冬の蜃気楼15
「それで、今日はどうしてこんなとこ来たんだ?」
先ほどの俺と円城のシチュエーションについての説明も得られないまま、超至近距離で質問責めに会う有夢が流石にいたたまれなく思えてきたので、説明責任の有無もあってこちらから助け舟を出すことにした。
「はい、参考書を買いに」
通学鞄を前に抱えて有夢がちょこちょことこちらに歩み寄ってくる。身体は大きくなってもここら辺は妹って感じだ。
「それと兄様のお仕事ぶりを拝見しに来ました」
「ああ、今日はデスクワークなんだ。地味でごめんな」
そんなことありません、と、兄の俺にも謙遜をする(できる)のがこの出来た妹の魅力である。
実のところ書店員にカッコいい瞬間なんて陸上競技の判定用カメラで1F毎に確認しても見つけられないのだが、わざわざ妹が来てくれたとあれば何か仕込みでもいいからかっこつけたいところ。
……こういう時に本屋の魅力とか本屋で働く楽しさとかではなく自身の体面を気にするあたり俺も相当の畜生である。
「それなら僕たちと店頭を見ていこうよ。学参(学習参考書)館までの道すがらさ」
「え、良いのですか?」
「ああ、そうしようか」
有夢が心底嬉しそうにしているので俺も乗ることにした。こちらも部活までの一時間を持て余していた……と思うので問題無い流れだ。
俺の部内での境遇は訳あって妹も把握済みなので、そういう諸々も含めて何か感じ取ってもらえれば、と思う。
……他は、まあ、いいか。
「じゃあまずは身近なコミックコーナーだね」
「あ、はい」
「……円城、ちょっと」
そうして荷物を整え移動の流れになったところで円城を事務所の奥に誘う。実は最初から難所なのだ。
「え? コミックコーナーはスルー?」
「そうして欲しい」
有夢には聞こえない大きさで段取りの相談をする。学生に一番人気であろう漫画の売り場を排除する動きに野党からは不審の声。
「うちは、瀬名家は凄く平和で牧歌的な家なんだよ」
「はあ」
「そうだな、例えるならシルバニアファミリーみたいな」
「そんな和佐君みたいなことを……」
ああいう頭咲いちゃってるけどやることはやってる現代っ子と違って有夢は本当に純粋育ちなのだ。え? 分からない? 漫画読んだことないんだよこいつは。
「趣味は編み物と花壇弄りでテレビはニュースかCSのミュージカルくらいしか観ないんだ」
「ふうん、珍しい子だね」
そうだろう。だからもう正直そんな妹は毎日通学して公道を歩いて見知らぬ人とすれ違っていると考えるだけで地球なんか滅んでしまえばいいと思うことすらあるのだ。当然Twitterなんかもできれば一生関わらないで生きてほしい。
「そこで今のコミック売り場だけどな。今のあの場所なんて有害図書ばかりだろ」
「言いっ切ったよこの店長」
長らく書店に携わる俺の物言いに円城は大いに引いているようだが、正直長くいるからこそここが毒の沼地化していることに鈍化してはいけないと思うのだ。
「まあ現代人は良いのさ。血みどろ・隠喩に超展開には慣れっこだし、そもそも現実と空想の区別がしっかりつけられる分別もある。けど有夢は違うかもしれない」
「過保護だねぇ」
もし有夢が何かの手違いで店頭で見かけた漫画の内容を知って寝込んでしまったら、俺はすぐさま該当の版元の漫画を全て返品して空いたスペースに「NHKテキスト趣味の園芸」フェアをぶち上げてやるからな。
「分かったよ。そんな版型の違い過ぎる本を並べられても困るしね。にしても実の妹に幻想抱いている人初めて見たよ」
「……まあ、な」
円城から納得を得られたのは良いものの、明らかに怪しい身振り手振りで説明していたので当の有夢が大層不安げにこちらを見ていたことに終わってから気づくのであった。




