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書店部の内部事情  作者: 片羽京介
第一章『幽霊は舞台で微笑む』
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ラブコメ展開にはならねども(下)







「す、すげぇ…」


エレベーターから出た先は、既に「書店」だった。


驚かされたのは、その面積の広さである。

およそウチの体育館ほどはあるだろう。

そんな広大であるにも関わらず、この店はどこからでも店内全体を見渡せる。


俺たちの店のように、スペースが限られており、仕方なく高い本棚を組んで陳列するような必要がないからだ。

棚の高さが人間の肩ほど(アオイの身長レベル)までしかないので、店の端からでも、どこに何が置いてあるか見渡せるというわけだ。これは羨ましい。


「うむ。見渡せる分、余計に広く感じるな」


剣崎先輩もこの光景に圧倒されているようだ。


店内には、ウチと同じ緑のエプロンを着用した店員が作業をしていた。

店員は、ざっと見ても五人。

普段三人で回している我が店と比べて、当然ながら多い。むしろ二~三人増やしたくらいで運営できるのか気になる。


「店長さんはいますかね?」

「そのはずだ。今日のアポイントは彼女にとったからな」


そうなんすか。

……うん、彼女?



「あら、もういらっしゃったのね」


エレベーターを出てすぐの場所に展開していたビジネス書のコーナーを見ていると、後ろから不意に声をかけられた。


「ごきげんよう、剣崎生徒会長」

「久しぶりだな、亜理亜」


振り返ると、無駄にオーラのある少女が後ろに立っていた。

腕を組み屹立する様から、自信の高さが見て取れる。


「どうだ?晴れて店長になった気分は?」

「あまり変わりませんわ。去年から部長の仕事をずっと私が引き受けてきていたようなものでしたから」


亜理亜という名の彼女は、そう言って組んでいた腕を解き、片手を自身の額にあてた。


「私が店長を引き継ぐ際にも、まあ何とかなるから…とか言って、ロクに申し送りもありませんでしたわ」


あぁ、それは俺にも通じる部分あるなあ。俺の場合は「気合と根性で乗り切れ!」だったけど。

どこも店長(というか部長)なんてそんなものなのかねぇ。


「ところで、そちらの方は?」

「おっと、紹介が遅れたな。こいつは瀬名悠里。お前と同じくこの春からウチの店長に就任した期待の星さ」

「あら、あなたが…。初めまして。私はこの新星大学附属第二高校の書店部員、二年生の二乃舞亜理亜にのまい ありあと申しますわ。瀬名様と同様、春から店長を任されていますの」

「…どうも、附属高校書店部店長の瀬名悠里です」


こちらが思わず緊張してしまうほど、彼女…二乃舞亜理亜の存在感には際立つものがあった。


いかにもお嬢様といった感じの、落ち着いていて優雅な物腰。一挙手一投足に上品さが漂う。


髪色はやや明るい茶色。人によっては金髪と呼ぶ人もいるだろう。

長さは深千代とほぼ同じである。もし二人がゲームのモブキャラにでもなったら、髪の毛の色だけで差分されることだろう。


「すごいですね。同じ二年でこれだけの面積を誇る店を管理しているなんて…」

「ふふ、そんなことありませんわ。この店はスタッフも多いから、ルーティンワークの量で言えばそれほど変わらないと思いましてよ?」


謙遜しつつも、その笑みには自信の表れが見て取れた。やっぱり自覚とか自信とかって必要だよな。


「瀬名、私は少し店内を見て回ることにするよ。店長同士で実りある会談を」


そう言い残して、先輩は店の奥の実用書のコーナーに向かって行った。


「……瀬名様は、我が校とあなた方の学校との関係についてはご存知かしら??」

「?いいえ」


先輩が視界から消えたと同時に、二乃舞の表情が少し固くなった気がした。


「そう。では、二校の理事長が不仲であるという噂は聞いたことがありまして?」


??そんな話は聞いたことがない。店長である以外に普通の学生である俺にとっては、そのような上層部の話は正直面白みも感じないし。


「…なるほど。まぁ、そのような方が店長になられることもありますのね」

「附属高と私たち第二は、立地は違えども偏差値においては、近年抜きつ抜かれつの切迫した状態となっています。倍率も、最終的な数字としてはほぼ同一なのです」


それは知っていた。高校受験の際、偏差値の等しい大学附属のこの二校で迷ったことがあった。

…一緒の高校になりたくない奴が若干一名いたから、あえて今の学校を選んだのだが、何の因果か、結局同じ高校に通っている(しかも同じ部活!)。


「それで、偏差値以外のところで競い合う対象として、私たち書店部の売り上げがやり玉に上がったというわけ」

「それは、またこちらに勝ち目のない対決だなぁ」

「ええ。やはり立地や売り場面積を考えると、どう転んでも私たちの方が上ですわ。なので、あなた方の理事長は売上比率で競うことを提案してきましたの」


…はぁ。そういうことか。


「書店業界は、出版業界の不振もあって毎年売上は下降の一途。その中で、いかに売上を落とさずに一年を通して利益を得られるかで勝敗を決めようということになりましたのよ」


言い終えた二乃舞の目に、ギラギラしたものが窺えた。


ーーつまり、私とあなたはライバル関係にあるということ。


そう言っている目だった。


「正直なところ、はた迷惑にしか感じないぞ俺は」

「あら、そうですの?」


そりゃあよくも知らないおっさん達の争いに巻き込まれてるだけだものよ。

それに、ウチが売上を落とさなかったってだけでここより優位だと胸はれる気がしない。


「だいたい、俺と二乃舞とじゃ経験の差が開きすぎてるんじゃないかな?店長同士の時点で既に勝負になってないよ」


理事長は意地張っているようだが、土台こちらでは相手にならないのだ、ということを伝えた。



……二乃舞はしばし呆気にとられ、短くため息を吐いて、こう呟く。


「……そうね、確かにあなたでは相手にならなそうですわ」



ーーその後、少し最近の売上の話をした後、仕事のある二乃舞を引き止めていては悪いと思い、俺は一人で店を見て回ることにした。



~~~~~


※以下、剣崎視点



瀬名と別れて店内を観察していた私は、部員らの店に関するいけを聞くことにした。


私見では、我が校の書店部員は部長を中心にまとまっているように思える。しかし、仲が良いだけではこの先の売上向上には繋げられないだろう。


ライバル店の調査も兼ねて、ここは一つ探りを入れてみよう。


ターゲットにしたのは、コミックコーナーで作業をしていた背丈の高い男子だ。

メガネをかけており、比較的大人しそうな印象を受ける。


「すまないが、少し話をいいかな?」

「いらっしゃいませ。あ、附属高の方っすか?」


接客態度は、まずまずと言ったところか。

笑顔は出ているが、語尾の「っす」がだらしない。


「ああ。生徒会長をしている剣崎静華という」

「…まじっすか」


メガネをクイと上げる部員。生徒会長とはそんなにインパクトのある単語だっただろうか。



……。


…。



「…なるほど。では亜理亜が店長になってから、部員の心構えがガラッと変わった、と」

「アイツ、いや、店長はスゴいと思いますよ。一人で朝入荷した書籍とかもあっという間に出せちゃうし、毎日出版社の営業と相談して店の配置替えとか計画してますし。」


…やはり、現在の第二高店は二乃舞亜理亜という圧倒的なカリスマ性に牽引されているようだな。


これは売上向上が期待できるだろう。グループとしては喜ばしいことだが…。



「あの、今日は会長さん一人で来たんすか?」

「ん?いや、我が校の店長、瀬名というのだがね、そいつも同伴だが?」

「あ、悠里も来てるんすか。懐かしいなぁ」


途端、高身長店員の顔がパッと綻んだ。

瀬名の知り合いのようだ。


「中学の同級生なんすよ。瀬名と言えばウチの中学じゃちょっと有名人でして」

「ほう。あの没個性のアイツが」

「ええ。今もゆう×れいコンビが健在かと思うと、何かしみじみさせられますね」


ーーゆう×れいコンビ??


「なんだ、それは?」

「瀬名と深千代のことですよ。ユウリとレイナでユウ×レイ。当の二人は知らないですけどね」

「ーーああ、そういうことか」


かねてから二人が同じ中学で生徒会長、副会長であったことは聞いていたが、陰でそのような呼び名が。

やはり、それだけ仲が良いということなのだろうな。店でも二人で気さくに話しているところを見かけたことがある。


「はぁ。まあそういう意味合いでつけられたんだと思うんですけど。今思うと、なかなか言い得て妙なのかなぁ、って思うんすよ俺」


「??というと?」


「確かに、生徒会のイベントの時とか公の場所ではすごく仲良さそうに会話していたんですよ。

でも、よく考えたら、休み時間とか放課後とかに談笑しているところとか、一度も見たことないんですよ」


……。


「……ふむ」


曖昧な相づちしか打てなかったのは、少なからず共感してしまったことに、内心驚いていたからである。


…言われてみれば。


「在学中もいつか付き合う、ってもっぱら噂だったんすよ。小学校から知り合いで家も近いし。深千代はあの見てくれですし、瀬名だってガキで先走ること多い奴だったけど、女子の間じゃ割と人気だったって話っすから」

「一度、クラスの奴らで共同して、下校路に二人を鉢合わせてみたことがあったんすけど、お互い顔も見ないでそのまま帰って行ったことがありまして。まぁ、その時はお互い気づいてなかったんだ、ってことで終わっちゃったんすけどね」


…深千代は勘が鋭いからな。気づいていたんじゃないかと思えなくもないが。


「それで、関係が死んでいるみたいだから幽霊、ということか?」

「そうなりますね」


……。

…これは、どうなのだろう。

八割がた彼の気のせいであるとは思う。アイツらのことは書店部に入って以来よく気にかけてはいたが、およそ、そのような陰を感じたことはなかった。


しかし、胸に突き刺さるこの違和感という名の不安はなんだ??

あの二人には、何か、現実を超越したような秘密があるのではないか。そう錯覚させられる。



「……ありがとう。アイツは昔から変な奴だったのだな」

「そこは間違いないっすね」


その後、質問に答えてくれた彼に礼を言い、私はカウンターに戻ってきた亜理亜と話をしてみることにした。


しかし、最早ここの店の人員体制について伺う気はおきなかった。



※剣崎視点終わり


~~~~



第二高店は、その広大さの割りに隅々まで商品展開が洗練されていた。

POPと呼ばれる、商品販促用の小さな看板のようなものがいくつも使われていたし、棚も取り出すのに窮屈ではない適度な収納量だった。


「…やっぱ、こりゃ勝てないって」


ここの三分の一以下の面積しかない自店ですら、詰め込みすぎて本が取り出しにくい棚がいくつもあるというのに(主に新しい本が入ってきて、代わりにどの本を店頭から撤去して良いのか判断できないが為にこうなる)



…ま、しょうがないよな。

俺の戦う相手はここじゃない。

このまま順当に行けば生徒会長になれるんだ。

そうしたらこの書店部ともお別れだろうからな。


中学時代の同級生と会話をしていたところで、剣崎先輩がそろそろ帰るということだったので、俺も一緒に去ることにした。



「待って、瀬名様」


帰りがけに話しかけてきたのは、あらかた作業の終わったらしい二乃舞であった。


「あなた、ウチの佐伯と同級生のようですわね」

「うん。アイツ結構適当な奴なんで目光らせてた方がいいよ」


などと小粋なジョークでクールに去ろうとしたのだが…。


「…あなた、聞いたところでは中学時代に生徒会副会長だったんですって??」


……。


「……うん、そうだけど」

「それで、今は書店部の店長ですわね」


…。

…、コイツ、まさか。



「てっきり、そちらの店長には彼女がなるかと思ってましたわ」

「名前は、何と言ったかしら。確か、深千代玲菜…」

「黙れ」


……言い放った時には、もう遅かった。

二乃舞の顔には、今まで見たことのないような感情の昂りが見て取れた。

恍惚といって差し支えないほどである。


「素晴らしいわ」


俺は、二乃舞亜理亜という女子の印象を改めなければならなかった。


「あなたにとって、書店部は、新星大学附属高校は、復讐の舞台なのね」


コイツから感じたカリスマ性、将来性の高さは、確かに嘘偽りないものだろう。

しかし彼女は、それと同じくらい看過できない要素を秘めていると感じる。


それは光の強さが増せば比例する影のように…。


薄気味悪くすら感じる勘の良さも、その一端のように見えてくる。


「話をしている内では、前任の倉田店長タイプかと思っていましたが、何やら得体の知れない動機を持っているようですわね。同じ附属校として、是非とも協力してあげたくなりましたわ」


「変な詮索はよしてくれ。俺は普通の高校生なんだ」

「そうですわね。私もあなたも、至って普通の高校生ですわ」


お前はちげーよ!


「普通の高校生同士、休みの日にお会いになりませんこと?」

「なに言ってんのお前!?」


忘れかけていた先走り文芸部ポーズを再発しそうだよ!


「それくらい興味を持ったということですわ。それではご機嫌よう。近い内にそちらにもお伺い致しますわ」


ダンスを終えた令嬢のように、恭しい所作で見送る二乃舞。

変な繋がりができてしまったなぁ…。


……。


…。



帰りの電車の中、先輩は何か思案に耽っているようだったが、間もなくしていつもの快活さを取り戻したようだ。


「どうだった?ライバル校の品揃えは」


「とても参考になりました。明日からの自店の商品展開の判断材料にさせていただきたく思います」

「気持ち悪いほど真面目だな…」


…とはいえ、あの危険因子な約一名を抜きにしても、第二校の陳列は見習うに値する素晴らしいものであった。


雰囲気も良かったし、俺としても自店を改造してみたい気になった。



明日から、とりあえずまた頑張ってみるか。


「ところで、アレは見られたのか?」

「?アレとは?」

「第二校に伝わる伝説のカッター『ディメンジョン・シュート』次元を含むあらゆる事象を一刀両断するという…」

「な、なにその最強装備が全国に散らばっているみたいな設定!!」


ともすれば壮大な冒険でも始まりかねないという希望を胸に抱き、この日の休出はお開きとなった。







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