第23話(第一章エピローグ)
「理の修正 ― 祈りが揺らす世界」
村の広場には焚き火の光が踊っていた。
〈シャドウベア〉討伐から三日、村人たちは久々の平穏を取り戻している。
夜空に笑い声が響き、肉の焼ける匂いが鼻をくすぐった。
理央とルルは焚き火のそばで、木の皿を手にしていた。
村の子どもたちはルルの周りを駆け回り、理央に「すげー!」と無邪気に声をかける。
「……俺、こんなに笑われたの久しぶりかもな」
「当然よ。英雄だもん、理央は」
「やめてくれよ。英雄って柄じゃねぇ」
理央が苦笑すると、ルルは柔らかく笑いながら杯を差し出した。
木の杯が軽くぶつかる音――それが戦いの終わりを告げる鐘のように響いた。
宴の後、神官セラフィーナが理央の元へ歩み寄る。
白衣の裾が月光を受けて淡く光り、その横顔は真剣そのものだった。
「……理央様、少々お耳に入れたいことがございます」
「なんだ? また魔族の話か?」
「いえ……もっと厄介な“理”の話です」
セラフィーナは杯を置き、焚き火の炎を見つめながら静かに語り出した。
「数日前、中央神殿から“加護の再調整”が行われたとの神託がありました。
曰く――『人族の加護は保たれた。だが、他種族にはより高き理を与える』と」
「……より高き理?」
「はい。つまり、“種族上限の引き上げ”です。
女神は、獣人・エルフ・ドワーフといった“人族以外”に新たな上位クラスへの道を開いた。
ですが――人族には何も与えられていない」
焚き火がぱち、と弾ける。
理央の表情が一瞬だけ硬くなった。
「……要するに、人族だけが置いていかれたってことか」
「理央、もしかして――」
「そうだな。俺たちが“理”を壊したせいで、女神が焦って“理を修正”したんだ」
理央の視線は夜空へ向かう。
満天の星々が、まるで世界のシステムログのように静かに瞬いていた。
「でもその修正は、ただの帳尻合わせだ。
平等に戻すんじゃなくて――人族を切り捨てた、理のバグ修正だ」
セラフィーナの唇がかすかに震える。
「……女神は、人族に失望されたのかもしれません」
「いや、違う。怖がってるんだよ」
理央の声が低くなる。
その目には、焚き火とは違う熱が宿っていた。
「“理を越えた存在”が現れたことをな」
宴が終わり、静まり返った夜の村。
丘の上で、理央とルルは並んで星を見ていた。
「理央、行くんでしょ? ガルザニアへ」
「……ああ。獣人たちが新しい“理”で暴れてるらしい」
「止めるつもり?」
「いや、“確かめに行く”。俺たちが壊した理のその先を」
ルルはしばらく黙ってから、微笑んだ。
「ほんと、変わってるね」
「日本人だからな。逆張りが染みついてる」
二人は笑い合い、夜空を見上げた。
その星の光は、2,000年もの祈りの残響のように、静かに二人を照らしていた。
こうして、理央とルルの新たな旅が始まる。
女神が修正した“理”と、理央が壊した“理”。
その狭間で、ヌマアの世界は少しずつ狂い始めていた。




