第17話 「積み重ねこそ、理を越える道」
静かな朝の神殿。
光がステンドグラスを通って床に落ち、七色の模様を描いていた。
理央はその光の中で正座していた。
「ふぅ……」
目を閉じ、呼吸を整える。
隣にはセラフィーナが穏やかに微笑んでいる。
「理央様、回復魔法の基礎は“癒したい”という意志そのものです。
神聖魔法の詠唱をなぞるだけでは、力は宿りません」
「うん。でも……なんか詠唱って、お願いっぽいんだよな」
理央が呟くと、セラフィーナはくすりと笑った。
「女神への祈りですからね。お願い、と言われても仕方ありませんわ」
「けど俺、お願いするより、自分でなんとかしたいタイプなんだよ」
「知っています。あなたは、そういう方です」
その言葉に理央は苦笑して立ち上がる。
「よし、じゃあ今日もコツコツいくか」
理央の修行は地味だった。
朝から晩まで、掌の光を微弱に保ち続ける。
誰が見ても、ただ手を光らせているだけ。
けれど、その光の“安定度”は一日ごとに精密になっていった。
セラフィーナはそれを見て、思わず息を呑んだ。
「……理央様。あなたの魔力制御、昨日より滑らかです」
「うん。光の粒が“揺れ”ないようにしてる」
「そんな発想、神官でもほとんど持ちません。
皆、詠唱に頼ってしまうから――」
「頼らないと不安なんだろうな」
理央は静かに呟く。
「けどさ、何かに頼るより、自分の手で積み上げた方が強いって知ってるんだ」
昼。
神殿の庭で、セラフィーナが傷ついた小鳥を抱えていた。
「この子……羽が折れています。理央様、試してみますか?」
「うん、やってみる」
理央は膝をつき、両手をかざす。
光が柔らかく小鳥を包むが、完全には癒えない。
理央の額に汗が滲む。
「焦らず、力を押し付けず……」
セラフィーナが優しく囁く。
「癒しとは“命の流れを戻す”こと。あなたの光を相手の呼吸に合わせて」
理央は深く息を吸い、小鳥のかすかな鼓動を感じ取った。
光がゆっくりと脈動し、小鳥の羽がわずかに動く。
「……治った?」
「ええ。あなたの“願い”が届いたのです」
セラフィーナが穏やかに微笑んだ。
夕暮れ。
神殿の前で、ミアとルルが様子を見に来ていた。
「理央、今日も修行か? 本当に毎日よく続くね」
「まあな。すぐに結果が出るもんでもないし」
「……理央って、ほんと真面目だよね」
ミアが感心したように呟く。
「普通の人なら、途中で飽きちゃうのに」
理央は笑って肩をすくめた。
「日本にいた頃、努力ってのは“積み重ねた結果が当たり前になる”もんだって習ったんだ。
誰かに褒められるためじゃなく、できるようになるためにやる」
ルルがにやりと笑う。
「……やっぱ、あんた変だよ。理の外どころか、人間の外じゃない?」
「褒め言葉として受け取っとくよ」
夜。
セラフィーナは一人、理央の訓練場を見つめていた。
理央が去った後も、空気の中に残る“静かな祈り”の残滓。
それは女神の光とは異なる――柔らかく、温かい光。
「……これが、“祈りの力”……」
彼女は胸に手を当て、そっと呟いた。
「主張せず、奢らず、ただ誰かを思って積み重ねる。
その在り方には、二千年……いいえ、それ以上の時をかけて積もり続けた祈りの響きがある。
まるで、日本という国そのものが理央様を通して息づいているかのよう……」
静かな風が神殿の鐘を揺らし、優しい音が響く。
セラフィーナは微笑んだ。
「女神の理を越えた祈り――それが、この世界に再び訪れようとしているのですね……」




