第27話 闇に呑まれる光
洞窟の奥には、戦いの名残がまだ微かに漂っていた。
床一面に転がる核が淡く光を放ち、焼け残った岩肌を照らしている。
「よし、これで全部片付いたな」
レグナスが杖を肩に担ぎ、いつもの調子で笑った。
「報酬は核の回収だ。みんなで拾って帰ろうぜ」
その言葉に、ライアンとフィオナは頷き、それぞれ手分けして光の粒を拾い集め始めた。
しばらく無言の作業が続く。息遣いと核が転がる乾いた音だけが洞窟に響いていた。
ふと、ライアンの目が奥の岩陰に留まった。ほのかに黒紫の光を帯びて、そこだけ異様な存在感を
放っている。
「……あれは?」
ライアンは両手剣を携えたまま近づき、膝をついて覗き込む。拳ほどの大きさの鉱石――
いや、金属のような硬質な光。
「レグナス、フィオナ! これ、見て!」
声に反応して二人が駆け寄る。フィオナはその石を見た瞬間、目を見開いた。
「これ……まさか……ガラントさんが言ってた“オルゴナイト”かも!」
「オルゴナイト?」レグナスが眉を上げた。
フィオナは石の表面を指でなぞりながら、小さく息を呑む。
「ええ……間違いないと思う。ガラントさんが言ってたわ。これで剣を鍛えれば、ものすごく頑丈で、
どんな金属でも敵わないくらい鋭い剣が作れるって。王国でも滅多に手に入らない金属よ」
ライアンの瞳が輝きを増した。
「これが……オルゴナイト……!」
彼は慎重に両手でそれを持ち上げた。ずしりとした重み、指先を伝う冷たさ――まるで大地の鼓動を
そのまま握りしめているようだった。
「……これで、僕の剣が作れるんだ」
その言葉に、レグナスがニヤリと笑う。
「ははっ、まるで子どもが宝箱見つけたみたいな顔してるぞ」
「う、うるさいな……」ライアンは照れ隠しに頬を掻く。
フィオナもくすっと笑い、穏やかな空気が流れた――
だが、次の瞬間――。
「……実に見事な腕前でしたね」
背後から低く響いた声に、三人の身体が同時に強張った。
振り向くと、闇の中に一人の男が立っていた。全身を黒いマントで覆い、深く被ったフードの奥は
影に沈み、顔は見えない。
レグナスが反射的に杖を構え、声を張り上げる。
「誰だ!? どこから現れた!」
フィオナも息を呑み、ライアンの背に半歩身を寄せた。
ライアンは剣の柄を握り直しながら、鋭く睨む。
「……何者なんだ」
男はゆっくりと歩み寄りながら、丁寧な口調で続けた。
「そんなに警戒なさらずともいい。私はただ、あなた方の戦いぶりに感銘を受けた者です。
――とても、見事でしたよ」
その礼儀正しい声に、なぜか背筋が凍るような寒気が走った。洞窟の空気が一変した。
目の前の黒衣の男は、まるで周囲の闇そのものを引き連れているようだった。
男はゆっくりと歩を進めながら、ライアンの手にある黒紫の鉱石へ視線を向けた。
「そのオルゴナイト……私に渡していただけませんか? その石は――私の目的に必要なのです」
その言葉に、ライアンは思わず一歩下がり、胸にオルゴナイトを抱きかかえた。
「これは僕たちが力を合わせて手に入れたんだ。渡すわけにはいかない!」
レグナスも杖を構え、低く唸る。
「おっさん、冗談きついぜ。苦労して倒した後の報酬を、黙って渡すわけがねぇだろ」
フィオナも毅然と前に出た。
「そうよ。これは私たち三人の成果よ。どこの誰かも分からない人に渡す理由なんてない」
男はわずかに口角を上げ、不気味な笑みを浮かべた。
「……そうですか。では、少しだけ力づくでいただくとしましょうか」
軽く指を鳴らす音が洞窟に響いた。その瞬間、男の背後の闇が揺らぎ、三つの人影がゆらりと
姿を現す。
ライアンの目が見開かれた。
「……シグムント!?」
現れたのは、かつて何度もライアンを挑発してきたクラスメイトのシグムントだった。
だが、その表情は以前の傲慢さとはまるで違う。目は虚ろで、口元からは言葉も漏れない。
その隣には、彼の仲間の二人も同じように無表情で立ち尽くしている。
フィオナが息を呑み、声を震わせた。
「……ライアン、気を付けて! あの子たち、何かに操られてる!」
男は楽しげに笑い声を上げた。
「ふふふ……そう、彼らは私の“可愛いペット”ですよ。人間という器は、調整次第でなかなか
使い勝手がいい」
「ふざけるな! シグムントたちに何をした!」
ライアンが怒りに満ちた声を上げる。
男は肩をすくめ、冷たく答えた。
「何もしていませんよ。ただ“従順”にしただけです。……さて、もう一度伺います。
オルゴナイトを、私に渡しなさい」
ライアンは即座に首を振り、叫ぶ。
「断る!」
男は再び、ゆっくりと指を鳴らした。
「ならば、私の可愛いペット達、力ずくで取り戻してみなさい」
次の瞬間、虚ろな瞳のシグムントが剣を抜き、ゆっくりライアンへと歩き出した。
ライアンは暗がりの中で周囲を見回した。
敵は三人。しかも全員がシグムントの仲間――そして、そのシグムント自身が最前線に立っている。
操られた瞳は虚ろで、感情の欠片すらない。まるで人形のようだった。
(正面からじゃ、勝てない……でも――)
ライアンは唇を噛み、必死に頭を回転させる。やがて、ひとつの案が閃いた。
「……レグナス!」
「なんだ!」
「シグムント以外の二人、動きを止められるか!? 炎の壁で囲い込んで!」
レグナスは一瞬だけ眉をひそめたが、すぐに頷いた。
「やってみるさ。だが、炎の維持には膨大な魔力が要る。長くはもたねぇぞ!」
「十分だ! その間にシグムントを止める!」
決意を込めた声に、レグナスの表情が引き締まる。
ライアンは後ろを振り返り、フィオナに呼びかけた。
「フィオナ、オルゴナイトは君に任せる!」
「えっ、でも――」
「大丈夫。僕は前に出る。レグナスを援護して!」
フィオナは数秒の沈黙の後、強く頷いた。
「……分かった。オルゴナイト、必ず守るから!」
ライアンは深く息を吸い、両手剣を構える。鈍い金属音が洞窟に響いた瞬間、シグムントが動いた。
目にも止まらぬ速さで踏み込み、横薙ぎの斬撃が飛ぶ。ライアンは咄嗟に受け止め、
金属が悲鳴を上げた。
「ぐっ……!」
衝撃が腕に走り、手が痺れる。火花が散るたび、岩壁に光が跳ねた。
「――《バーニング・ライン》ッ!」
背後からレグナスの声が響く。
炎が爆ぜ、轟音とともに二人の敵を包み込んだ。赤い壁が燃え上がり、シグムントの悪友たちは
動きを封じられる。
「よしっ……!」
ライアンは歯を食いしばり、シグムントの斬撃に正面から挑んだ。
剣と剣がぶつかるたび、腕に震えが走る。
だが、シグムントの一撃は以前よりも重く、速い。まるで獣と戦っているかのようだった。
(強い……! でも、負けるわけにはいかない!)
激しい剣戟の応酬の中、ライアンは歯を食いしばりながら叫んだ。
「シグムント! どうしたんだよ……! 目を覚ませ!」
必死の呼びかけにも、返事はない。その瞳は焦点を失い、まるで抜け殻のよう。
ただ命令だけに従う人形のように、無表情で剣を振るう。
その斬撃は以前よりも速く、重く、鋭かった。
ライアンは必死に受け流しながら、再び呼びかける。
「頼む、思い出してくれ! お前は……こんな戦い、望んでないだろ!」
金属音が連続して響く。
しかし、シグムントの表情は微動だにしない。むしろ、次の一撃には明確な殺意がこもっていた。
「無駄ですよ」
戦いの合間、背後から響くあの男の声。穏やかで、しかし底冷えするような冷たさが混ざっていた。
男はゆっくりと両手を広げ、愉快そうに笑う。
「彼はもうあなたの声など届かない。私の命令しか聞こえません」
ライアンの顔が険しくなった。
「……あんたが、シグムントを……!」
男は首を傾げ、まるで子どもをからかうように微笑む。
「ええ、そうとも。では見せてあげましょう――彼の“本当の力”を」
男が指を鳴らした。
その瞬間、シグムントの身体を黒い瘴気が包む。剣が異様な光を帯び、空気が震えた。
「行きなさい、シグムント。――彼を、仕留めなさい」
シグムントの瞳に、漆黒の光が灯る。
次の瞬間、轟音とともに大地が揺れた。
ライアンは咄嗟に両手剣を構え、必死に受け止めた――が、刃に深い亀裂が走った。
耳をつんざくような音と共に、剣は粉々に砕け散った。破片が宙に舞い、視界を覆う。
「ライアンっ!!」フィオナの悲鳴が響いた。
反撃する間もなく、シグムントの刃が横腹を叩きつけた。
鈍い音が響き、骨が軋み、肺の中の空気が一気に押し出される。
「……っあ、がっ……!」
声にならない呻きが漏れる。
次の瞬間、身体が宙に浮き、背中から岩壁に叩きつけられた。
鈍い衝撃が背骨を貫き、頭の中で何かが弾ける。
「――っぐぅ……!」
吐き出すように呻き、膝から崩れ落ちた。
焼けるような痛みが腹を這い、喉の奥から血があふれ出す。赤黒い液体が地面に滴り、熱い鉄の味が
口いっぱいに広がった。
(痛い……! 息が……できない……)
目の前が滲み、視界が暗く染まっていく。それでも、必死に手を伸ばした。
――まだ終われない。あの二人を……守らなきゃ。
震える腕が地を掴む。しかし、剣はもうどこにもない。指先は虚しく空を切る。
焦げた鉄の匂いと血の味が混じり、喉が焼けつくようだ。
頭の奥が真っ白になり、思考が散り散りに崩れていく。
(レグナス……フィオナ……逃げろ……!)
口を開こうとしても、声が出ない。喉の奥から漏れたのは、かすかな息の音だけだった。
視界の端で、赤い炎が揺らめき、フィオナの悲鳴が遠くで滲むように響く。
(やめろ……仲間に……手を出すな……!)
それでも身体は動かず、腕も足も鉛のように重かった。
薄れる意識の中、ライアンの心だけが叫び続けていた――。
その時――靴音が近づいてきた。黒衣の男が、ゆっくりと立っていた。
「よくやりましたね。ここまで抗ったのは見事です――ですが」
冷たく丁寧な声が、耳の奥に直接響く。
ライアンは動けないまま、震える瞳でその手を見つめた。
黒い影が伸び、額に触れる。
「これで、終わりです」
次の瞬間、世界が反転した。音が消え、光が溶けていく。
――冷たい闇が、ライアンを飲み込んだ。




