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書店部の内部事情  作者: 片羽京介
第二章『夢を叶えた二人』
21/103

大人の事情






二乃舞による日常無差別爆撃によって、俺と深千代の関係の秘密はクラスメート達に全く真逆な形で伝わってしまった。


つまり、「お互いが好きなのにみんなの前では無関心っぽく振舞っている」という風に解釈されたのだ。


そのような形で演技が露呈し、あまつさえあの羞恥極まりない幼稚園の文集などを暴露されてしまった為に、俺たちは中学時代以来の甚大な精神的ダメージを負ってしまった。

その日は帰宅して夕飯もとらずに布団に籠城したらしい。当日のことは本当に覚えていないのだ。


そして、その後の二日間は寝ても覚めても地獄であった。

深千代と戯れる夢にうなされては目覚め、先の出来事を思い出しては呻き…という逃げ場なしの状態のまま、布団からも出ずに苦しんでいた。



ーーそれでも俺が二日で気持ちに区切りをつけ再び立ち上がろうと思ったのは、深千代の存在があったからだ。


「あいつが復帰しているのに俺だけ不登校のままじゃ、今度こそ差をつけられちまう…」


土曜日の朝、今日も休もうかと悩んでいた俺は、あいつが腕を組みこちらを見下している様子を想像して、勢いよく布団を蹴り出し起床するのだった。


圭太と奈留からのメールで、深千代も昨日まで休んでいたことは知っている。

何となくだが、俺よりも現実的思考で動くあいつだって、そろそろあのファンシーな自室から脱出する頃だと思う。


ならば一層、俺も今日から復活しなければ。


俺はいつもの様子で両親に挨拶をし、いつもの量の朝食を頂き、いつもより少し遅めに登校した。

始業前に色々と弄られることは明白なので、少しでもその時間を軽減しようという狙いだ。



「じゃ、行ってきます」


ガチャ


三日振りの朝日は嫌にギラギラしていた。こちらの内心を見計らっているかのような不快な日差しだ。



「行ってきます」



…俺が日差しに嫌悪感を抱いていると、向かいの一戸建てのドアが静かに開いた。


そしてそこからご近所さんの娘さんが顔を出した。


「むぐっ…」


自宅前で戦隊モノの悪役のようなたじろぎ方をする深千代。

やはりあいつも今日から復活か。


意図したものではないのだが、お互い新たな一歩を踏み出すところで早くも障害にぶち当たった様相だ。


その場で困ったように視線を泳がせている俺たちを、互いの母親が後ろから押し出して無理矢理通学路を歩ませるのだった。




親の手前、途中まではやむなく揃って歩く俺たち。だが、やがて自宅から見えない場所にくると、どちらからともなく歩調を変え離れて登校する。俺は深千代の少し後方を歩いていた。


「……」


いつもなら距離を置けば全然気にならずに通えた通学路が、今日はあいつの姿が見えているだけでやけに気恥ずかしい。


それはむこうも同様らしく、時々こちらをチラと振り返ってくる。


「…さっさと先に行けよな」


こちらはずいぶんスローペースで歩いているのに、深千代との距離は離れない。

登校するのが嫌で自然と歩調が緩んでいるのか?


「…まあ、分からなくもないけどさ」


似非ラブコメへの行軍は15分ほど続いた。




どんなに遅くとも、歩を進め続ける以上はいつか目的地へとたどり着く。

そんな名言地味た言葉を悲観的に受け入れながら、俺は校門をくぐり抜けた。


気がつけば俺は深千代を追い越していた。振り返って奴の所在を確かめたいと何度も思ったが、そんな乳離れできていない子どもみたいな行為を俺のプライドが許さなかった。



「あー! 瀬名君と玲菜が復帰したー!」


下駄箱で上履きに履き替えていると、同じクラスの笹本(書店部一年笹本の姉)が俺たちを見つけ大興奮していた。

…っていうか!


俺は勢いよく後ろを振り返る。

そこには、あろうことか俺の後ろをぴったり歩く深千代の姿があった。


なんでお前ピッタリマークしてんだよ!?

ここは時間差で登校するのが妥当だろうに。

やれやれ、とんだ奇策を…。


俺と目が合うと、深千代はバツの悪そうな顔をしてそっぽを向く。


気がつけば、周囲には獲物を見つけたハイエナのようなクラスメート達が俺たちを囲んでいた。


「心配したぜ店長! しかもいきなり揃って登校するなんて!」

「どうやら吹っ切れたようだな! これからはクラス公認で堂々とイチャイチャしてくれてイイぞ!」


口々に言いたい放題かましてくるハイエナ共。まあこうなるとは予想してたよ。だから予鈴ギリギリを狙って登校したのだ。


「玲菜、あんた結構守り堅いと思ってたけど…まさか既に彼氏がいたとは思わなかったよ!」

「なっ!? だから違うわよ! あたしたちはそんなんじゃ…」


おおー、と周囲に声が響く。


テンプレートな「秘密の恋愛」ワードだとでもいうのか…?


そんな思わせぶりなセリフ口走った玲菜が悪いと思うがね。


などと、表面上は苦笑いを浮かべながらも内心汗だくな俺は既に喉がカラカラだ。何も喋ってないのに。


「おめでとうユーリ。これで安心して二乃舞様信者も卒業だな」

「元から違うし、何もめでたいことなんかないし」

「はっはっは! 幼稚園の頃からの夢だった二人のお店が持てて幸せ者じゃないかー!」

「…うう、早速ネタにされてるじゃないのよ」


デカい声で祝福、してるんだろうな、する圭太と、珍しくぐったりしている深千代。


そんな状況観察している俺の足はガクガクなのだが、これだけは悟られたくない…。


その後も教室までの数分間は質問責めであった。


当初の予定では「ははは、よせやい」という感じの余裕あるアクションをするつもりだったのだが、質問の内容が生々し過ぎて俺のキャパシティーはいとも簡単に振り切れた。最終的に廊下で絶叫するハメになった。


玲菜はまだかろうじて冷静だったと思う。一度俺の服の裾を掴んできた気がするが、恐らく藁にもすがる…の心境だったのだろう。


教室に着いたら、全ての煽りを無視して机に突っ伏した。


「みんなやめてあげてよー」


という、奈留の声がやけに印象的だった。





そして休み時間。教室に予期せぬ来訪者が登場する。




「瀬名くぉらぁぁぁあ!!」





ドゴッッ!!




俺は机と椅子に挟まれたままの状態で真後ろへ吹っ飛ぶ。

…まあ、とはいえ後方に転倒した訳でもなく。ちょっとコンパクトになって後ろに滑って行った感じだ。非常にシュールな光景だろう。


後ろの席の奈留がちょっとした悲鳴を上げたが、それ以外にクラスで声を出した者はいなかった。


…ありえない。どうしてみんなこの光景を見慣れちゃってるの?みんなの心に血は通ってないの?


「………」

「わわ、部長! 瀬名君起き上がらないですよ!?」

「ええい触れるな奈留っち! こいつの姑息ないつもの手段じゃ!」



はあ、小さい体でよく吠える。

いつもならすぐに起き上がってちょっとした肉弾戦をおっ始めるところだが、生憎今日は小さい先輩に割り振れる体力がないのだ。


ーー飛び蹴りをかました少女は古川千鶴ふるかわ ちづると言い、奈留の所属する文芸部の部長だ。


三年生ながらその身長は誰よりも小さく、しかしながらその拳は誰よりも重い。文武両道をモットーに、今日もこうして暴力を行使して書店部店長を痛めつけている。


「おい、起きろ瀬名!」

「もう説明終わったんでイイっす」

「訳の分からんこと言うな!」


なんでウチの先輩方はこうも質実剛健な方ばかりなんだ?

キャスティングが肉食系過ぎてずいぶん荒々しい学校生活送ってる気がしてきたわ。


「むー、起きろよ瀬名ぁ」


一方で深千代は氷の様だし、アオイは年の離れた生意気な妹みたいだし、同年代で安心できる異性って奈留くらいしかいないじゃないか。

はあ、ここら辺で一つお淑やか系の帰国子女とか来ないかなぁ。あ、でも非現実的思想持ちは勘弁な。


「起ーきーろーよー!」


そうだな、来年書店部員を募集する時は深窓の令嬢ってのをひとつの判断基準にしようかな。

明らかに育ちは良いのにあらゆることが不得手っていう感じの子だ。


やがてはどこに出しても恥ずかしくない身分相応の淑女となって、俺の後を継ぎ生徒会長として壇上に上がることだろう。うむ、悪くない。


「…なあ、お前が玲菜と付き合っているというのは本当なのか?」

「……」

「むー! もういい! お前なんか知らん!」


酔っ払ったおっさんに絡まれてるみたいだ。恐らくは天高く右手を突き上げ、いつものポーズを決めていることだろう。

クラスの奴らもウザかったらちゃんと言ってやった方が本人の為だぞ。


やがて、デカい口きいてた割にはタッタッタッ、と小さな走り去る音が聞こえた。


顔を上げてみると、千鶴先輩の姿は見えなくなっていた。


「奈留よ。何故あの人は文芸部にいて、しかも部長なんだ?」

「本が好きだからだよ」


今までの流れで先輩から文学少女要素を感じさせる節があったか?!

それとも俺が外界との交流を遮断していた二日間に文学の定義が物理的な側面を獲得したのか?


「? 部長喋っている間、右手でハイネの詩集読んでたよ?」


…力技過ぎるだろ、それ。



休み時間は少し騒がしかったが、特に何事もなく過ぎゆくのだった。




そして放課後。

午前授業の土曜日は何とか終わった。

休み時間は面会謝絶の完全ガード(うつぶせ)で凌ぎ、放課後はこうして一目散に教室を飛び出す。


さらば!


クラスメートの冷やかしを遥か後方へ置き去り、俺は廊下の角を滑るようにして曲がる。


「あ、先輩!」


声をかけてきた少女を確認し、俺は思わず足を止める。


「アオイか…」


書店部の純真、華宮アオイはここまで走って来たらしく、肩で息をしていた。


「悪いな、昨日おとといとお前出ずっぱりだったらしいじゃんか。迷惑かけてホントゴメン」

「それはいいです。それよりも、少しだけここで待っていてくれませんか?」

「ん? ああ」


俺の返事を聞くと、アオイは一目散に廊下を走りだすのだった。


取り残された俺は、する事もないので窓から外の景色を眺めることにした。


今日は六月らしいカラッとした快晴で、土曜日ということもあって今すぐにでも外に飛び出したくなる好天だ。


…先週は雨だったからな。しかもずぶ濡れになったし全力疾走したし…。


こんなことさえなければ今日こそは池袋に遊びに行ってたのにな。



「お待たせしました」

「おお、それで何か用……」



アオイが連れてきたのは、もう今日何度も顔を付き合わせている奴で、言うまでもなく深千代だった。


その顔には半日中好奇の的にされていた疲労感が見て取れる。


「お二人が無事に復帰してくれて何よりです。ですが、一つだけ聞きたいことがあります」


「……」

「……」


後輩の問いに、俺たちは口を真一文字に結ぶ。

想定していなかった訳じゃない。アオイに対しての説明は学校での立場とかそういうものを度外視して第一に考えていた。



「お二人はやっぱり付き合っているのですか?」


「前に言ったろ?俺たちはそんなのじゃないよ」

「…でも、お二人は昔からお互いの家に遊びに行く仲だし、小さい頃の夢は」


「…ふふ、アオイ。貴方はまだまだ、やはり子どもね」



弁解に苦労するような事柄をアオイが口走った瞬間、背筋がぞくっとするような艶かしい声が真横から発せられた。

深千代の演技のスイッチが入ったらしい。


「…ど、どういうことですか?」

「アオイの問いに関する回答は至極簡潔よ。つまり大人の事情」

「おとなの、二乗?」


いかん、こいつ頭の中で大人と

大人でかけ算してやがる。


「違うわ、大人の事情よ。聞いたことあるでしょ?」

「…おお、おとなの事情!」


目を輝かせるアオイ。明らかに羨望の眼差しである。


「大人の世界ではね、『誰よりも近くにいたからこそ距離を置かなければいけない関係』っていうのが成り立っちゃうものなのよ」

「ふむふむ」

「……」


深千代は遠い目をして窓に手を当て、空に浮かぶ雲を憂鬱そうに見つめていた。

その姿を見てアオイの目もますます輝きを増す。


華宮アオイ…ちょろ過ぎる!


「だからね、あたし達の関係なんて聞くだけ野暮なの。そういった事実はあったけれど、それはもう過去の事。今はお互い別々の路を歩んでいるのよ」

「お互い別々の道を…」


復唱した言葉は彼女の中の憧れワードだったらしい。その場で両手を重ねてくねくねと奇怪な動作をしている。




この後、深千代のやり過ぎなアダルトアピールによって俺は多大な精神的被害を受けたのだが、それはこの場では省略する…。


とにかく、久しぶりに深千代の演技に関する真剣な姿勢を真正面から見たのだが、そんなことに感心する余裕もないほどに俺の精神は摩耗していた。




「今度ゆっくり二人で話しましょう。大人の女子同士でね?」

「は、はい! 楽しみにしてます!」



アオイは最早、深千代の虜になっていた。

深千代的には嘘をついていないからセーフなのだろうが、かなりグレーゾーンな正義である。



「それではお二人とも、また部活で!」



アオイは校門で大きく手を振って俺たちを見送っていた。あの笑顔が見れただけ良しとしよう…。



……と、学校沿いに歩いているまでは思っていたのだが。


「お、おい玲菜! さっきのは何なんだよ!?」

「気安く下の名前で呼ばないで」


むぐぐ、どの口が言うか。

隣を歩く深千代は素に戻っていたが、何とも気だるそうである。

演技に相当精神を集中していたらしい。確かにボロ一つない秀逸な演技だったが、言い回しが少し一般的過ぎてリアリティが欠落気味に感じたよ。


「アオイはあれ位現実味無い方が騙されるのよ」

「騙してることを臆面なく認めやがった」


ホントにゲームのラスボスみたいな都合の良い思考回路をしている。


梅雨の合間の晴天の下、微かに熱気を帯びた風が深千代の髪をなびかせる。



……。


今回の騒動は、何も幼なじみという希少価値が生徒達の興味を引きつけたわけじゃない。

囚われのお姫様なんて存在しないこの現実世界で、『高嶺の花』なんて二つ名をつけられてしまうほどに際立った存在の深千代玲菜。

そんな彼女に誰にも知られずに恋人ができていた、ということで世間は沸きたっているのだ。





ーーそこまで考えて、俺の脳裏に悪魔の囁きが聞こえだす。



…いや、しかし、いくら深千代相手とはいえそれは…。


小悪党を自他共に称する俺だが、今回の事に手を染めれば、晴れて悪党どころか大魔王になってしまうことだろう。


……。





「れ、玲菜…」

「だから名前で呼ばないでって」


「恋人のフリ…してみない?」



その時の深千代の顔を、俺は忘れない。

ほんの一瞬だったがね。


「…っ、…はぁ?!」



愛玩動物の威嚇がごとく、少しの間を置いてプンプン起こりだす深千代。アオイに見せた大人の事情の云々がはなで笑う。



まあいい、ものは試しに打診してみよう。

元より、これ以上俺たちの関係が悪くなることなんてない。



「まあ聞け。実はさ…」





俺が深千代との空想スキャンダルを考えていた時に閃いた計画。



学内No.1の呼び声高い美少女に降りかかった恋人問題。


その渦中の少女が働く書店。




…これは、もしかしたら書店部の売上アップに繋がるのでは?




悪魔に心と精神力を捧げ、俺たちは利益を追求しようとしていた……。





第二章『夢を叶えた二人』完





第三章へ続く




ここで章に一区切りです。



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