新たなるベクトル
頭の中では距離を置いているつもりだったが、どうやら最近の俺と玲菜は馴れ合い過ぎていたようだ。
アオイの為とはいえ、アウトレットで不話の約束を破ったのが良くなかった。あれから事あるごとに公の場以外でも話をするようになってしまい、亜理亜のせいもあるが結果的に恋人のふりを許容するまでになってしまった。
その最中にも危機感を抱き、玲菜に対して無関心でいるように心がけてみたが、それをこなすには俺の心が未熟だった為に失敗した。
しかし、土曜日のあの経験は結果的には良い方向へと働いた。
「おはよう、悠里」
「おはよ、玲菜」
下駄箱で挨拶を交わす。そしてその場で軽く手を絡める。
それだけで後ろから登校してきた生徒達は小さな歓声をあげてひそひそと話し出す。
目線は互いに合わせたまま、俺たちはその反応だけ確認すると、ぱっと手を話して教室へ連れだって向かう。俺が前を、玲菜がその斜め後ろをついてくる。
同級生や見知った先輩達からのちょっかいを軽くいなし、廊下を早足で進んでいく。
そして教室へとたどり着き、中に入って着席するまでの間はとりとめのない会話を交わす。そのあまりにも自然な動作はクラスメート達に介入してくる余地を与えず、多くの生徒が目で追うだけに留めていた。
会話の流れで俺は玲菜の髪を自然に触り、玲菜も体を強張らせることなくしてそれを受けていた。
周りからの印象としては、急に仲良くなったというよりも急に隠さなくなったといった感じだろう。やはり初々しさには限度があり、どっちつかずな関係を見せていてはいずれ話題にも挙がらなくなる。
そんなことを話し合った訳ではないが、今朝先ほど玲菜と目を合わせた時、お互いにこのスタンスで行こうという流れは自然に決まった。
やはり、俺たちの演技を高めるのは憎しみの感情であるようだ。俺も玲菜も互いを深く恨み嫌い合っている。公の場でなければ会話も交わさないほどの破綻した関係が、二人をまともな人間に保つ丁度良い位置なのだ。
休み時間においても自然と話の糸口をつくり、後ろの席の奈留も交えての高校生らしい会話に花を咲かせた。ちなみに、木曜日のことは三人とも触れない方向で暗黙の了解を交わした。
そのまま昼休みも三人で放送室へと移動し、夏に向けてのオススメ書籍(今日は文庫本)をいくつか紹介させてもらった。
今はそれを終えて放送室で昼食中である。
「……」
「……」
「……?」
奈留は俺と玲菜を交互に見ながら、時々首を傾げては持参の弁当を食していた。
…まあ、疑問に思うのも無理はない。教室や放送中はあんなに仲良く話していた俺と玲菜が、放送が終わると急に無口になってしまったのだから。
俺はもとより、玲菜もどうやら奈留の前では素を見せても良いと認識しているようだ。最近は二人でいることもよく見かけるしな。
俺は、奈留に今の状況を説明するべきか迷っていた。時折不安そうな顔を見せる奈留が見ていていたたまれないのだ。あるいは玲菜が二人だけの時にでも説明してくれたら良いのだが、それはそれでどんな説明をするか不安なところがあるので俺が言った方が安心な気もする。
さてどうしたものかな…。
「奈留、昨日言ってたセシルのムック本ってどこで見たの?」
「え、ああアレ? 新宿の紀伊街屋だよ。入り口にあるエスカレーター脇ですごく大きなポスター貼ってたから目立ってたの」
「…大手にはもう拡材配ってるのね。先に宣伝した方が予約も数取れるし、やっぱりそういう部分は大きい所が有利よね」
奈留と一言会話をし、携帯を操作して何か作業を始める玲菜。放送終わったのだから出ていけよと言いたかったが、その発言は俺に対する奈留の評価を下げてしまうだけなのでぐっと堪えた。
「そういえば部長は元気? 最近追い回されないから途端に影薄くなったんだけど」
「なんか海外の超長編SF小説を読み始めたみたいで、部室にいてもずーっと本読んでるだけ。多分だけど、なんだかんだ言って部長も二人が付き合ってるって聞いて距離取ってるんだと思うな」
「あー、そうなんだ」
色々とコメントし辛い話である。
古川先輩と初めて会ったのは、奈留がラノベを朗読させられていた数日後のことだった。
まあそこでちょっとした乱闘騒ぎを起こしてあわや入学間もなく停学の危機だったわけだが、その話は別の機会にしよう。
……。
そして、気がつけば放送室は再び静寂に包まれていた。
奈留がまた微妙な顔をして昼食をつまんでいる。
うーん、俺が飯食い終わったら出て行くようにした方かいいかな。でも俺も奈留とのこの時間を結構楽しみにしているんだけどなぁ。
…まさか、玲菜の奴はそれを邪魔する為にここに居座ってるんじゃないだろうな?
俺がそんな疑問を抱いた時、テーブルに置いた携帯が鳴りだした。
「ん? 知らない番号だな」
どこか固定電話からだった。俺はその場で呼び出しに応じる。
「もしもし?」
『お、ユーリンお疲れー。中央高の和佐だよー』
「ああお疲れ…ってそっちはもう店に出てるのか? まだ昼休みだぜ?」
『店いた方が落ち着くんだよ。こっちは女子ばっかでどこ行っても気ままに読書なんかできないからさ』
そりゃあお前だからだろ、と俺は中央高校書店部店長、和佐至流の見てくれを想像して心の中でツッコミを入れる。
「それで、店からわざわざ何の電話だよ?」
『うん、例の支店間の話だけどさ…』
「ああ、悪い。ちょっと待ってくれる?」
そう言って俺は放送室を出る。背後に玲菜の視線が突き刺さっている気がしたが、今は無視しよう。うーん、ちょっと色々口走っちゃったから勘のいいあいつなら何か気づいちゃうかもな。
面倒事にならないことを祈りつつ、俺は放送室から離れた廊下の窓際で通話を再開する。
「お待たせ。それで、支店間がどうした?」
『信頼できる後輩に事情を話して、ウチの店で欲しい本をリストアップしてもらったんだけど、普通にFAXしちゃっていい?』
信頼できる後輩か。あの至流のことだから少し心配だけど、まあいつか直接その後輩とは連絡取ってみよう。
「いや、FAXは極力避けた方がいい。誰に見られるか分からないからな。こちらには法の番人と裏番長みたいな奴がいるから、特に」
『そんな奴いるんだ。 すごいな附属は』
いやもう、特に片方は十字軍に参加したヨーロッパ語族の末裔かってくらい独善的な奴よ。そちらの上品な後輩とトレードしたいね。
「そのリストはPCに移すことは可能?」
『できるよ。元々ノーパソで作ってもらったものだし』
「オッケー。じゃあ…」
俺は自分の携帯にそのままの形式で送信するよう至流に指示する。そうすれば店のプリンターにアプリを介してデータを送り、誰も見ていない内に印刷することが可能だ。
「行動が早くて助かるよ。流石店長だな」
『だって面白そうじゃん。これで売り上げも取れるなら最高だよ』
多分取れるさ。取次ぎ業者も切らしているような本を版元に直接注文するよりも遥かに早く仕入れられるんだからな。俺たちが売り逃しや過剰在庫を見逃さなければ必ず効果は表れる。
『じゃ、また連絡するよ』
「ん、連絡ありがとう」
そう言って俺たちは通話を終了した。
俺も近い内に店に必要な書籍を調べないとな。そうなると一人じゃ厳しいから誰か仲間に引き入れた方がいい。順当に考えればやはりアオイか。
俺がそんな風にして書店部のメンバーを頭に思い浮かべていると…。
「瀬名店長?」
「おわっ!!」
窓の外から急に名前を呼ばれて飛び上がるほど驚く俺。だってここ二階だぜ?
「あは、ゴメンゴメン。相変わらずテンパり方がコミカルだね」
そう言って“彼女”は窓の枠をよじ登り、廊下側へと警戒に飛び降りた。
窓から先を覗くと、下の体育倉庫の屋根がすぐそこだった。これならいい感じで上に乗って校庭を俯瞰することができる。
「女子がこんなとこにいるなよ。色々と無防備過ぎるだろ」
「それスカート丈的なこと言ってる? 高いところですぐそっちに発想するとは流石店長」
言葉からちっとも尊敬の意を感じないのだが…。
相変わらず動作と同じくらい軽い奴である。奈留が限定的なお調子者だとしたら、この人はそれが本分みたいな輩だ。
しかし、そんな彼女こそ、書店部で俺と玲菜以外に商品管理を任された唯一の二年生なのである。
多少品出しが大雑把で豪快に本を返品してしまうことがあるが、俺や玲菜よりも見切りの早さがあり、困った時にはとても頼りになる存在だ。
書店部では珍しい体育会系女子部員である。
「ところで、今面白い話を聞いた気がするねぇ」
「うぐ」
彼女の目が妖しく光る。元々スカート丈もアホみたいに短いし、シャツのボタンも開放的(そして中身も学年トップクラス)な人なので直視し辛い人なのだが、今日は更に際どい。
「なんか誰にも見られたくないだとか、メール経由で店のプリンターで密かに確認するだとか」
「……気のせいじゃないかな、あはは」
しらばっくれつつも、俺はすでに何となくこの後の顛末を予想できていた。彼女は一度首を突っ込んだら飽きるまで没頭する。そしてその様はいつも力ずくだ。
まったく、最近の俺は女子につけ込まれ過ぎじゃないか? 絶対イチャラブキャンペーンの悪い副作用だよこれ。
「瀬名店長は確か抱き枕の刑が大嫌いだったっけかな?」
「ああ嫌いだよ! 玲菜にいつも異性にだけはやるなって言われてるんだから守れよな?!」
「ふふん、守るよ? 瀬名店長は男子っていうよりツンデレ妹ってイメージだからね」
圭太てめぇ責任とれや!
俺はしぶしぶ降参のポーズを取り、残りの時間を使って中央高校との支店間移動の話を説明した。
彼女、円城紫衣瑠は興味津々といった感じで俺の話を聞き入っていた。
続




