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書店部の内部事情  作者: 片羽京介
第三章『期間限定イチャラブキャンペーン(死)』
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その愛をここで試してみないか?


文末で何か面白いことになっていますが、安心して読んで頂ければ(´・ω・`)







二乃舞を連れて歩く道中は何とも言えない恥ずかしさがあった。

こいつは色々と目立つ外見なので、老若男女問わず好奇の的となってしまうからだ。

玲菜がさりげなく目立つ存在だとしたら、こいつは注目を浴びる為に人前に出ているような奴である。

アオイなどとは違ってそこら辺は慣れっこのようであり、時には相手に微笑み返すほどの余裕ぶりは流石と言えよう。


「なんか、亜理亜が電車に乗ってると変な感じ」


二人して電車のつり革に掴まりながら、各停で地元の駅まで目指している間にそんなことを思った。


「どうしてですの?」

「ほら、亜理亜ってどこから見てもお嬢様って感じじゃん? だから東上線でつり革に揺られてる様が不釣り合いな気がしてさ」


タクシーでギリギリ許容範囲って感じ。お嬢様ってのは利用する物全てがオーダーメイドなイメージあるからな。


「私、そんな風に見えていますの?」

「今までお嬢様なんて現実で見たことなかったからな。おとぎ話のお姫様とほぼ同一の印象しか持ち合わせてなかったよ」

「……」


よく考えたら男が言うにはちょっと恥ずかしい俺の発言を、亜理亜は少しも茶化さずに聞き、何か思案に耽っているようだった。


時折、光の反射で窓に亜理亜の顔が映し出される。そういう一部分ですら他者の心に深く残る存在。

…なんでこんな奴に神は半サイコパスみたいな裏設定を追加したのかね。

元々一般人には近寄り難い見た目してるのに、これじゃあ誰もこいつの内面に入り込む余地が無いじゃないか。


「ふふ、良いわね。お姫様なんて呼ばれ方も素敵だわ」

「…お前の想像しているお姫様は、情事を起こした家来や従者に酷い罰を与えていそうだな」

「うふふ、焼けた靴で死ぬまで踊ってもらうの。素敵でしょ?」


そういうのは頭の中だけに留めておいてくれよな。それと口調が素に戻ってるぞ。


「はあ…」

「…悠里? 何か今日はため息が多いですわね?」

「そうか? 亜理亜が心を入れ替えてくれたら少しは減るかもな」


前回の暴露事件の皮肉も込めてそう指摘する。どうせ俺とこいつじゃ活躍の場が違うから何を言っても聞いちゃくれないだろうがね。

そんな事を内心で憂いていると、電車が地元の駅に到着するアナウンスが流れた。


「ーーでは、私が普通の女の子の心に生まれ変われたなら…」


降車する直前、亜理亜が何かを言おうとしていた気がするが、結局その後はお互い一言も会話を交わさなかった。




そして、駅から十分ほど歩いた後、俺は亜理亜を自分の部屋へと招き入れていた。

今でも信じられない。ここに彼女がいるということが。

素人ならば夢見心地なシチュエーションだろうが、例えば一線級の殺し屋ならば今の状況がいかに危険であるかをすぐに察するだろう。


「ここが悠里の部屋ですのね。…ふふ、何か緊張してしまいますわ」

「…ああ、俺も」


生存本能からくる緊張だけどね。

にしても今日が家に誰もいない日で助かったぜ。母さんや有夢に見られていたら二日連続で別の女子連れ込むゴミ野郎だと思われていたからな。

とは言え8時過ぎには帰ってくるだろうから、念のために7時頃には亜理亜に帰ってもらうとしよう。こいつだって筋金入りのお嬢様なんだから、流石にそんな長居しようとは思っていないはずだ。


「で、そろそろ用件を聞かせてくれよ」

「そうですわね。悠里、再来週の日曜日に何があるかは存じていますわね?」


亜理亜は第二高校の指定カバンを開けながら聞いてくる。

再来週といえば六月の…ああ。


「覚えてる、店長会だな」


俺が答えたのとほぼ同じくタイミングで、亜理亜はカバンからファイリングされたいくつかの資料を取り出した。


「そう。新星附属の高等科書店部、全9店舗の店長が集まる定例会ですわ。私たちの代になってから初めて開かれる店長会になりますわ」


厄介なことが真近に迫っていることを再確認し、俺はふぅっと小さく息を吐く。


中央高校でも少しだけ話に出てきた店長会は、亜理亜の言う通り書店部店長の集まりだ。年に三回、期間毎の各店舗別売上を参考にし、売上の良い店と悪い店の事例を発表し合うという場だ。


店長会は基本的に年三回ある商戦(本がよく売れる時期。春、夏休み、年末年始が該当する)の後に催され、売上が悪い店はその原因を大学本部の大人達から散々追及される。ある意味最も胃が痛い一日である。


「今度の、って就任して最初の店長会だから、俺たちは特に準備とか必要ないんじゃなかったっけ?」

「ええ、基本的には用意は不要ですわ。本部のMDの方々が夏の商戦に向けて、今から各店で準備しておくべきことを教えて下さるのがメインですから」

「じゃあ、そんな息まかなくても…」


どうやら亜理亜は、その店長会に向けて何かしら話し合う目的でこんな場所まで遥々来たらしい。

売上の落ちてるこちらとしては叩かれることが目に見えている為、店長会の準備なんてしても無駄だと思うのだが…。


「そんな弱気では、終業式の頃には玲菜が店長になっていますわね」

「え、いや流石にそれは…」

「ここにそちらのお店の分野別売上月報がありますわ」


そう言って亜理亜がファイルから取り出したのは、確かに先月のウチの売上データだった。売上総額、客数、客単価、そして雑誌やコミック等の各ジャンル別の売上と、それらが前年比で何%なのかが記載してある。


「悠里はこの中のどのジャンルを担当していますの?」

「えっと、文芸・趣味実用・資格・語学・旅行書、かな。主には」


俺の言葉を聞き、所定の項目に亜理亜の細い指が伸びる。指先にネイルなどは一切されてないが、右手の薬指にシルバーのリングがはめられていた。

なんかちょっと大人っぽいな。俺もマネしてみようかな。


「そうね、文芸書は去年の同じ時期に千田尚樹の新刊が出て好調だったから仕方ないにしても、その他の分野の売上は前年比88〜92%と伸び悩んでいますわね」

「ああ。特にGWに人気の観光スポットの旅行ガイドを十分に用意できなかったのが痛かった。連休前はまだ店長の仕事に慣れていなくて色々できないでいたんだ」


明らかに俺の発注不足である。事前に備えておけば必ず売れたであろう部分を見逃したのは痛すぎる。

売上が出た時、俺は少なからず落ち込んだ。責任の大きさを痛感させられたのだ。


「一方の玲菜さんは? まあ聞かなくても大体分かりますわ。文庫・新書・生活実用・雑誌・児童・学参といったところでしょう?」

「…ああ、そうだよ」


俺は肩を落として答える。何故亜理亜が分かったのかは言うまでもない。その分野たちは概ね前年比を少し下回るか、僅かながらも上回っているからである。

正直、五月のこのデータを店頭で見たときは頭に電流が走った。俺と玲菜の露骨な優劣の差が、数字としてはっきり示されていたかのような錯覚を受けた。


「今月もこの状態では、本当に夏が過ぎたら首がすげ変わっていますわよ?」

「……」


どこか楽天的に考えていた俺の甘い認識を、亜理亜は一気に現実へと引き戻した。現実を破壊力することが愉悦のこいつに現実を正されるとは何とも皮肉だ。

空威張りすることもできず、俺はただ黙ってむすっとした顔をしていた。


「……くすっ」

「え?」

「いえ、何でもありませんわ。それよりも話を戻しますわよ」

「…店長会に向けてどんな準備をするんだよ?」


俺がふくれながらもそう言うと、亜理亜はファイルの中から先ほどとは別の資料を数枚取り出した。

そこには、第二高校の新刊・話題書コーナーや映像化コーナー(映画・ドラマ・アニメ化した作品をまとめたコーナー)の展開写真が数枚印刷されていた。

写真のところどころに矢印が引っ張ってあり、その本がいつ発売して何冊売れたか等が事細かに記載されている。傍目に見ても、売れ筋商品がどれで、その商品が目立つようにどうやって陳列されているかが容易に分かる。店内の陳列を説明するには模範的といって良い展開写真である。


「これを作れってのか?」

「ええ。ただ写真を撮ってくるだけではいけませんわ。この写真と同じように商品を注文して陳列しなくてはなりませんことよ」


うぇ? それはかなり大々的な変更が必要だぞ?

確かにウチにも同様のコーナーはあるけども、陳列している商品は細かい所で結構違うからだ。

それをわざわざ同じ様に揃えろというのは、つまりこの陳列にすれば売上が上がるぞと亜理亜は言っているわけだ。まったく頼もしすぎて目が回る。


「土日の内に版元にFAXしておいた方がよろしくてよ。一部重版待ちの商品もありますから、それは保留で受けるの」

「うーん、了解。まあ新刊コーナーとかいつか入れ替えなきゃって思っていたから丁度いいかな」


俺は亜理亜の提案に乗ることにした。当の本人は満足気な面もちで紅茶を頂いている。


…しかし、こいつも良くわからない奴だ。元々ウチと第二はライバル関係だというのに。これでこちらの売上が上向いたらみすみす勝利を逃すことになりかねないぞ。


「…あら、やはり気になりまして?」


そう言った旨を亜理亜に伝えると、彼女は妖しい微笑みをしながらこう答えた。

陽はまだ高い。六月の青空が立ち上がった亜理亜の後ろで初夏を演出していた。

…なんだか、先行きが不安になってきたぞ。


「…そうですわね。恩を売るのはこれくらいでよろしいかしら」

「あはは…二乃舞さんたら冗談を…」


亜理亜はおもむろにクーラーのリモコンを手に取り、何故かスイッチを切った。そして、これまた理由が不明だが、部屋のカーテンを全て締め切ってしまった。


「いや、マジで何すんの? 亜理亜」

「……」

「…おーい、亜理亜さん?」

「……」


饒舌から一転、今度は一言も喋らなくなる亜理亜。

しゃがみこんで生足を露わにしながらも、特に気にせずカバンの中の何かを探している。

なんだよこれ? 下手なホラー映画よりも怖いんですけど。


クーラーを切った為に俄かに室温は上昇を始めた。 既に俺は額に汗をかいている。


無意識的に、俺はテーブルを離れ、自分の寝るベットの隅へと移動していた。


「ーー悠里」


掠れたようなその声と共に顔を上げる亜理亜。その目は、第二高校で初めて会ったときに見た恍惚の表情であった。


「玲菜とはどこまでいったのかしら?」

「ん?! 何が?!」

「心底分からないって顔ね。可愛い…」


ヤバいこの人マジでヤバい!

俺の直感が告げる。こいつからは玲菜の偽キスとかアオイのホールドとか奈留のおふざけなんかとは次元の違う危険を感じる。


「冗談はよせって。それよりももっと本屋の話をしよう。今週出た本でどれが売れそうかとか話し合ったら楽しいと思うんだ」

「……本の話?」


亜理亜が首を傾げる。

一周して子どもっぽいその仕草は彼女の魅力を格段的に飛躍させた。ヤバい、艶かしすぎる。


そして彼女はさらっとこんなことを言った。


「本の話なんて面白くありませんわ。それよりも、私と貴方で試してみませんこと?」

「……試すって、何を?」

「もちろん、私たちの愛を、ですわ」


…………。

……。

(思考、完全に停止)


ついにベットにまで進出してきた亜理亜は、緩慢な動きで這うようにしてこちらへとすり寄ってくる。

いつの間にやら制服の上着は脱ぎ捨ててられ、インナーのシャツのみとなっていた。俺は心の中で暑いならクーラー切るなやと叫ぶ。


俺は混乱の極地にいながら神を恨んだ。

早く大人になりたいと願いはしたが、何もこんな二段飛ばしみたいな早さで叶えなくても良いんじゃないか?!


暑さと緊張で意識が朦朧とする中、亜理亜の顔が俺の首元に埋もれた辺りで、俺の気力はついにこときれてしまったーー。






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