第32話 灯された刃
工房の扉が開いた瞬間、熱気がぶわりと押し寄せた。
奥の鍛錬炉がうなりを上げ、橙色の光を放っている。赤々と燃える炎のゆらめきが壁に影を落とし、
鉄と油の混じった空気が肌にまとわりついた。
「うわ……」
思わず漏れたライアンの声に、ガラントは振り向いて笑う。
「ははっ、鍛冶屋に来るのは初めてか?」
ライアンは小さく頷いた。
「うん。思ったより……熱いですね」
「当たり前だ。火と鉄の機嫌を取るのが俺たちの仕事だからな。遠慮せず、じっくり見学しな」
ガラントはごつい手で奥を指し、三人を作業台の方へ案内した。
「さあ、こっちに座んな。腰を落ち着けて話そうじゃねぇか」
木の椅子がわずかに軋み、三人はそれぞれ腰を下ろした。
ガラントは立ち上がると、脇に抱えていた包みをゆっくりほどき、作業台の上へ置いた。
包みの中から現れたのは、黒紫色の鉱石――オルゴナイトだった。
炎の明かりを受けて、石の奥がちらりと赤く瞬く。
ライアンは息を詰め、その輝きに目を奪われた。
(これが……俺の武器になるんだ)
光を反射するたびに、胸の奥がぎゅっと締めつけられる。
自分の手で握り、仲間を守る日が来る――そう思うと、不思議と背筋が伸びた。
その様子を見て、ガラントはにやりと笑いながら問う。
「さて、ライアン。どんな剣にしたい?」
手のひらを軽く打ちながら続ける。
「形でも、重さでもいい。お前の手に一番馴染む“相棒”を作ってやるからな」
ライアンは迷わず顔を上げた。
「両手剣を……お願いします」
ライアンの言葉に、ガラントは「ほう」と低く唸りながら、じろりと彼の腕と体格を眺めた。
節くれ立った指が顎を撫でる。
「ふむ、悪くねぇ。肩も腰もよく出来てる。お前なら両手剣の重さに振り回されずに済むな」
鋭い目が次第に柔らかくなり、にやりと笑う。
「若いのに、いい筋肉してやがる」
「い、いや……そんな、大したことないです」
照れたように返すライアンを見て、隣のレグナスがニヤリと笑った。
「へっ、謙遜すんなって。こいつな、この前ファイヤースライムの群れを剣一本で切り裂いたんだぜ?
俺の炎魔法と合わせて一気にぶっ飛ばしてよ。あれは見事だった」
「ちょ、ちょっとレグナス! あれは皆で力を合わせたからだろ!」
顔を真っ赤にして否定するライアンを見て、ガラントは豪快に笑い声を上げた。
「ははっ、そりゃあ面白ぇ話だ!
そんな戦い方ができる奴の剣を作れるとは、職人冥利に尽きるってもんだ!」
笑いながらも、目は職人らしい鋭さで光り、ライアンの手と腰の動きを観察している。
「よし、剣の種類は決まったな。あとは……特殊機能の付与だ」
「特殊機能……?」
ライアンが首をかしげると、ガラントは片眉を上げて口元を緩めた。
「お前、“魔法剣”って聞いたことはあるか?」
ライアンは不思議そうに首を横に振る。
その横で、フィオナがはっとしたように顔を上げた。
「……魔法を宿した剣のこと? 本で読んだわ。持ち主の力と共鳴して、魔法を放つって……」
ガラントは嬉しそうに頷いた。
「さすがフィオナ嬢ちゃん、話が早ぇ。ああ、それだ。それをな――俺も作れるんだ」
ガラントの目が職人の誇りに燃えていた。
工房の炎がその瞳に反射し、まるで彼自身が鍛え上げられた鉄のように輝いていた。
フィオナとガラントの話を聞いて、ライアンの胸は高鳴っていた。
「……すごいな。魔法を宿す剣……そんなの、本当に作れるんですか?」
興味津々の声で身を乗り出すと、ガラントは口元を緩めて言った。
「作るのは職人の仕事だが――使うのはお前次第だ。ところで、ライアン。お前、魔法は使えるか?」
その問いに、ライアンの表情がわずかに曇る。
「……使えません。どれだけ練習しても、光ひとつ出せなくて」
悔しさを押し殺すような声だった。
ガラントは腕を組み、どっしりと構えて笑った。
「なら、ちょうどいい。魔法が使えなくても、魔法剣は扱えるんだ」
「えっ……本当ですか?」
わずかに伏せていたライアンの目が、ぱっと明るくなる。
「どうやって使うんですか?」
ガラントは頷きながら、作業台に転がっていた鉄片を指で示した。
「普通の魔法剣は、持ち主が少し魔力を流してやる。すると刀身全体に魔力が通り、
あらかじめ組み込まれた呪文が発動する。炎をまとう剣もあれば、雷を放つものもある」
ライアンは思わず息を呑んだ。頭の中で、火花を散らしながら剣を振るう自分の姿が浮かんでいく。
(……かっこいい……! もし本当にそんな剣を使えるなら……!)
「でも、僕は魔力がないから……」
そう言いかけたところで、ガラントが人差し指を立てた。
「だから体力を使うんだ。魔力の代わりに、自分の力を少しだけ剣に分ける。それで十分だ」
「体力で……?」
フィオナが眉を寄せ、ガラントの言葉を遮った。
「でも、それは本で読んだことがあるわ。魔法剣は“魔力を流す”ことでしか起動できないはずよ。
体力を使うなんて……そんな方法、本にはなかった」
ガラントはその反論に、にやりと笑った。
「そりゃそうだ。だがな――“本に書いてない”ってことは、“誰もまだやってねぇ”ってことだ」
炎のような瞳で言い切るその声に、工房の空気が一瞬ぴんと張り詰めた。
ライアンの胸の奥で、再び熱が灯る。
(……ガラントさんなら、本当にそれをやってのけるかもしれない……)
「……その方法、もっと詳しく教えてください!」
ライアンが身を乗り出して言うと、ガラントの笑みがすっと消えた。
代わりに、鍛冶師らしい厳しい眼差しが三人に向けられる。
「教えるのは構わんが――」
低い声が工房に響く。
「この話は外じゃ絶対に口にするな。いいな?」
鋭い視線に、ライアンたちは思わず背筋を伸ばした。
レグナスが冗談を言いかけて口を閉じ、フィオナも神妙に頷く。
ライアンは緊張した面持ちで答えた。
「……誰にも言いません。約束します」
「俺もだ」
「私も」
ガラントはしばらく三人を見つめていたが、やがて頷いた。
「よし。なら、見せてやろう」
彼は腰の革袋から手のひらほどの金属板を取り出した。
何の刻印もない、ただの無機質な鉄片に見える。だがガラントはそれを作業台に置くと、
ゆっくりと羽ペンを取り出した。羽の根元には黒い鉱石が埋め込まれており、先端がほのかに緑光を
帯びている。
「よく見てろ」
そう言うと、彼は金属板の上にペン先をかざした。
次の瞬間、空中に緑色の光の線が浮かび上がる。
それはまるで見えない紙に文字を書きつけるように、宙を滑り、複雑な紋章を描き出していく。
三人は息を呑んだ。
「な、なんですか、それ……?」
フィオナが思わず問いかける。
だがガラントは答えず、集中している。
筆跡がひとつ描かれるたびに、光は金属板に吸い込まれて消えていった。
やがて最後の線を書き終えると、羽ペンの光がふっと消える。
無地だった金属板の表面には、細やかな紋様が刻まれており、ところどころが淡く輝いていた。
ガラントは深く息を吐き、羽ペンを置いた。そして、ガラントはそっとその金属板を
ライアンに手渡した。
「いいか。しっかり握れ。頭の中で“光”を思い浮かべながら――“ライト”と唱えてみろ」
ライアンは戸惑いながらもうなずき、金属板を両手で握りしめる。
「……ライト」
その瞬間、金属板が金色に光り出し、眩い輝きが工房全体を包んだ。
「うわっ!」
ライアンは慌てて手を放し、目を覆った。
光が収まると、彼は呆然と自分の手を見つめた。
「……今、僕が……魔法を?」
ガラントは腕を組み、にやりと口の端を上げた。
「どうだ、坊主。初めての“魔法の味”ってやつは?」
ライアンは少し息を整えながら、手のひらを見つめる。
「……なんか、少しだけ疲れた気がします。
ほんのちょっと……散歩したくらいの感じです」
「はっはっはっ!」
ガラントは豪快に笑い、満足そうに胸を張った。
「それでいい。それが“体力を魔力に変える”感覚だ」
ライアンはぽかんとした顔のまま理解を追いつかせようとする。
ガラントは続けた。
「今の板には、初級魔法“ライト”の呪文を刻んである。
それに加えて、体力を魔力に変換する特殊な魔法陣も組み込んでおいた」
フィオナがはっと息を呑み、両手を胸に寄せた。
「つまり……その変換を使えば、魔法が使えない人でも、体力を流して剣に魔力を通せる……?」
「そういうこった」
ガラントはにやりと笑い、親指を立てた。
「すげぇ……そんなやり方があるなんて」
レグナスが感嘆の声を漏らす。
ライアンは額を押さえ、頭の中で整理しようとしたが、結局うまく言葉にならなかった。
レグナスが笑って肩を叩く。
「要するにだ、ライアン。お前も魔法剣が使えるってことだ」
「な、なるほど……?」
フィオナが笑い、レグナスも興奮気味にガラントへ視線を向けた。
ライアンは金属板を大切そうに見つめ、ゆっくりと口を開いた。
「……ありがとうございます、ガラントさん。
でも、こんな方法、どうして思い付けたんですか?」
その言葉に、ガラントの笑みが静かに薄れた。ごつい指が無意識に髭を撫でる。
「……思い付いた、ってわけじゃねぇ」
低く押し殺した声で言うと、しばし言葉を選ぶように黙った。
やがて、真っ直ぐライアンの目を見て続けた。
「これはな……俺の先祖の知恵さ。
滅びた王国から逃げ延びた者たちが編み出した、生き残りの術だ」
その声には、どこか誇りと哀しみが混じっていた。
火の光がガラントの横顔を照らし、その影はゆらゆらと壁に揺れた。




