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第25話 闇に宿る瞳

 朝靄の残る村の外れを、三人は並んで歩いていた。背に背負った両手剣がずしりと重いのに、

ライアンの胸はそれ以上に重かった。

(昨日……「一緒に伝説になろう」か。レグナスにそう言われて、嬉しかった。胸が熱くなった。

でも……俺の心の奥には、まだ帰りたい気持ちが残ってる。父さんと母さんに、もう一度会いたい。

獣の暮らしに戻りたい。なのに……今の時間も楽しいんだ。どうしてこんなに、引き裂かれるんだ)


 考え込むあまり、無意識に眉間にしわが寄っていた。隣を歩くレグナスが、ちらりと横目で見てくる。

 「……おい、ライアン。具合でも悪いのか?」


 はっと顔を上げると、レグナスの真剣な眼差しがそこにあった。

 「ち、違うよ! ただちょっと……眠いだけ」慌てて笑う。


 「ほんとかよ」レグナスは訝しげに肩をすくめた。

 

 フィオナも心配そうに歩みを緩め、ライアンを覗き込む。

 「無理しちゃだめ。洞窟の中で体調崩したら、本当に危ないんだから」


 「……大丈夫だよ」ライアンは小さく息を吐き、二人を安心させるように笑みを作った。

 「心配かけて、ごめん」

 二人はまだ少し疑わしげだったが、やがて頷いて歩を進めた。


 やがて、岩肌に口を開ける黒い影が見えてきた。シュタインルー洞窟。朝日を背に受けながらも、

その入り口はひどく冷たく見えた。

 「ここか……」ライアンが呟く。

 

 レグナスは杖を掲げ、短く呪文を唱える。

 「フレア・ライト」

 杖の先に拳ほどの炎がふわりと灯り、松明のように周囲を照らし出した。岩壁が赤く染まり、

心細さが少し和らぐ。


 「すごい……」ライアンが目を丸くし、炎に照らされた杖先を見つめる。

 

 「へへっ、俺にかかりゃ朝飯前だ」胸を張るレグナス。

 

 ライアンは思わず笑みをこぼし、肩の力が抜けた。

 「頼もしいな、レグナス!」


 楽しげに笑い合う二人に、フィオナが腰に手を当てて一歩踏み出す。

 「ちょっと! ここは遊び場じゃないのよ。危険な洞窟の前なんだから、もっと気を引き締めて」

 

 鋭い視線に、ライアンとレグナスは同時に肩をすくめた。

 「ご、ごめん」

 「わーってるって」

二人は半分押されるように軽く謝り合い、そのまま剣と杖を構えて洞窟の闇へ足を踏み入れた。


 内部は思った以上に広く、天井も高い。壁には古い掘削の跡があり、所々に削り残した石の柱が

立っている。

 「昔の村人が広げたんだろうな」レグナスが声を潜める。

 

 湿った空気と、ぽたりと落ちる水滴の音だけが耳に響く。三人は呼吸を揃え、慎重に進んだ。

やがて、道は左右に分かれた。


 「……ガラントさんが言ってたわね。迷ったら左」フィオナが記憶を頼りに囁く。

 

 ライアンとレグナスが頷き、左へ進もうとしたその時――。

 右側の闇から、甲高い笑い声が反響した。次の瞬間、灰緑の影がぞろぞろと姿を現す。

黄色い眼がぎらつき、粗末な刃物を握ったゴブリンの群れだ。

 

 ライアンは反射的に剣を握り直し、二人に短く合図を送った。

 「来るぞ――構えろ!」


 二体のゴブリンが低い唸り声を上げて、ライアンに飛びかかってきた。

 「来い……!」


 両手剣を横に薙ぐ。金属と肉の鈍い衝突音が響き、次の瞬間、二体は光の粒となって霧散した。

刃先に残る抵抗が消え、足元の岩肌に硬質な音を立てて二つの核が転がる。だが、仲間が倒れた怒りか、

残ったゴブリンが甲高い声を上げて突進してきた。


 「レグナス! 援護を!」

 振り返って叫ぶ。


 「任せろ!」レグナスが杖を掲げ、自信に満ちた声を張った。

 赤い魔法陣が杖先に咲き、炎の矢が群れを射抜いた。爆ぜる熱風に数体が焼き尽くされる――が、

その瞬間、洞窟の明かりがふっと消えた。


 「え……?」

 杖先の炎が、放たれたと同時に消えていたのだ。


 「暗い……見えない!」フィオナの悲鳴。


 「くそっ、やっちまった……!」レグナスの動揺した声。

 

 漆黒が押し寄せ、空気が急に重くなる。足音と甲高い笑い声が暗闇を駆け抜け、何本もの刃が

岩を打つ音が響く。


 「落ち着け! 慌てるな!」ライアンは叫ぶが、声は仲間に届いていないようだった。


 次の瞬間――。


 「ぐああああっ!」

 レグナスの苦痛の叫びが洞窟に響いた。ぞっとするほど生々しい声。


 「レグナス!」

 「どこなの!」

 フィオナと同時に叫ぶが、返ってきたのはうめき声と荒い息だけ。

 

 胸がざわめき、喉が乾いた。(……やられた。レグナスが……!)

どうすれば助けられる――必死に考える。


 その時、記憶の奥で父狼の姿が浮かんだ。

(……暗闇の中でも、父さんは獲物を見抜いていた。あれは……暗視だ)


 狼の父が闇夜を駆ける姿、光を宿したような鋭い瞳――その像が頭に浮かぶ。

(でも、俺にできるのか? いや……俺も! 仲間を守るんだ!)


 胸の奥に熱が広がり、強く念じた瞬間、瞼の裏にかすかな光が差した。

黒一色だった視界に、淡い輪郭がにじむ。洞窟の壁、床の石、そして――。


 「……見える、のか……?」

 思わず小さく呟く。戸惑いで足が止まりそうになるが、次の瞬間、仲間の呻き声が耳を打つ。


 「レグナス!」

 我に返り、視線を凝らす。刃を構えている数体のゴブリンが、血を流し壁にもたれたレグナスを

取り囲んでいた。レグナスの右腕に数本のナイフが突き立っていた。少し離れた岩陰に、

怯えた表情のフィオナ。


 迷いは消えた。両手剣を強く握り直し、足に力を込めて駆け出す。

 「離れろッ!」

 

 ライアンは大地を蹴った。両手剣が風を裂き、先頭の一体の胴を両断する。光の粒が弾け、

次の一体が振り下ろす刃を受け止める。火花が散り、力比べ――ライアンは咆哮と共に押し返し、

喉を裂いた。次の一体が背後から飛びかかるが、振り返りざまに剣を振り抜いて核を穿つ。

残りも容赦なく斬り伏せる。やがて洞窟に静寂が訪れた。


 「フィオナ、もう大丈夫だ!」

 ライアンが声を張ると、岩陰からフィオナが恐る恐る顔を出した。


 「ランタン……ランタンを……」

 鞄を漁るフィオナの手が、小さな魔道ランタンを引き出す。魔力を流し込むと、柔らかな光が

広がり、洞窟の影が薄れる。三人がようやく合流した。


 ライアンは座り込むレグナスに駆け寄る。

 「レグナス! しっかりしろ!」


 「……へへっ、大丈夫だ……たいしたこと……」無理に笑おうとするが、顔色は蒼白で汗が滲む。


 「だめっ、このままじゃ……!」

 フィオナの声が震える。血に濡れたレグナスの腕を両手で押さえ込みながら、必死に首を振る。


 「治癒魔法をかけたいのに……刃が刺さったままじゃ、塞いでもまた傷が開いちゃう……!」

 声が掠れて、涙交じりに続ける。

 「どうすれば……私じゃ、治せない……!」


 その必死な声を聞いた瞬間、ライアンの脳裏に森の記憶が弾ける。

(あの時……枝が腕に突き刺さった。俺は痛みに泣き叫んで……でも――)


 母ゴリラが布を噛ませて、一気に枝を抜いた光景がよみがえる。

(そうだ……母さんは怖がらずにやった。俺も……!)


 ライアンは素早くハンカチを取り出し、レグナスの口に押し当てた。

 「これを噛んで。痛いけど……我慢してくれ」


 「……ああ、やってくれ」


 ライアンは深呼吸し、ナイフに手をかける。一本、二本――血と肉の感触が指先に残り、レグナスが 押し殺した悲鳴 をあげる。歯を食いしばり、涙を浮かべながらも耐える姿に、胸が締め付けられる。

(頼む……持ちこたえてくれ!)


 最後の一本を抜いた瞬間、レグナスの体ががくりと前に傾いた。だがまだ意識はある。


 「フィオナ!」


 「分かってる!」

 フィオナが膝をつき、両手をかざす。短い詠唱が紡がれる。

 「――リューメン・ヒール!」


 金色の光が傷口を覆い、血が止まり、肉が再び繋がっていく。レグナスの呼吸が少しずつ整い、

青ざめていた顔にようやく赤みが差してきた。

それでも全身から力が抜けているのか、壁に寄りかかったまま、荒い息が漏れる。


 「……はぁ……まだ、ふらつくけど……助かった……」

 かすれた声に、それでも僅かな笑みが浮かぶ。


 ライアンはすぐそばに膝をつき、心底ほっとしたように肩を落とした。

 「……よかった……本当に……大丈夫か?」


 レグナスは力なく頷き、苦笑を浮かべる。

 「少し休めば……また魔法は撃てるさ。討伐も続けられる……だから心配すんな」


 ライアンはその言葉にほっと息をついた。だが、すぐに胸の奥から別の思いがせり上がってくる。

唇を噛みしめ、うつむいた。

 「……でも、僕のせいで……ちゃんと指示できなかったから、レグナスを危ない目に合わせちゃった」


その声はかすれ、今にも泣き出しそうだった。

 「本当に、ごめん……」


 フィオナがはっと目を見開き、思わず言葉を探す。だが先に、レグナスの大きな手がライアンの頭を

がしがしとかき回した。

 「バカ。謝るのは俺の方だって言ってんだろ。灯りを飛ばしたのは俺のミスだ。お前はよくやった」


 ライアンが顔を上げると、フィオナも頷き、優しく微笑む。

 「そうよ。ライアンが落ち着いて指示を出してくれたから……私たちは助かったの」


 張りつめていた空気が、少しずつ解けていく。ライアンは二人を見つめ、声を震わせながらも笑みを

浮かべた。

 「……ありがとう。本当に、二人がいてくれてよかった」


 レグナスは満足げに肩を組み、からかうように笑った。

 「それにな、暗闇の中でゴブリンを仕留めたのは見事だったぜ。どうやったんだ?」


 ライアンは顔を赤くし、照れ隠しに肩をすくめる。

 「……レグナスのこと考えてたら、体が勝手に動いちゃったんだ」

 

 「ははっ、やっぱり面白ぇ奴だな」

 豪快に笑いながら、レグナスは再びライアンの髪をくしゃりと撫でた。


 フィオナはほっとしたように笑みを浮かべ、二人を見守っていた。張りつめていた空気はやわらぎ、

三人の間に温かい灯火が戻っていた。

 ライアンも笑みを返しながら、胸の奥で小さな痛みを抱えていた。レグナスとフィオナの優しさに

救われたけれど――あの戦いで仲間を危険に晒したのは、やっぱり自分だ。

(次は……絶対に同じ失敗はしない。俺が二人を守るんだ)

 強く念じると、肩の力が少し抜けた。レグナスの笑顔も、フィオナの安心した表情も、心に

刻み込んでおきたかった。

 やがて三人は静かに立ち上がり、休憩を終えて再び洞窟の奥へ進み始めた。

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