第24話 仲間と築く将来
ガラントに案内され、三人は村の広場に面した食堂へ入った。
木造の梁がむき出しの天井、壁には色褪せた絵皿や古びた槍が飾られ、どこか懐かしい香ばしい匂いが
漂っている。炉の火で煮込まれる大鍋からは湯気が立ち、賑やかな笑い声と木椅子のきしむ音が
混じり合っていた。
「さあ、好きなもんを選べ」
ガラントが分厚いメニュー表をライアンの前に置いた。
「おいおい、ちゃんと読めるか?」
レグナスが横から覗き込み、にやりと笑う。
「よ、読めるよ!」
ライアンは耳まで赤くして反発し、慌てて文字を追った。
「……この、肉の煮込み。これにする!」
「二人とも、子どもみたいに騒がないの」
フィオナが呆れたように眉を下げる。
彼女は魚の香草焼きと野菜スープを選び、レグナスは迷わず肉の串焼きを頼んだ。
注文を終えると、テーブルには一瞬落ち着いた空気が流れた。ガラントが湯呑を手に取り、目を細めて
三人を見やる。
「坊主、見たところお前がこのチームのリーダーか?」
「えっ、僕が? ち、違います!」
ライアンはぶんぶんと首を振り、耳まで赤くなる。
「何言ってんだよ」
レグナスが豪快に笑い、がしっとライアンの肩に腕を回した。
「さっきの指揮は見事だったろ。俺もやりやすかったぜ」
「うん。ライアンが声を出してくれたから、私も魔法をかけやすかったの」
フィオナが優しく微笑む。
「こ、こんなの偶然だよ……レグナスの方がリーダーに向いてる」
ライアンは目を逸らして小さく答える。
「ははっ、素直じゃねぇな」
レグナスが笑い飛ばす。
ガラントはそのやり取りを眺め、深く頷いた。
「いい仲間じゃ。見ておるだけで安心するわい」
ちょうどその時、焼きたての肉の香りや湯気の立つスープが運ばれてきた。三人の顔が緩み、
自然と笑みが広がった。木の卓に置かれた皿から、香ばしい湯気が立ちのぼる。
肉の煮込み、魚の香草焼き、こんがり焼かれた串――彩り鮮やかに並んだ料理を前に、ライアンの目が自然と輝いた。
「いただきます」
恐る恐る口に運んだ瞬間、舌の上で肉汁が弾けた。脂の甘みと香草の香りが溶け合い、
思わず頬が緩む。
(……美味しい。こんなの、森じゃ絶対に味わえない)
夢中で食べるライアンを見て、ガラントが豪快に笑った。
「ははっ、いい食べっぷりだ。遠慮せんで、どんどん食え。若いもんはそれくらいでちょうどいい」
レグナスも串を頬張り、フィオナはスープをゆっくりと口に運ぶ。しばし、湯気と香りに包まれた
温かな時間が流れた。やがて、フィオナが顔を上げ、遠慮がちに切り出す。
「ねえ、ガラントさん。洞窟のこと、もっと詳しく教えてもらえませんか?」
「洞窟か……」
ガラントは盃を置き、顎に手を当てて少し考える仕草を見せた。
「中はアリの巣みてぇになっとる。通路が枝分かれして、慣れてないとすぐ迷う。
けんど、左の通路ばかり選んで歩けば、最後には出口に戻れる仕組みじゃ」
「なるほど……」
ライアンは真剣な顔で頷いた。
「教えてくれてありがとうございます。ところで、その洞窟ではどんな物が採れるんですか?」
ガラントの目がきらりと光る。
「武器の素材になる石がごろごろだ。鉄や銅も悪かねぇが……一番の目玉は“オルゴナイト”よ」
「オルゴナイト?」
ライアンが首を傾げる。
「そうよ。珍しい鉱石でな、滅多にお目にかかれんが、手に入れりゃあ大当たりだ。
そいつで作った武器は頑丈で切れ味も抜群……下手な魔法の剣よりよほど信頼できる」
ガラントは腕を組み、自慢げに胸を張った。
「へぇ……やけに詳しいな」
レグナスが目を細めて尋ねる。
「はっは、そりゃあそうだろうよ。わしは鍛冶屋じゃからな」
ガラントはごつごつした手を見せつけるように振り、満足そうに笑った。
「鍛冶屋……」
ライアンの胸に屋敷で読んだ本の挿絵がよみがえった。
灼熱の炉、真っ赤に焼けた金属、火花を散らして振り下ろされる大きなハンマー。汗に濡れた腕で
鉄を叩く姿――。気がつけば、口が勝手に動いていた。
「……ガラントさん、どんな武器が作れるんですか?」
ガラントは目を細め、卓の脇に立て掛けてあるライアンの両手剣を顎でしゃくった。
「ほう、あれが相棒か。いつもそれを使っとるのか?」
「はい!」
背筋を伸ばし、迷いなく答えるライアン。
「なら、オルゴナイトを見つけてきな。わしが――世界一切れる両手剣を打ってやろう」
ニヤリと口角を上げるガラントの声は力強く、炉の音が聞こえるようだった。
「……!」
ライアンの瞳がぱっと輝いた。胸の奥から熱がこみ上げる。
「そ、それは……すごく、嬉しいです!」
はっと我に返り、慌てて俯いて口元を押さえた。
「……す、すみません......はしゃぎすぎました......」
レグナスがすかさず横から笑い、豪快に肩を叩いた。
「ははっ、素直でいいじゃねえか! よし、俺たちで絶対見つけてやろうぜ」
「う、うん……」
ライアンは気まずそうに笑い返す。
ガラントはそんな三人を眺めて頷いた。
「ほんとうに仲のいい奴らだな。血の繋がりより濃いもんがあるように見える」
その言葉に、フィオナが不意にむっと唇を尖らせた。
「……ライアン、私だって仲いいんだから」
そう言って、彼女はぐいとライアンの右腕を掴み、腕に抱きつくように寄り添った。
「えっ……フィ、フィオナ……!?」
ライアンの顔が一気に耳まで真っ赤になり、視線が泳ぐ。
「ふはははっ!」
ガラントが腹を抱えて笑った。
「お前は愛されてるな、坊主!」
「ち、ちがっ……ただ、揶揄われてるだけです!」
慌てて言い返すライアンの声が裏返り、テーブルの上に笑い声が弾けた。
その後も冗談交じりの会話が続き、食卓は終始和やかな空気に包まれた。
やがて、ガラントが手を叩いて締めくくるように言った。
「さてと、わしはもう帰らにゃならん。お前らは今日はここで休め。二階が宿になっとる。
明日には洞窟に挑むんだろう? 英気を養っとけ」
「ありがとうございます」
三人は揃って頭を下げ、ガラントの案内で宿の部屋を借りることができた。
ライアンとレグナスは同じ部屋、フィオナは隣の部屋。扉を閉めたあとも、さっきの笑い声が耳の奥に
残り、ライアンの胸をじんわり温めていた。
二階の木の部屋は、窓から入り込む夜風が心地よかった。ベッドが二つ、粗末ながらも柔らかい
布団が敷かれている。ランプの灯りが壁に揺れ、木の匂いと少し焦げた食堂の匂いが混じっていた。
ライアンは背中の両手剣を壁に立てかけ、布団に腰を下ろす。レグナスは靴を脱ぎ捨てるように
放り投げ、豪快にベッドへ倒れ込んだ。
「ふぅ……やっぱり戦ったあとの飯は最高だな」
枕に顔を埋めてレグナスが笑う。
ライアンは思わず頷いた。
「うん。……村に来る前はちょっと怖かったけど、今はなんか、不思議と楽しいよ」
レグナスがごろりと仰向けになり、天井を見上げた。
「そうだろ? 討伐なんて面倒だって思うやつもいるけどよ……俺はワクワクするんだ。
強ぇ魔物を倒して、名前を残して、でっかい冒険譚を作りてぇ」
「冒険譚?」
「ああ。いつか俺の名前が歌に残って、吟遊詩人が語り継ぐ……そんなの、最高だろ!」
拳を握って振り上げるレグナスの横顔は、真剣そのものだった。
ライアンは小さく笑い、胸の奥で温かいものを感じた。
(……レグナスって、やっぱりすごいな。僕は――いや、俺は……そんな大きな夢、まだ持ってない)
「ライアンはどうなんだ? 何か夢とかあんのか?」
不意に問われ、ライアンは少し言葉に詰まった。
「僕は……」
目を伏せ、布団の端を指でつまむ。
「大きな夢は、まだ分からない。でも……強くなりたいんだ。仲間を守れるくらいに」
レグナスが笑みを浮かべ、軽く拳を握った。
「ライアンの剣が前を裂いて、俺の炎が後ろを焼き払う。剣と炎――最強のコンビだろ?
一緒に伝説になろうぜ!」
ライアンの胸がじんと熱くなった。
「伝説……」
思わず繰り返しながら、頬が熱くなる。
(俺なんかに、そんな未来が……でも、レグナスが言うと本当にできそうな気がする)
ライアンは笑みをこぼし、力強く頷いた。
「……うん。一緒に、やろう」
二人の間に静かな余韻が流れ、外から虫の声が響いてきた。ランプの炎が少し揺れて、
やがて小さくしぼんでいく。レグナスは大きなあくびをして布団に潜り込んだ。
「よし、明日はゴブリン退治だ。しっかり寝とけよ、ライアン」
「うん……おやすみ、レグナス」
ライアンも布団をかぶり、目を閉じた。
仲間と夢を語り合えた心地よさに、胸のざわつきが少し和らぎ、眠気が静かに降りてきた。




