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第19話 かけがえのない物

 第四フィールドは、嘘のように穏やかな草の海だった。さっきまでの炎と氷の喧騒が嘘に思える

ほど、空は高く、風はやわらかい。……だが、空気だけが妙に重い。草原の中央、待ち構えるように

立つ影が四つ。先頭で長剣を肩に担いだ灰色髪の少年が、口の端をねじって笑った。

 「やっと来たな、出来損ない」

 シグムント。左右には、見るからにガラの悪い三人が並ぶ。全員が杖を持ち、獲物を見る目で

こちらを舐め回した。

 「もう一度決闘だ。勝ったら――その子を寄越せ」

 黒い瞳が、フィオナを射抜く。

 「あのとき邪魔したツケ、払ってもらうぜ」


 血がわずかに沸いた。

(……こいつ、またフィオナを)

 胸の内側で、低い唸りがうずく。けれど口に出た声は落ち着いていた。

 「……分かった。受けるよ」


 「待てよ、ライアン」

 レグナスが一歩、前に出る。

 「俺もやる。二対二でも――」


 「お前は要らない」

 シグムントは鼻で笑った。

 「俺の興味は、その出来損ないだけだ。引っ込んでろ」


 レグナスの足が止まらないのを見て、シグムントが指先をひらりと振る。後ろの三人が同時に

詠唱を短く切り上げ、杖を地面へ突き立てた。ばちり、と乾いた音。草の根がうねり、黒土を裂いて

蔦が蛇のように立ち上がる。


 「うわっ――!」

 レグナスの脚に蔦が絡み、腰、胸、喉元へと一気に締め上げていく。

 「げ、げほっ……!」


 「レグナス!」

 フィオナが駆け寄ろうとした瞬間、別の蔦が足首に巻き付き、彼女の細い腕へ伸びた。

 「やっ……!」


 「レグナス! フィオナ、しっかりしろ!」

 俺は声を張り上げ、蔦に絡め取られた二人へ向かって駆け出そうとした。

 「放せ、そいつらを放せ!」

 とシグムントに向けて叫ぶ。両手剣をぐっと握りしめ、足を踏み出したその瞬間、空気を切るような

銀の線が視界を横切った。シグムントが淡い笑みを浮かべ、長剣を片手に構えている。


 「助けたいなら、まず俺を倒してみせろ」――シグムントの声は低く、挑発を含んでいた。


 胸の奥が熱く跳ねた。

(分かってる。まず、こいつ――!)

 

 合図もなく、金属の衝突音が草原に弾ける。シグムントの細身の長剣が、躊躇なく滑り込んできた。

速い。薄い刃の面が空を切るたび、骨まで冷える風が頬を撫でる。

(……速い、けど――!)

 

 俺は両手剣の腹で受け流し、重さで押し返す。だがシグムントは腕の使い方が洗練されていた。

軽くいなし、角度を変えてすぐさま次の一撃。刃と刃が打ち鳴らす火花が、草の香りに混じって鼻に

刺さる。


 「どうした、もう息が上がったか?」

 挑発が、刃の軌跡に乗って刺さってくる。


 (まだ――!)

 押し合い、弾き合い。互いの呼吸が荒くなる。額から汗が落ち、視界に白い光が滲む。

フィオナの息を呑む声、蔦に締めつけられて苦しげに喉を鳴らすレグナスのうめき。全部、聴こえる。

ふいに、シグムントが距離を取った。長剣を、舞うように、空へと撫で付ける。


(……今のは、隙? 間合いの外……だったら、ここからなら──俺の剣が届く!)


 踏み込む。土を蹴り、腰を捻る。──次の瞬間、右腕に鋭い痛みが走った。


 見れば、袖が裂け、赤が滲む。シグムントは距離を取ったまま、長剣を軽く振り下ろす。

空を切ったはずの刃の軌跡と同時に、左腿に線状の痛みが走った。


 「おかしいな……俺はただ、こうして剣を振っているだけだぜ? なのに、お前の身体は勝手に

  裂けていく」

 薄く笑みを浮かべ、わざとらしく肩をすくめる。

 「ほら、見ろよ。血が止まらねぇぞ」


(……なんでだ……見えない刃……? 俺には、防げない……!)


 シグムントが長剣を振るうたびに、ライアンの体に傷が刻まれていく。右腕、腿、頬。熱い血が

にじみ、視界が揺れる。


(見えない……剣先は届いてないはずだ……何だ……? 何で斬られる……!)


 必死に両手剣を振り回す。だが、鋼と鋼がぶつかる感触は一度も返ってこない。空を薙いでも、

痛みだけが積み重なっていく。

(斬撃じゃない……何か、別の……)


 呼吸が乱れ、思考が千切れそうになる。――その時。

 「風だよ、ライアン!」

 蔦に絡め取られたまま、フィオナの必死の声が飛んだ。


「あれは風魔法――“エアー・ブレード”!」


 シグムントが口元を歪め、ぱちぱちと指先で小さく拍手する。

 「正解。だがな――正体が分かったところで、出来損ないに防げるか?」


 刃が風に変わり、距離の概念を無視して切り裂いてくる。俺は咄嗟に両手剣を振り回し、

空間を払う。だが、見えない刃は音も匂いもなく、頬に、脛に、肩口に薄い線を刻む。


(くそ……身体が削られる。これじゃ――)

血の味が口に広がる。膝が笑いかけた。その瞬間、シグムントの構えが変わる。刃先をわずかに下げ、

力を溜める……突きの型。


 《“ウインド・ブラスト”!》


 渦巻く空気の槍が、目に見える形で飛び出した。避ける間もなく、腹に直撃。


 「――がっ……!」

 地面が爆ぜ、体が宙を舞った。視界がぐるりと裏返り、空と草がめまぐるしく入れ替わる。息が

喉で潰れ、肺に火を押し込まれたような痛みが走る。喉の奥から熱いものが込み上げ、赤が口の端を

伝った。両腕に力が入らない。握っていたはずの両手剣が、指の隙間から無情に滑り落ちる感覚だけが

鮮明だった。


(……動けない……体が……言うことを聞かない……)


 荒い息と共に視界が赤黒く染まり、音すら遠のいていく。鼓動だけが耳の奥で暴れ、脳をかき乱す。

うつ伏せに崩れたまま、視界は赤黒く滲んで揺れていた。


 「ライアン!!」

 レグナスの叫び声が耳を打つ。苦しげに縛られながらも、必死に声を張り上げている。


 「ライアン、返事して……!」

 フィオナの悲鳴混じりの声が続く。その震えた声色に、焦りと恐怖が滲んでいた。


 けれど、体は動かない。喉も声も出ない。まるで自分だけが遠い場所に取り残されたようだった。

その様子を見下ろすように、シグムントは満足げに歩み寄ってくる。長剣を片手に揺らし、靴底が草を

踏み潰す音がやけに大きく響く。

 

 「――降参しろよ」

 冷たく笑いながら、シグムントは剣先をライアンへと向けた。

 「早く楽になれるぜ?」



 暗闇の中に、白銀の毛並みが浮かび上がった。

揺らめく炎のように光をまとい、狼がそこに立っている。懐かしい匂いとともに――父だ。


 「……父さん?」

 震える声が零れる。自分がどこにいるのかさえ曖昧で、ただその姿だけが鮮烈に映った。


 狼は深い眼でライアンを見つめ、低く響く声を落とす。

 「お前の力は……そんなものじゃない」


 胸が熱くなる。けれど問い返さずにはいられなかった。

 「俺の力……? 何をすればいいんだ。俺に……どんな力があるんだ」


 しかし父は首を振る。明確な答えはくれない。

 「覚えておけ。お前は―― 一人じゃない」


 その言葉が心に染み込んだ瞬間、時間の流れがゆっくりとほどけていく。

胸の奥に、熱が灯った。ずしりと重い力が腕へと流れ、やがて脚へ、背へ――

全身を駆け巡る。血潮が燃えるようで、鼓動が獣の足音のように響く。


 (これは……何だ……! でも――力が、溢れる!)


 意識が現実へと引き戻される。視界に再び色が差し込み、霞んでいた音が鮮明になる。

よろめきながらも地面を踏みしめ、ライアンはゆっくりと立ち上がった。次の瞬間、胸の奥から

迸るような咆哮が口を突き破った。


「――――ォオオオオォォォッッ!」


 それは人の声ではなかった。

狼の遠吠えのように荒々しく、獣の咆哮のように大地を震わせる。

空気が震動し、観客もシグムントも一瞬息を呑んで立ちすくんだ。大地を震わせる咆哮。

それを聞いた瞬間、シグムントの瞳にわずかな怯えが走った。


 「な……なんだ、今のは……!」


 背後で、レグナスが唖然とした声を漏らす。

 「お、おい……本当にライアンかよ、あれ……」


 フィオナも両手を胸に当て、震える声で言った。

 「まるで……獣みたい……」


 ライアンは答えない。ただ稲妻のように地を蹴り、シグムントへと一気に肉薄した。

空気が爆ぜ、瞬きする間に間合いを詰める。


 「くっ……来い!」


 シグムントは必死に剣を振り下ろす。しかし――重い両手剣を振るうライアンの一撃は、

その鋭さを圧倒していた。衝突のたびに金属音が弾け、シグムントの腕は痺れ、足元は徐々に

揺らいでいく。


 「ぐっ……!」

 必死の抵抗も虚しく、シグムントはついに姿勢を崩した。

 その瞬間、ライアンの目が光を帯びる。


 「――はぁッ!」

 腰を捻り、両手剣を横に振り抜く。刃から放たれた円弧状の衝撃波が空気を切り裂き、轟音とともに

シグムントの胸を直撃した。


 「ぐああああっ!」

 衝撃はそのまま背後の悪友たちも巻き込み、彼らは草原を何度も転がり、遠くで無様に動かなくなる。

砂塵が収まり、シグムントは長剣を手から落とし、ぴくりとも動かなかった。


 ――勝った。


 そう理解した瞬間、ライアンの膝から力が抜けた。


 「はっ……はぁ……」

 地に膝をつき、そのまま大の字に崩れ落ちる。


 同時に、レグナスとフィオナを絡め取っていた蔦が光の粒となって弾け、彼らの身体を解放した。


 「はぁ……っ、はぁ……っ!」

 レグナスは大きく息を吸い込み、次の瞬間、ライアンのもとに駆け寄った。

  「ライアン!」

 荒い息を吐きながら、上半身を抱き起こす。

 

 頭や体から血が流れ、ライアンの顔は蒼白だった。

 「フィオナ! 早く……治してくれ!」

 

 必死に叫ぶレグナスに、フィオナは震える唇で首を振った。

 「……ごめん。今の私じゃ……こんな大怪我は治せない……!」

 悔しさに瞳を潤ませる。

 

 ライアンはうっすらと目を開け、二人を見上げた。

 「……僕を……置いて行け。二人だけで……ゴールへ……」


 「ふざけんな!」

 レグナスは涙目で怒鳴った。


 「親友を置いて勝ちに行けるかよ! そんなゴールに意味があるか!」


 フィオナもライアンの手を握りしめ、力強く頷いた。

 「そうよ、ライアン。……三人で行くの。あなたを置いてなんて、絶対に行かない」


 その言葉に、ライアンの胸に温かいものが広がった。


 ――その時、会場に司会者の声が響き渡った。

 「そこまでだ!これにて、新入生歓迎レースは終了!」

空気を震わせる鐘の音が鳴り響き、草原を包み込んだ。


 ライアンは悔しそうに眉を歪めた。

 「……ごめん。僕のせいで……」

 

 レグナスは首を横に振り、にかっと笑った。

 「何言ってんだ! お前はよくやったよ。あんな奴らを倒したんだ。豪華景品なんかより――

  最高の仲間ができた。それで十分だろ?」


 フィオナも涙を拭いながら微笑んだ。

 「うん……負けちゃったけど、でもね。みんなと一緒に戦えて、前よりもっと仲良くなれた

  気がするよ」

 

 ライアンは静かに目を閉じ、かすかに笑った。

「……ありがとう……」


温かな眼差しに包まれながら、意識はゆっくりと夢の世界へと沈んでいった。

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