表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/61

第57話 獣たちが選んだ王

 白い光に満ちた不思議な草原が、ゆっくりと輪郭を失っていく。

実の両親と再会したあの安息の地から、ラウルの意識は、再び現実へと引き戻されていった。

ラウルの身体は、光に溶けるように少しずつ薄れていった。

草原も、集まる人々の姿も、遠ざかっていく。

そのとき、背後から低く落ち着いた声が届いた。


 「ラウル」

 振り返ると、カイレオン陛下がこちらを見つめていた。


 「皆は、セリオスに会いたがっている。 早く帰ってこいと伝えてくれ」

 その言葉に、ラウルは胸の奥が静かに温かくなるのを感じた。

憎しみや断罪ではなく、最後まで家族として向けられた言葉だった。


 「はい」

 ラウルは深くうなずいた。

 「必ず……兄を、東の魔術師の支配から解放します」

そう言い切った瞬間、視界が白く弾けた。



 ……ラウル……


 誰かが、必死に名前を呼んでいる。

ラウルはゆっくりとまぶたを開いた。

ぼやけた視界の向こうに、見慣れた顔が次々と映り込む。


 「……ラウル様……?」

 ロニーだった。

彼は仰向けに倒れているラウルの腹部を見つめ、言葉を失っていた。

 「……傷が……勝手に、閉じている……。どうして?」

 

 その呟きに、ラウルははっとして自分の腹に手を当てた。

確かに、先ほどまであったはずの深い傷は消えている。

痛みも、熱も、嘘のように引いていた。


 「……本当だ……」

 ラウルは不思議そうに呟き、ゆっくりと起き上がる。

 「もう……痛くない」

 その一言に、周囲の空気がふっと緩んだ。

 

 レグナスも、フィオナも、ガルクとベアトリスも、安堵の表情を浮かべる。

だが、その空気を切り裂くように、冷たい声が響いた。


 「ほう……」

 剣を構えたまま、セリオス殿下がラウルを見下ろしていた。


 「腹を貫かれても立ち上がるか。 意外としぶといな」

 殿下は嘲るように剣先を向ける。

 「次は、確実に斬る。 今度こそ終わりだ」

 

 その挑発を聞いたラウルは、地面に落ちていた砕けた両手剣ブレイヴフレイムの柄を拾い上げた。

剣は折れても、心は折れていない。


 ゆっくりと立ち上がり、兄を真っ直ぐに見据える。

 「……諦めない」

 静かだが、揺るぎのない声だった。

 「兄さんが目を覚ますまで。 俺は、何度でも立ち向かう」

二人の視線が、再び真正面からぶつかり合う。

 

 その時、東の魔術師は、砕けた剣の柄を握り締めて立つラウルを見下ろし、喉の奥で愉快そうに

笑った。

 「そんなガラクタで、何ができる?」

 嘲るように言い放つと、彼は懐から黒い首輪を取り出した。禍々しい魔力を帯びたそれが、鈍く光る。


 「大人しくドロテアの元へ帰れ。お前は――そこがお似合いだ」

 首輪が宙を舞い、ラウルの方へ投げ放たれようとした、その瞬間だった。


 「させるかっ!」

 レグナスが叫び、迷いなくラウルの前へ飛び出す。


 同時にロニーも一歩踏み出し、険しい表情で東の魔術師を見つめた。

 「……これ以上、ラウル殿下を弄ぶのは許しません」

 

 二人の姿を見て、東の魔術師は心底可笑しそうに肩を揺らした。

 「無力な仲間が増えただけだ」

 そして、ちらりとセリオス殿下に視線を送る。

 「殿下。ひとつ、面白い提案があります。キメラと融合なさって、この者どもを一気に

  片付けてはいかがでしょうか」

 

 一瞬の沈黙の後、セリオス殿下は口角を吊り上げた。

 「……いいだろう。まとめて始末できるなら、望むところだ」


 「兄さん、やめてくれ!」

 ラウルは必死に叫び、声を張り上げる。

 「それ以上進んだら、もう戻れなくなる!」

 

 だが、セリオス殿下は冷たく吐き捨てた。

 「黙れ。弱者が口を出すな。さあ、その融合とやらを始めよう」


 「かしこまりました。では、しばしのご辛抱を」

 東の魔術師はそう告げて、ゆっくりと両手を広げる。

次の瞬間、禍々しい黒い霧が噴き出し、キメラの巨体とセリオス殿下の身体に絡みついた。

霧は渦を巻き、二つの存在を呑み込んでいく。


 やがて――

地を揺らす重い音とともに、霧が晴れた。

そこに立っていたのは、金髪の巨人だった。

全身は黒く染まり、赤い瞳が不気味に輝く。

均整の取れた手足と、木の幹のように隆起した筋肉。

それが大きく口を開くと、人ならざる咆哮が森の木々を震わせ、空気が押し潰される。


 巨人となったセリオス殿下は、ゆっくりと両腕を広げた。

指を握るたび、空気が軋み、地面が低く唸る。


 「……はは……」

 喉の奥から、心底愉快そうな笑いが漏れる。

 「素晴らしい……これが、真の力か」

 赤い瞳が、恍惚とした光を帯びた。

 「なるほど。世界が、こんなにも小さく見えるわけだ」

 

 その視線が、ゆっくりとラウルたちを捉える。

まるで、踏み潰す順番を決めるかのように。


 「光栄に思え。私の全力で、終わらせてやる」

 口角が歪み、猛獣のような笑みが浮かぶ。

 「――覚悟しろ」


 その一言が落ちた瞬間、

森全体が、震え上がった。

ラウルも、彼の仲間たちも、言葉を失って、呼吸が浅くなった。

ただ一歩、後ずさるしかなかった。

絶望が、静かに森を覆い始めていた。

巨人と化したセリオス殿下の威圧は、森そのものを押し潰すかのようだった。

 

 ――それでも。

ラウルの胸の奥で、ひとつの声が蘇った。


 (エルデアの国王に選ばれた者は、森に生きるすべての獣の力を借りることができる)

 

 カイレオン陛下の言葉だった。

ラウルは深く息を吸って、震える膝を叱咤し、ゆっくりと背後を振り返った。

そこには、ガルクをはじめとする獣たちがいた。

恐怖と怒り、そして、かすかな期待を宿した瞳。


 「……みんな」

 声は、思ったよりもはっきりと出た。

 「俺は、まだ弱い。剣も折れて、一度は負けた」

 

 ラウルは視線を逸らさないまま、一拍を置いた。

折れたブレイヴフレイムの柄を握り締め、頭上に掲げて、続けた。


 「それでも……俺は、逃げない。この森を……、

  お前たちの居場所をこれ以上、奪わせたくない」

 声が、次第に熱を帯びていく。


 「どうか――俺を信じてくれ」

 喉の奥から、魂を絞り出すように叫んだ。

 

 「一緒に、兄、セリオス殿下を止めよう!

  この森を……エルデアを、守ろう!」

 

 その瞬間だった。

森の上空に、淡い緑色の光が走る。

光は幾何学的な紋様を描きながら、巨大な紋章となって空いっぱいに広がった。


 「……あれは……!」

 ロニーが、息を呑んで叫ぶ。


 「そ、そんな……まさか……」

 喉が震え、言葉がすぐには出てこない。

だが、震える指で空を指し示し、絞り出すように叫んだ。


 「……あれは……エルデアの紋章……!

  王家に認められた者にしか現れない……

  いえ……“選ばれた王”の証……!」

 

 ロニーは信じられないものを見るように、ゆっくりとラウルへ視線を向けた。

 「ラウル様……あなたは……」

一瞬、言葉を失って、はっとしたように息を吐く。


 「……そうか。

  既に、カイレオン陛下に認められていたのですね」

ロニーは胸に手を当て、深く、深く頷いた。

 

 ラウルは、その言葉を聞いて、静かに目を伏せる。

自分の中で、点と点が繋がっていくのを感じていた。

 「……国王、か。まだ実感はないけど……」

 

 ラウルは、再び獣たちへと向き直った。

今度は迷いのない眼差しで。

 「俺は……逃げない」

 

 折れた剣の柄を握る手に、力がこもる。

 「この森を守る。 お前たちと共に、生きる道を選ぶ」


 ラウルの力強い言葉を聞いたロニーは、声を張り上げて、獣達に告げる。

 「聞いてください、森の同胞たち!

  新たなる国王――ラウル陛下の誕生です!!」

ロニーは両手を上げて、誕生したばかりの若き王を祝うように、歓喜の声を上げた。


 一瞬の静寂が訪れた後、咆哮が響き渡った。


 「――ウォオオオオオッ!!」

 大地を揺るがす咆哮が、空を裂いた。

最初に動いたのは、ガルクだった。


 「……ようやく、だな。ならば、俺らの力を受け止めよ」

 低く、重い声。

誇りと覚悟が混じった、その一言。

ガルクは大きく胸を張り、天へ向かって咆哮する。

吠えるその姿は、まるで森そのものだった。

 

 その咆哮に呼応するように、他の獣たちも次々と動く。

熊が前脚を高く掲げ、狼たちが群れを成して空へ吠え、鷲が翼を広げて旋回する。

無数の腕が、爪が、牙が、天を指した。

森全体が一つの意思として、ラウルに応えた。

 

 天を裂くような咆哮が響き渡り、空気が震える。

ガルクの体から、銀色の光が溢れ出し、一直線に空の紋章へと吸い込まれていった。

続いて、獣たちの体から次々と光が現れた。


 赤、青、金、紫――

無数の光が森から立ち昇り、幾何学模様に集束していく。

地面が揺れ、空気が唸った。


 「……なんて迫力……」

 レグナスは思わず呟き、フィオナも言葉を失っていた。

だが、ロニーは二人に穏やかに声をかける。


 「大丈夫です。ラウル様を……信じましょう」

 

 やがて、獣たちの咆哮が静まる。

空の紋章は、強烈な光を放ちながら一点に収束し、流星のように、ラウルのもとへ降り注いだ。

 

 ラウルは目を閉じて、静かに受け止めた。

体の内側に、途方もない力が流れ込んできた。

同時に、獣たちの記憶と感情が押し寄せる。

怒り。

悲しみ。

そして、守りたいという、切なる願い。


 (……俺は、一人じゃない)


 そう悟った瞬間、右腕にずしりとした重みを感じた。

驚いて目を開くと、折れたブレイヴフレイムの柄から、緑色の光が溢れ出し、空間を切り裂くように

刀身が形を成していく。

ひび割れていた刃は、完全に修復されていた。


 ラウルは新たなブレイヴフレイムを、強く握り締める。

そして、ゆっくりと顔を上げた。

その視線の先には……、巨人と化したセリオス殿下が立っていた。


 その背後で、東の魔術師は初めて怯えた様子を見せた。

 「ば、馬鹿な……! ただの小僧が、ここまで森を従えるなど……!」

歯噛みしながらも、彼は必死に声を張り上げる。

 「惑わされるな、殿下! あなたの力の方が上だ! その身に宿る力で――叩き潰せ!」

 

 一方、セリオス殿下は怯えることなく、不敵な笑みを浮かべていた。

 「はは……面白い。獣ごときに王を名乗るとはな」

赤い瞳が、ラウルを射抜く。

 「来い、弟。力を得たつもりなら、その幻想ごと叩き折ってやる」


 ラウルは一度、静かに息を整えた。


 (――みんながくれた力だ。恐れるな)


 剣を握る手に、森の鼓動が伝わる。


 「兄さん……今度こそ、止める。

  この森も、仲間も、俺自身も――奪わせない!」

 

 次の瞬間、ラウルは地を蹴った。

新たな力を纏った剣先が、巨人と化したセリオス殿下へと一直線に迫る。

轟音とともに衝撃波が走り、森は再び震え上がった。


――王としての覚悟と、歪んだ力。

その激突が導く結末は、まだ誰にも見えていない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ