第9話「女神の理に頼らぬ魔法」
その日、理央はミアの家の裏庭でまた魔法の練習をしていた。
けれど今日の相手はミアだ。彼女が得意げに杖を構える。
「今日はね、理央くん。初心者でも出せる攻撃魔法を教えてあげるわ」
「攻撃魔法? いきなりハードル高くないか」
「ふふん、『マジックミサイル』って言うんだけど、名前の割に地味だから安心して」
ミアが詠唱を始める。
柔らかい声で、一つ一つの単語を丁寧に紡ぐ。
「――我が手より放たれし導きの光よ、敵を穿て。《マジックミサイル》!」
杖の先から、青白い光が生まれ、すうっと飛び出して木の的に命中する。
小さな破裂音。焦げ跡が残る。
「おお……ちゃんと飛んでる」
「まぁ、これでも私の十八番だからね」
ミアが得意げに笑う。
「理央くんもやってみて。詠唱は……ええと、さっきのをそのまま真似して」
「……我が手より放たれし……なんとか光よ……敵を……」
口にしても、何も起きない。
「うーん、駄目かぁ」
「ていうか、これ本当に“お願い”みたいだな。『女神さま、撃たせてください』って感じの」
「まぁ、女神の加護あってこその魔法だもの」
「……それだよ」
「え?」
理央の目がわずかに光を帯びた。
その日以来、何度も魔法を観察していた理央は、詠唱と魔力の動きの“ズレ”に気づいていた。
――詠唱の言葉が終わるより、魔力は先に動き出している。
つまり、言葉は“引き金”ではなく、“制御用の呪文”だ。
なら、直接イメージできれば、言葉なんかいらない。
「……なるほどな」
「理央くん?」
「もう一回見せてくれ。ミアの動きと、詠唱のタイミング」
ミアがもう一度、詠唱を唱える。
理央は目を閉じ、魔力の流れを感じ取るように集中した。
脈打つ魔力が、手の中を通る――。
光を押し出すイメージを焼き付ける。
数日後。
ルル、ミア、そして理央の三人は、街へ買い物に出ていた。
石畳の広場はにぎわい、人や荷車が行き交う。
露店のパンの香りに、理央は少し鼻を鳴らした。
「相変わらずすごい人だな……」
「この季節は収穫祭が近いからね。魔法素材もたくさん売ってるのよ」
ミアが嬉しそうに布袋を抱える。
ルルは警戒気味にあたりを見渡していた。
「理央、油断しちゃ駄目。街でも魔物が紛れ込むことあるから」
「わかってるよ」
そんな矢先だった。
通りの向こうで、悲鳴が上がる。
「うわっ!? 馬が暴れた!」
荷馬車が横転し、馬が狂ったように走り出す。
通りの真ん中には、転んだ少女――ミアの妹、エリナがいた。
「エリナッ!!」
ミアの叫び。
ルルがすぐに走り出すが、距離が遠い。
間に合わない。
理央の体が、勝手に動いた。
「止まれえええっ!!」
叫んだ瞬間、脳裏にミアの詠唱がよぎる。
――光が収束し、放たれる。
理央はその“形”だけを強く思い描いた。
言葉は不要。俺は、俺の力で撃つ。
次の瞬間、手のひらから光弾が走った。
轟音と共に、馬の前方で小さな爆光が弾ける。
馬が驚いて足を止め、荷車が軋む音を残して崩れた。
ミアとルルが駆け寄る。
「い、今の……理央くん!? 詠唱、してなかったよね!?」
「……ああ。なんか、イメージ通りに出た」
理央は掌を見つめる。
そこには微かに青い光が残っていた。
「女神の加護も、詠唱もなしに……魔法が……?」
ミアの声が震える。
その背後で、ルルは理央を見て呟いた。
「……また、理央が理を揺らした」
風が吹いた。
光弾の名残が空に消える。
この瞬間、女神の理に初めて“ひび”が入った。




