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ウエディングメール

作者: ホタル

―結婚式の招待状送るから、住所おしえて 美香― 

 二年ぶりに来た美香からのメールのアドレスは変わっていた。

―おめでとう―

 まずそう答えて住所を送った。

 送った後に一人ラーメンをすすっている自分が何だか寂しい人のように思えたけれど、ラー

メンは旨かったから遠慮なく最後まで飲みほした。

 ありがとうございました。店員の声を聞き終えることなく触れた外の空気に、冬だというこ

とを思い知らされる。

 雪が降っていた。

「寒いはずだ」

 言葉とともに白い息が漏れる。小さな雪は足元まで落ちては解けて消えた。ひたひたとアス

ファルトを濡らし、僕の靴先にも降り、そしてやはり消えていった。

 バイト仲間の頃の美香とは常に一緒にいた。

 いつものように安い居酒屋に行っては酒を飲んだし、温泉にも行った。お台場も遊園地も北

海道も一緒に行った。だけど性的なことは一切無かった。お互いに付き合っている人がいたけ

れど、それが問題だったかどうかは解らない。

 ただ、そういった関係になるのが怖いというのがどこかにあったのかもしれない。

 飲みに行くと彼女は常になすの浅漬けをたのみ、一杯目のビールを呷ったし、どんなにバイ

トに寝坊してこようともシャワーを浴びることを忘れず、悠然と歩き、堂々と謝って堂々と怒

られていた。

 そんな美香を僕は好きだった。

 おめでとうのメールを打ちながら、僕の心はざらついていた。

 だからメールでよかったと、正直思った。電話だったらボロが出ていたかもしれない。

 どんなボロかなんて解らないけれど。

―美香からめーるきたか?―

 洋二さんからのメールに、僕は飛びついた。

「洋二さん、お久しぶりです」

 洋二さんも美香同様、二年ぶりだった。

「おう、げんきか」

 洋二さんの声は暖かい。

「たまには遊びこいよ」

 洋二さんは去年から大阪の梅田にいる。埼玉の大宮からはそう簡単にはいけない。

「今度のゴールデンウィークにでも」

 そう答えながら、メールのことを思い出す。

「美香、結婚するって」

 あいつもついにか。洋二さんは笑った。

「そうなんですよ、あいつもついに」

 二年前までは三人同じ場所にいたのに、美香は短大を洋二さんは大学を卒業して就職すると

、唯一人僕は社会人から取り残された気がした。

「あのときはよく飲みましたね」

 言いながら、酔いすぎてた洋二さんが看板をがんがん叩く姿が浮かんだ。

「洋二さんが散々叩いた看板の店もうつぶれましたよ」

「そうか、残念だな。酔いすぎた美香がもくもくと枝豆を食ったこともあったな」

 そうやって食べた枝豆は全て吐き出された。

 一度べろべろに酔った美香が吐きながら、寝言のようにごめんね、ごめんね、なんて謝った

ことがあった。てっきり介抱している自分への言葉だと思っていたのに、後で付き合っている

彼氏への自分だけ男友達と遊んでいる罪悪感からだと知った。

 そのとき僕は確かにその彼氏に嫉妬した。

 さすっていた手が一瞬止まったのを彼女は気がつかなかっただろう。彼女は酔っていたし、

ほんの一瞬のことだったのだから。

「洋二さん、知ってました?」

 もしかしたら、声は震えていただろうか。

 洋二さんは何も答えない。

「おれ、美香のこと好きだったんですよ」

「何をいまさら」

 洋二さんは笑った。

「そうじゃないんです」

 洋二さんに言ってどうにかなるわけじゃないなんて解ったいた。上手く説明したいのに、出

てくる言葉は稚拙で仕様が無いものばかりだった。

「しってたよ」

 洋二さんの声がスピーカーからもれる。

「え?」

「しっていたよ」

 驚いている僕に洋二さんは同じ言葉を繰り返した。

「お前等はほんとに馬鹿だな」

 その言葉に僕は何だか妙に納得した。

「いまさらですね」

「そう、いまさらなんだよ」

「それで、お前、出席するんだろ」

「もちろんですよ」

 空からは雪が降っている。

 身体には少しずつ雪がつもっていく。

 どんなに降り積もった雪もいつか消えてしまう。

 だけど、今日は少し積もりそうだと思った。

 僕は頬を少し濡らしたのだから。


  

 

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