第7話「詠唱という理をぶっ壊す」
朝日が昇る頃、ルルの家の裏庭に魔法陣が並んでいた。
中央には杖を構えたミア。
その前には正座する理央。
「じゃあ今日は、“詠唱魔法”の基本をやるわよ」
「詠唱、ねぇ……」
理央は腕を組み、なんとも納得いかない顔をしていた。
「この世界の魔法は“言葉”によって発動するの。
詠唱は、世界の理に“認識”させるための手続き。
要は――神様に“お願い”して力を借りるようなものよ」
「お願い、ねぇ……」
「はいはい、バカにしない。
理央くんが魔法を使うには、この詠唱を完璧に覚える必要があるの」
ミアは杖を軽く振り、口にした。
「――〈風よ、我が声に応え、形をなし、刃となれ〉!」
風が渦を巻き、地面の砂が一瞬宙に舞う。
詠唱の響きとともに、世界が反応しているのがわかる。
「すげぇ……けどさ」
理央は少し考え込み、首を傾げた。
「その“お願い”って、言葉じゃないとダメなのか?」
「え? そりゃそうよ。言葉で理にアクセスするんだから」
「じゃあもし――言葉使わなくても、
“イメージ”で伝わったらどうなる?」
ミアは呆れたように笑った。
「イメージだけで魔法を発動できる人なんて、この世界にいないわよ。
“詠唱省略”は勇者クラスでも不可能。理が許さないの」
「……そういうこと言われると、やりたくなるんだよな」
理央は立ち上がり、手のひらを前に突き出した。
深呼吸。
頭の中でイメージを描く。
――風が流れ、空気が裂け、形を持つ。
――それを刃にする。
――ただ、そう“思う”だけでいい。
心の中で呟いた。
(風、来い)
その瞬間――
地面の砂が一斉に舞い上がった。
「っ!?!?」
ミアが息を呑む。
彼女の全身に、ビリビリとした魔力の流れが走った。
「ま、魔力反応……!? さっきまでなかったのに!?」
理央の掌から、淡い風の刃が数秒だけ形を取り、すぐに霧散した。
しかし、確かにそこに“魔法”は発生していた。
「……今の、成功したのか?」
「し、したっていうか……理央くん、詠唱なしで魔法発動したのよ!?」
ミアの声が裏返る。
ルルも呆然としていた。
「そんなの……勇者の上位階級でも無理だよ……!」
理央は少し黙り、手のひらを見つめた。
そこには微かに風が残滓のように渦を巻いている。
「なるほどな。
“詠唱”ってのは、女神が作った“理”そのものなんだろ?」
「……たぶん。魔法式の構造は、全部“神の言葉”をベースにしてるし」
「だったら、理が決めたルールなんて、逆張りしてやるしかねぇだろ」
その言葉に、ミアの胸がざわめいた。
今、自分の前で起きた現象が、どれだけ異常なのかを理解している。
(理央くん……あなた、まさか……)
彼は笑っていた。
まるで、ゲームの裏設定を突き破ったプレイヤーのように。
「詠唱なんかなくても、
“こうなれ”って思えば、世界は応える」
風が再び、理央の足元で小さく渦を巻いた。
その夜、ミアは一人、机に向かって震える手でノートを取っていた。
〈観測記録:逆刃理央〉
――魔力理論に属さない“発生”。
――詠唱なし。言語媒介なし。
――理の拒絶が起きない。
(……この人、神の理そのものを、上書きしてる……?)
ページを閉じると、窓の外では月が静かに光っていた。
そしてその光の向こうで、誰かが微かに“笑っている”気がした。
――女神エルネシア。
理を壊す者の誕生を、どこかで感じ取っていた。




