傷物令嬢は汚名を雪ぎに舞い戻りました
数多くの作品から目に留めていただき、ありがとうございます。
王宮の大広間、煌めくシャンデリアの下には着飾った紳士淑女が集い、この度、国交正常化の条約が締結された隣国スタンバーグ王国の王太子夫妻を国賓として迎えての盛大なパーティーが開催されていた。
私が弟ルドヴィックのエスコートで入場すると注目を集めて場内は騒めいた。
王都の社交界の顔を出すのは四年ぶりだった。
私はフェルマン公爵家の長女リュミエル、現在二十歳の若輩者だが、公爵領の運営に携わり成果を上げている。プラチナブロンドにサファイアの瞳の自分で言うのも厚かましいが美しい令嬢だと自負している。品格、教養を兼ね備えた淑女の鑑と王立学園に通っている時は言われていた。
「なんかごめんなさい、悪目立ちしてしまって」
「平気です、美しい姉上をエスコート出来て光栄ですから」
そう言ってくれる三歳年下の弟も私と同じプラチナブロンドにサファイアの瞳の美男子、見目麗しい姉弟の登場だけでも注目を浴びるわよね。
「あら、いつの間にか口が上手くなったのね」
「今日は姉上の凱旋ですからね、本当に誇らしいんですよ」
そうだ、私は戻って来た。四年前、醜聞によって王都から逃げるように去らざるを得なくなったけど、力をつけて戻って来たわよ。
目的は汚名を雪ぐこと。
当時は第一王子タイロン殿下の婚約者として社交界で注目を浴びていた。十歳の時、王家からたっての希望で婚約が調い、六年間、厳しい王太子妃教育に励み、タイロン殿下との親睦を深めて、王立学園卒業と同時に彼が立太子し、私たちは結婚する予定だった。
あんな事件が起きなければ……。
私の登場に気付いた国王が玉座で立ち上がった。
音楽が止み、一同が注目する中、私は国王陛下の前に歩み寄った。
「ヴァーデン王国の輝く太陽、国王陛下にご挨拶申し上げます」
私は淑女の礼を取った。
陛下は満足そうに私を見下ろした。
「よく来てくれた」
そして会場に響き渡る声で、
「長い間、誤解により悪化し続けていた隣国スタンバーグとの関係が改善し、国交正常化の調印に至ることになった功労者は、フェルマン公爵家のリュミエル嬢である」
国王が賞賛の言葉を告げる。
「リュミエル嬢自身も誤解により長い間苦労したが、こうして王都の社交界に戻って来てくれたことは喜ばしいことだ」
陛下の言葉に、並んでいたスタンバーグ王国王太子が拍手したのを皮切りに、場内が喝采で埋め尽くされた。みんな現金なものだ。
「今宵は楽しんでくれ」
「有難きお言葉でございます」
私はもう一度深々と頭を下げた。
国王の後ろに控えている第一王子のタイロンは苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「惜しいことをしたのぉ、くだらん噂に惑わされて、これ程の才女を手放してしまうとはな」
国王が小声でぼやく、私の位置からはハッキリ聞こえた。
そして私に向き直り、
「どうだ、今からでも王家に嫁ぐ気はないか? 第二王子は来年王立学園を卒業すれば婚姻が可能だ、年は下だがなかなかの切れ者だぞ」
「弟が第二王子殿下と同期生ですからお噂は伺っております。しかし、第二王子殿下には十年前から婚約されているご令嬢がいらっしゃるではありませんか、仲睦まじいとお聞きしています。私のような傷物の年増が出る幕はございません」
「耳が痛いのぉ、その傷物にしてしまったのは愚かな我が息子だからな」
そうだ、渋い顔をしたままの第一王子タイロンこそが私との婚約を解消して傷物にしたのだ。しかし、卒業と同時に立太子するはずだったが保留になったままだ。この国には三人の王子がいる、いずれ三人の中から選ぶことにすると国王は言っているが、まだまだ現役なのでいつになるかは未定だ。しかし、心の中ではもう決まっているだろう、決してタイロンが即位する日は来ないだろう。
私との婚約を解消したあの日、彼は自らその地位を手放した。そのことに今頃ようやく気付いているだろう。
タイロンの横には王立学園卒業後すぐの二年前に妃となった元ギャロウ侯爵令嬢のジリアンがいる。
睨んでも無駄よ、私はもう四年前のような非力だった世間知らずのお嬢様ではないのよ、あなたが王都で王子妃として贅沢に興じている間、私は死に物狂いで力をつけて来たんだもの、この日が来ることを信じて、自分の力を信じて。
* * *
四年前、私は王都にある王立学園に通う生徒だった。二年に進級して三カ月経った時、その事件が起きた。
一年生のアビントン伯爵令嬢ティーナが亡くなったと聞いたのはランチの時だった。
「グレダ橋から身を投げたらしいわ、自殺だと断定されたようだわ」
ジュリエットが痛ましそうに言った。ジュリエットはデードリッヒ伯爵令嬢、栗色の髪にオリーブ色の瞳のおっとりした天然系。
「なぜ自殺なんか」
ハーシェル伯爵家のマデリンはカシスレッドの髪に翡翠の瞳の明るくて屈託ない笑顔が似合う令嬢だが、この時ばかりは厳しい顔つきだった。
私は勝気でハッキリした性格、みんな個性は違うが妙に気が合って、いつも三人、いえもう一人の友人と四人で行動を共にしていた。
「遺体はまだ見つかっていないけど、彼女が着ていたと思われるドレスの切れ端が発見されたそうよ、雨の翌日で水嵩が増していたから、かなり下流まで流されたのではないかと今も捜索が続いているらしいわ」
ジュリエットが付け加えた。
自殺したティーナと親しかったわけではないが、彼女は私の幼馴染、レドンド侯爵家の嫡男テレンスの婚約者だったので面識はあった。
テレンスは大丈夫かしら、理由はわからないけれど自殺するほど婚約者が悩んでいたことに気付かない人ではない、彼女を救えなかったと自分を責めているはずだ。
「ジリアンは警察に呼ばれているようよ、ティーナとはハトコに当たるんですって」
「そうなの? 初めて聞いたわ」
「学年も違うし、学園では親しくしていなかったけどね」
いつもはランチを共にするもう一人の友人がギャロウ侯爵令嬢のジリアンだった。フワフワしたアッシュブロンドにヘーゼルの瞳の庇護欲をそそる可愛い少女だ。
「葬儀が済むまでお休みするらしいわ、だからその間のノート頼まれているのよ」
ジュリエットは溜息交じり。
「あなたもお人好しね、休んでなくても試験前にはノートを貸しているでしょ、私たちが断るから優しい貴方に頼り切りなことくらい知ってるのよ、あの子が辛うじてAクラスに居られるのはあなたのお陰よねえ」
マデリンが不服そうに言う。
そうなのだ、ジリアンは見た目通りの甘えん坊ですぐ誰かに頼る。まだ婚約者がいないので男子生徒からの人気も高く、いつもチヤホヤされているがマデリンは気に入らなかった。嫉妬なんかではない、高位貴族令嬢としてだらしなく見えるからだ。そんな毛色の違う彼女がなぜ私たちのグループにいるのかは正直謎だ。いつの間にか私たちにくっついていた。
「いい加減、突き放してもいいんじゃない、一生付き纏われるわよ」
マデリンがジリアンを切り離したいと思っていることは以前から気付いていた、しかし、ジリアンの方が身分は上、無下に断ることが出来ないのをいいことにジュリエットは彼女に利用されていた。
「そんな大袈裟な」
「ほんと、ジュリエットは人が良いんだから、そのうち詐欺にでも遭わないか心配だわ」
その時の私は陥れられるのが自分だとは思いもよらなかった。
ティーナの葬儀が終わった頃から、学園内に妙な噂が流れ始めた。
彼女が自殺した原因が、私とテレンスだと言うものだ。
テレンスと私は幼馴染だ。両親同士の仲が良かったことから交流があり、幼い頃はいつも一緒に遊んでいた。しかし、それも十歳までだった。
十歳になった時、私は第一王子タイロンの婚約者に選ばれた。
どうやら私を見かけたタイロンが気に入ったらしい。とんだ迷惑だ。私とテレンスとの縁談を進めていた両家だが間に合わなかった。王家の横やりで断念せざるを得なくなり、私とタイロン殿下の婚約が王命により調った。
その夜のことは忘れない。私は一晩中、枕を涙で濡らした。
当時十歳、それはまだ芽生えたばかりのフワフワした恋心だった。激しく燃え上がる恋情ではなかったのでハッキリした自覚はなかったが、紛れもなく初恋だったのだ。私はテレンスが好きだった。もう会えなくなるとわかってからそれに気付いた。
お互い言葉にすることもなかったので、テレンスが私をどう思っていたのかはわからない。まだ心の内に秘めたまま芽を出すことが許されなかった恋に、私は決別するしかなかった。選ばれてしまった以上どうしようもない、泣き明かして、腹をくくった、テレンスへの思いは封印すると。
まだ子供と言えども他の異性との接触を禁じられ、私たちは会うことがなくなった。
それから五年後、王立学園に入学した私はテレンスと再会した。
子供の頃とは違い背も伸びて立派な体格、精悍な顔つきになったテレンスに会って心が揺れたことは否定できない。封印したはずの心が疼きだすのを必死で抑えていた。
私は第一王子タイロンの婚約者、そしてテレンスはティーナと婚約していた。テレンスと顔を合わせる機会はあったが、ただそれだけ、幼い頃のような関係には戻らなかったし、そうなるべきではないことは二人とも弁えて距離を置いていた。
なのに、どういうこと?
「テレンス様とあなたが密会を重ねているのをティーナが知って悩んでいた、それが自殺の原因ってことになっているのよ」
ジュリエットが噂を教えてくれた。
「バカなことを言わないで! 二人きりで会えるはずないじゃない。リュミエルは第一王子殿下の婚約者、準王族扱いで常に護衛騎士がいるし、王家の影も付いているはずよ、一人で行動することは不可能なのよ」
マデリンが声を荒げた。そうなのだ、常に護衛と言う監視がついている私に自由はないのだ。
「そんなこと少し考えればわかるはずなのに、なぜそんな噂が拡散しているのよ!」
事実かどうかは関係なかった、そんな噂が流れること自体が醜聞なのだ。
「君の不貞を疑っている訳じゃない、影からの報告も受けているし物理的に無理なのはわかっている。誰かが悪意を持って流しているのだろう。ただ、君が恨みを買うこと自体が問題なんだよ」
タイロン殿下が冷ややかに言った。もう私を切り捨てると決めているような言い方だった。
「一人の令嬢が命を絶ったのは事実だ、噂が真実かどうかなど問題ではないのだ、そんな噂がここまで拡散する前に対処できなかった君の落ち度だ」
いやいや、タイロンも王家も動いてくれなかったじゃないの? 私が対処しなくても王家の力なら打ち消すことは出来たはずだ。
「テレンスも側近から外した」
テレンスは剣技に優れ、一年の時からタイロンの側近として仕えていた。真面目で誠実な彼は信頼も厚かったはずなのに。
早すぎる。
ティーナが亡くなり、妙な噂が流れ出してまだ一カ月も経っていないのに、処分されたような形でテレンスを遠ざければ、あたかも噂が真実であるように見えるではないか。
違和感しかない。
「しばらく領地へ下がってはどうだ?」
タイロンの言葉が突き刺さった。
この六年間はなんだったのだろう。
望みもしない婚約で、初恋の人との間を引き裂かれ、自由を失い縛られ続けた六年、厳しい王太子妃教育を強いられてきた六年、それも好きでもないこの男のために!!
王命だから逃れられなかった、高位貴族に生まれた以上、家のために犠牲になるのは仕方ないことと、自分の幸せは諦めて国に尽くそうと心に決めていたのに、私に飽きたのか? 待ち構えていたように切り捨てられるなんて。
恥じることはなにもしていない、なのに陥れられた私に瑕疵がつく。
反対派閥の陰謀だろうか?
このまま領地へ逃げたのでは負けを認めるようなもの、私を陥れようとしている犯人を見つけて汚名を雪がなければ気が済まない。
そう決心した時、激しい頭痛に襲われた。
見たこともない風景が突然、頭の中に雪崩れ込んで埋め尽くした。
* * *
「誰とでも寝るんだって」
聞こえよがしに言うクラスメートの声。
「パパ活してるらしいよ」
学校の廊下ですれ違う生徒たちから白い目で見られて、コソコソと陰口を叩かれているのは私? のようだった。
これは夢? いいやこれは記憶だ、前世の記憶なのだとわかった。
前世の私は日本と言う島国で生活していた。そこは今の世界より文明が発達しているように見える。四角い乗り物が走り、天にも届きそうな建物に人が詰め込まれるように暮らしていた。夜でも煌々とした明かりが灯り、いろんな音が入り混じって騒々しい世界だった。
私は莉奈という名前の高校生だった。今の世界で言う王立学園生なのだろう。そこで私には事実無根のとんでもない噂が流れていた。
「莉奈がパパ活なんかするわけないじゃない!」
友人の順子が怒ってくれた。もちろん彼氏の輝基も私を信じてくれていた。しかし噂は物凄いスピードで拡散した。手のひらに収まる小さなガラス板に文字が浮かび、私を非難中傷する言葉で埋め尽くされる。
「こんな根も葉もない噂を流した犯人を突き止めるわ!!」
私は立ちあがった。
犯人はすぐにわかった。
いつも一緒にいる友人の一人、優香だったことにショックを受けた。
「面白いように広まったわ、もう消すのは無理ね」
優香は悪びれもせずにそう言った。
「真実なんて誰も求めていないのよ、優等生のあなたが実は阿婆擦れだったって方が面白いじゃない」
彼女は中学時代から輝基が好きだったのだ、そして、彼と付き合っている私を排除しようと噂を流したのだった。
「そんなことをして、輝基があなたに振り向くと思っているの?」
「輝基は本当は私のことが好きなのよ、あなたさえいなければ自分の本心に気付くはずよ」
酷い妄想だ、輝基は付き纏う優香を気味悪がっていた。
「輝基と私は結ばれる運命なのよ、邪魔者はさっさと消えてちょうだい」
その会話を輝基が聞いていた。
「最低な女だな、お前みたいなやつは死んでも好きにならない」
輝基の冷たい言葉、完全に拒絶された優香は逆上した。
「じゃあ、莉奈は死んでも愛されるの?」
私は優香に刺された。
果物ナイフがみぞおちに深く突き刺さった。
最期に見たのは輝基の必死な顔、私を抱き締めて名前を叫んでいた。ああ、私はこの人に愛されていたんだな、そう思いながら意識が途切れた。
* * *
前世では、噂を流した犯人を突き止めた挙句に刺殺された。
優香は恋に狂うあまり妄想と現実の区別がつかなくなっていた。思い込みの強い正気を失った人間を追い詰め過ぎてはいけなかったのだ。まともな神経を持ち合わせていない人間は自分の罪を認めない、そもそも悪いと思っていないのだから……。
そんな人間に話は通じない、真っ直ぐに立ち向かってはいけなかったが、未熟だった私にはそれがわからなかった。
今世で起きた事実無根の噂が流れた事件も同じものを感じる。誰かが勝手な思い込みで邪魔な私を排除しようとしているのだ。でも、犯人捜しをすれば前世と同じ轍を踏むのではないかという恐怖が湧き上がった。
しかし、このまま引き下がるのは貴族令嬢としての矜持に反する。どうすればいいのか思案した。
そんな時、父に言われた。
「フェルマン公爵家の力を使えば事態を収拾することは出来る。しかし、お前はそれを望むか?」
「今回お父様の力添えがあっても敵の正体がわからない以上、また同じことが起きるかも知れません。もっと悪質な方法で私を陥れようとするかも知れません。タイロン殿下はおそらく護ってはくださいません、これを機に私を切り捨てようとなさっているようですし……殿下が心変わりされたのなら仕方ありません」
「しかしその点はお前にも非はあったのではないか? 心はどうだった? テレンスへの想いを忘れ切れなかったのも事実じゃないか? お前は必死で隠していたようだが親の目は誤魔化せない、そして他にも気付いたものがいたのかも知れない」
そうか……。私は心を殺してタイロン殿下に仕えてきた。王子妃教育にも真面目に取り組み出来る限りの努力をした。でもそれは愛ではなく義務感からだった。結局、お父様にも見抜かれる程、本心を隠しきれていなかったのね。
もし、タイロンが気付いていたのなら、私は彼を傷つけていたのかも知れない。切り捨てられたと思ったけれど、それは私が招いたことなのかもしれない。
「私は領地へ戻ろうと思います、今は逃げることをお許しください」
「わかった。しかし、ただ領地に籠ることは許さんぞ、せっかく受けた王子妃教育を試してみてはどうだ」
私はフェルマン公爵領に戻った。そして父から一部の領地運営を任された。まだ十六歳だった私には大変な仕事だったが、出来る限りのことをした。
そうしている間に王都では、私の婚約が解消された。
噂の域を超えなかったので破棄とはならなかったが、私の有責のように言われた。
父は黙ってサインした。
その席には既に新しい婚約者のジリアンがいたそうだ。
ジリアンはいつの間にかタイロンに取り入っていたようだ。最初から計算していたのか偶然そうなったのか、その時はわからなかったが、彼女が次の婚約者になった。
テレンスも退学して王都から出た。お母様の実家である辺境伯領へ行き、騎士団に入った。彼の腕ならどこででも通用するだろうが、約束されていた次期侯爵の未来は閉ざされた。
テレンスはとんだとばっちりだ、この醜聞の狙いは私だったのだろう、関係のない彼を巻き込んでしまって心が痛んだが、
「お前のせいじゃない、それにアビントン伯爵夫妻はあの噂を信じていないから、俺を責めるようなことはなかった。俺も自分の婚約者を護ろうとせず切り捨てた殿下に幻滅したし、仕える気も無くなったからちょうどよかったよ」
テレンスは笑った。
父の指導の下、領地運営に携わるようになった私は王都での醜聞など忘れるほど忙しい日々を送った。王子教育で培った知識は役に立った。がむしゃらに働いた結果、長い間、国交が途絶えていた隣国スタンバーグ王国との関係を改善して、輸出入を開始するに至った。
それは豊かな穀倉地帯を有する我が領の物資をスタンバーグ王国に輸出して稼ぎたいと言う目論見があってのことだったが、スタンバーグ王国も天候不順による不作で食糧を必要としていた時期だったので利害が一致した。
もちろん私一人の働きではない、周囲の協力あってのことだが、結果を出した私は領主代理として認められた。
それで? 私から第一王子殿下の婚約者の座を奪ったつもりでいるジリアンはこの四年、なにをしていたのかしら?
そしてタイロン殿下も、予定ではとっくに立太子しているはずじゃないの? 王太子として国政に携わっているはずなのに、いまだに第一王子のままだ。来年には優秀な第二王子が学園を卒業する。その時、タイロン殿下の立場はどうなるのだろうか?
まあ、もう私には関係ないことだ。
まだ正式表明していないものの、ルドヴィックが公爵家を継ぐまでの間、第二王子の側近として仕えることになったので、我がフェルマン公爵家は第二王子の後ろ盾になることに決めている。
* * *
王宮でのパーティーは宴もたけなわ、私は今までのことを思い出しながら、掌を返したように媚びてくる者たちの話を聞き流していた。
そこへテレンスが現れた。
「遅かったのね」
テレンスが私を見つけて歩み寄った。
「ダンスはまだ間に合うだろ」
彼と再会したのは一年前、フェルマン公爵領で挙げられた私の従妹の結婚式に招待したのだ。新郎新婦とも幼い頃はよく遊んだ仲だ。彼は辺境伯領から駆けつけてくれた。
祭壇で愛を誓う新郎新婦。
純白のドレスに身を包み、幸せそうな笑みを浮かべる花嫁を見ながら私は思った。いつか私も運命の赤い糸で結ばれた愛する人の花嫁になりたい。しかし、その日はまだ訪れない、汚名を雪がなければ私がウエディングドレスを着る日は来ないのだ。
「国から出ないか?」
式が終わった後のパーティーの最中、テレンスが言った。
「身分を捨てることになるけど、君に不自由はさせない、俺と一緒に来てほしい、愛しているんだ」
なにもかも捨てて彼と国から出ることも出来た。でも、このまま逃げるのは嫌だ。そのためにこの三年、悪意に立ち向かえる力をつけようと頑張って来た。汚名を雪いで、みんなに祝福されてウエディングドレスを着たかった。
そんなことを思い出しながら、私たちはホールの中央へ躍り出た。四年ぶりのダンス、うまく踊れるか不安だったが、テレンスの完璧なリードでステップも軽やかに運んだ。
私たちが注目を浴びているのはわかっている。痛いほど多くの視線が突き刺さる、四年前の醜聞をみんな忘れていないのだ。きっと思っているのだろうな、一人の少女を死に追いやったくせに、よく手を取り合えるものだ、と……。
そしてハッキリ口にする者が現れた。
「やはりそうだったのね! あの噂は真実、ティーナを死に追いやったのはあなたたちなのよ、四年経ったからと許されることじゃないわ!」
ダンスを終えた私たちにジリアンが詰め寄った。
「よくもまあ堂々どいちゃつけるわね、どういう神経をしているのかしら」
憤慨して声を荒げるジリアン、王子妃教育を受けた令嬢とは思えない憤慨ぶりだ。ジュリエットが慌てて彼女を止めた。
「今更なにを言い出すのです、当時の二人のことは私たちが一番よく知っているじゃありませんか、常に護衛がついているリュミエル様が不貞を働くなど不可能だと」
ジュリエットはいまだにジリアンに放してもらえないでいる。能力不足でこなせない執務をジュリエットにやらせているとマデリンから聞いていた。
「でも、ティーナは見たと言っていたのよ、それでショックを受けてあんなことに!」
「まさか、第一王子妃殿下なのですか? 私とリュミエルが密会しているのをティーナ嬢が知って悩んでいたなんて虚言を広めたのは」
ジリアンが漏らした言葉をテレンスは逃さずに突っ込んだ。
「私はティーナから聞いた話をしただけよ、彼女はあなたたちのせいで自殺したのよ!」
ジリアンの甲高い声に周囲の人々の目も集まり、遠巻きに野次馬が集まっていた。国賓を招いた王家主催のパーティーにあってはならない騒動だ。
「いったいなんの騒ぎだ」
タイロンが慌ててやって来た。
「ご覧くださいあの二人を! 人を死に追いやっておきながら、堂々と社交界に出てくるなんて、いくら隣国と国交で功績を上げたからと言っても、倫理に反する行いをする者にここに居る資格はありません」
ジリアンはお得意の涙目でタイロンに縋る。
「私が妹のように可愛がっていたティーナを死に追いやった二人の姿を見るのは耐えられません!」
「妃殿下が娘を可愛がっていたと言う記憶はありませんが!」
突然割り込んだ声にみんなの視線が声の主に向いた。
そこにはマデリンとアビントン伯爵夫人の姿があった。
「アビントン伯爵夫人?」
ジリアンは子首を傾げた。
* * *
私がアビントン伯爵夫妻の元を訪れたのは一年程前、テレンスと再会する少し前だった。
ティーナ・アビントンは生きている、と報告しに行った。
私がティーナに会ったのは偶然だった。スタンバーグ王国との貿易を進めるにあたってスタンバーグの王都へ赴いた時だった。
平民の姿をしていたティーナを見た時、最初は本人だと思わずによく似た人もいるものだと思ったが、私と目がった彼女の様子が急変した。青ざめた顔で凝視する。私が首を傾げると、ハッとして逃げるように駆け去った。
その時、あの女性を逃がしてはいけないと直感し、咄嗟に護衛騎士に彼女を捕らえるように命令した。
ただ目が合っただけで捕らえられて、さぞ驚いているだろうと思ったら、私の前に連れて来られた彼女は涙を流しながら、
「どうかお見逃しください」
と額を地面にこすりつけた。
その時はじめて彼女が本物のティーナだとわかった。
「生きて…いたの?」
土下座しているティーナに気付いて駆けつけた彼女の夫と共に、私は滞在しているホテルの部屋に連れ帰った。
てっきり川に飛び込んだものの奇跡的に助かったのだと思ったが、そうではなくて自殺は偽装だったことを聞かされて仰天した。
彼女は出入りの商人の息子、現在の夫と恋に落ちた。それを知ったアビントン伯爵夫妻は身分違いの恋を許さずに、ティーナと恋人を引き裂くため強引にテレンスと婚約させたのだ。ちょうど両家は共同で始めた事業があり、政略的な意味もあってすぐに調った。そこに本人たちの意思はなかったし、テレンスはティーナの事情など知らなかった。
「テレンス様はいい方です、私には勿体ないくらいの方で不満はありませんでしたが、どうしても彼と別れたくなかったのです。愛し合っているのです、家には二歳の娘もいます」
しっかり手を握り合う二人を見て羨ましく思った。二歳の娘と言うことは、そうね、テレンスと結婚出来ない訳よね。
「それで自殺を偽装して駆け落ちしたのね」
「ええ、ただ逃げたのでは追手がかかり連れ戻される危険がありましたから、死んだことにした方がいいと考えました。〝この愛が今生で成就できないのなら死んで、生まれ変わって結ばれます〟と遺書を残しました」
「遺書はなかったと聞いているわ」
「えっ?」
遺書があったなら、私とテレンスの間にあんな事実無根の噂は流れなかっただろう。ティーナが去った後の事情を話すと彼女はとても驚いていた。
「申し訳ありませんでした。まさかテレンス様とリュミエル様のせいにされて、お二人が王都から追われるようなことになったなんて思いもよりませんでした。身勝手なことをして関係のないあなた方にご迷惑をかけてしまいました」
「謝罪は、あなたの死を悲しんだご両親にすべきよ。国に帰れとは言わないわ、でも、ご両親には無事でいることを知らせた方がいいと思う、きっと許して下さるわ」
そうして私は彼女の実家アビントン伯爵家へティーナの手紙を携え訪れた。生きていると知って、ご両親は涙を流して喜んだ。自分たちが無理強いをして追い詰めたからあんなことになったのだと後悔していた。
遺書が消えたのは、娘が平民に入れあげた挙句自殺したなんて醜聞を公にしたくなかったアビントン伯爵夫妻が隠したからだった。私たちの嘘の噂が広がった時、ティーナが自殺した本当の原因を公表するべきだとわかっていたが、その時はすでに大事になり過ぎていて言い出せなかった。処分は受けると深く頭を下げられた。
そこで私は時が来たら遺書のことを公表してほしいと夫妻にお願いした。
そしてテレンスにもティーナの無事を知らせるため、従妹の結婚式に招待した。招待状に〝大切な話がある〟とメモを添えて。
* * *
「アビントンって……、もしかしてあの」
タイロンもなぜ伯爵夫人がこの会話の中に乱入したのか解せなかった。
夫人は静かに、そしてハッキリと答えた。
「そうでございます、四年前、娘の自殺で世間をお騒がせしたアビントンでございます」
本当ならティーナに来てもらった方がハッキリしたのだが、彼女はこの国ではもう死んだことになっているし、隣国スタンバーグで平民として幸せに暮らしている。その生活を壊すわけにもいかなかった。アビントン伯爵夫妻は秘密裏にスタンバーグ王国へ行き、再会を果たしている。
「謹んで申し上げますが、娘ティーナは第一王子妃ジリアン様と親しくしていた事実はありませんし、悩みを打ち明けるような仲ではなかったと断言いたします」
「それはアビントン伯爵夫人がご存じなかっただけです、私は学園でもティーナを妹のように可愛がっていました」
「それこそ嘘ですね、あなたとティーナ嬢が話をしてるところなど見たことありませんわ」
マデリンが口を挟んだ。
「それが今、何の関係があるのだ?」
困惑しているタイロンに、
「ティーナが自殺したのは四年前に広がった噂が原因ではないと言うことです」
アビントン夫人は大切に保管していた遺書を差し出した。
「ティーナの遺書です。この度、長男の婚姻を機に屋敷を改装することになり、四年間そのままにしていたティーナの私室の家具を移動させたところ発見したのです」
なぜもっと早く出さなかったのかと追及されるのを避けるために、そう言うことにした。
「あの子は平民の青年と恋に落ちていました。彼と結ばれないことを儚んで自殺したのです。そう書き残しています」
「嘘よ、そんなのありえないわ、私は聞いたのよ、婚約者のテレンス様が自分を裏切ってリュミエルと逢瀬を重ねていると」
「前提がおかしいのです、ティーナはテレンス様をお慕いしていませんでした、二人の婚約は完全な政略だったのです。それはテレンス様もご承知の上でしたよね」
「ああ、共同事業のためと聞いていた、ティーナ嬢に会ったのも数回で、恋愛感情が芽生えるほどの交流はなかった」
「でも、テレンス様はこの通りの美丈夫、ティーナが恋をしてもおかしくないでしょ」
「恋をしていたのはあなたじゃありませんの?」
またマデリンが口を挟んだ。
「ティーナ様とテレンス様の婚約が調ったと聞いた時、あなたはティーナ様を責めていましたよね、あなたのような冴えない子がなぜ婚約者なのって、そんな罵声を浴びせられたティーナ様が、あなたに悩みを打ち明けるとは思えません」
「君があの噂を流したのか?」
タイロン殿下も知らなかったようで愕然としている。
「私はなにも」
首を横に振るジリアンをテレンスは追い詰める。
「先ほど俺に言ったではないですか、ティーナは見たと言っていた、それでショックを受けたと」
「それは……」
言い逃れ出来ないジリアンは血の気を失い震えている。
「ジリアン!」
タイロンに責めるような声を浴びせられたジリアンは、
「いやぁぁぁ!!」
悲鳴を上げると気を失って崩れ落ちた。
はあ?
なにがいやぁぁなの?
そこで気絶するの?
弾劾はまだ始まったばかりなのよ。ティーナの遺書の登場で嘘が暴かれ、なぜ、そんなことをしたのかとことん追及して、この公の場で謝罪させるつもりだった。
それで、テレンスと私の汚名が雪がれるはずだったのに、なんと中途半端な!
床に横たわる彼女からはなにも聞き出せない。
別室に運ばれて程なく、ジリアンは意識を取り戻したらしいが、茫然自失のまま口を噤み続けているらしい。タイロンが面会すると興奮して暴れ、話ができる状態ではないらしく、私たちも会わせてはもらえなかった。
そんな逃げ方はズルい!
ジリアンは語ることを拒否し、罪を認めることもせずにすべてを放棄した。
その後、ティーナの遺書は本物であるこという鑑定結果に基づき、ジリアンがティーナから聞いた〝私とテレンスが密会していた〟と言う話は真っ赤な嘘だと証明された。加えて、当時の私には王家の影がついていて、密会は不可能だったと今になって王家が発表した。ほんと今更よ。
私たちの汚名は完全に雪がれた。
* * *
それからアッと言う間に一年が過ぎだ。
あの後、ジリアンは離婚されて北の果ての脱走不可能な修道院へ送られた。
あれほど世間を騒がせたわりには軽い処分だ。
『リュミエルを陥れようとか、王子妃の座を狙っていたとか、大それた考えはありませんでした。ただ、なにもかもに恵まれて順風満帆だったリュミエルが羨ましくて、ちょっと評判を落としてやろうと思っただけです。ティーナが自殺した原因は知りませんでした。ただテレンス様はティーナの死にショックを受けておられるだろうと慰めてあげようとしたのに拒絶されて悔しかったから、リュミエルの相手に選んだのです。私はただ嘘をついただけ、みんな嘘の一つや二つ吐いているでしょ、それを面白おかしく広めたのは醜聞好きの社交界で、私が望んだわけじゃありません』
ジリアンは落ち着いてから涙ながらにそう主張したそうだ。
やはりこの手の人間は自分の罪を認めない、悪いことをした自覚もない、すべて他人のせいなのだ。
ジリアンの嘘により、第一王子と公爵令嬢の婚約が壊れ、将来有望な侯爵令息が王都から追われることになったが、彼女がそこまで計算していたとは証明できない。悪意の裏付けは不可能なのだ。
ジリアンからの謝罪は最後までなかった。逆にちょっと嘘を吐いたくらいでこんな目に遭う自分が被害者だと思っているようだ。しかし、彼女はもう修道院から出ることはないだろうし、報復される心配もない。
第一王子タイロン殿下も騙されたと被害者面しているが、早々に私を切り捨てたのは彼だし、ジリアンを選んだのも彼、私から言わせれば騙されたのではなく全部自分が選んだことだ。
それなのに騙されていたのだから婚約解消は取り消して、結婚してやると言われた時はゾッとした。もちろんキッパリお断りしたけどね。国王陛下はタイロン殿下を諫めた。青筋を立てているお父様の顔を見て、ここで無理を言ってフェルマン公爵家に距離を置かれても困ると思ったのだろう。その後、王太子には第二王子殿下が選ばれた。タイロン殿下は近々臣籍降下する予定だ。
そして、今日は私とテレンスの結婚式。
堂々とウエディングドレスを着ることが出来た。
マデリンとジュリエットをはじめ王立学園時代の友人、タイロン殿下以外の王族も出席してくれた。
自分の望むものを手に入れようと嘘をついたジリアンは全てを失い、つかれた私は本当に大切なものを手に入れた。
あの時ジリアンが嘘をつかなければ、私はタイロン殿下と結婚していただろう。この日を迎えることがなかったと思うと、ジリアンに感謝しなければならないわね。
ライスシャワーを浴びながらテレンスの大きな手が私の手を包む。
私はギュッと握り返した、一生この手を離さないわ。
おしまい
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