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第48話 封じられた真実

 時間が止まった迷宮の最深部で、ライアンとロニーは向かい合っていた。

巨人との激戦の余韻が残るはずの広間は、まるで切り取られた絵の中のように静まり返っている。

ライアンは、頭だけがわずかに動く状態のまま、ロニーを睨みつけた。


 「……説明しろ。

  どうして、あんたがここにいる。

  どうして……俺を、こんな目に遭わせた」

 低く震える声だった。


 ロニーは肩をすくめ、少し困ったように笑った。

 「もう気付いてるだろ。

  お前は――ラウル。エルデア王国の第二王子だ」


 「……それはあり得ない」

 ライアンは即座に言い返した。


 「エルデア王国は、とっくに滅んだ。

  それに、俺はどう見てもまだ……少年だ」


 ロニーは一歩近づき、ライアンの頭を優しく撫でた。

 「焦るな。年の話じゃない。――“時”の話だ」

その言葉に、ライアンは言い返せず、唾を呑んだ。

 

 ロニーは視線を遠くに向け、静かに語り始める。

 「伝承にも、メリックの遺した日記にも書かれている。

  獣と共に生き、獣と語らう王国――エルデアは、確かに存在した」

ライアンの脳裏に、森での記憶がよみがえる。


 「獣と心を通わせる力。そして、それを支える数々の魔道具。平和は、確かに続いていた……」

 一瞬、ロニーの声が低く沈んだ。

 「――第一王子、セリオス殿下が反乱を起こすまではな」

 

 その名を聞いた瞬間、胸の奥がざわついた。

 「……どうして」

 ライアンは思わず口を開いた。

 「どうして、セリオス殿下は……反乱なんて起こしたんだ?」

 

 ロニーは、ゆっくりと視線をライアンに戻した。

 「それを話すには……少し、昔話が必要だ」

そう告げたロニーの表情は、先ほどまでの軽薄さを失い、深い影を帯びていた。

ロニーは一度、ゆっくりと息を吐いた。


 「……セリオス殿下はな、

  森の獣――ライオンに顔を傷つけられた。それが、すべての始まりだった」

静かな声だったが、その一言に重みがあった。


 「そこへ現れたのが、“東の魔術師”と名乗る男だ。

  あいつは甘い言葉で殿下を煽り、傷ついた自尊心に付け込んだ。

  ――力があれば、誰にも傷つけられない、と」

ロニーの瞳が、わずかに暗く曇る。


 「殿下は次第に変わっていった。疑い深くなり、怒りを隠さなくなり……

  ついには陛下、カイレオン様と大喧嘩して、城を出た」

 

 その日の夕方だった、とロニーは続ける。

 「突然、爆発音が響いた。本来、空に見えるはずの結界の光が――消えた」


 ライアンの喉が鳴った。


 「その瞬間、悟った。王国を守り続けていた大結界の核――“時の揺り籠”が盗まれたとな」

 ロニーは拳を強く握りしめる。


 「直後だ。

  セリオス殿下が城門前で叫び、反乱を宣言した。

  殿下側についた衛兵が一斉に動き、宮殿は……地獄だった」

 

 血の匂い、悲鳴、混乱。

ロニーの言葉の端々から、それらが滲み出る。


 「俺は“時の揺り籠”を探しに行こうとした。だが――」

一瞬、言葉が詰まった。


 「お前の母上、リアナ王妃に引き止められた。

  代わりに命じられたのが……

  赤ん坊のお前を連れて、森へ逃げろ、ということだった」


 ライアンの胸が締め付けられる。


 「狼と、ゴリラを頼れ、と。

  あの方たちは、王妃に忠誠を誓っていたからな」

 

 ロニーは視線を伏せ、続けた。

 「俺は……ラウルを抱えて、戦場を潜り抜けた。

  魔法、弓矢、剣が踊り狂っている中、俺は必死に走り続けていた。

  ようやく宮殿の外へ出た、その時だ」


 ロニーの声が、低く沈んだ。

 「……門の前で、殿下が待ち伏せしていた」


 沈黙が落ちた。

ライアンは、こわばった表情のまま、ロニーを見つめる。

 「……戦ったのか。セリオス殿下と……」

かすれた声だった。

 

 ロニーは、ほんの一瞬だけ視線を伏せ、それから静かに続きを語った。


 「セリオス殿下はな……ラウルを渡せ、と言った」

ロニーの声が、わずかに低く沈んだ。


 「お前の存在そのものが、邪魔だと。第二王子であるお前が生きている限り、王位は完全には

  自分のものにならない――

  そう思い込んでいたようだ」


 拳を握りしめたまま、ロニーは続ける。

 「……だから殿下は、お前を殺すつもりだった。王位継承権を“奪った元凶”としてな」

短い沈黙のあと、ロニーははっきりと言い切った。


 「俺は、それを拒んだ。

  どんな理由があろうと……赤子のお前を、差し出すわけがなかった」


 その言葉には、怒りと恐怖、そして揺るがない決意が混じっていた。

ロニーは、まるでその場に戻ったかのように、遠くを見る目をした。


 「その時、俺は泣いていたお前を石柱の陰に置いた。

  それから――セリオス殿下と、正面からやり合った」


 その言葉を聞いたライアンは、息を呑んだ。


 「俺の時間停止魔法は……効かなかった。

  殿下の光は、時間そのものを引き裂くみたいに速く、強かった」

 ロニーは、苦笑する。


 「防御も意味がない。

 光の閃光が、次々と俺の体を裂いて……正直、死ぬと思ったよ」

その言葉に、ライアンの胸が締め付けられた。


 「……追い詰められた、その時だ。メリックが来てくれた」

 ロニーの声に、かすかな温度が戻る。


 「“行け、ロニー!”ってな。あいつは笑ってた。自分が時間を稼ぐって、迷いもなく」

 拳を握りしめるロニーの指が、わずかに震えた。


 「俺はあいつの言葉に甘えて……お前を抱えて逃げた。満身創痍のまま、森へ走った。

  何度も転んで、血を吐きながらな」

 そして、ロニーは静かに言った。

 「……そこで、力尽きた」

 

 ライアンは、喉の奥が熱くなるのを感じながら、絞り出すように尋ねた。

 「……その時に、狼と……ゴリラが、現れたんだよね」


 ロニーは、ゆっくりとうなずいた。

 「ああ。お前の――育ての父と、母だ」


 その一言が、ライアンの胸に深く落ちた。

自分が獣として育てられた理由が、今、確かな重みをもって、繋がり始めていた。


 ライアンは胸の奥が締めつけられるのを感じながら、恐る恐る問いかけた。

 「……その狼とゴリラは……すぐに、俺を受け入れてくれたのか……?」


 ロニーは小さく首を横に振り、ゆっくりと言葉を継いだ。

 「いや……最初は、拒絶された」

 

 森にたどり着いた直後のことを思い出すように、ロニーは一度目を伏せる。

 「狼の長――ガルク殿はな、俺を見るなり怒鳴った。

  『人間は帰れ』ってな。

  獣の世界に人間は不要だ、と……セリオス殿下の名を出して、吐き捨てるように言っていたよ」

ロニーは苦く笑った。


 「俺は必死に説明した。

  王国が陥ちたこと、反乱が起きたこと、王妃様に命じられてここへ来たこと……。

  でも、ガルク殿は聞く耳を持たなかった。

  『人間は皆、獣を利用し、裏切る』――そう言ってな」


 ロニーは深呼吸してから、続けた。

 「その時の俺は、もう立つ力さえ残っていなかった。

  だから……俺は、赤子のお前を抱えたまま、地に頭を擦りつけて頼んだ。

  “どうか、この子だけは助けてほしい”ってな」

 

 その言葉に、ライアンは息を呑んだ。

そして、ロニーは静かに語る。

 「俺はガルク殿に提案した。

  ――この子を“人間”としてではなく、“獣”として育ててほしい、と」

 

 ライアンの胸が強く脈打つ。


 「獣として育てれば、獣の痛みも、喜びも、怒りも分かる。

  きっと、人と獣の橋渡し役になれる。

  それが……王妃様の、最後の願いだった。

  長い沈黙の末――

  動いたのは、ゴリラの長、ベアトリス殿だった」


 ライアンは森にいる父さんと母さんを思い出しながら、ロニーの説明を聞き続けた。


 「ベアトリス殿は、ゆっくりお前に近づいてな……

  その小さな頭を、そっと撫でた」

 ロニーの声が、わずかに震える。


 「『……なんて、ちいさい』

  そう呟いて、愛おしそうに抱き上げたんだ」

その光景を思い出すように、ロニーは微笑んだ。


 「それを見たガルク殿は、”正気か!”と怒鳴って、ベアトリス殿を厳しく叱った。

  でも、お前の育ての母、ベアトリス殿は優しくガルク殿を説得した」


 ライアンの目は潤み始めた。ロニーは目を細めて、ゆっくり続けた。

 「ベアトリス殿はお前を我が子のようにあやし始めて、笑っているお前の顔をガルク殿に見せて

  言った。”この子に罪はないわ。一緒に育てよう。私が母で、あなたが父ね”と」


 ライアンの頬に、温かい物が流れ始めた。


 「それを聞いたガルク殿は、ため息を吐いて、ついにお前を受け入れた。

  こうして、お前は獣の子になった」


 「……母さん……父さん……」

 ライアンは掠れた声で呟いた。


 「そして俺は……お前を託して、盗まれた“時の揺り籠”を探す旅に出た。

  これが……お前の生い立ちだ、ラウル」


 話を聞き終えたライアンは、涙をこらえきれずに呟いた。

 「……ロニーのおかげで……俺は、生きてこれたんだな……」

 

 ロニーは優しく、いつものようにライアンの頭を撫でた。

 「立派になったよ、ラウル。本当に……誇らしい」


 ライアンの胸の内には、言葉にできないほどの感情が渦巻いていた。

今しがた聞いた話は、あまりにも壮大で、まるで遠い昔のおとぎ話のようだ。

だが――それが紛れもなく、自分自身の過去なのだと、ライアンは悟っていた。


 同時に、ずっと心のどこかで引っかかっていた疑問が、静かに解けていく。

ロニーの傍にいると、いつも感じていた、あの懐かしい匂い。

森の土と、獣の体温が混じったような、優しくて安心する匂い。


 「……ロニーに抱きしめられるとさ」

 ライアンは小さく息を吸い、言葉を探すように続けた。


 「昔から、知ってる匂いだって思ってた。すごく優しくて……頼もしくて……」

 視線を落とし、震える声で告げる。

 「……ずっと、守ってくれてたんだよね」

 

 ロニーは何も言わず、指を鳴らした。

時間の拘束が解け、ライアンの体から力が抜ける。崩れ落ちそうになる体を、

ロニーは静かに受け止め、そのまま抱きしめた。


 「……大きくなったな、ラウル」

 短い言葉だったが、その声には確かな温もりがあった。

 

 しばらくして、ライアンは顔を上げ、ふと胸に浮かんだ疑問を口にする。

 「……どうして、ドロテアの屋敷にいたんだ? どうして……今まで何も教えてくれなかった?」


 ロニーはゆっくりとライアンを立たせると、懐から水晶玉を取り出した。

淡い光を放つそれを見せながら、静かに語り始める。


 「これが……エルデア王国の大結界、《時の揺り籠》だ。

  反乱の際に盗まれ、長い間行方を追っていたよ。

  俺は旅商人の噂を辿り、ドロテアの屋敷にあると知って、身分を偽って、

  潜り込んだんだ。でも、いくら探しても見つからなかった」


 ロニーはライアンの肩に手を置いて、続けた。

 「そんな時だ。……森に預けたはずのお前が、捕えられた姿で屋敷に現れた」


 その言葉に、ライアンは初めて地下牢に閉じ込められた日の記憶を思い出す。

 「……それで、俺を……利用したのか」


 ロニーは一瞬、目を伏せた。

 「……すまない。だが、あれは……どうしても必要だった」

 

 ライアンは水晶玉を見つめ、震える声で問いかける。

 「……それで、何をするつもりなんだ?」

 

 ロニーは深く息を吸い、答えた。

 「時間を操作し、森を永遠に封印する。獣たちと……お前が、誰にも脅かされずに生きられるように

  するためだ。それが、王妃と、師匠と、そして俺の悲願だ」


 ライアンは、はっとしたように言葉を重ねる。

 「……時間を操作する……、もしかして、俺たちが若いままでいられるのも……?」

 

 ロニーは静かに頷き、今度は祭壇の上から分厚い本を手に取った。

 「ああ、そうだ。そして、これは《盟約の書》だ。時の揺り籠を起動させるための鍵」


 「鍵?」

 ライアンが首をかしげると、ロニーは微笑んで答えた。


 「この本の中に、人と獣が互いを尊び、友情を誓う言葉が書かれている。

  それを、人の代表と獣の代表が交互に唱えることで、結界は起動する」

 

 だが、ライアンの混乱は深まるばかりだった。

 「……待ってくれ、ロニー」

ライアンは思わず声を荒げた。


 「どうして、そんな大事なものが……この迷宮にあるんだ」

 「どうして、学院の地下に……こんな場所が隠されてる?」


 理解が追いつかず、言葉が途切れる。

 「俺は……まだ、何も分かってない……」


 ロニーは穏やかに微笑み、ふっと視線を空間へ向けた。

 「……それは、これらを作ったご本人から説明してもらおう」


 そして、静かに告げる。

 「師匠。そこにいるのは分かっています。説明をお願いします」

 

 次の瞬間、光が生まれ、収束し――

そこに立っていたのは、見慣れた老魔術師だった。


 「……アルヴェイン校長……?」

ライアンの胸の奥で、ばらばらだった記憶と疑問が、確かに繋がり始めていた。


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