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第58話 光の果てに、兄は眠る

 森の獣たちの力をその身に宿したラウルは、大地を蹴った。

緑の光を纏う両手剣ブレイヴフレイムが、弧を描いて振り下ろされる。

巨人と化したセリオス殿下の光刃がそれを受け止め、衝撃が森を揺らした。

地面がひび割れ、木々の葉が吹き飛ぶ。


 「……まだ立ち向かうか、ラウル!」

 赤く染まった瞳が、愉悦に歪む。


 「兄さん、もうやめてくれ!」

 ラウルは歯を食いしばり、押し返しながら叫んだ。

 「その力は、兄さんを蝕んでる! 東の魔術師に利用されてるだけだ!」


 「利用だと?」

 セリオスは小さく笑う。

 「違う。私は“選ばれた”のだ。この力こそ、王に相応しい証!」


 再び刃がぶつかる。

火花と光が混じり合い、視界が白く弾ける。


 「父上は……弱かった!」

 セリオスの剣が横薙ぎに走り、ラウルは咄嗟に跳び退いた。

 「獣と絆だと? そんな甘い理想で国を守れるものか!」


 「守れる!」

 ラウルは叫び、再び踏み込む。

 「絆を信じなかったから、兄さんは孤独になったんだ!」

刃と刃が噛み合い、至近距離で視線が交差する。


 「孤独だと?」

 セリオスの唇が吊り上がる。

 「力さえあれば、誰も逆らえぬ。裏切られもしない。恐れられ、全てを支配する!」


 その言葉に、ラウルの胸が締め付けられる。

 「……それは王じゃない。暴君だ」


 緑の光がさらに強く脈打つ。

森の獣たちの咆哮が、背後から重なった。

 「兄さんを取り戻す。

  力で縛られたまま終わらせない!」

ラウルは剣を振り上げ、全身の力を込めて打ち込むと、巨人の体がわずかに揺らいだ。

セリオスの表情が、一瞬だけ歪む。

だが次の瞬間、さらに強い光が彼の体から溢れ出した。


 「甘い……! 力こそがすべてだ、ラウル!」

 再び激突する二つの刃。

森は、兄弟の意志がぶつかり合う戦場と化していた。


 ついに痺れを切らしたセリオス殿下が、両腕を大きく広げた。

 「そろそろ終わりにしようぜ、ラウル。すべてを光で消し去ってやる!」

 巨人化したセリオス殿下の胸から溢れ出した光が、渦を巻きながら空へと昇る。

森の影が一瞬で塗り潰され、まばゆい白が視界を焼いた。ラウルは咄嗟に後方へ跳び、歯を食いしばる。


 (このままじゃ……森ごと消される)

 その思った時だった。


 「ラウル様、セリオス殿下の胸元を!」

 ロニーの叫びが飛ぶ。

 「水色のクリスタル……あれは“時の羅針盤”です! 時間の流れを遅らせる魔道具……

  “時の揺り籠”の簡易版!」

 

 ラウルは目を凝らす。確かに、巨人の胸に埋め込まれた水色の結晶が、禍々しく脈打っていた。


 「それを破壊すれば、殿下を止められます!」


 「……それって!? その方法しかないのか……」

 ラウルは歯を食いしばり、ブレイヴフレイムを両手で強く握り直した。

胸の奥で、森の鼓動が脈打っている。


 (それを破壊したら、兄さんはたぶん、時間の流れに呑まれて、消えるだろう……)


 恐怖と迷いはある。

しかし、巨人と化した兄の圧倒的な力も、腹に刺さったあの光攻撃も、まだ鮮明に焼き付いている。

このままでは、自分も仲間も森も消されてしまう。


 (……仕方ない……。俺は、皆を守ると決めたんだ)

 目を閉じ、深く息を吸う。

ラウルは覚悟を決めて、巨人化したセリオス殿下に視線を移した。


 「みんな……力を貸してくれ」

 呟いた瞬間、剣の柄がじんわりと熱を帯びた。


 緑色の光が、刃の根元からゆっくりと立ち昇る。

それは最初、小さな炎だった。だが、獣たちの咆哮が重なるたびに、炎は脈打つように大きくなる。

赤、橙、緑が絡み合い、渦を巻き始めた。

熱風が吹き荒れ、ラウルの長い黒髪が大きくなびく。

地面の草が焼けるように揺れ、周囲の空気が歪む。


 「うおおお……!」

 ラウルはさらに力を込めた。

 

 炎は螺旋となり、刃を包み込む。

まるで森そのものが、剣へと姿を変えているかのようだった。

腕は軋んできたが、その痛みさえも、力へと変わる。


 (兄さんを止める……それが俺の役目だ!)

 

 炎はついに、眩い柱となって天へと伸びた。

両手剣ブレイヴフレイムは、かつてない輝きを放っていた。


 「食らえ!!」

 炎を纏ったブレイヴフレイムを振りかざし、ラウルは一直線に巨人へと飛び込んだ。

その姿を、セリオス殿下は赤い瞳で見下ろす。


 「愚かだな、ラウル」

 低く、重く、嘲る声。

 「借り物の力で……この私に届くと思ったか?」

 次の瞬間、巨人の腕が大きく振り上がる。

 「思い知れ。これが――“選ばれし者”の光だ!!」

 

 胸から迸る魔力が、剣先へと集中する。

純白の奔流が雷のようにラウルへと放たれた。

炎と光が、空中で正面から激突する。


 ――轟音が森に響き渡った。

 

 空気が悲鳴を上げ、衝撃波が森を薙ぎ払う。

木々がしなり、土が抉れ、葉が舞い上がる。炎は唸りを上げて食らいつく。

だが、光は容赦なく押し返してくる。


 「その程度か、ラウル!」

 セリオス殿下は笑う。

 「力こそが正義だ! 弱き者に未来などない!」

圧倒的な光の奔流が、ラウルの剣をじりじりと後退させる。


 「……ぐっ!」

 足が地面を削り、腕が震える。

炎が弾け、火花が散る。

それでも、ラウルは退かない。

押し潰されそうな光の奔流が、全身を焼く。視界は白く染まり、呼吸すら苦しい。


 (……まだだ……!)

 肘が折れそうになる。だが、その瞬間――


 「踏ん張れ、ラウル!!」

 ガルクの咆哮が、雷鳴のように響いた。

一瞬で胸の奥が熱く震える。

 「お前は一人じゃない!」

 

 その声に応えるように、ラウルは両手剣を握り直した。

 「デヤアアアアっ!!」

炎がさらに燃え上がる。

渦は太く、強く、光に食らいつく。


 「馬鹿な……!」

 わずかに、光が押し返される。

巨人の赤い瞳が見開かれた。

 「借り物の力で、私を超える気か、出来損ないが!」


 「借り物なんかじゃない!」

 ラウルは叫ぶ。

 「これは……みんながくれた力だ! 兄さん、まだ間に合う! 

  こんなやり方で王になっても、誰もついてこない!」


 「黙れ!!」

 セリオス殿下が咆哮し、さらに魔力を注ぎ込む。光が再び押し返そうと膨れ上がる。

その時だった。


 「負けるな、ラウル! 押し返せ!!」

 レグナスの声援が背後から響いた。


 「ラウル、頑張って! あなたなら勝てるわ!」

 フィオナの澄んだ叫びも心に沁みついた。


 森の獣たちも一斉に吠えた。

大地が震える。炎が爆ぜる。


 「いけぇぇっ!!」

 ラウルは最後の一歩を踏み込んだ。

 

 ついに、炎が光を両断する。

白い奔流が裂け、道が開ける。

一直線に……、巨人の胸へ。


 「やめろおおおっ!!」

 セリオス殿下の絶叫が響いたが、次の瞬間、ブレイヴフレイムは水色の結晶、“時の羅針盤”を貫いた。

 

 甲高い破砕音の直後、轟音と爆風が森を満たした。

衝撃波が森を薙ぎ払った。

 

 「うあああああっ!!」

 轟音の中、ラウルの悲鳴が森に響いた。

 

 砕けた“時の羅針盤”から放たれた衝撃が、巨大な光の渦となって爆ぜる。

空気が引き裂かれ、地面がめくれ上がり、木々が軋みを上げた。

ラウルの身体は、まるで枯れ葉のように吹き飛ばされる。

視界が回転する。


 空と地面が何度も入れ替わり、肺から空気が強制的に吐き出された。


 (しまっ――)

 次の瞬間。

 

 どしん、と柔らかな衝撃が肌に伝わった。

大きく、温かい腕が、ラウルの身体をしっかりと包み込んでいた。


 「……っ、はぁ……」

 荒い息を吐きながら、ラウルは目を開ける。

目の前にあったのは、見慣れた茶色の毛並み。


 「……母さん……助かった……」

 かすれた声でそう呟くと、ベアトリスはふっと鼻を鳴らした。


 「無茶をする子だよ、本当に。でも――」

 その声には、叱責よりも誇らしさが混じっている。

 「よくやった」

 そっと、額を軽く小突くようにしてから、ベアトリスはゆっくりとラウルを地面へ下ろした。


 まだ足元は揺れている。だが、確かに立っている。

周囲では土煙がゆっくりと晴れ始め、爆風に揺れた森が、少しずつ静けさを取り戻していく。

激闘の余韻だけが、空気に重く残っていた。

やがて土煙がゆっくりと晴れていくと、一人の横たわっている人影が現れた。


 そこに横たわっていたのは、巨人の姿ではなく、上半身裸のセリオス殿下だった。


 「……兄さん!」

 ラウルは両手剣ブレイヴフレイムを投げ落とし、地面を蹴って駆け寄る。

膝をつき、そっとその身体を抱き起こした。


 「兄さん、しっかりして……! 聞こえるだろ……?」

 何度も、何度も呼びかける。

すると、閉じられていた瞼がわずかに震えた。

ゆっくりと開いた瞳は、もはや赤く濁ってはいなかった。

穏やかで、優しい青い瞳だった。


 「……ラウル……」

 かすれた声で、名を呼ばれる。

ラウルの喉が詰まる。


 「……やっと……目、覚ましたんだな……」

 涙が頬を伝う。


 それを見たセリオスは、弱々しく笑った。

 「……私は……愚かだったな。力に、取り憑かれ……お前まで傷つけた」

 ゆっくりと視線を巡らせる。

 「……すまない、ラウル。……お前は、立派になった。私より……ずっと、強い。

  獣たちを……森を……頼んだぞ」 

その言葉で、ラウルの胸が締めつけられる。


 「何言ってるんだよ……!」

 ラウルは首を振る。

 「これからは一緒にやり直せばいい! 兄弟だろ! 一緒に生きよう!」


 だが、セリオスは静かに首を横に振った。

 「……私は……もう、長くない」

 その言葉と同時に、彼の足元が淡く光り始めた。

光の粒が、足先から崩れるように舞い上がる。


 「やめろ……やめてくれ……!」

 ラウルは必死に抱きしめる。

だが、粒子は止まらない。

セリオスは困ったように微笑み、震える手をラウルの頬へ伸ばした。


 「……泣くな。私は、元々もう存在していないはずだ……」

 しかし、その指先は触れる前に光へと崩れ始める。

 「私は……重い罪を犯した。きっと……安息の地には行けぬだろう……

  このまま、どこへも届かず消える……」


 「そんなことない!」

 ラウルは即座に叫んだ。

 「父さんも、母さんも……エルデアのみんなも、兄さんを待ってる!

  “早く帰ってこい”って、俺に伝言を託したんだ!」

涙で滲む視界のまま、必死に言葉を紡ぐ。


 「兄さんは一人じゃない! 俺も、皆も……兄さん赦してる! 

  だから、きっとあの場所へ行けるよ!」

 

 その言葉に、セリオスの瞳が大きく揺れた。

そして――静かに、涙が零れる。

 「……ありがとう、ラウル」


 セリオス殿下は視線を上げ、集まってきた獣たちを見つめる。

 「……お前らに迷惑をかけたな。すまなかった」

その言葉を残した後、ロニーの方にも目を向ける。


 「ロニー……、よくぞ弟を守ってくれた。ラウルを……、時の揺り籠を頼む……」


 「……もちろんです、セリオス殿下。やっと目を覚まされたようで、安心しました。

  どうか安らかに、安息の地で皆様と暮らしてくださいませ」

ロニーは震えた声で返事しながら、深く頭を下げた。

 

 その敬礼を見届けたセリオス殿下は、もう一度ラウルに視線を移した。

 「……誇りに思うぞ、我が弟」

 

 そう言い残して、ゆっくりと目を閉じた。

身体はすべて光の粒となり、風に乗って空へと昇っていった。

森には、静かな沈黙が落ちる。

 

 「……兄さん……!」

 ラウルの泣き声だけが、広い森に響き渡った。

獣たちは黙したまま、天へ昇る光を見送っていた。


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