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書店部の内部事情  作者: 片羽京介
間のお話「冬の蜃気楼」
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番外:現在の書店事情


お久しぶりです。

今の状況を少し話にしてみます。

時系列的には書店部の内部事情が始まる前に新型ウイルスの影響があったら……という想定で書きました。


しかし現状を描くのは次回からになります。理由はご一読頂ければ……すみません。


それでは短い間ですが、また少しだけお付き合い頂ければ幸いです。





 薄暗い部屋の中で、ガサガサと紙が擦れる音がする。

 5月初旬という既に春めいて久しい時期なのに、そこは空気も冷たく、そして喉が張りつくほどに乾燥していた。


 …………。


 …………。



 蠢く二つの影は高校生に、というか哺乳類に相応しい熱量とか気迫とかを持ち合わせているはずなのに、まるでその場にある多種多様な本たちと同類であるかのように無言を貫く。


 …………。


 双影の片割れである(瀬名悠里)は少なくとも血の通った比較的活発な学生なのだが、この部屋の空気感……というかあいつのせいで、死んだように部活動に勤しむことを余儀なくされている。


 ここは書店。本屋さん。

 しかし今は長い間眠りに就いている。いや、正確には就こうとしている。


 先輩達からバトンタッチされたばかりの新星大学附属高書店部は、参考書と大人気少年漫画が飛び交う春の商戦の真っ最中に大変なことになっていた。



 ……………………。



 …………。




 死体安置所のような店内に電話のデジタル音が鳴り響く。

 俺は音の出所よりも、その先にいる冷血で無味乾燥な同級生に目をやる。するとあちらも暗がりながらこちらに視線を向けている気がして、少し目線を下げ、諦めて立ち上がる。


 あいつの、深千代玲奈の目はお互いが顔を見たくないからという理由で照明も点けていないこの部屋で、何を抱くのか知らないが爛々と輝いているかのように感じた。

 男だって綺麗な宝石が目に留まれば反応くらいしてしまう。そういうまぶしい材質(整った顔立ちとか長い手足とか)で出来てしまっている以上、たとえそれが危険な毒物であっても、あるいは大嫌いなピーマンであっても、意識してしまうのは仕方ない。

 ……そう、仕方のないことだ。



 俺の一瞬の自戒の間に、バサッと何かを置く音が聞こえ、カツカツと軽いリズムながら早めの足音が近づいてきた。慌てて俺はカウンターにある電話機へと駆け寄る。


 その周りは防犯・防災の関係で基本照明を落としていても小さなLED灯が年中点いている。暗がりに灯るそれはさながら舞台のスポットライトのようで、俺が先に登場し、遅れて玲奈も登壇するかたちとなった。


「…………はい、ありがとうございます。こちらーー」


 その無駄な、腹立たしいほどに無駄な演出効果にやられて息を呑んでしまった俺は再び一拍の硬直状態に陥ったが、プライドとか野心とかそういう清くは無いものを燃やして無理やり頭と手を動かした。



 電話は何てことのない、ここ数日よくある類いのもの。

「営業はしているか」「営業再開はいつか」

 後述する緊急事態への対応ということで仮死状態となった当店への安否確認を問う電話である。対応は概ねテンプレートであり、特に思考を挟む必要は無い。


 ……なので俺の意識は、目の前で腕を組んで何か言いたげにしているめんどくさい危険物の方に向いていた。


「すみません。学校自体が休校なので」


 まるで毒の塗られた刃物、異常に牙の発達した蛇。元々目つきが鋭い奴なのに、その目に据えられたら最早鋭利としか例えようが無い。

 そのことを本人も気にしているらしく、中学の頃くらいからこめかみ辺りを触ることが多くなった。それと声色とかもかなり穏やか調整入ることが増え、とにかくあれこれやって柔和に努めているようだ。

 ……しかしここでは一切の遠慮が無く、玲奈の鋭冷眼とかいうレアドロップが至るところで見つけられる。ちっとも嬉しくない。


「はい。申し訳ありません」


 電話は間もなくして切れたのだが、何故か玲奈は元いた暗闇へ帰らず目の前にいる。このままでは受話器を置いた後に向かい合って会話をする構図が発生してしまい非常に危険だ。かといってこちらが目を伏せていそいそと作業に戻るのも……なんかその、ちっぽけな自尊心というか。


「はい……。はい……ええ、ええ」


 なのでツーツー言ってる受話器越しに俺はエア電話を続けることにした。言うまでもないがこちらが玲奈と話すことなんて無いのだ。状況的にあちらにはあるようだがどうせろくなことじゃないし、聞けば100パーこちらが不快になること間違い無しなので玲奈が根負けするのを待つという算段だ。

 ……断っておくが決して現実逃避じゃない。逃げてない逃げてない、うん。



 そうしておよそ数分間、時に何かしらの数値を持ち出して大人(?)ぶったり、時に情熱を交えてこの苦しい現況を抜け出すために献身してますアピールをしてみたものの、そもそも俺は玲奈に何を訴えたいのか分からなくなり、次第に混乱してきた。



「切れてるでしょ」



 そんな混迷の極致に聞こえてきた声は、こちらを煽るでもなく哀れむでもなく、ただ苛立ちと冷たさだけが伝わってくる響きだった。


「……お前、」

「お前?」


 俺は少し間抜けさを感じながら受話器を置き、居心地の悪さから玲奈をお前呼ばわりした。すると途端に彼女の眉もつり上がる。


 俺は浮かれていたつもりはないが、ただ決定的に心得違いをしていたことは認めざるを得なかった。


 本当は言い争いなんてしたくない。

 それは相手を思いやるとかそういう意味ではなくて、俺たちは心底、徹頭徹尾、最低限の関わりしか持ちたくないのだ。



 ……そしてこの休業中の間に、俺たちが色々な意味で面と向かって話したのは結局これが最初で最後だった。


 というのも……。



「あ、いる。お疲れさまです」



 わ、暗い、と独り言もつぶやきながら、後輩であり新入部員の華宮アオイが非常ドアを開けて入ってきたからである。





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