秋篠奈留は詰めが甘い
日中は特に目立ったこともない、普通の学校生活を送る。
授業はそこそこ聞いている程度。成績は中の上辺りで停滞している。
突然だが、俺はこの学校で一つの目標を掲げている。その達成の為には普通、クラストップ級の成績をおさめていなければならない。
しかし特例が一つだけあり、それが俺の就いた店長という役職だ。
「よーし、じゃあこの『すさまじ』はこの場合、どのように活用する?瀬名店長?」
既に、春から俺が本屋の長であることは周知な訳なので、このような呼称も自然なものとなっていた。
最初の頃は「いらっしゃいませ!(営業スマイル)」
とかやって少数の笑いを得てはいたが、今やっても一陣の風が吹き抜けるだけだろう。
むしろ今は、質問に間違えると「お前クビ!」という教諭からの注意が飛んできて、そちらの方が鉄板ネタになってきている。
…クビとかマジ勘弁してくれ。
……。
…。
ーー気づけば、昼休みになっていた。
将来のこともまだ適当に考えていられる高校二年生の時間経過は軽快である。
「瀬名君、行こ??」
「ん、ああ」
来月の新刊コミックの入荷数一覧を見ていた俺に、儚げなくらい透き通った声がかかる。
彼女はクラスメートの秋篠奈留
一年生の時から同じクラスで、
声に負けないくらい透明感のある白い肌に、天然らしい猫毛体質の髪をしている。性格も大人しく、大きな声で笑うイメージが少しも浮かばない。
そんな外国製の陶器のような秋篠と俺は、同じく一年の頃からずっと、クラスの放送委員を務めている。
ちょうど一年ほど前に、俺が秋篠を誘って無理矢理委員になってもらったのだが、今ではお互い、この位置で定着している。
そして週に二回ほど、俺と秋篠は昼の放送及びアナウンスをする当番になっており、その際は放送室で二人で昼食をとる。
……。
…。
「またパンだけなの??お仕事あるのに…」
「平気平気。夕方に一度休憩があるし」
「…身体に悪いよぉ」
木目調の壁にフローリングされた床。
どこか埃の匂い立ち込める、畳四畳ほどの狭い放送室。そこで俺たちは、背もたれのあるデスクチェアーに腰掛けて昼食をとっている。
一通りの放送(生徒会連絡→書店部新刊案内→BGM)を終え、放送委員の役目は終了。けれども俺たちは、毎回こうして昼休みの間中、この密閉空間で歓談に興じている。
「でも、副会長でもすごいと思うけどなぁ」
「やっぱり内申とかで響きが違うんだよ。生徒会長と副会長じゃさ」
「そういうものかなぁ」
「宝くじの一等と一等の前後賞くらいの差があるかと」
「そ、そんなに?!」
お互い昼食を食べ終わり、俺は店から持ってきた注文書に数字を記入しながら、秋篠は放送室のBGM用のCDを物色しながら、まったりとした時間を過ごしていた。
「それじゃあ、その生徒会長さんは良い高校に推薦で入学でもしたの??」
「……んー、推薦だったのかなぁ。分からないけど、この学校にいるよ」
「え!誰だれ?!」
彼女は俺(というか他人?)の過去の話を聞きたがることがよくあり、たいして浮き沈みのなかった俺の半生についてを、とても楽しそうに聞いてくれる。
多分カウンセラーとかになるといい。
「……深千代、さん」
ーーちなみに今日は、俺の中学時代の苦い過去バナを展開しているところだ。
様々な陰謀が渦巻き、色々敗北し埋れていった忌むべき時代である。
「え」
絶句する秋篠。そんなに意外だったとはこちらとしても想定外だ。
「そうだったんだ。深千代さん、昔からすごかったんだね」
その顔には、ある種の尊敬の念が見て取れた。内向的な秋篠からすれば、あいつのような円滑に人と付き合える同性は羨ましいのだろう。
……。
俺と秋篠とアイツは同じクラスなので、お互い見知った間柄…だ。
おまけに、至極どうでもいいことだが、俺とあの女は中学も同じ…というか、幼稚園から同じなのだ。
まあ、そんなことは良くあることさ。
「じゃあ、今度は深千代さんのこと教えて?」
「うーん、悪いけど俺もあいつのことよく知らないんだよ」
「そうなの?元生徒会長と副会長なのに??」
ーーそして現在は店長と副店長。
「関わりなければ同中でもそんなもんだよ。今だって顔見知りレベルなんだぜ?」
「そんなもの…かなぁ」
訝しげに首をひねりながら、CDの歌詞カードに目を通す秋篠。
…なんか、俺のせっかくの息抜きの時間が遠くに行ってしまったようだ。
秋篠は俺にとって大切な友達だ。しかし……。
ーーそのとき、放送室のドアをノックする音が聞こえたかと思うと、間もなく開いた扉から、理科教諭の迫口の顔が覗いた。
「お前ら、スイッチ入りっぱなしだぞ?」
「え?」
驚嘆する秋篠を尻目に、操作盤を見て苦笑する俺。
ランプ、点灯しとるがな…。
「ははは…前もあったよな奈留。そろそろファンでもできるんじゃないか??」
「ゴメン…」
スイッチを切ってシュンとなった秋篠は、儚さ二割増しでなかなか見応えのある絵面だった。
まあ通算四度目か五度目なので、そろそろ学内にも秋篠奈留というドジっ子がいるということが認知され始めたのではないだろうか。
そのまま学校のアイドルにでも昇華されでもすれば、俺も放送委員に誘った甲斐があったというものだ。
ーーなどと、この時の俺は自分のことなんて微塵も考えずに楽観を決め込んでいた。
「ニヤニヤしているが、瀬名。ウチの生徒会副会長が後で話があると思うぞ」
ーーあ
続