第二章 第1話:獣人の国ガルザニアへ――森の奥で響いた咆哮
森の木々が風で揺れるたび、葉の隙間からわずかに黒い霧が滲む。
ルルが眉をひそめた。
「……この森、なんか空気が重いね」
理央は無言で頷いた。
胸の奥がざわつく。第一章で幾度となく感じた“理の歪み”に似た、しかしもっと濃い……濁った気配。
「なんか……祈りが死んでるって感じするんだよな」
「りお、それどういう──」
その時だった。
――ギャアアアアッ!!
木々の向こうから獣人の怒号。
人族の悲鳴。
地面がドン、ドン、と大きく揺れた。
「まずい、急ごう!」
ルルが駆け、理央も後を追う。
◆ ◆ ◆
開けた場所にたどり着くと、
粗暴な狼獣人が人族の男性を地面に組み伏せていた。
「おいテメェ人族! クラスアップしてねぇ奴は、道の端を歩けって言ってんだろうがぁッ!」
拳を振り上げ――
降り下ろそうとした、その瞬間。
ドゴォッ!!
大地を震わせる衝撃音。
目の前の狼獣人が、一瞬で宙を舞った。
「……やめぬか」
それは理央の背筋に電流が走るほどの声だった。
木々を押しのけて現れたのは、
筋骨隆々の、熊獣人――
否、その中央に立つ男は、王だった。
漆黒の毛並みに包まれた巨体。
しかしその瞳は鋭くも温かい琥珀色で、怒気ではなく“正義”が宿っている。
ガルザニア王・グラウド。
「我ら獣人族は、弱き者を守る誇りがある。
それを忘れたか、愚か者が!」
狼獣人は震え上がり、土下座するように地面へ転がる。
「も、申し訳ありませ……!」
「人族も獣人も、この森で共に生きる仲間だ。
次に手を出したら……容赦せん」
その声音は厳しいが、深い優しさがあった。
理央がぽつりと言う。
「……めっちゃ良い人なんだけど」
ルルも小声で頷く。
「うん、完全に“王”って感じ……」
しかし理央だけが見ていた。
グラウドの背中、肩、胸……
その“内側”に、うっすら黒い鎖が巻きついているのを。
(……あれは、女神の理の鎖?
しかも人族に巻いてたやつより、濃い……)
胸の奥がざわりと波打つ。
◆ ◆ ◆
獣人たちの非礼を深く詫びた後、
グラウド王は理央とルルに向き直る。
「旅の者よ。
助勢、感謝する」
その声は温厚さと威厳に満ちていた。
「よければ我が城へ来てくれないか。
おぬしたちに……頼みたいことがある」
「頼みたいこと?」
王は苦しげに胸を押さえた。
ほんの一瞬、瞳が“赤”に揺らいだように見えた。
だがすぐに笑顔を作る。
「……最近、我が国に異変が起きている。
獣人が暴走する……“獣魔化”だと噂されている。
我は……それを止めたい」
理央の視線は王の肩に絡む黒鎖へ吸い寄せられる。
(これ……王自身も巻き込まれてる……?
まさか、“理の修正”の影響が……)
王が続ける。
「旅の者よ。
どうか……我らを助けてくれないか」
ルルは迷わず答えた。
「もちろん……助けます!」
そして理央も頷く。
「獣魔化か……。その謎、俺たちで追ってみるよ」
王は深く頭を下げた。
「感謝する……!
どうか、この国を救ってほしい……!」
その背中の黒い鎖が、
ほんの僅かに“軋んだ音”を立てたような気がして、
理央は無意識に拳を握りしめた。
第二章――獣人国家ガルザニア編、開幕。




