第12話 「祈らぬ癒し」
昼下がりのヌマアの村。
空は穏やかに晴れ、畑では子供たちの笑い声が響いていた。
理央はルルたちと共に、教会裏の訓練場で汗を流していた。
「今日もやるか?」
「もちろん! 理央、昨日の模擬戦での動き、ちょっと良くなってたね」
「だろ? でもまだ一撃も入んねぇんだよな……」
ルルが笑って剣を構える。
その笑顔が、勇者としての誇りと優しさを宿していた。
そこへ、ミアが息を切らして駆け寄る。
「ルルっ! エリナが……! 村の外に出ちゃったの!」
「なっ……!?」
ルルの顔色が変わる。
エリナ――村で一番小さな子。よくルルが世話を焼いていた少女だ。
「外はまだ魔物がうろついてるのに!」
ルルは反射的に走り出した。
理央も慌ててその後を追う。
村の外れ、花畑の先。
小さな少女が色とりどりの花を抱え、無邪気に笑っていた。
だが――茂みの奥から、獣の唸り声が響く。
黒い毛並み。二足で立つ熊のような魔物――下級魔族ベアス。
唸りを上げ、エリナに狙いを定めていた。
「逃げろ、エリナッ!」
ルルが駆け寄り、少女を突き飛ばす。
だが、その瞬間――ベアスの爪が彼女の腕を裂いた。
「ルルッ!!」
血が、鮮やかに地面を染める。
理央の中で、時間が止まった。
世界が一瞬、無音になる。
(……なんで動けねぇんだ、俺)
心臓が爆音のように鳴る。
あの熊――以前、森でルルを襲っていたのと同じ下級魔族。
理央が干渉して制御が外れた野生の一体。
再び、目の前で命が奪われようとしている。
(……二度も、見たくねぇ)
理央はルルに駆け寄り、手を伸ばした。
血が流れ、腕が震えている。
「大丈夫、すぐ治る……いや、治す!」
理央の手のひらが震える。
頭の奥で、セラフィーナの言葉が蘇る。
――“祈りを捧げなさい。神が癒しを下さるでしょう”
「神に? ……違ぇだろ」
理央は歯を食いしばり、叫ぶ。
「神じゃねぇ! 俺が癒すんだッ!!」
瞬間、理央の掌から眩い光があふれた。
祈りの言葉も、詠唱も、神の加護もない。
ただ純粋な“癒したい”という意志。
それだけが世界の理をねじ曲げた。
ルルの腕に流れていた血が止まり、裂けた皮膚が再生していく。
ミアが呆然と息を呑む。
「……詠唱も……祈りもなしで、癒しが……?」
セラフィーナが駆けつけ、その光景を見て立ち尽くした。
「……そんな……ありえません。勇者でも、神官でもないのに……!」
光が収まった後、理央は深く息を吐いた。
ルルの腕はすっかり元に戻っている。
「……理央、あなた……」
ルルが目を見開いたまま、呟く。
「ありがとう。でも、どうして……」
「わかんねぇ。ただ……助けたかっただけだ」
セラフィーナは震える声で言う。
「神に祈らずとも癒しを発動する……。
あなたは、神の理を……否、“職業の理”そのものを越えたのですね」
遠くで、ベアスが唸り声を上げたが、やがて森の奥に消えていく。
空気が静まり返る。
ルルがそっと笑った。
「理央……やっぱり、あなたは何かが違うね」
理央は肩をすくめ、少しだけ笑う。
「違うって言われるの、慣れてるからな」
教会の鐘が鳴る。
その音を聞きながら、セラフィーナは胸に手を当てて呟いた。
「……女神よ。この異邦の少年は、いったい何者なのですか」
その問いに、誰も答える者はいなかった。




