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書店部の内部事情  作者: 片羽京介
第三章『期間限定イチャラブキャンペーン(死)』
28/103

二人の終着点






……。


元より静かな放送室が、凍りついたように冷たく感じられた。


光量も少なく薄暗いので、高らかに宣言した玲菜の表情は窺い知れない。


よく考えれば玲菜が「愛」なんて口ずさむのは非常に稀なことなので、俺はもしかしたら歴史的瞬間に立ち会っているのかもしれない。


「え、深千代さん、どうゆうこと?」


沈黙に耐えきれず、奈留がおそるおそる質問する。


名前呼び捨てで構わないと言われたにも関わらず、奈留の玲菜に対する呼び方は相変わらず苗字+さん付けだった。


人見知りだからかもしれないが、どうも奈留は玲菜にビビっているような気がしてならない。

何でかなと思ったら、何の事はない。俺がここでスクリューアッパーをくらって吹っ飛ばされたとき、真横にいたのは彼女であったな。



「奈留。あたしと悠里は今、とても複雑な事情で交際関係にあるの。そしてとても無慈悲な事に、あたしたちはそれを全校生徒、いえ、全市民に向けて見せつけなければいけないの。そうしなければあたしたちは、あたしたちは…っ!」




…何だこいつ。



伝えるべき内容としては概ね正しいのだが、それを語っている間の身振り手振りは果たして必要なのか?


玲菜は、先ほどのセリフを奈留の前でちょっとした小芝居、というか小躍り、を交えて説明し始めたのだ。


久しぶりに熱くなっている玲菜を見たが、いやシチュエーション的にはただのバカだろ。


「え…それはどういう…」


「ええ、言いたい事は分かるわ。そんな状況、普通ならあり得ないものね。今日の放課後に時間取れる? そこで詳しく説明させてほしいのだけど?」

「う、うん。いいよ…ね?」


チラリとこちらの様子を窺ってくる奈留。何故?

とりあえず頷いて肯定してみせる。


「ありがとう。詳しくはその時に二人で話しましょう。悠里、今日部活遅れるから。中講新書の新刊、ちゃんと追加発注するのよ?」

「…分かってるよ。っていうか、これからどうすんだよ?」


聞き返すと、玲菜は慣れた手つきでデスクの操作盤を弄り始めた。マジで校内放送の準備をしている。


「本気かよ? いい晒し者だぞわ? だいたい許可は…」

「許可は理事長含む学校側から得ているわよ」

「…じゃあ、台本は? こういうのって大抵は話す内容があらかじめ決まっているものだろ?」

「ほら」


音量の調節をしながら渡されたのは、出版社の名前が印字されたクリアファイル。店に来る出版社の営業さんが時々置いていくものだ。

で、その中には数枚の縦書きのワード文章が挟んである。俺と奈留は、それを取り出して目を通す。


『書店部放送拡大版 第一回~梅雨の季節に一編の物語を~』


冒頭にはそう銘打ってあり、以下は簡単な流れが記されていた。


要は俺がやっていた新刊案内(忘れられがちだが、俺のここでのルーティンワークである)のような放送を、玲菜と二人でやっていくということか。


「昼休みの残り時間がおよそ25分。最初はあたしが簡単に要旨を説明するから、後は交互にオススメの本を紹介していく感じね」

「昨日の時点でこんなこと考えていたのかよ玲…深千代さん」


俺はここまで会話を進めて、今さらながら校内での玲菜との関わり方について思い出した。

あれ? そういえば俺、最近奈留の前では全然演技していなくね?


「ん、うん。前から不思議に思っていたの。いつからだろ、先々週くらい? 急に瀬名君が深千代さんのこと『玲菜』って呼び始めて、なのに教室では相変わらず『深千代さん』だし…」

「あ、あーそうだっけか…」

「…馬鹿ね。油断し過ぎ」


先々週、あのアウトレット行った後か。やっぱり色々緩んでしまっていたようだ。くそ。


「中学の時にはあり得なかった話だけど、奈留には私たちの関係に協力してもらうわ。ここら辺の事情も放課後にってことで」

「…なんか意外だな」

「何が?」


いや別に、と言って、俺は原稿に再度目を通す。


玲菜が他人に俺たちの関係を話すなんて、それを知ることを許可するなんて初めてのことだ。


何というか、玲菜はこの関係を俺たちの間だけで完結させることに執着していたきらいがあるのだ。


まあ、色々考えた上でのこいつなりの妥協案なのだろう。俺的には奈留とは心許せる間柄なので、確かに最初は絶対に知られたくないと思っていたけど、もうこんなことで揺らぐ友情ではないと確信しているからな。


「じゃ、ぱっぱとやろうぜ」

「奈留。申し訳ないけれど放送中の操作をお願いしていい?」

「うん、いいよ。これに書いてある通りにやればいいのね?」

「ええ、お願いね」


先ほどよりも、奈留の表情が幾分か和らいだ気がした。

この二人は性格こそ乖離しているけれども、なかなか話も合いそうだし仲良くなれんじゃないかな。もちろん奈留の為を思ってだぞ。


「二人共、本が好きな訳だし、

話合いそうじゃん。良かったな奈留。玲菜もかなり純文学派なんだぜ?」

「わ、そうなんだ。瀬名君の読む本ってミステリーだったりライトノベルだったりで、いまいち私分からなかったから嬉しい」

「俺は雑食なの。哲学書とか時代小説だって読むんだぞ。読書は大人の嗜みだからな」

「あはは、やっぱり瀬名君ってウチの部長に似てるとこあるよね」

「……」


俺と奈留の談笑を、玲菜は感情の読み取れない視線で見つめていた。




「それじゃあいくよー」


奈留が放送前のアナウンス音を流そうとして、スイッチに手をかける。


「…ちょっと待って」


しかしそれを、玲菜が何故か中断させる。

残り時間は20分ほどなので、あまり悠長にしている余裕はないはずだが。


「悠長、ちょっと外に出るわよ」

「え、今から?」

「そうよ。ごめん奈留、少し待っていてくれる?」

「うん」


そして俺は放送室の外へと連れ出された。

玲菜の行動の理由を、俺は図りかねている。


「何だよ、時間ないぞ」

「…教室でも散々見てきたけれど、ずいぶん仲良さそうね、あなた達」

「は?」


玲菜は険しい表情でこちらを真っ直ぐに見つめながらそう言ってきた。


何をこんな時に…。


「クラスメートだろ? 仲良くしちゃいけないのかよ」

「そんなことないわ。ただ、とりわけ奈留とは親しいんじゃないかしらって思って」


玲菜の視線はブレず、俺の両目を一心に覗き込んでいた。


「月曜日のあの放送の時だって、何か迫られていたみたいだけど」

「せ、迫られ…はあ?! お前なに考えてんだよ?」


あの放送とは、奈留が俺に内緒で突撃インタビューみたいなことを公開生放送したあの放送のことだ。


…確かに、あの時は何か、まつ毛がぶつかりかねないほど危険な距離感だったが。


「…顔、赤いわよ」

「ち、ちが…アレは奈留が珍しくかまかけてきて…」


俺は急に思考回路が鈍りだした。頭の中であの時の奈留の妖艶な表情が思い出されてしまったからだ。


「……」


俺の顔を見、玲菜はまた俺を子ども扱いして見下すのかと思った。


だが、何故かひたすらにこちらの目を見つめてくるだけだった。

その光彩には少し影を感じ、何かを訴えているように思えたが、ああこの時俺は、その理由について分かりかねている自身の幼稚な精神段階を憎んだ。


やがて玲菜は深く瞑想するように目を閉じ、小さく左右に首を振ってから、おもむろに再び瞼を開く。



その目は、こちらが戦慄するほどに冷たく厳しいもので、俺の好むミステリー小説に出てくる冷酷な殺人鬼のようにすら思えた。


「…駄目ね。最近、近寄り過ぎたわ、あなたに」

「え?」

「良かったわね。昔と違って、心許せる友人が持てて」


!!


それは、冷酷な視線と同等の、俺にとって冷酷で残忍な意味を含む言葉だった。


「剣崎先輩も、あたしよりあなたのことを気に入っているみたいだしね」

「お、おい、玲菜…」

「あとはアオイもね。気づいていないだろうけど、あの子部活ではあなたの事をずっと目で追っているわよ?」

「玲菜!」


俺は思わず叫んでいた。

玲菜が突然、かつて呼んでいた『あなた』という呼び方を再び使いはじめたことに動揺を隠せない。

頭の中はもうぐちゃぐちゃになっていた。


「どうしたんだよ、いきなり?」

「あなたこそ、あたしを恨んでいたんじゃなかったの?」

「そ、それは…」

「油断すれば昔の呼び方や思い出まで他人に喋りだす。子どもっていいわね。昔の嫌なことも簡単に忘れられて」

「……」


俺は、思わず押し黙ってしまう。

正直言って、玲菜に言葉負けしている。圧倒されている。


ーーそうだ。俺は昔からそうだった。小さい頃から意志薄弱で、いざってときに前に出ることができない臆病者だった。

そんな時にはいつも玲菜が俺に手を差し伸べてくれていた。だから一時期、俺はこいつを姉のように思っていた。


そして、玲菜の言うとおりだ。言葉では散々嫌いだの何だのと罵っていたはずなのに、正直、最近の俺は玲菜を受け入れ始めていたのかもしれない。


根が弱虫なのだ。中学校に入るまでは周りに俺を守ってくれる仲間がたくさんいて、それが普通なのだと思い込んでいた。


だから、大人ぶっていても玲菜と会話を交わす内に弱い部分がまた露呈し始めてしまったのだ。


「…そうか」


だから、俺はまた心を引き締めなければいけない。

忘れるな、今の俺は一つの部活の店長で、生徒会長にもなろうとしている事を。


そして、奈留や圭太、剣崎先輩、アオイ達部活のメンバー。仲間だってたくさんいる。



もう、瀬名悠里には深千代玲菜の呪縛は必要ないんだ。



「玲ちゃん、『好き』の反対って何だと思う?」

「…『嫌い』じゃないの?」


玲菜と同様、俺も呼び方を変えた為に、彼女は少し言葉に詰まっていた。


「もちろん、そういう見解もあるよ。でも、もし好きや嫌いを『物事への関心』として捉えたらどうなる?」

「……それなら、『無関心』ね」

「そう。相手を本当に拒絶するなら、恨むことすらしない無関心が、最善の選択なんだよ」


俺は今まで、玲菜を拒絶する為に、徹底的に彼女を恨んできた。


でも、恨むってさ、結局相手の事を考えるってことなんだよな。


そのことに、玲菜は気づいていたのだろうか。


知りたい気持ちが微かに湧いたが、俺はその感情を、心を虚無にすることで殺した。


俺の口調が柔らかいのは、既に彼女という存在を関心の外側へと追いやろうとしているからだ。


「小さい頃、俺は玲ちゃんに頼りっぱなしだったね。中学になるまでずっとそのままで、今思えばその頃から俺は、玲ちゃんに煩わしく思われていたんだよね。その事は謝るよ、ごめん」

「……」


「でも、そこから絶交して、俺はかなり成長できたと思う。これでもね。その証拠に中学では生徒会副会長だったし、今も部活動の部長だ」

「……」


「だから、最後にありがとうって言うよ。そしてもう終わりにしよう。『嫌い』の終わりじゃなくて、『関心』の終わり。お互いに過去の因縁があって、そのせいで手を取り合えないことは、もうどうしようもない事実だから」


二人の辛い思い出にはさよならを、楽しかった思い出にはごめんねと伝える。


関係の完全なるリセットは、こうした一つひとつのけじめをつけ終えて初めて完了する。


ーーどうしても許すことができないのなら、多分これが最良の選択肢。




「……なんだ、ちゃんと成長、

してたんだね」


玲菜は、ここで初めて笑った。

その笑みは、今まで見たことのないものだった。


「ちょっと詮索しようと思っていただけだったけど、この展開は、予想していなかったかな」

「いや、あの一押しがなかったら気がつかなかったよ。玲ちゃんは、やっぱり凄いね」

「……あはは、そうかな」


玲菜の表情が分からない。ただお手本のような微笑みが張り付いている。


でも、もう俺はその事について考えてはいけない。これからは、こういった関心を一つひとつ殺して生きていくんだ。


「…じゃ、放送室に戻りましょう。もう、今日は放送する時間はないわね」

「だね。これからの見せつけ作戦については、また店で話し合おう」

「うん、そうね…」


そう話し合って、俺は放送室の分厚い扉に手をかける。

さて、奈留を結局待たせてしまいっぱなしだ。なんて言い訳したらいいやら…。


「…ん? 玲ちゃん、どうしたの?」


振り向くと、玲菜は放送室に背を向けて、窓の方、校庭の中庭を見ていた。


「…あ、ごめん。ちょっと先に入ってて。メール届いてたから、それ返してから行く」

「ん、了解」


なら、と俺は先に部屋へと入っていく。


ちらと見た空は、夏を感じさせる、どこまでも澄み渡った青色をしていた。




扉の閉まる刹那、鼻を啜るような音が聞こえた気がしたが、その関心は青空の透明さにかき消されてしまった。










章の区切りではありませんが、ここまででおよそ半分です。



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