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第16話 掴み取った物

「はじめ!」

 合図と同時に、砂を蹴る音。シグムントの踏み込みは速い。迷いがない。刃が横から、縦から、

連打で襲いかかる。

 受ける。受け流す。弾かれる。腕に衝撃が走るたび、骨の芯に響く。

「はっ――どうした、出来損ない。突っ立って受けるだけか?」

 木刀が頬を掠め、汗が飛ぶ。浅い切り傷に熱が走る。呼吸が乱れる。

(速い……重い。こいつ、型が体に染みてる……!)

「俺はな、小さい頃から剣を習っているぜ。格が違うんだよ」

 刃がさらに加速する。横振りから縦への切り替えに“間”がない。受け損ねれば骨に響く。膝が笑う。

唇を噛む。血の味。

(押されてる。けど――先生の言葉。途中は流す。次を読む)

 木刀が右に抜ける。“次は上”――受け流す。突きに移る予兆――肩の力が前に集まる、足が半歩

切り替わる。

(来る――突き!)

 が、速い。刃先が稲妻のように走り――左の前腕にぶつかった。

「っ――!」

 視界が白く弾け、体が後ろへ吹き飛ぶ。背中が土に打たれ、肺から空気が抜けた。左腕に熱い液体が

走る。血。赤が袖を染める。

 シグムントの笑い声が、輪の周りに刺さる。

「どうした出来損ない。足でも舐めるか? その方が似合ってるぜ」

(……うるさい。痛い。けど――立て)

 耳の奥で声がした。「ライアン! 立って――!」

 フィオナだ。顔を上げる。緑の瞳が震えながら、強くこちらを支えている。胸の奥で、

なにかが“戻る”。

(俺は――出来損ないじゃない。守るって、決めた)

 膝に力を込める。足裏が土を掴む。息を整える。木刀を右手に握り、左腕を体側に寄せる。視界の

端で、レグナスが歯を食いしばって頷いた。

「ふん。まだやるのか、その腕で」

 シグムントが獣のように肩を揺らし、再び構えを低く取る。さっきの突き――肩、腰、足の同調。

刃先の方向が一点に収束する“匂い”。

(同じ“突き”で仕留めに来る。今度は――横)

 踏み込みの土音。肩の力が前へ――来た!

 ライアンは当たりの“寸前”、体を左へ半身ぶつけるように飛ばした。刃先が頬の脇を風に変えて

通り過ぎ――

「今だ!」

 右の足裏で地を蹴り、腰を回す。横振り。木刀の重みを最後に乗せる。シグムントの胸元に、

どん、と的確に入る。

 衝撃。シグムントの体がくの字に折れ、そのまま後方へ飛んだ。砂が舞い上がり、白い吐息が

空気に散る。彼の手から木刀が転がり落ち、背中から大きく叩きつけられる。

 輪が静止した。次の瞬間――歓声。

「勝者、ライアン!」

 ダリオン先生の宣言。喉が乾いているのに、胸の内だけが湖みたいに満ちていく。

(勝った……本当に、俺が……)

 指先が痺れ、力が抜けていく。木刀が手から滑り落ちる。視界がぐらりと傾いた――落ちる、

と思った瞬間、背中に温かい支えが入る。

「おっと、ナイスだ相棒。ゆっくり、座れ」

 レグナスだ。片腕で肩を抱き、地面にそっと腰を下ろさせる。息が荒い。胸が上下するたび、

世界の音が戻る。

「ライアン……大丈夫!?」

 フィオナが駆け寄り、膝をついて左腕を覗き込む。血が滲み、袖を濡らしている。彼女は目を細め、

小さく呟いた。

「癒しは――まだ得意じゃないけど、やってみる。……大丈夫、私がいるよ」

 短い詠唱。掌から淡い金色の光が溢れ、ライアンの腕に染み込んでいく。熱くも冷たくもない、

春の陽だまりの芯だけみたいな温かさが、痛みの輪郭を溶かす。

 傷口が閉じ、血の色が薄れていく。ライアンは瞬きを繰り返し、ゆっくり手を握って開く。

「……もう、痛くない。ありがとう、フィオナ」

 彼女は安心したように微笑んだ。頬がほんのり色づく。「よかった……ほんと、よかった」

「見事だったぞ、ライアン」

 ダリオン先生が歩み寄り、屈んで目線を合わせる。青い瞳が愉快そうに光った。

「さっき教えた“流し”と“読む”を、すぐに実戦に落とした。あれはなかなかできない。“経験不足”は

稽古で埋まる。素質は十分だ」

「……ありがとうございます」

(うん……俺は、やれる。剣で、道を開く)

 輪の外で担がれるシグムントが、遠くで呻いた。「くそ……出来損ないのくせに……」

 悔しがる声が背中に刺さる。けれど今は痛くない。胸の内に、温かく硬い石が一つ、据えられた

みたいだ。

「今日の剣術はここまでだ。各自、解散。怪我は治療院へ。魔術組は午後、座学だ。剣術組は基礎の

体捌きを復習しておけ」

 労いの声で締めると、先生は周囲の片付けに目を配る。輪が緩み、ざわめきが戻る。

「食堂……行こう」

 フィオナが提案し、レグナスがすぐさま親指を立てた。「賛成! 勝利の腹ごしらえだ。肉、二倍な」

「……うん」

 三人で歩き出す。練兵場から渡り廊下を抜け、講堂へ。高い天井の梁、陽にきらめく窓。食堂の扉を

押すと、あたたかな湯気と香りが迎えてくれた。

 列に並ぶあいだ、フィオナがふと真顔になる。

「ねえ、さっきの。……木刀で、あそこまで切れるかなって思って」

「……え?」

「い、いや。今はいいの。ごめん、怖がらせたかったわけじゃないの。ただ……ライアンが無事で、

よかった」

 言いながら、彼女は自分で自分を落ち着かせるように胸に手を当てる。ライアンは首を横に振った。

「僕も、助かった。ありがとう」

 順番が来て、煮込み肉と根菜、焼きたてのパン、湯気の立つスープを受け取る。レグナスはトレイを

片手に、ライアンの背を肘でこつんと突いた。

「お前、さっきの最後、かっこよすぎ。避けてからのドン。俺、鳥肌だぜ」

「……うるさいよ」

 照れ隠しに肩で小突くと、レグナスはケラケラ笑った。「はいはい、照れ屋は黙って食え。ほら席、

あっち空いた」

 隅の卓へ腰を下ろす。最初の一口を噛むと、塩と肉汁が弱った体に染みる。

(うまい。……うまいな)

湯気の立つスープと肉の皿が並ぶ。三人で隅の卓につくと、緊張の糸がほどけた空気がふっと広がった。

 ひと口すすって、ライアンはふと思い出したように顔を上げる。

「そういえば……二人って、もう知り合いだったの?」

 レグナスがにやりと口角を上げる。

「おいおい、今それ気づく? 相棒、反応おそ~い」

 フィオナがくすっと笑って補う。

「魔法組の午前授業で同じクラスだったの。レグナスくん、自己紹介から元気で、すぐ分かったよ」

 ライアンは珍しく悪戯っぽく目を細め、スプーンをくるりと指で転がした。

「なんとなく分かる。授業で一番うるさいやつ、レグナスでしょ」

「おっ、言ってくれるじゃん! そう、俺だ!」

 レグナスは嬉しそうにライアンの背中をばん、と叩いた。続けざまに、ばん、ばん。

「いっ――!!」

 電撃みたいな痛みが脊髄を駆け抜け、ライアンの手からスプーンがカランと落ちる。上体が

前に折れ、思わず机に額が触れた。

「ちょ、ちょっとレグナス!」

 フィオナが慌てて叱り、椅子を引き寄せてライアンの横顔を覗き込む。

「わ、悪い! 癖でつい……! 大丈夫か!?」

「……う、うん。ちょっとだけ、ね」

 息を整えながら、ライアンは苦笑した。背中の奥に、鈍い火の塊がうずく。(……さっきの突きで

地面に叩きつけられたところ。打ってたのか)

「さっきの決闘で、倒れた時かな。打撲……っぽい。でも、たいしたことないよ。心配しないで」

 親指を立ててみせると、フィオナは小さく頷き、両手を胸の前で組む。

「動かないで。すぐ楽にするから」

 彼女は席を回ってライアンの背後へ回り、そっと背に片手を添えた。細い指先が布越しに触れ、

やわらかな息遣いに合わせて短く詠唱する。

「――痛みよ、霧と化して散れ」

 言葉が落ちた瞬間、ちくりと針の先みたいな感覚が走り、そのあとでじわりと春の陽だまりの芯

だけが広がるみたいに温かさが染み込んでいく。

 うずく痛みの輪郭が薄れて、背骨の周りから少しずつ軽くなる。

「……あ。軽い。ほんとに、消えた」

 ライアンは振り返り、素直な笑みを向けた。

「ありがとう、フィオナ」

 フィオナはほっと息をつき、目を細める。「よかった」

 その距離のまま、一瞬だけ視線が絡まる。互いの吐息が触れそうな、甘く静かな間――

「ごほん」

 レグナスの大げさな咳払いが、間合いをやんわり切った。二人ははっとして少し離れる。レグナスは

肩をすくめ、いつもの調子で笑う。

「いやぁ、いいねぇ。ところでさ――今ここにいるのって、最強の魔法使い(予定)の俺と、

最強の剣士(予定)のライアンと、最強の癒し手(予定)のフィオナだろ?」

 指を三本立て、順にテーブルをとんとんと叩く。

「三人でパーティー組んだら、負ける気しなくね? 俺が前で魔法ぶっ放して、ライアンが

切り開いて、フィオナが支えて――はい最強」

「最強は言いすぎだけど……でも、頼もしいね」

 フィオナが照れ笑いを浮かべる。

 ライアンは頬を掻き、少しだけ視線を落としてから顔を上げた。

「僕で、よければ。……二人となら、戦える気がする」

 胸の奥が、ゆっくり温かく膨らむ。(……“出来損ない”じゃない。認められてる。ここで、俺は――)

 レグナスが満面の笑みで親指を立てた。

「決まり! 相棒と相棒と――最強チーム、結成だ!」

 三人で笑う。ライアンは落ちたスプーンを拾い直し、冷めかけたスープをもう一度口へ運ぶ。

味はさっきよりも、ずっと深くて、ずっとやさしい。

 この“仲間”という言葉の重みを、そっと胸のいちばん奥に仕舞いながら、彼は静かに食事の続きを

楽しんだ。

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