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第54話 ひとりじゃない

 エルデアの森に、鋭い金属音が響き続けていた。

火花が散る。

刃と刃が噛み合い、反発するたび、ラウルの腕に重い衝撃が走る。

(……速い)


 分かっていたが、想像していた以上だった。

セリオス殿下の剣は、迷いがない。

一振り一振りが正確で、最短で、殺すためだけに研ぎ澄まされている。


 「っ……!」

 ラウルは受けきれず、わずかに体勢が崩れる。

その隙を、見逃されるはずがなかった。

鋭い斬撃が頬を掠め、熱を帯びた痛みが走る。


 (落ち着け……! まだ、動ける……!)

ラウルは歯を食いしばり、両手剣を強く握り直した。


 指先が痺れている。

呼吸が、乱れている。

それでも、退けない。


――ロニーが、後ろにいる。

――父さんも、母さんも、獣たちも戦っている。

――ここで自分が崩れたら、全部終わる。


 「……どうした、ラウル」

 セリオス殿下の声が、冷たく森に響いた。

 「そんなものか? 王国を背負う覚悟とは」


 その言葉が、胸に突き刺さる。

 (王国……俺は、王なんかじゃない……)

一瞬、心が揺れた。その隙を、セリオス殿下は見逃さなかった。

視界の端で、光が揺らぐ。


 「……え!?」

 次の瞬間、セリオス殿下の姿が消えた。

 (――速すぎる!!)

気付いた時には、すでに遅かった。


 「ぐっ……!!」

 腹部に、凄まじい衝撃。セリオス殿下の靴底はラウルの腹部に深く食い込んでいた。

肺の空気が一気に吐き出され、体が宙に浮く。

背中から大木に叩きつけられ、鈍い音が響いた。


 「……か、はっ……!」

 ラウルの口から、血が零れ落ちる。

視界が、ぐらりと揺れた。

耳鳴りがして、音が遠のいていく。


 (……立て……立て……!)

 分かっているのに、体が言うことを聞かない。

膝が、地面に落ちる。


 もがいているラウルに、セリオス殿下がゆっくりと近づいてくる。


 「惨めだな」

 その声には、嘲りが混じっていた。

 「そのまま這いつくばれ。

  そして誓え――我が下僕となると」

 剣先が、ラウルの喉元に向けられる。

 「そうすれば、生かしてやろう」


 死が、すぐそこにある。

体が、震えそうになる。

 (……怖い……)

だが、その恐怖の奥で、別の感情が燃え上がった。

――悔しさ。

――怒り。

――そして、守りたいという想い。


 (……ふざけるな)

ラウルは、血を吐きながらも、顔を上げた。


 「……俺は……

  誰の下にも、ならない……!」

 声は震えていたが、意思は折れていなかった。


 セリオス殿下の目が、細くなる。

 「ならば――」

 剣を掲げ、冷たい声で告げる。

 「力で、従わせるまでだ」

 「――《天光裁断》」


 空が、白く染まった。

無数の光の玉が生まれ、まるで裁きの雨のように、ラウルへと降り注ぐ。

 (……早く防がなきゃ……!)

腕に力を込めようとするが、痺れた筋肉が悲鳴を上げる。

剣が、上がらない。

 (……俺は、ここで終わるのか……?)

ラウルが目を閉じようとしたその時に、遠くからロニーの声が響き渡った。


 「――《時流偏向じりゅう・へんこう》!!」

 ロニーの鋭い声と同時に、青白い光がラウルの前に円形状に広がった。


 次の瞬間――

降り注ぐ光線の動きが、ぴたりと止まった。

時間が、歪む。

停止した光は、そのまま軌道を失い、

弾かれるように進路を逸らして地面へと突き刺さった。


 ラウルが振り向くと、ロニーが片膝をついたまま、手を掲げていたのが見えた。

限界を超えたかのように、ロニーの肩が大きく上下していた。

それでも、ロニーは蹲っているラウルに駆け寄った。


 「ラウル殿下……! ご無事ですか!!」

 

 駆け寄るロニーの声が、現実に引き戻す。

 「……ああ……」

 ラウルは、荒い息を吐きながら、無理やり口角を上げた。

 「……これくらいは平気だ。それに、俺に敬語なんて不要だ。いつも通りに喋ってよ」


 体中が、軋むように痛む。

視界もまだ定まらない。それでもラウルは、ロニーに支えられながら立ち上がった。


 セリオス殿下は、その様子を眺め、どこか感心したように、口元を歪めた。

 「ほう……」

 殿下の視線が、ロニーへと移る。

 「今の光を、逸らすか。

  あれは――かつて、お前を瀕死に追い込んだ技だぞ」


 ロニーの喉が、わずかに鳴った。


 「……成長したな、ロニー」

 殿下は、愉快そうに笑う。

 「時間を操るだけの小賢しさだった男が、

  今では、私の光に“干渉”するとは」

一瞬、称えるような声音。


 「だが、それだけだ」

 セリオス殿下は、軽く剣を振る。

それだけで、空気が張り詰めた。


 「私を止めるには、まだ足りぬ。

  ――まだ、見せていない手札があるぞ」


 その言葉に、ラウルの背筋を、冷たいものが走る。

 (……まだ、奥がある)


 セリオス殿下は再びラウルを見る。

 「いい表情だ、ラウル。恐怖と、意地が混じった顔だ」

唇が、愉悦に吊り上がる。

 「だが覚えておけ。

  お前が立っていられるのは――

  私が、本気を出していないからだ」


 ラウルは、歯を食いしばった。

 「……分かってる」

深く、息を吸う。震える腕に、力を込める。


 (勝てるかどうかじゃない……

  ここで、退くかどうかだ)


 剣を構え直し、ラウルは、殿下を睨み据えた。

そして、覚悟が決まった声でロニーに告げる。

 「ロニー……下がって。ここは、俺が行く」


一瞬の沈黙。

そして、ロニーは小さく頷いた。

 「……ご武運を」


 ラウルは前を向き、剣を構える。

恐怖は、消えていない。

痛みも、限界に近い。

それでも――

「――行くぞ、兄さん」

地を蹴り、再び走り出す。

金属音が、再び森を裂いた。


「はあ……っ、はあ……!」

 地面を蹴るたび、鈍い痛みが全身を走る。

視界の端で、獣たちとキメラが激しくぶつかり合っているのが見えた。

 ――まだだ。

 ――ここで、止まれない。

剣を握り直し、ラウルはセリオス殿下へと突っ込んだ。


 一方、セリオス殿下は、肩で息をすることすらない。

涼しい顔で、迫りくる弟を眺めていた。

金属が擦れる音。

ラウルの剣撃は、ことごとく受け流される。

殿下は小さく首を傾げ、心底つまらなそうに笑った。


 「……なんだ、その動きは」

 失望を隠そうともしない声。

 「父上は……なぜ、こんな弱い弟に国を任せようとした。老いで、目が眩んだのか」


 言葉が、ラウルの胸を刺す。

 「まだだ……! 俺は――!」


 だが、セリオス殿下は、もう飽きたというようにため息をついた。

 「もういい」

 剣を下ろし、攻撃を止める。

 「降参しろ、ラウル。その方が……楽だ」


 一瞬の沈黙。

 

 次の瞬間、ラウルは叫んだ。

 「――ふざけるな!!」

 怒りと悔しさを込めて、再び斬りかかる。


 その時だった。

セリオス殿下の剣が、眩い光を帯びる。

刀身が、太陽のように輝いた。


 殿下は構えを変えて、腰を左へと深く回転させる。

次の瞬間――反対方向へ、一気に振り抜いた。


 「キメラの餌にでもなれ」

 満面の笑みと共に、光の剣がラウルの両手剣に叩きつけられた。


 「――ぐっ!!」

 衝撃が、全身を貫く。

世界が、反転した。地面が遠ざかり、空が回る。


 「うあああああっ!!」

 叫びながら、空中で体勢を立て直そうとする。

だが、回転が止まらない。

ラウルの視界の端で――

巨大な影が、迫ってきた。

 

 キメラ。

ラウルが飛ばされてくるのを認識し、その視線が、獣たちからラウルへと移る。


 次の瞬間。

 「――っ!!」

 巨大な両手が、容赦なくラウルの体を挟み込む。

冷たい。

硬い。

まるで、鉄の万力。


 「が……っ、あ……!」

 肺が圧迫され、息が詰まる。

骨が、嫌な音を立てて軋んだ。

視界が、暗くなる。

 ――やばい。

そう思った瞬間、キメラの握力が、さらに強まった。


 「――あああああっ!!」

 悲鳴が、森に響いた。


 ラウルは、必死に藻掻いた。

両腕に力を込め、巨体の指の隙間をこじ開けようとする。

だが、キメラの握力は岩のように固く、びくともしない。


 「くっ……! 離せ……!!」

 声は、掠れた。

肺が押し潰され、息が続かない。

視界の端が、黒く染まっていく。


 その様子を見た瞬間――

ガルクの咆哮が、森を震わせた。

 「ラウル!!」


 父狼が、迷いなく跳んだ。

鋭い牙でキメラの腕に噛みつき、爪で肉を裂く。

熊が体当たりし、猿たちが背に取り付き、鷲が頭部へと急降下する。

獣たちは、叫びながら、必死に食らいついた。


 だが。

キメラは、痛みを感じていないかのように、微動だにしなかった。


 ――ぎり。

さらに、力が込められる。


 「――っ、あ……!」

 骨が軋む、嫌な音が、はっきりと響いた。

やがてラウルの右手から、両手剣ブレイヴフレイムが滑り落ちた。

重い音を立てて、地面に転がる。


 「ぐ……力が……入らない……。ぐぁぁ!」

 悲鳴が、喉から零れ落ちる。

 

 その時、ロニーの叫び声が響いた。

 「やめてください!!」

 必死の叫びだった。

ロニーはセリオス殿下の前に立ち、深く頭を下げる。


 「殿下……! どうか……ラウル様を放してください……!」

 「陛下も、王妃様も……兄弟が殺し合うことなど、決して望んではおられません!」

 

 一瞬の静寂。

それを破ったのは、殿下の――

腹の底からの笑い声だった。

 「ははははははは!!」

 愉快そうに、肩を震わせる。

 「ロニー、父上みたいな戯言を言うようになったな。ならば、私を止めてみろ」

鋭い視線が突き刺さる。

 「お前の得意な、時間操作魔法でな」

 

 さらに、楽しげに続ける。

 「それとも……、その“時の揺り籠”を、こちらに渡すか?」

殿下は、ちらりとロニーの腕の中を見た。

 「大人しく渡してくれたら、あの弱虫弟を解放してやろう」

 

 ロニーの喉が、ひくりと鳴った。

まるで自分の時間操作魔法がセリオス殿下に通用しないと悟ったかのように、ロニーは唇を

強く噛みしめ、震える手で、水晶玉と盟約の書を抱き締める。

 「……これは……渡せません」

声は、かすれていたが、はっきりしていた。


 その言葉を聞いた瞬間、セリオス殿下の笑みが、歪んだ。

 「……そうか」

 冷たい声。

 「ならば――もっと絞めてやれ」

 命令が、落ちる。

キメラは、容赦なく両手に力を込めた。

 

 ――みし。

 ――ばきり。


 「――あああああああっ!!」

 腕の骨が、折れる感触。

激痛が、全身を貫く。

巨大な手のひらの隙間から、

赤い血が、滴り落ちた。

ラウルの叫びが、再び森に響き渡った。

獣たちの怒号と、絶望が、重なり合って、空気を裂いた。


 一方、キメラの足元で、ガルクは吠え続けていた。

 「ラウル!! 聞こえるか!!」

 「父さんはここだ!!」

 声が裂けるほど叫びながら、巨大な脚に噛みつく。

鋭い牙で肉を穿ち、爪で何度も裂いた。


 ――だが、止まらない。

キメラは、虫を払うように脚を動かすだけだった。それでも、ガルクは退かない。

血が滲んでも、喉が焼けても、ただひたすら――息子を呼び続けた。

 「離せ……! その手を……ラウルから離せ!!」

 

 その必死な姿を、少し離れた場所から眺めながら、

東の魔術師は鼻で笑った。

 「無駄ですよ、森の王。どれほど吠えようと、その程度の力では――」

 言葉が、途中で途切れた。

突然森の入口方向から、空気を引き裂くような音が走った。

 

 次の瞬間。

炎の槍が、一直線に飛来した。


 「――ギギギ!?」

 避ける間もなく、炎の槍はキメラの背中へ突き刺さった。

爆ぜるような衝撃。

焼ける肉の音。

 「ギィィィィィ……!!」

 キメラが、初めて苦痛のうめき声を上げた。

巨体が大きくよろめき、

その拍子に――

ラウルを掴んでいた手が、緩んだ。

力を失った身体が、地面へと落ちた。


 森全体が、凍りついたように静まり返った。

その好機を見逃すまいと言わんばかりに、母ゴリラのベアトリスは素早く重い足を動かして、

ラウルの元へ駆け寄った。


 「ラウル! 大丈夫かい!? ラウル!」

ベアトリスは悲惨な姿で倒れているラウルをそっと抱き抱え、必死に呼びかけた。


 すぐに父狼のガルクも駆け寄ってきて、心配そうにラウルの顔を覗き込んだ。

 「酷い怪我だ。骨があっちこっち折れている……」


 母の温かい腕を感じて、ラウルの意識ははっきりしてきた。

 「かあ……さん、いきが……苦しい」


 ラウルは必死に空気を吸おうとして、首を動かしていた。

その時、ふと炎の槍が飛来してきた方向に、二人の人影が立っていたのが見えた。

 

 燃えるような赤髪の少年。

そして、その隣に、三つ編みの少女。

ラウルは、ぼやけた視界の中で、その姿を捉えた。

胸の奥が、ぎゅっと締めつけられる。

 「……あ……」

 声が、震える。

 「来てくれたんだね……」

傷んだラウルの体に、温もりが灯り始めた。


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