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書店部の内部事情  作者: 片羽京介
第一章『幽霊は舞台で微笑む』
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『高嶺の花』こと深千代玲菜

『高嶺の花』こと深千代玲菜みちよ れいな




ーー翌日。

曇り空で朝から暗めの通学路を、眠い目をこすりながら緩慢に進む。

今日は肌寒くすら感じる。セーターを引っ張り出してくるか少し迷ったくらいである。


この気温、この天気。

まるで行く先に何か鬼か邪でも待ち構えていそうな雰囲気だ。


大体、水曜日は週で一番キライな曜日だ。


「…朝練がないだけマシだな。」


昨晩いそいそと準備した新刊の受け入れ先に、今頃部員達が悪戦苦闘していることだろう。

先代が作成したマニュアルに沿えば誰でもできる雑誌の店出しだが、その数の膨大さと展開する場所の難解さ(女性誌と毎回売れる定番雑誌は前面に置く、

等)によって、思いの外時間を取らされてしまうものなのだ。


加えてウチの店は「一時間目の始業ベルまで」というタイムリミットがあり、当然学生の本分はおろそかにできないわけなので、間に合わないと学校から厳しく注意される。

俺たちが一年生だった頃は要領が分からず、よく顧問と大学側から叱咤されたものだ。「理不尽経営」「奴隷経営」とかよく言っていた。


「一応、顔出しだけしていくか」


店長という肩書きを拝命した以上、オフの間でも店のことは気にかけなければならない。

半ば強引にフラゲしたこの階級を、管理不行届なんて理由で手放すわけにはいかないのである。


…まぁ、とは言え。正直、今朝の品出しについては何も心配していない


……。


…。




登校してすぐ、俺は鞄を掲げたまま店へと向かった。時刻は始業の10分前。同時に、開店10分前でもある。

開店前の店内はまだ照明がまばらで少し薄暗い。しかし、当の雑誌は既に綺麗に陳列されていた。


「おはよーっす」


カウンターにいる、髪色の際立った背丈の低い後輩に声をかける。


「あ、おはようございます、瀬名先輩」


両袖を肘辺りまでまくって朝練に励むコイツは、一年生の華宮アオイ(はなみや あおい)


俺の肩ほどまでの小柄な身長(小学校高学年くらい?)と、どこか北欧を想起させる鈍色の銀髪が目を引く書店部のメンバーである。


「昨日は忙しかったみたいですね。金庫の中に小銭いっぱいでしたよ」

そう言いながら、両手で何か抱えるようなポーズをとる華宮。「小銭いっぱい」を表現してくれているようだが、席替えで自分の椅子を持って移動している小学生にしか見えない。


「そうか、じゃあそのお金で変わり○棒が何本買えるかな?」

「…え、どういう意味ですか??」


ーー天然。無意識。

日本とフィンランドが共同開発した小型愛玩人形である。

俺の戯れの意味を汲み取ろうと一心に向けてくる視線はもはや様式美のそれだ。


「あ、そういえば見てくださいこれ。今月のsweetieの付録なんですけど…」

華宮は思い出したようにカウンターの後ろを向き、俺の前に何やら細長い布の渦巻いたような物を差し出した。毎回豪華な付録がつくことで10〜20代の女性に絶大な人気を誇るファッション誌「sweetie」の付録のようなのだが…。


「…これ、傘か?」

「そうです!折りたたみ傘です!」


その場でパッと傘を広げてみせる華宮。黒と紫色のドット柄で、どこぞのブランドのロゴデザインを彷彿とさせる。


「また傘が似合うなお前は」

「えへ、どうもです」


ひとしきり魔法のステッキのような傘を満喫した華宮は、折り目正しくそれを畳んで開店に向けての準備に戻った。ちなみに華宮が使っていた傘は見本として店頭に飾るものなので問題ない。



「(…ふむ、しかしこれは売れるかもしれないな)」

sweetieの入荷数は50冊と割と多めなのだが、CMなどで流れると一気に売り切れてしまう。

そしてその頃には出版社にも在庫は残っておらず、店側は売り逃しの状態となる。


「アオイ、悪いけど一時間目の休み時間に追加発注かけといてくれないか?数は25くらいでいいから」

「あ、大丈夫です。玲菜先輩がもう50で出してくれてるんで」


…………。


「そっか。ならいいんだ」


華宮の言葉を聞いて、俺はようやく、店の入り口の方で付録の見本をディスプレイしていたもう一人の部員に視線を向けた。


「………」


こちらには目もくれず、一人黙々と作業を進める彼女は、名を深千代玲菜みちよ れいなという。


流れるような黒髪は腰元まであり、光量の乏しい屋内においても艶めかしく見えるほど。

制服の着こなしはきっちりでもなく、しかしルーズな印象も感じられない。

端的に言ってオシャレなのだ。

胸元のボタン、そしてリボンは適度に緩められ、制服も前は大きく開いている。制服の魅力を最大限引き出す着こなしを心得ている。

この服装でよくもだらしなくならないものだと不思議に思う。

そんな奴がファッション雑誌の

付録のバックやらポーチやらを展示しているのだから、そこだけ切り取れば完璧なショップ店員だろう。


目鼻立ちも整っており(友人談)、性格も知的で冷静沈着(担任談)。従って、男女問わず学校のカリスマとして一目置かれた存在なわけである。そんなアイドルみたいな輩が働いている姿が見られるということで、我が店には一定の固定客が見込める状況だ。


その有用性が認められ、俺と時期を同じくして副店長へと就任した…実力者…である。


仕事も早いし判断力、先見性にも富んでいるため、彼女がいれば…まあ、こうして新刊のたて込む日であっても、問題なく開店を迎えられるのだ。


……。


「……よし、じゃあ俺は教室行くよ。アオイもそろそろ切り上げて向かえよな」


「え、あ、はい」

何かに気を取られていたのか、若干気の抜けた返事をする華宮。


俺は特に気にもせず、その後は無言で自身の教室まで歩いていった。




ーー高嶺の花こと、深千代玲菜。

予定調和の如くつけられた二つ名。


無言で働く彼女の姿が、一瞬脳裏に浮かぶ。



………。





………一時間目は、古文だったな。






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