表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/56

第44話 幻影の庭で呼ぶ者

 ライアンは大きく息を吸い込み、赤く光る両手剣を頭上へ振りかぶった。


 「――はぁッ!!」

 刃が赤角狼の角へ叩き込まれ、鈍い衝撃音が迷宮に響いた。

硬い角が砕けて宙を舞い、狼は絶叫を上げる。次の瞬間、全身が白い光の粒となって霧散した。


 「やった……!」

 胸の底からこみ上げた達成感に、ライアンは思わず笑みをこぼした。

すぐに、レグナスとフィオナが駆け寄ってくる。


 「二回連続で階層主撃破とか、マジでやべぇよライアン!」


 「うん! 本当にすごいよ! ところで……私の強化、ちゃんと役に立ってた?」

 フィオナが小さく胸に手を当てながら尋ねる。


 ライアンは少し照れて笑い、二人に頷いた。

 「もちろん。二人の援護がなかったら、絶対に無理だった」

 

 和やかな空気が流れたその時、足元に金色の魔法陣が浮かび上がった。

まばゆい光が広がり、三人はすぐに視線を交わす。


 「次の階層に行けるよ! 早く乗って!」

 フィオナの声に促され、三人は魔法陣へ飛び乗った。


 光に包まれ、重力がふっと消える。視界が戻ると、そこは――地下三階。

その後も三人は迷いなく階層主を探し、連携を駆使して次々と撃破していった。

レグナスの火炎が敵を引き裂き、フィオナの強化と回復が仲間を支え、ライアンの剣が決定打を放つ。

連携が噛み合うたび、三人の絆はより強く結ばれていった。

 

 そしてついに、合格条件である地下五階へ到達する。

転移魔法陣の光が収まると、そこは石造りの広大な空間だった。

壊れかけた柱、刻まれた古い紋様……まるで失われた遺跡の中心に立っているようだ。


 「……妙だな」

 ライアンは辺りを見渡し、眉を寄せる。

 「魔物の気配がしない」


 レグナスも周囲に意識を向け、ゆっくり頷いた。

 「確かに……今までと違うな。静かすぎる」


 「とりあえず、見て回ろう。何かあるかもしれない」

 ライアンの言葉に、レグナスとフィオナは真剣な顔で頷いた。

三人は慎重に武器を構えながら、石造りの遺跡の奥へと歩を進めた。


 石畳はところどころに亀裂が入り、古い時代の建造物であることを物語っている。

どれほど歩いただろうか――体感では数分だが、緊張で時間の流れが歪んで感じられる。

その時だった。


 「……待って。あれ、見える?」

 ライアンが小声で言って、前方を指した。


 暗闇の奥で、ぼんやりと光が反射していた。

魔道ランタンの光が石壁に跳ね返っただけではない。明らかに“何かが光っている”。


 「光って……る?」

 フィオナは杖を構え直し、慎重に一歩踏み出す。


 「敵じゃねぇよな……?」

 レグナスが眉を寄せたが、その声には震えが混じっていた。


 「確かめてみよう。ゆっくり行くよ」

 ライアンは深呼吸をしてから前進を開始した。

 

 距離が縮まるにつれて、その“何か”の輪郭が浮かび始める。

壁の一部だけが四角く大きく切り抜かれ、向こう側から淡い光が漏れていた。


 「……入口、みたいだな」

 レグナスが呟く。


 「どこかに繋がってる……?」

 フィオナも目を凝らす。

 

 ライアンは二人に振り返り、確認するように問いかけた。

 「入ってみる?」

 

 レグナスは力強くうなずき、フィオナも迷いなく続いた。

 「もちろん。ここまで来て後戻りなんてしないよ」


 「じゃあ……行こう」

 ライアンが先頭に立ち、四角い大穴の中へ足を踏み入れた瞬間だった。

闇に慣れた目を刺すような白い光が、頭上から一気に降り注いだ。


 「っ……!」

 あまりの眩しさに、ライアンは反射的に腕で顔を覆う。

後ろから続いたレグナスとフィオナも、同時に声を上げ、思わず立ち止まった。

 「ま、眩っ……!」「な、何これ……!」

 

 しばらくして、徐々に光に目が慣れてくる。

ライアンはゆっくりと手を下ろし、まばたきをしながら周囲を見渡した。

 

 ――その瞬間、息を呑んだ。

 

 床一面に絨毯のように広がる柔らかな草、色鮮やかな花々。

穏やかに流れる細い沢、傘のように枝を広げた木々。

迷宮とは思えない温かな世界が眼前に広がっていた。


 「……ここ、本当に迷宮の中なのか……?」

 ライアンは呆然と呟く。


 どこか昔住んでいた森に似ていて、胸の奥に懐かしさが微かに灯った。

だが──そこには不自然なほど獣の気配が一切ない。

そんなライアンの沈黙を破るかのように、フィオナとレグナスは感動の声を上げた。


 「わぁ……! 童話の庭園みたい!」

 フィオナは思わず目を輝かせる。


 「すげぇ……! なんだここ! 本当に迷宮かよ!」

 レグナスも子供のようにはしゃぎ、周囲を見回した。


 ライアンは風景の美しさに魅了されつつも、どこか胸にざわつくものを感じていた。

その瞬間だった。


 「……っ――!」

 頭の芯に、鋭い痛みが突き刺さった。

視界がぐにゃりと歪んだかと思うと、強烈な閃光が脳裏を走る。


 「う、あああっ……!」

 悲鳴を堪えきれず、ライアンはその場に膝をつき、地面に手をついた。

額から汗が吹き出し、呼吸は乱れ、心臓が痛いほど脈打つ。


 「ライアン!?」「どうしたの、ライアン!」

 レグナスとフィオナが慌てて駆け寄り、両肩を支えた。


 だが、ライアンは二人の声が遠く聞こえるほど、別の光景に引きずり込まれていた。

 ――温かい腕に抱かれている。

 ――揺れる木漏れ日の下で、優しく名前を呼ぶ声。

 ――草の匂い。

 ――庭。どこかの庭。

 ――優しく微笑む、勇ましい顔の男。

 ――光。白く、柔らかい光が包む。


 断片が次々に流れ込み、ひとつひとつが胸に突き刺さる。それは夢ではなく、幻覚でもない。

もっと――ずっと深いところにあった“何か”だった。


 「や、やめろ……っ……!」

 混乱と恐怖に耐えきれず、ライアンは叫び声を上げた。


 「ライアン! しっかりしろ!」


 「大丈夫、落ち着いて、ライアン!」

 遠く聞こえていた声が、徐々にはっきりしていく。

 

 レグナスが肩を抱き支え、フィオナは震える手で癒しの光をライアンの胸元に当てていた。

やがて、頭の痛みがゆっくりと引いていき、呼吸が少しずつ整い始める。


 「……はぁ……はぁ……」

 額の汗を拭いながら、ライアンは荒い息を繰り返した。

フィオナは涙目で見つめ、レグナスは心配そうに眉を寄せている。


 「ライアン……何が見えたんだ?」

 レグナスの問いに、ライアンはすぐに答えられなかった。

ついさっき脳裏に流れ込んだ光景が生々しく、まだ胸の奥で渦巻いている。

 

 (……今の……なんだったんだ……?

  あれは……記憶……? 夢じゃない……)


 思い出そうとすると、再び頭痛が戻りそうな気がして、ライアンは唇を噛んだ。


 「……わからない。景色みたいなのが……いろいろ流れてきて……」

 声は震えていた。


 フィオナはそっと手を伸ばし、ライアンの背を優しく撫でた。

 「大丈夫。無理に思い出さなくていいよ。落ち着くまで、少し休もう?」

 

 レグナスも大きく頷く。

 「そうだ。ここは敵の気配もねぇし、安全だ。しばらく休め」

 

 ライアンは二人の顔を見比べ、ゆっくりと頷いた。

――だが、心の中ではずっと、さっきの光景がうずまいていた。

 優しい声。

 温かい腕。

 美しい庭。

 あの男の微笑み。

 (……誰なんだ……あれは……?)

胸の奥で、何かがゆっくりと目覚め始めていた。


 その時、レグナスはふと視界の端で、草の上に転がる太い丸太に気付いた。

 「なぁライアン、あそこで休もうぜ。お前……まだ顔色悪いぞ」

 

 そう言って指さすと、フィオナも心配そうに寄り添った。

 「ライアン、無理しないで。ほら……掴まって」

 

 ライアンはまだ足元が覚束ず、二人に支えられながら丸太のところまで歩き、そっと腰を下ろした。

フィオナは急いで鞄を開き、草の上に手作り弁当と水筒を並べる。そして水をコップに注いで

差し出した。

 「はい……ゆっくり飲んで」

 

 ライアンは震える手でコップを受け取り、水を口に運ぶ。

喉を通る冷たい水が、乱れた呼吸をゆっくり整えてくれた。


 「……ありがとう、フィオナ。助かった」

 

 その言葉に、フィオナは胸を撫でおろし、小さく微笑んだ。

 「よかった……。じゃあ、ご飯にしよっか。はい、二人とも」

 

 配られたサンドイッチを見たレグナスは、目を輝かせた。

 「うおっ……! 肉たっぷりじゃねぇか! 最高だ!」

 

 豪快にかぶりつくレグナスの横で、ライアンもそっと一口かじる。

ジューシーな肉汁が広がり、自然と頬がゆるんだ。

 「……美味しい。すごく、元気出るよ」


 「ほ、本当? よかったぁ……!」

 フィオナは耳まで赤く染めて喜び、自分のサンドイッチを小さくかじった。


 三人はしばらくの間、戦いの緊張を忘れ、静かな庭で穏やかな時間を過ごした。

食事を終えると、レグナスは満腹の腹を叩いて豪快に笑った。

 「フィオナの料理って最高だな! 毎日でも食いてぇ!」


 「レ、レグナス! もう……恥ずかしいよ……!」


 ライアンも照れながら言葉を添えた。

 「僕も……フィオナの作ってくれるもの、どれも大好きだ」

 

 その瞬間、フィオナの顔は真っ赤になり、耳までくしゃりと伏せられた。

 「だ、大好き……そんな、いきなり言われると……っ」


 フィオナが俯き、指先をもじもじさせているのを見て、ライアンは焦った。

 「えっ!? ご、ごめん! 変な意味じゃなくて! その……!」


 あたふたするライアンを見て、レグナスは肩を抱き寄せて笑った。

 「ははっ、ライアン、お前大胆すぎんだろ。こっちが照れるわ!」


 「ちょ、ちょっとレグナス、やめてよ!」

 

 そんな他愛ないやり取りの最中だった。


 ――視界の端に、黒髪の女性が立っていた。

ライアンは思わず息を呑み、指差した。


 「……あそこに、誰か……!」


 「え? どこ?」


 「誰もいないよ、ライアン」

 レグナスもフィオナも怪訝な顔をした。しかし――ライアンにははっきり見えていた。

黒髪の女性は柔らかく微笑み、音もなく手招きしている。


 真剣に虚空を見つめているライアンを見て、フィオナは怯えたようにライアンの腕を掴んだ。

 「や、やめて……幽霊だったらどうするの……!」

 

 だが、ライアンの胸に湧いたのは恐怖ではなかった。


 ――懐かしい。


どうしてか、胸が締め付けられるほど懐かしい。


 「……行こう。あの人、僕たちを呼んでる」

 

 強い決意を宿した声に、レグナスとフィオナは一瞬迷ったが――

 「……わかった。お前がそう言うなら、ついていく」


 「うん……ライアン一人にはしないよ」

 

 三人は急いで荷物を整え、女性の後を追った。

女性は何も言わず、ただ静かに茂みの奥へと歩く。

ライアンは目を逸らさず後に続き、レグナスとフィオナも警戒しながら歩いた。

やがて、先頭を歩いていた黒髪の女性はふいに立ち止まり、静かに片手を伸ばした。

指先が示しているのは、苔むした平らな岩の一角――まるで “ここを見ろ” と告げているようだった。

ライアンは思わず息を呑んだ。

しかし次の瞬間。

ふ、と影が抜け落ちるように、女性の姿が完全に消えた。


 「……えっ……い、いない……!?」

 突然の消失に、ライアンは反射的に後ろの二人へ振り返る。

 「レグナス、フィオナ……今の見た!? 指さしてたのに……急に……!」


 「ま、全然見えてねぇって……!」

 「ライアン、落ち着いて……でも、指さしてたなら――何かあるんだよ、きっと」


 二人の声に押されるように、ライアンは女性が示していた岩へ駆け寄り、身を屈めて

そっと覗き込んだ。レグナスとフィオナも続き、三人は並んで岩の表面に目を凝らす。


 「……これ……模様?」

 フィオナが小さく息を呑んだ。


 そこには、淡い金色の光を放ちながら複雑に絡み合う幾何学模様が刻まれていた。

ただの装飾ではない。明らかに魔法陣の構造だった。三人は無言で顔を見合わせ、同時にごくりと

唾を飲み込んだ。岩肌に刻まれた幾何学模様は、脈打つように淡い光を放ち続けていた。


 レグナスが眉をひそめ、そっと指先を近づける。

 「……これ、迷宮の魔法陣だよな? でも、こんな形……見たことないぞ」


 「私も……。転移魔法陣に似ているけど……もっと複雑……」

 フィオナの声はかすかに震えていた。

 

 ライアンは女性の姿が消えた方向をちらりと振り返る。

胸の奥がまだざわついている。


――あの笑顔。あの優しい手招き。


誰だかわからないのに、どうしてあんなに懐かしい?

しかし、立ち止まってはいられない。


 「……行こう。きっと、意味がある」

 ライアンは決意を固めるように息を吸い込み、魔法陣へと手を伸ばした。

 

 指が触れた瞬間――

 バチッ!

鋭い光が走り、魔法陣が爆発するように輝きだした。


 「うわっ……!」

 三人は思わず目を閉じた。

 

 足元から風が吹き上がり、体がふわりと浮いた感覚がする。

次の瞬間、全身が光に飲み込まれた。

――そして、静寂。

光がゆっくり消え、足が固い地面へと戻る。


 「……ど、どこだ……?」

 ライアンが恐る恐る目を開けた。

 

 そこには――

 

 漆黒の巨大な金属扉が、山のように立ちはだかっていた。

扉の表面には禍々しい傷跡が無数に走り、中央には六本の腕を持つ巨人の絵が刻まれている。

まるで獣の咆哮のような地鳴りが、奥の奥から響いてくる。


 「……まさか……ここって……」

 ライアンが喉を鳴らしながら地図を広げる。

そして、見開いた目で震える声をあげた。


 「地下……十階……! 最深部だ……!」


 フィオナの顔から血の気が引いた。

 「うそ……どうして……階層主も倒してないのに……」


 「わからない……でも……この扉の向こうに……六腕の巨人がいる」

 

 三人は硬直したまま言葉を失った。

最強の階層主。学院の歴史上、到達できた学生はほんの一握り。

そして、倒せた者は――ゼロ。


 扉の向こうから、重い息遣いと地響きが伝わってくる。


 ドォォォン……!


鼓膜が震える音に、思わず身をすくめた。


 「……どうする……ライアン……」

 レグナスがかすれた声で問いかけた。


 恐怖で喉がひりつく。逃げたい。戻りたい。

だけど――ここには「答え」がある。

ロニーの言葉が脳裏に蘇る。


 ――なるべく最深部にたどり着け。そこに、お前の求める答えがある。


 ライアンは拳を握りしめ、震える声で言った。

 「……怖いよ。正直……めちゃくちゃ、怖い。

  でも……僕は……進みたい!」


 レグナスとフィオナは顔を見合わせ――そして、強く頷いた。

 「だったら、俺はお前についていく。最後までな」


 「わ、私も……! 一緒に行くよ、ライアン……!」


 三人はゆっくりと巨大な扉へ向き直った。

試練の最深部。

六腕の巨人が待つ、迷宮の心臓部。

ライアンの鼓動が高鳴る。

 

――いよいよ、運命の扉が開かれる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ