「この事」と「あの事」
〈境涯は語らずに濟む冬無口 涙次〉
【ⅰ】
鰐革Jr.がカンテラ逹に斃された(前回參照)事で、Jr.の遺した「もう一つの」魔界に戦慄が走つた。そして魔界新盟主には、Jr.の右腕であつた果野睦夢が就任、古來、魔界では女性は蔑まれる存在であつたものゝ、人間界・日本の髙市首相のやうに、右傾化した若年層を中心に、熱心な睦夢(魔界初の「魔女王」である)支持者が群れ、オールドウェイヴな聲は封じ込まれた感があつた。
【ⅱ】
勿論、根強い叛對者はゐるにはゐたが、既成事實として黑ミサを開催すれば、その聲も収まるだらう、との睦夢の讀みで、配下の者らが跳梁跋扈する事となつた。見回せば醜男、醜女の集まりである魔界庶民逹に入り混じり、一人超然とその周囲を威圧するやうな立派な顔立ちの男がゐた。「蛟の精」こと* 水智欣路である。彼は、女性盟主となつて「旧態依然とした、魔界の何かゞ變はる」と、初めて來た魔界で、このモブに參加したのだ。元より、先の若い者らのやうに、單細胞ではない。睦夢は、「祭壇」役の美少年を探してゐた。水智から何か抽き出せるかと、Jr.に教はつた催眠術を彼に掛けた。その結果、** 結城輪と云ふ存在を知り、「祭壇」役の条件である、童貞である事、魔界に理解がある事、人間の美少年である事、全ての条件を輪がクリアーしてゐる事を確認した。
* 當該シリーズ第137話參照。
** 當該シリーズ第136話參照。
【ⅲ】
ところが、輪には睦夢から見て3つの難點があつた。彼の處屬する髙校寄宿舎の舎監の目が煩い事、カンテラ一味の中でも獨特の光を放つ杵塚春多が比較的近くに控へてゐる事、そして輪自身がゲイである事、である。これは強引に攫ふしかないな- さう睦夢は思つた。
※※※※
〈寒空が俺のカフェ・ラテタイムをば邪魔したるとて一人充足 平手みき〉
【ⅳ】
さて、輪。* 杵塚の第4彈映画、『性に目覺める頃』は、戀愛映画だと云ふ。しかも大ヒット上映中で、世評に押されて劇場で観た。流石だな、杵兄さん。さう思つた。まるで雲上人を見るが如くにしか、杵塚を思へなかつた。僕が、欣路さんとの戀に行き詰つて、** ハッテンバと化した「猫nekoふれ愛ハウス」に入り浸つている間に、杵兄さんは世間が認める存在に成り上がつてゐたのだ。輪はともすれば自暴自棄に走りさうな、自分を抑へ込んだ。だがそれには無理があつた。躰が可笑しくなる程に。
* 當該シリーズ第181話參照。
** 當該シリーズ第153話參照。
【ⅴ】
かと云つてその相談相手には、カンテラしか思ひ浮かばぬ輪。カンテラ、水晶玉の魔術で、睦夢新盟主就任のニュースを知つてゐた。だうせ「祭壇」役には輪邊りを狙つてゐるのだらう、と豫想してゐた矢先の、輪の來訪である。「この事」と「あの事」が無関係だとは、思へなかつた。
【ⅵ】
「もう一つの」魔界には、水智のやうな「水妖(蛟は水棲の蛇)」向けに、ほんの小川だが、川が流れてゐた。じろさん連れで、「思念上」のトンネルを下つたカンテラ、輪が水智のせゐで陥れられやうとしてゐる、と、と或る(協力者の)【魔】に教へられ、「蛟」を捕らへてみやうとした。じろさん、黑装束のずぼんを膝まで捲り上げ、「蛟」を一匹捕まへた。その「蛟」は、如何にも斬つてくれ、とお願ひをカンテラにしさうだつた。カンテラ、ぷい、と脊を向けた。「興が削がれた」と一言云ひ殘し-
【ⅶ】
何処で聞いたのか、後で杵塚の云ふには、水智を斬らないでくれてありがとうございます、との事。彼とは、杵塚、親友のつもりでゐた。そして、結果として睦夢は初黑ミサ開催を失敗した。これからだうなるのかは、豫断を許さない、新魔界情勢であつた。
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〈晴れ空の下冷え込めり不思議の國 涙次〉
短いが、こゝ迄。前回の補遺として。今日は2本立て。ぢやまた。
PS:睦夢は輪を強引に攫ふつもりだつたが、それを取り止めにした。理由は、カンテラだけには氣を付けろ、との鰐革Jr.の遺言に從つたまでゞ、カンテラが魔界に降りて來る事を極度に怖がつてゐたからだ。輪にはカンテラが付いてゐる、と云ふ事で、彼女の禁忌に触れたのだ。因みにカンテラは、杵塚からちやつかり仕事の料金を取つてゐた、と云ふ、笑ひ話のやうな、本當の話がある。擱筆。




