第8話「届かない魔法と、届きはじめた理」
あの“風”が出た日から、一週間が経った。
理央は毎朝、裏庭で手を突き出しては、空を睨んでいる。
指先に感じるのは、微かなざらつきと、喉の奥を通るような熱。
けれど、あの日のように形を結ぶことはない。
「……くそっ、また霧散か」
「理央くん、またやってるの?」
背後からミアの声。手には朝食用のパン籠。
「毎日こうよ。風の精霊が泣いてるわ」
「泣かせてねぇよ。ただ、もうちょっとで掴めそうなんだ」
「掴めそうって、それ先週も言ってた」
「うるさいな。俺、諦め悪いタイプなんだよ」
ミアは呆れながらも、少し微笑んだ。
詠唱を一切使わずに魔力を発する人間など見たことがない。
――そして、理央は確かに“発している”。
それだけでも、この世界では奇跡だ。
昼。村の広場では、今日も模擬戦が始まる。
剣を構える理央と、木剣を手にしたルル。
「いくよ、理央!」
「来いっ!」
木剣がぶつかる音が響く。
数合、打ち合う。理央は体捌きこそ鋭いが、やはりルルの速度に追いつけない。
彼女の身体強化前――それでも尚、勇者の動きは常人の限界を超えていた。
「はぁっ!」
ルルの踏み込み。
理央はギリギリで受け流すも、体勢を崩される。
光が一閃。剣先が理央の肩をかすめ、打撃判定が発動。
彼の肩が淡く光る。
「三回目ー! 理央くん、今日も負けー!」
ミアが手を挙げて宣言した。
「ちっ……また駄目か」
理央は肩で息をしながら、地面に膝をつく。
息は荒いが、顔は笑っていた。
「でも、昨日より一発多く防げたよ」
ルルが手を差し伸べる。
「おう。お前が強くなってるだけじゃねぇのか?」
「え?」
「だって、明らかに前より速いだろ」
ルルは一瞬、言葉に詰まる。
確かに――自分の剣筋が以前より鋭い気がしていた。
そして、身体も軽い。
(……まさか、私……強くなってる?)
ギルドで測る以外、ステータスを見る手段はない。
けれど、確かに体が“理”を超えていくような感覚があった。
その日の夕暮れ。
ルルは家の裏口で洗濯物を取り込みながら、理央の方をちらりと見た。
彼はまだ庭で魔法の練習をしていた。
掌を向け、風を思い描く。
だが、何度試しても、空気はかすかに震えるだけで形をなさない。
「詠唱ってのは、神へのお願い……だっけ?」
彼は呟く。
「……だったら、頼まねぇ。お願いなんかしねぇ。
俺は――自分で掴む」
風が微かに応えるように、頬を撫でた。
けれどまだ、それだけだった。
夜。
ルルはベッドの中で、昼の戦いを思い出していた。
理央の剣筋。あの一撃。
確かに、自分でも防ぎきれない瞬間があった。
(理央くん……どんどん速くなってる)
そして自分の身体も、まるで同調するように軽くなっていく。
その理由を、ルルはまだ知らなかった。
理央が“理を揺らしている”ことに。
翌朝も、庭では風の音がした。
それはまだ魔法ではない。
けれど、確かに“世界”が理央の意志に少しずつ反応を始めていた。
ドンキホーテでラーメンが半額になってて思わず買っちゃいました。




