿を隠したところで、こんな大声でツッコミ入れては台無しだ―俺はここだ。さあ撃てよ、どっからでも―どこぞのアクション映画じゃないんだ、そんな茶番は願い下げだ。巻いたからといって声が聞こえないとは限らない。

だが言いたい。せんせぇあんたとんでもなく足手纏いだ。

なぜ真っ直ぐ走れない。

ひらりと軽快な白衣を、それこそ悪くないと思ったのは数秒前だ。しかしそれは過去だ。数秒前を懐かしむなんて気が滅入る。振り返っても市谷の表情は伺えない。真っ暗だからだ。だから市谷は走れないのだろう。見えないから。勘と…、やっかいなことに体力っていう根本的なものにも問題がありそうだ。ばんっ。それにしても一体何にそんなにぶつかるんだ?

「せんせぇ、あんたも銃持ってんのか?」

市谷が奮闘しているであろう方向に見当をつけて話しかける。がこっ。

「…、いや」

否定らしき言葉が返ってきたものの、直前の間は多分息切れのせいじゃない。

「それは、『今は』所持してないって意味であってるか?」

つまり持つ持たないは各自の判断に委ねられるにしろ、施設の人間それぞれに銃が行き渡っていたという意味で。

「ああ、―すまない」

右の方で千代がふっと笑う気配があった。まったく、俺も笑いたい気分だ。すまないだって?その謝罪は、銃を向ける対象がおれたちだったという以外解答を持たない。

まぁいいけど。俺も千代もまだ生きてるし、何にしろこいつは撃たなかった訳だし。とにかく、今のところは。


「驚異だな、…ここで、走れる、っていうのは」

市谷が言った。

「―…。普通だろ?…しゃあねーな、30秒だけ止まってやるよ。―っとに、命取りになったら謝れよマジで」

進むのを止めて溜息混じりにぼやくと、市谷はやっぱり有り得ない選択肢を提示する。

「だから、先に行け、って。命取りになったら、責任の取りようがない」

「はあ?別にそんなの期待してねーから安心しろよ」

市谷に取っては良い知らせだろう。俺は責任を市谷に要求するほど呆けちゃいねぇ。

「だが、…」

ああ面倒臭いな。

「イチタニさん、暗くて見えないからあなたには分からないかもしれないけど、瞬が『だがもクソもねーよ』ってすんごいイライラしてるから、今は黙って息を整えてくんない?」

千代の実況中継みたいな要求が事実そのままで複雑だ。プラスお前だってイライラしてんじゃねーか、千代。口調が固まってるぜ。

「わかった。…悪いな」

市谷がそう言ってやっと黙った。

なんなんだよ。

市谷には一生わかんねーんだろう。良いとか悪いなんて、俺にしてみたらどうでもいいことだ。市谷が悪いのか、俺たちが悪いのか、他の奴らが悪いのかなんて、結局は主観の問題だ。言い分がなきゃ善悪は存在しねえ。言い分があれば反対意見が悪だ。世間が正義を主張するなら、俺は悪でも構わない。

「ゆっくり歩くなら問題ねーか?俺の距離感が間違ってなきゃ統括本部まであと2、300メートルってとこだぜ。この先3回左に曲がったらつくはずだ」


暗闇と沈黙とゆったりした足取りで、自分と世界の境界が溶けていく気がする。代わりに思考の働きが妙に活発だ。


存在とは、なんだ?存在を抹消されている俺たちは、『存在している』ことになるのか?

俺は生きているのか?死んでいるのか?生の定義はなんだ?俺を構成しているものと、他者を構成しているものの違いはなんだ?人間とそれ以外の違いはなんだ?この世界はなんだ?現実か?幻想か?どこまでが俺の思考で、どこからがそうじゃない?始まりと終わりは?時は止まっているのか?動いているのか?


俺のしようとしていることは、一体なんだ?


「瞬」

千代。

「光が見えるよ」


―幻想でもいい。

悪くない。俺の目に映るものは、上がっても下がってもこの世界だ。

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