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第22話 初めての野外授業

 朝の鐘が三つ鳴り、講堂の天窓から斜めに差し込む光が、新入生たちの背を明るく照らす。

木の床が絶え間ない靴音でかすかに震え、紙をめくる音や、押し殺した声があちこちで交じり合って

いた。


 「なあ……何の集まりなんだろうな」

 ライアンは胸の奥に小さな不安を抱き、隣のレグナスに声を潜めた。


 「さあな。俺だって知らねえ」

 レグナスは肩をすくめ、腕を組む。


 「……私も聞いてないよ」

 フィオナが三つ編みを揺らしながら囁く。


 答えのないまま、三人は顔を見合わせた。その時、壇上にダリオン先生が姿を現す。白髪短髪の

精悍(せいかん)な顔立ち、深い(しわ)の奥にある青い瞳は、剣の刃のように鋭い。ざわめきが一瞬にして鎮まり、

空気が張り詰めた。


 「おはよう、諸君」

 低く通る声が講堂を支配する。

 「本日これより――野外授業を行う」


 「や、野外授業?!」

 「いきなり? まだ準備なんて……」

 「討伐ってことか?」

 生徒たちの間で一気にざわめきが広がり、あちこちで椅子が軋む。声の波が押し寄せては弾け、

講堂全体が小さく揺れるようだった。


 「静粛に」

 ダリオン先生が片手を軽く振っただけで、ざわめきは潮が引くように弱まった。

 「安心しろ。いきなり無謀なことをやらせはせん。討伐対象は小型で、力も弱い魔物だ。

  訓練を兼ねての実習と思え」


 ほっと息をつく声がいくつも洩れる。

 「……小型って言ったぞ」

 「じゃあ大丈夫なのかな」

 「いや、でも魔物だろ……」


 「課題は単純だ」

 先生は背後の黒板に手を置き、白墨で一行書き記す。

 「――討伐した魔物の《魔核》を、指定数だけ集めること。これが本日の任務だ」


 「魔核……!」と誰かが声を上げ、再びざわつきが広がる。


 「武器は学院の倉庫の物を使って構わん。もちろん自前を持ってきてもいい。野営の可能性も

  あるから、着替えや食料、宿泊の準備も怠るな。……忘れるなよ、課題を終えられなければ、

  合格にはならん」


 ざわっ……と大きな波が走り、椅子が一斉に軋んだ。ライアンは胸の奥がきゅっと縮むのを感じ、

隣の二人を見た。

 「……本当に、魔物を相手にするんだな」


 「怖がんなって」

 レグナスがにやりと笑い、拳でライアンの肩を軽く叩いた。

 「俺たち三人なら、何とかなるさ」


 「そうそう。今度こそ、私の魔法も役に立つからね!」

 フィオナが小さく拳を握って笑う。

 

 ライアンは二人の顔を見比べて、小さく息を吐いた。

(……大丈夫。俺は一人じゃない)


 ダリオン先生は手を打ち鳴らした。

 「さて――次に、三人一組でチームを組め。討伐の行き先と対象はチームごとに違う。

  資料を配るから、自分の課題は自分の目で確かめろ」


 講堂がざわつき、椅子の擦れる音が一斉に重なる。あちこちで友人同士が声を掛け合い、

組む相手を決めていた。


 ライアンはすぐに隣の二人へ顔を向ける。

 「僕たちも、一緒に組もう」


 「もちろんだ!」とレグナスが即答し、フィオナもにっこりと頷いた。


 まもなく、黒衣の上級生が資料の束を抱えて回ってきて、一組に一枚ずつ配っていく。

ライアンは受け取った羊皮紙をそっと広げ、目を走らせた。


 ――シュタインルー洞窟にて、ゴブリンを討伐し、魔核を20個収集せよ。


 (……洞窟、ゴブリン?)心臓がひとつ跳ねる。

地名も魔物の名も、耳にしたことはあっても、具体的な姿が浮かばない。


 「なぁ、レグナス。このシュタインルーってどこにあるんだ?」


 「お、場所からか」赤髪の少年は腕を組んで少し考え、説明を始める。

 「学院から西へ三時間くらい歩けば、小さな村に着く。その奥に鉱脈の洞窟があってな、

  武器に使う鉱石が取れる。最近、そこにゴブリンが巣を作っちまったらしい」


 「ゴブリン……」

 ライアンは思わず口の中で繰り返し、隣のフィオナを見た。

 「なぁ、僕……スライム以外の魔物は見たことがないんだ。ゴブリンって、どんな奴なんだ?」


 フィオナは肩をすくめ、少し意地悪そうに笑う。

 「勉強不足ね、ライアン。ちゃんと授業で習ったでしょう?」


 「……う」視線を逸らし、耳が熱くなるのを自覚する。


 「ま、いいわ。ちゃんと教えてあげる」

 フィオナは声を落とし、指を一本立てる。

 「背丈は人間の子供くらい。緑色の肌に尖った耳、集団で行動する厄介者。力は弱いけど、

  油断すると数で囲まれて危ないの」


 「子供くらい……それで、群れで来るのか」

 ライアンの喉がひとりでに鳴った。頭の中で、小鬼がわらわらと押し寄せる様を想像し、両手剣を

握る手にじっとり汗が滲む。


 その肩を、がしっと掴む手があった。

 「ビビんな。俺が火力でまとめて焼き払ってやる。お前は剣を振ってればいいんだ」

 レグナスの豪快な笑顔がすぐ傍にある。


 「……うん」ライアンの頬が自然と緩む。

(俺は一人じゃない。二人がいる。きっと、やれる)


◇◇◇◇


 授業の解散が告げられ、各チームがそれぞれ準備へ散っていった。

 

 「じゃあ、昼までに玄関ホール集合な!」とレグナスが声を張ると、

 フィオナも「忘れ物しないでよ」と手を振った。


 ライアンは一人、武器庫へ足を運ぶ。

厚い扉を開けると、鉄と油の匂いが鼻を刺し、壁一面に武器が整然と並んでいた。

片手剣、槍、斧、杖――種類は豊富だ。棚に手を伸ばしながら、ライアンは一瞬、迷いを覚えた。

(片手剣なら軽くて扱いやすい。盾も持てる……。でも――)


 脳裏に蘇るのは、新入生レースでの光景だった。炎のフィールド、押し寄せるスライム。

痛みに耐えながら、それでも仲間を守るために剣を振り続けた自分。


 ――あの時、俺を支えたのは、この大きな両手剣だった。


 ゆっくりと両手剣の並ぶ棚へ歩み寄る。一本の剣を手に取ると、ずしりとした重みが両腕に

のしかかった。だが、その重さは不思議と心を落ち着け、背筋を伸ばさせる。


 「……やっぱり、僕の武器はこれだ」小さく呟き、鞘に収めて背へ背負う。

 部屋を出る直前、振り返って武器庫を見渡した。

(もう迷わない。仲間と戦う時は、この剣で立ち続ける)


寮の部屋に戻り、着替えや食料を詰めた鞄を肩に掛ける。最後に腰のポーチを確かめ、深く息をついた。


 やがて玄関ホールに辿り着くと、既にレグナスとフィオナが待っていた。

 

 「おっ、来たな!」

 レグナスが片手を挙げる。腰のベルトには短い杖と短剣が収まっていた。


 「準備はばっちり?」

 フィオナは笑顔で小さな袋を揺らした。

 「回復薬、ちゃんと持ってきたわ」


 ライアンは頷き、背の両手剣を軽く叩いた。

 「大丈夫。こいつも準備できてる」


 三人は互いに武器を確認し合い、顔を見合わせた。


 「よし、行くか!」

 レグナスの声に、二人も力強く頷く。

 

 学院を出て、西の草原へ。石畳の道が伸び、風が三人の髪を揺らした。冒険の始まりを告げる

ように、太陽が高く輝いていた。石畳の街道は西へ伸び、空には薄雲が流れていた。三人は荷物を

背負い、草原を切り裂く風を頬に受けながら進む。


 周囲には同じ課題を与えられた他の新入生の姿も点々とあり、互いにちらりと視線を交わしては、

緊張と期待の混じった笑みを浮かべる。


 「思ったより道は整ってるな」

 レグナスが伸びをしながら言った。


 「これなら歩きやすい」

 ライアンも頷き、背の両手剣の重みを確かめる。


 石畳の道を三人並んで歩きながら、ライアンはふと胸の奥に浮かんだ疑問を口にした。

 「ねえ……魔物って、どうやって生まれるんだ?」

 

 レグナスがすぐに反応して、顎をさすりながら答える。

 「基本は、死んだ獣の屍からだな。黒い瘴気みたいなもんがまとわりついて、気づいたら動き出す。

  スライムもその一種だ」

 

 フィオナが補足するように声を重ねた。

 「それに、人間の負の感情が影響するって説もあるの。憎しみとか妬みとか……そういう感情を

  持った人が屍に触れると、魔物になる可能性があるって」


 「人間が……魔物を?」

 ライアンは思わず呟いた。胸の奥がざわつき、指先にじんと熱が集まる。

(獣は……ただ生きて、死んだだけなのに……人間の感情で歪められるなんて……赦せない)

 奥歯を噛みしめながらも、表情は崩さない。言葉の続きは喉で止まり、ライアンは黙って足を進めた。


 そんな彼の不安を察したかのように、フィオナは急に明るい笑みを見せて、話題を変えた。

 「でもね、暗い話ばかりじゃないわ。シュタインルー村には有名な果物、

  ルビーアップルがあるの」


 「ルビーアップル?」

 ライアンが首をかしげる。


 「見た目は林檎に似てるけど、もっと小さくて、甘酸っぱさが強いんだとか。それを使ったケーキが

  すっごく美味しいらしいよ」


 「ほぉ〜!」レグナスの目が輝く。

 「ケーキか! そりゃ討伐終わったら絶対食べに行くしかねぇな」


 「僕も食べてみたい」ライアンの胸が少し高鳴る。

 (……ロニーと一緒に街で食べたケーキとは違う味なんだろうか。仲間と一緒に食べるなら、

  きっともっと特別に感じる)


 「決まりだな!」レグナスが豪快に笑ってライアンの肩を叩く。

 「俺のおごりで、ドーンと頼んでやるよ!」


 「ふふっ、レグナスが珍しく気前いい」フィオナがくすりと笑った。

 ライアンは思わず頬を赤らめた。(……こんな日が来るなんて。仲間と一緒にご褒美を楽しみにできるなんて、俺は思ってなかった)


 道中、他のチームとすれ違うたびに軽く会釈を交わした。誰もが少し張りつめた顔をしていて、

その緊張がまた三人を引き締める。太陽が傾き始めた頃、前方に林が姿を現した。高い木々が道を覆い、

ひんやりとした影を落としている。


 レグナスが真顔で告げる。

 「この林を抜ければ、シュタインルー村だ」

 

 三人は顔を見合わせ、小さく頷き合う。

 その瞬間――林の奥から、男の悲鳴が響いた。


 「うあああああっ! だ、誰か!」

 鳥が一斉に枝を跳ね、葉がざわざわと震えた。


 ライアンは反射的に足を止め、両手剣に手をかける。

 「今の……聞こえたか」

 二人が頷き、三人は声の主を探すように駆け出した。

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