第1章 第1話 森の少女
森が、燃えていた。
木々の間を駆け抜ける炎の風。
その中心で、一人の少女が剣を握っていた。
「──《火焔剣》!」
詠唱と共に、剣が赤く輝き、前方の巨影を切り裂く。
だが、手応えはない。
熊のような魔族がうなり声を上げ、簡単に炎を振り払った。
「……っ、やっぱり……魔王の加護持ち……!」
少女──ルル=アリステア。
ヌマア王国の勇者として選ばれた天才剣士。
だが、今の彼女の顔は苦痛に歪んでいた。
この世界では、戦いすら“理”で縛られている。
スキルには使用制限があり、魔法は詠唱を経なければ発動できない。
そして──勇者ですら、天使の加護を得なければ本領を発揮できない。
その天使の加護を断ち切った状態で、下級魔族に挑むのは自殺行為だった。
「こんなとこで負けるわけにはいかない……!」
ルルは再び構える。
熊の化け物が地面を抉り、振り下ろした爪が地面を裂く。
衝撃波で木々が吹き飛ぶ。
勇者の誇りも、今は折れかけていた。
「詠唱……間に合わない……っ!」
──その瞬間だった。
上空から、何かが落ちてきた。
ズドォォォォォン!
「うわっ!? いってぇ……!」
土煙の中、制服姿の少年が地面にめり込んでいた。
熊の魔族とルルのちょうど間。
ルルは息を呑んだ。
「な、なに……!? 人……?」
少年が顔を上げる。
黒髪に黒い瞳。見慣れない服。
まるで異世界から抜け落ちたような存在。
「……あ? ここ、どこだ? 異世界っぽいな……」
「え? い、異世界?」
その瞬間、熊の魔族が咆哮した。
だが、異変が起きる。
黒い瘴気が、ふっと薄れた。
理央の周囲の空気がゆがみ、
魔族の体に刻まれていた“加護の紋章”が、かすかにノイズを走らせる。
「……が、ぐ……がぁあああ!」
熊の魔族が頭を抱え、呻き声を上げた。
暴れるでもなく、後ずさるように森の奥へと逃げ去っていく。
ルルは呆然と立ち尽くした。
「……何、今の……魔族が、逃げた……?」
理央は頭をかきながら、土を払った。
「さっきの熊? いやー、なんか目が合った瞬間、勝手にビビって逃げてったんだけど……俺、なにもしてねぇぞ?」
「そ、そんな……魔族が人を恐れるなんて……ありえない……!」
「まぁ、いいじゃん。助かったんなら」
ルルは複雑な表情で理央を見る。
目の前の少年は、明らかに常識外。
けれど、不思議と恐ろしさより“解放感”のようなものを感じていた。
「あなた……名前は?」
「逆刃理央。なんか気づいたら空から落ちてきた」
「……リオ、さん……?」
「リオでいいよ。リオのほうが言いやすいっしょ?」
彼は笑った。
その笑顔は、この世界では珍しいほど無邪気だった。
こうして、ヌマアの勇者ルルと、
理央──女神の理から外れた少年の出会いが、
静かに世界の運命を変え始めた。




