冬の蜃気楼17
次からサブタイ付けます
「……有夢」
俺は声をかけようとしたが、先に口を開いたのはアオイだった。
妹には困り顔の先輩に見えたかもしれないが、俺や円城からすると、玩具売り場で何も買ってもらえず引き返す親の背中を見つめる子どものそれだった。昔、書店部に入りたてで本当に何も分からなかったアオイによく見た表情だ。
「……だめ、でしょうか」
しかし、外面は変わらずとも元後輩も三年半で経験を得ている。
俺が高校二年の冬に精神的に折れてしまい部活を辞めた後、附属高校では周囲の批判を受け学生への管理職の一任を廃止した。要は店長、副店長などの役割が無くなったのだ。一応、部長などの部活として最低限必要な役は残ったが、専ら大人からの指示の伝達や連絡網の発信役など身の丈に合った程度のものとなっている。
そんな、図書委員に肉体労働が付与された程度までランクダウンした書店部において、三年生だったアオイは中心的な役割を担っていたと聞いている。
「…………」
俺と円城が見慣れた困り顔は一瞬で掻き消え、後輩に気を張る少し頼もしい表情が垣間見えた。
「……40分くらいしか、時間取れないけれど」
「……はい! ありがとうございます!」
今日の俺はことごとく後手に回る。店の案内を二人に任せて至流の手伝いに回るというナイスアイディアが喉まで出かかっていたというのに。
……まあ、言いたい時に何も言えないのは昔からか。俺は結局、何も変わらなかったんだから。
アオイがちらとこちらを見る。俺と円城が隣り合って後輩二人を先導する流れになり、追い越す刹那に「すまない」と小さく声をかける。返答は特に無かった。
「あれ、コミック館は見ないんですか?」
先……円城先輩、と重ねるアオイの問いに、
「うん。過保護なお兄ちゃんが見せたくないんだってさ」
「気にしなくていいよ有夢」
にししと笑いながらそう返す円城と、とっさにおばあちゃんのような声色で妹を諭す俺。可愛い可愛い有夢ちゃんや。
アオイは答えを聞いても分からないようだった。今に限ってはフィルター対象が二人いることを俺はようやく自覚した。
「恨むぞ円城」
「まあまあ、奇策に加担する見返りだと思ってさ」
そう言って円城は再びこちらの腕に絡めてこようとするが、最早任○堂ばりにフィルターを強化した俺は一切の不適切を受け付けない体になっていた(何か不適切だが)。
「そういえばさ」
『10月、放送スタート♪』などとキンキンなアニメボイスが聴こえてくるコミック館を背後に、円城が口に手を当てて問う。
「なんでアオイはコミック館にいたんだろうね?」
「……そうだな」
ここは小声でやり取りしたが、後ろは後ろでクスクスおしゃべりをしているようなので気にしなくて良いかもしれない。だが極力話題にも出したくない部分だ。
「まあ、アオイも興味を持つ年頃なんじゃない?」
俺は適当に返答した。
本当のところは何となく分かっているのだけれど。
……アオイは、高校受験で悩んでいた店先で俺と出会い、附属への進学と書店部への入部を決めたと、昔言っていた。
そして入部して一年足らずで俺に裏切られ。
しかし、今もこうしてお互い同じ学校と部活に籍を置いている。
俺とアオイは口をきかないが、同学年になったこともあってすれ違うことは多くなった。そしてそれ以上に目を合わせることも。
「そういうものかな?」
「そういうものだ」
こちらがアオイに気づいた時には、あちらは既に俺を見ている。そしてばつの悪そうに顔を背ける。それがこの半年の日常になっていた。
……昔とは違う。昔ならそのままとことこと走りよってきて部活のことを聞いてきたりした。今はたまたま目が合うことが多いだけで、アオイはもう……。
確かに周りは変化しているのだと言い聞かせて、再び落ち着ける劣等感に浸る。そういう時は奈留を思い出すと、少し気が楽になる気がした。
……変わらないのを願うのは、やはり残酷な話だ。




