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第33話 炎が遺したもの

 ガラントが語った“体力を魔力に変える技”の秘密――

その言葉の中で、ライアンの耳がある一節に引っかかった。

 「――滅んだ王国、ですか?」


 ライアンはその言葉を頭の中で反響した。どこかで聞いた記憶が胸の奥をかすめる。

 (……あの時、図書館で読んだ本。『エルデア王国の物語』――まさか)

勇気を振り絞り、ライアンは顔を上げた。

 「ガラントさん。その王国って……エルデア王国のこと、ですか?」


 刹那、ガラントの手が止まった。

その瞳が細くなり、鍛錬炉の火が反射して赤く光る。

 「……今、なんて言った?」

 

 圧のある声に、ライアンは思わず背筋を伸ばした。

 「と、図書館で読んだんです。本に書いてあって……!」


 しばしの沈黙。


 レグナスが怪訝そうに眉をひそめる。

 「なんだよ、そんなにムキになって。王国の名前に何かあるのか?」


 ガラントは深く息を吐き、椅子にどっかりと腰を下ろした。

 「……そうか。まさか、その名を若い世代の口から聞く日が来るとはな」

重い声でそう呟くと、ゆっくり語り出した。


 「俺の先祖――メリックって男は、エルデア王国の鍛冶師だった。

  王族のために数々の武器を作った名工でな。だが……ある日、第一王子が反乱を起こした。

  王都は炎に包まれ、国は一夜で終わった。メリックは命からがらに逃げて、

  この村にたどり着いたらしい」


 フィオナが静かに口を開いた。

 「その……体力を魔力に変える魔法って、もしかして――

  逃げている時に、メリックさんが編み出したの?」

 

 ガラントは驚いたように彼女を見たが、すぐに頷いた。

 「その通りだ。反乱の夜、王国の門には第一王子側の衛兵がびっしりと並んでた。

  逃げようとした民は次々に斬られ……門の前は、地獄そのものだったらしい」

 

 重々しい声が、鍛錬炉の低い唸りに溶けていく。

 「メリックは魔法を使えたが、逃げ惑ううちに魔力を使い果たしていた。

  剣を振る力も残り少ない。だが、立ち止まれば死ぬしかない。

  そのときだ――“魔力が尽きるなら、体の力を使えばいい”と、閃いたんだ」

 

 ガラントの目が赤く燃える火を映す。

 「即興で、自分の体力を魔力に変換する魔法陣を組み上げた。

  それが、今お前らに見せた“変換魔法”の始まりさ。

  その力で、メリックは門を突破し、逃げ遅れた民と共に生き延びた――そう伝わっている」

 

 語られるたびに、工房の空気は静まり返った。

ライアンは、想像の中で血煙の夜を見ていた。炎に包まれた城、泣き叫ぶ人々、焦げた鉄の匂い。

胸の奥が、理由もなく苦しくなる。


 (……どうしてだろう。会ったこともないはずなのに、心が締め付けられる……)


 やがて、レグナスが沈黙を破った。

 「すげぇ話だな……でも、そんな技術があるなら公表すりゃいいじゃねぇか。

  そしたら、ガラントさん、ひと財産築けるぜ?」


 ガラントは眉をひそめ、低く言った。

 「世の中には、知られちゃならねぇ技術ってもんがある。

  この術が悪用されたら、誰も止められねぇ。それに――俺の命だって、狙われかねん」


 「命を……? 誰に?」とレグナスが小さく呟く。


 ガラントは目を細め、炎のような瞳で三人を見据えた。

 「闇の組織か、第一王子の残党か……。どっちにせよ、そういう連中は生き延びてるもんだ。

  ――第一王子本人も、今もどこかで息を潜めてるかもしれんぞ」


 その言葉に、ライアンの背筋がぞくりとした。

工房の熱気の中で、冷たい風が通り抜けたような錯覚がした。

 (……この感じ……前に森で、何か“見えないもの”を感じたときと同じだ)

 

 拳を握りしめ、ライアンはそっと息を呑んだ。

胸の奥に、説明できない不安がじわりと広がっていった。

そんな空気を振り払うように、レグナスが苦笑して肩をすくめた。

 

 「でもさ、エルデア王国って――ずっと昔に滅んだんだろ?

  第一王子も今、もう骨になってるんじゃねぇの?」


 しかし、ガラントの表情は変わらなかった。

 「……エルデアって国はな、昔から“異質な力”を持ってたらしい。

  技術も魔法も、常識じゃ測れねぇ代物だったそうだ。

  ――だから、どんなに昔に滅んだとしても、油断はできねぇ」


 重い言葉が工房の空気に沈む。

しかし、すぐにガラントは手を打ち、話題を切り替えるように立ち上がった。

 「――ま、暗ぇ話はここまでだ。さて、そろそろお前さんの身体を測らせてもらうか」


 奥の棚から金属製の測定器を取り出しながら、ガラントはにやりと笑った。

 「剣ってのはな、ただ作りゃいいってもんじゃねぇ。

  握りの太さも、刃の長さも、持ち主の体に合ってこそ“本物”になるんだ」

 

 彼は測定器を構え、真剣な眼差しでライアンを見据える。

 「上着を脱いでみな。腕と肩の筋肉、それに重心の位置も見ておきてぇ」


 「えっ……い、今ここで?」

 ライアンは顔が熱くなり、思わずフィオナの方を見た。

 「フィオナ、ちょっと外で――」


 「えぇ……? 私だけ外なの?」

 フィオナの声が震え、肩が小さく沈んだ。


 「そんなの……ずるいわ。ここまで一緒に来たのに……」

 唇を噛みしめるように言うと、瞳がうるんで光った。

今にも涙がこぼれそうなその顔に、ライアンは思わず言葉を詰まらせる。


 レグナスが苦笑しながらライアンの肩に腕を回し、ぐいと引き寄せた。

 「おいおい……ったく、フィオナ泣かせるなんてひでぇ奴だな」


 「ち、違うってば!」

 ライアンは必死に否定したが、レグナスの笑みは崩れない。

やがて観念したように小さく息を吐き、肩を落とした。

 「……はぁ、もう……好きにすればいいよ」


 フィオナの顔がぱっと明るくなり、頬に花が咲いたような笑みが広がった。

 「ありがと、ライアン...... 本当に優しいんだから」

 

 そう言いながら椅子から軽く立ち上がり、嬉しそうに両手を胸の前でぎゅっと握る。

その仕草に、ライアンは居心地悪そうに視線を逸らした。

 

 そんな二人を見て、ガラントが腹の底から笑い声を上げた。

 「ははっ、いいもんだな。若ぇ奴らのやり取りってのは、見てるだけで元気が出る」


 場が落ち着いたところで、ライアンは背もたれのない長椅子に腰を下ろし、しぶしぶと上着を脱いだ。

露わになった褐色の肌が鍛冶炉の光を受け、淡く光沢を放つ。


 ガラントは腕を組んで、じっくりとその体を眺めた。

 「……ほう。若ぇのに、ずいぶん鍛えてやがるな」

彼はゆっくりと近づき、職人の目でライアンの体を観察した。


 「ふむ……いい筋してやがる。腕の筋肉の付き方が均等だ、片手に偏りがねぇ。

  胸も厚い。肺がよく鍛えられてる証拠だな。

  ……おお、腹も割れてやがるか。こりゃあ剣を振るたびに芯がブレねぇ」

 

 ガラントの声には、まるで工芸品を見つめる職人のような熱がこもっていた。

 「なるほど。この体なら、重い両手剣でも苦にせず扱えるだろう」


 レグナスも感心したように笑う。

 「おいおい、こりゃただ者じゃねぇな。武芸の修行でもしてたのか?」

 

 ライアンは頬を赤らめ、視線を逸らした。

 「そ、そんなことないよ。父さんと一緒に狩りしてただけ」


 「なるほどな。どうりで褐色肌ってわけか。太陽の下で暴れ回ってたんだろ」

 

 レグナスがにやつくと、ライアンは苦笑して肩をすくめた。

 「まぁ……遊んでたら、勝手にこうなったのかも」


 その時、フィオナが静かに近づいてきて、隣に腰を下ろした。

そして、そっと手のひらをライアンの胸に当てる。

 「ほんと……立派ね。力強くて、温かい」

 

 「ひゃっ……! ちょ、ちょっと、やめてよ! くすぐったいって!」

 ライアンは真っ赤になって慌てるが、フィオナはまったく構わない。


 「いいじゃない。動かないで」

 彼女はさらに距離を詰め、そっとライアンの腕にもたれかかった。

吐息が肌をかすめ、ライアンは狼狽える。

 「な、なんで今日はやたら近いの……っ!?」


 フィオナは小さく笑い、少しだけ切なげに目を伏せた。

 「この間、ライアン……私たちのこと、全部忘れちゃったでしょ?

  だからもう二度と忘れないように――あなたの体に記憶を擦り込んでおくの」

そう言って、彼女は指先でライアンの胸をなぞる。


 「わ、分かったからっ! もう絶対忘れないからぁぁ!」

 ライアンは耳まで熱くなり、情けない声を上げた。

 「お願いだから、もう勘弁してよ……頼むよ……!」


 その様子を見て、ガラントは腹を抱えて笑った。

 「はははっ! こりゃ鍛えるのは体だけじゃねぇな。心も鍛えねぇと!」


 頭の中が真っ白になって、ライアンは両手で顔を覆った。

 「もういいから、早く測ってよ!!」

 

 工房に、笑い声が響き渡った。

さっきまでの重苦しさが嘘のように、鉄と火の匂いに混じって、穏やかな温もりが満ちていた。


 ガラントは笑いを収めると、少し真面目な顔になった。

 「よしよし。じゃあ、フィオナ嬢、悪いが少しの間だけ下がってくれ」


 「……えぇ、わかったわ」

 名残惜しそうにライアンから離れるフィオナを見て、ライアンはようやく深く息をついた。


 「まったく、女の子に好かれるのも大変だな」

 ガラントはからかうように言いながら、手にした測定器を構えた。

 「さあ、腕をまっすぐ伸ばしてみろ」


 ライアンは言われるままに腕を広げ、次いで曲げ、指先を動かす。金属の棒が肌に触れるたび、

冷たい感触が伝わった。そんな中、不意に――鼻先をかすめる匂いに気づいた。

 (……森の匂い?)

 

 ガラントの手から微かに漂うそれは、湿った木々と土の香りに似ていた。

どこか懐かしくて、胸の奥がざわめく。

 (ロニーにも……同じ匂いがあった。いったい何なんだ……?)


 黙り込んだライアンに気づき、ガラントが声をかけた。

 「どうした? 怖じ気づいたか?」

冗談めかした言葉だったが、その声色にはどこか探るような響きがあった。


 「い、いえ……ちょっと考えごとをしてて」

ライアンが慌てて答えると、ガラントは小さく頷き、視線を炎のゆらめきへと向けた。


 「……そうか。いや、俺も少し思い出してたんだ。

  昔、うちの先祖――メリックが残した日記を読んだことがあってな」


 「日記……?」

 ライアンが首をかしげると、ガラントは深く息を吐き、低い声で続けた。


 「ああ。そこに“第二王子”の記録があった。黒い髪に赤い瞳を持つ子――まるでお前のようだった」


 ライアンの胸が一瞬で凍りついた。

頭の中で鐘の音のような鼓動が鳴り響き、手のひらがじっとりと汗ばむ。


 「……今の話、詳しく聞かせてもらえますか」

 掠れた声で言うと、ガラントは少し驚いたように眉を上げた。


 「おや、興味があるのか?」


 「はい。……その日記、読ませてもらえませんか?」

 ライアンの赤い瞳が、真剣な光を帯びていた。

 

 ガラントはしばらく黙っていたが、やがて小さく笑い、頷いた。

 「いいだろう。身体の計測が終わったら、工房の奥にある棚から持ってきてやる。

  ……ただし、覚悟して読めよ。あれは昔の血の記録だ」


 ライアンは息を呑み、静かに頷いた。

胸の奥で、過去と現在を結ぶ見えない糸が、確かに震えていた。

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