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書店部の内部事情  作者: 片羽京介
第四章『瀬名玲菜』
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放課後はクロスカウンターと共に





午後の授業中を、俺はほとんど中央高校との結託に関する仔細な調整に費やした。

アクシデントはあったものの校内の協力者も決まり、後は本を移動させる頻度と発送時の梱包の仕方だ。


…円城さんにはひやっとさせられたが、まあ聞かれたのが彼女で良かったと考えるべきかな。


元々、円城さんはこの件のパートナー候補に挙げていた。色々とオープンな性格だから情報を漏らしたりしないかが唯一の欠点だったが、その他の点は玲菜についで優秀なステータスを持っているので問題はないだろう。


何より本人がかなりやる気のようである。俺が本当は悪いことだという説明を省いたからってのもあるかもしれないが、話を聞き終わった円城さんの目はキラキラと輝いていた。


『ふふ、ようやく書店部でも僕の役割を見つけられた気がするよ』


とは彼女の言葉である。元からコミック・雑誌・ランキングコーナー等の管理を任せていたので、俺は円城さんにはとても助けられていたのだが、どうやら彼女自身はそう思っていなかったらしい。


そして、そう言った円城さんの表情はとても嬉しそうで、妙に女の子らしかったので俺は思わずドキッとしてしまった。

今後は彼女と関わり合いを持つことも増えてくるだろう。

その手始めに、俺は二年生三人の週シフトを変更することを考えている。水曜日の玲菜のシフトを円城さんに交代してもらうのだ。

日頃から円城さんはシフトに入る数が少ないと不満を漏らしていた(それで役不足だと思っていたのかな)し、水曜の夜に移動協定の話し合いを行えるようになる。そして何より俺と玲菜が夜番になるシフトがなくなる。もういいことづくめなのだ。今までも案としては考えていたのだが、きっかけがなかったので実行には至らなかった。


今回は円城さんから玲菜に申し出てもらうことによって、恐らくシフト変更の悲願は果たされるだろう。うん、いい調子じゃないか。

俺はこれからの書店部が少し楽しみになってきた。

とりあえず店長会を乗り切ろう。本格的に動くのはそれからだ。


セミはまだ鳴き出してはいないが、外は既に陽射しと陽炎の挟み撃ちによる猛暑の様相を呈していた。




「玲菜」


六時間目終了後、俺は部活へと向かう副店長様を廊下で呼び止めた。

前に話したように月曜日は少し忙しい日だ。各ジャンルの週間ランキングの入れ替えやビジネス三誌に掲載された書籍の発注等、入荷こそ少ないもののなかなか余裕のない日である。なので玲菜は毎週早めに部活へ向かい、まだ教諭がレジを見ている中でせっせと作業を始めている。こいつじゃなければ飯でも奢ってやりたいくらいの殊勝な姿勢である。


「何かしら、店長?」


見た目の所作は教室にいる時と変わらないが、俺は彼女の瞳から煩わしく思っている色合いを読み取る。


「少し店の事で話があるんだ。ビジネス書評の発注を手伝うからちょっと時間を設けてくれないかな?」

「…ええ、別にいいわよ」


玲菜は少し眉をひそめたが、話し合いに時間を割くことを了承してくれた。そして踵を返して部室へと向かう。俺もその後をついて行ったのだが、唐突にイチャラブキャンペーン(以外イチャキャン)の事を思い出して玲菜の前を歩きだす。


ちなみに、この行為の元ネタは有夢の部屋にあった少女コミックである。何でも女の子は彼氏の後ろをついて歩きたい生き物らしい。


「……」


ちょっと気になって後ろを振り向いてみると、玲菜は何故かニヤニヤと見下したような笑みを浮かべていた。あたかも『こいつ必死に彼氏のフリしててウケるわー』と言わんばかりの目だ。…まあ正直玲菜はそんなひねくれた性格はしていないのだが、積年の恨みがこいつの言動全てを何かしら悪意あるものに見せてくるのだ。宗教間の対立に似たどうしようもない差別観なのである。


来年はこの環境に有夢が加わるのか。イジメられないか心配になってくるなぁ。

何せ、こうして歩いているうちにも周囲ではひそひそ声やらキャーキャー歓声やらが頻発しているのだ。このまま順当に行けば俺たちのどちらかが生徒会長になり、イチャキャンは終了しているとしても最早俺たちの知名度は卒業するまで高いままだろう。


ああ心配だ。急に心配になってきた。中央高校とは逆に来年から女子校になったりしないかなここ。

俺がそんな他愛も無い妄想をしていると…。


「……」

「わっ!?」


急に左手が何者かに握られたのでビックリして声を出してしまった。

それは言うまでもなく玲菜の手だった。


「ごめんなさい。驚かせてしまったかしら」

「ああ、いや。気にしないで」

「ふふ…そう」


こいつ。油断しているところを奇襲して小馬鹿にする奴。

この勝ち誇ったような薄ら笑いが何よりの証拠だ。


……。


俺はその顔を見るのが嫌でついつい顔を逸らしてしまう。結果的にはそれが玲菜の琴線を刺激したようで、隣でくすくすと笑い続けていた。こいつのこういう所は亜理亜に通じる部分あるよな。性根はドSなのかも。


ここで、俺の脳内に二つの選択肢が表れる。

一つは何もしない。このまま部室まで恥ずかしがりつつも手をつないだままやり過ごすという選択だ。今までは大体この選択肢を選んできた。


もう一つは行動を起こす。主導権を握られっぱなしの現状を打破するために何かしらの反逆にうってでるのだ。当然この場合の反逆とは、今置かれている状況の上でのものだ。つまり、目には目をのくだりよろしく、愛には愛をぶつけるということ。


…しかし、今の俺の持ち弾はあまりにも少ない。具体的に言えば有夢の少女コミックしかない。もしかしたらとんでもない常識はずれな行動をしでかす危険性がある。できればこんな賭けには出たくないものだが。


「……ふう」


最近アオイ、奈留、亜理亜と立て続けに起きたハプニングを経たことによって、皮肉にもそういった行為に耐性がつき始めたようである。昔なら真っ赤になって逃げ出したところだ。


何より、今の俺は玲菜に激しい闘争心を燃やしている。なまじ慣れあっていた期間があった為か、その炎はかつてない規模である。


…どうせ相手は玲菜だ。例え現実離れした行為だったとしても俺の評価はこれ以上ないほどに低いわけだし、このままじゃいつまでも劣等感が拭えぬままじゃないか。


ーー俺は、心を決めた。


「…玲菜」

「えっ」


返事も聞かずに玲菜の手を引き、俺は部室への道を逸れて階段を上り始める。


「え、何…?」

「……」


当然玲菜は戸惑っている。行動の意味を理解しているだろうか。勘の良いこいつでも、本を見て恋愛を学ぼうとした辺り知識は俺とそう大差ないと推し量っているのだが。


そうして俺たちは屋上階まで上った。屋外への扉は鍵がかかっていたが、踊り場にはある程度ゆったりしたスペースが設けてあった。


俺は、その踊り場の壁に玲菜を押しつける。


「ゆ、悠里?」


二階分ほど階段を上ってきた為に、玲菜はまだ肩で息をしていた。その様は、俺に今まで感じた事のない高揚感を感じさせた。


俺は両手を壁について玲菜の逃げ道を塞ぎ、恥ずかしいから下を向いたままでゆっくりと距離を詰める。玲菜の吐息が俺の髪を揺らしている。



「えっと、悠里…?」


何故か名前を呼ばれると胸が高鳴る。相手はとんでもない魔女なはずなのに、自身の中に男の本性を初めて自覚した。


「玲菜」


テンパるかと思っていた俺の心は、むしろかつてないほどに冴え渡っていた。征服感という未知の快楽が、俺をランナーズハイのような高いテンションにさせていた。


玲菜のリアクションが演技かどうかは分からない。こいつの本気はマジで判断が難しいから、それこそ穴が空くほど目でも覗かなければ俺でも区別がつかない。

でもそれは、今気にすることじゃないかな。


俺は顔を上げる。鼻先が触れ合うような危険な距離だ。

いまだ呼吸のままならない玲菜は、それを悟られまいと目線を下げる。この行動は漫画のヒロインそのままだった。


「……!」


ここからが勝負。いくらハイの状態であっても指先は震えだした。

俺はそれを必死に抑えようとしながら、玲菜の口元に手を添えて顔を無理やりこちらへ向けさせた。これによって、ようやく玲菜とはっきり目が合った。


「……」

「何するのよ、この変態」


ようやく暴言を言えるくらいにまで呼吸が整ってきたらしく、俺に顔を固定されたまま視線も険しく毒づく玲菜。

しかし俺は、その瞳の奥に心の揺らぎを見てとった。そう知覚した瞬間、もはや指の震えは止まっていた。


「……聞こえてないの? 手、離してよ。変態」


言葉尻に変態と付け加えるところが何とも子供らしい。玲菜のこんな一面は久しぶりに見る。


俺は玲菜から少し顔を離し、かおに触れていない方の手でとあるサインを作る。


「っ!」


玲菜は息を呑んだ。

そのサインは、人差し指を口元に当て、同時に小指を垂直に立てるという独特なサイン。昨日久しぶりに夢で見た為に、とっさに使ってやろうと思った次第だ。


「……む、無理よ」

「どうして?」


玲菜の目から覇気が消えた。今のこいつは高嶺の花なんて呼ばれている学園のアイドルではなく、恋愛の不得手な強がっているだけの少女だった。


「こんなこと、誰も見てないのに…」

「観客がいなければ演技には意味がないのか?」

「それは…」


俺にとって歓喜の瞬間だった。あの玲菜を言葉で圧倒している。

過去これほどの充足感はなかなか無い。


アオイも奈留も亜理亜も、彼女らが見抜けていない俺の本性が現れていた。

俺は悪だ。人格破綻者だ。

故に玲菜が俺をマークするのは正しい判断だ。いずれ他の誰かと好奇心からこんな行為に及んでいたかもしれない。今のところ玲菜以外にそんな気は起きないがね。


さて、これからどうするか。

しばらく言葉責めを続けるのも楽しいが、玲菜もこれから部活なわけだし、それはそれで悪い気がするな。

…って、言ったそばからこのヘタレ発言は何?!


「……」


玲菜は、抵抗をやめて一心に俺の瞳を見つめていた。まるで俺の心理を読み取ろうとしているようだった。


…ふん。今更状況を観察したところで立場は変わらんさ。なんだかんだ言ってもこっちは男だからな。逃げようとしても力づくで押し留めるという鬼畜男子ぶりを発揮してやるぜ。


「……」


まあ、これに懲りて玲菜も少しは俺を同等に見るようになってくれればそれでいいさ。こいつがいるから書店部は回っているのも事実なわけだし、アオイや奈留達を悲しませるようなことは俺としても心が…。



…………ん?

なんだ、心なしか玲菜の顔が近づいてきている気がするんだけど。


「…え?」


いや、マジマジ。だって鼻はおろかまつ毛が重なりそうじゃん。っていうかこれ、めっちゃ密着してね?!


「わ、え…?」


離れようとする俺の顔が動かない。理由を探ればなんてことはない。玲菜の両腕が俺の首の後ろに回されていてがっちりホールド状態なのだ。


そして、予定調和の如く玲菜は目を閉ざして…。





……。



…。





何か、とてつもなく柔らかくて温かみのあるものが、数秒間かけてゆっくりと俺の頬に押し当てられた。




「…………………………」

「……」


何分の間そうしていたのか。

未知との接触は俺の全神経をドロドロに麻痺させ、思考回路は完全に焼き切れ馬鹿になった。


やがて玲菜の唇は頬から離れ、色が、音が、匂いが、暑さが、急に俺の中へと入り込んできた。


……。


首筋に汗が伝う。それは玲菜も同様だった。こいつはいつも涼しげな顔したイメージだから、そのギャップがまた未知の感覚を刺激する。


俺は何も言えないまま、先ほどまで触れられていた頬に手を当ててみる。

玲菜は、それを見て少し拗ねた表情を見せて顔を逸らした。



ーーそこで、俺の精神は限界を迎えた。



「いやぁぁぁぁぁああ!!」



逃げ出したのは玲菜ではない。玲菜ならどれだけ良かったことか。


死地で見出した俺の渾身の一撃は、同じく窮地で閃いた究極のカウンターによって粉微塵に玉砕された。


俺は子どもで、悪者ぶった小悪党だ。

大人しく家で読書でもしよう。


泣きながら夕陽にそう誓うのだった。








大学のインターン実習に向けて段々と時間的余裕がなくなってきました(´・ω・`)


二日ほどお暇欲しいです



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