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第13話 クラス分け試験

 分厚い扉が軋むように開かれると、冷たい空気とざわめきが一気に押し寄せてきた。

ライアンとフィオナが足を踏み入れたのは、広大な石造りの部屋。高い天井には魔法灯が規則正しく

並び、白い光が幾重にも反射している。床は磨き込まれた大理石で、そこに何十人もの生徒が列を

成し、期待と緊張を抱えながらざわめいていた。

 部屋の中央には、手のひらより大きな水晶玉が鎮座している。水晶の内部には淡い光が渦を巻き、

今にも何かを吐き出しそうに脈動していた。その周囲には教師たちが羽ペンと羊皮紙を手に立ち、

無言で生徒の様子を観察している。


 ライアンは足を止め、無意識に喉を鳴らした。

(……こんなに人間がいるのを見るのは初めてだ。全部の目が俺に刺さってくる……)


 隣で、フィオナが小声で囁く。

 「緊張してる?」


 「……少し」

 答えたライアンの声は思った以上に硬かった。


 その時、正面に立つダリオン先生が一歩前へ出て、朗々と声を響かせた。

 「これより――魔力適性試験を始める。水晶に触れれば、各々の魔力量が光として示されるだろう」


 その言葉に、生徒たちのざわめきが一層大きくなる。

 「金色が最上、青、緑、黄……そして赤が最低だ。赤は魔術師には不向きと判断される」


 ダリオン先生の青い瞳が生徒たちを見渡す。年老いた白髪の頭に戦場の風を思わせる気迫が宿り、

教室全体が静まり返った。


 「さあ、順に名を呼ぶ。――最初は、シグムント」


 その名が告げられると、ざわめきが一段と大きくなった。

 「やっぱり最初はあの人か」

 「貴族の息子だろ、剣も魔法も凄いって噂だ」


 人垣が割れ、灰色の長い髪を後ろで高く束ねた大柄な少年が、堂々と歩み出た。黒い瞳が周囲を

下品に嘲笑いながらなぞり、口元には自信に満ちた笑みが浮かんでいる。


 彼――シグムントは余裕の足取りで水晶の前に立ち、ちらりと後ろを振り返る。

 「よく見てろよ。これが本物の力だ」

 傲慢な声が響き、会場の空気が張りつめた。シグムントは誇らしげに手を差し出し、水晶へと触れる。

次の瞬間――。

 

 水晶玉が太陽のように眩しく金色に輝き、部屋全体が光に包まれた。どよめきが爆発する。

「き、金色だ……!」

「しかもあの強さ……」

「今年一番の大物じゃないか!?」


 教師たちが記録用の羊皮紙に一斉に羽ペンを走らせる。

 「素晴らしい……将来有望な魔術師になる」

 「この年代でここまでとは……」

 

 シグムントは鼻で笑い、両腕を広げるようにして声を張った。

 「ははっ、当然だろう? 俺こそ学院一の才能を持つ者だ。――ひれ伏すのは今のうちだぞ」


 誇示するような金色の輝きに包まれながら、シグムントは会場全体を見下ろしていた。

金色の光が収まり、シグムントは得意げに肩を揺らした。

 

 「ほらな? これが本当の力だ。赤だの黄だのしか出せない奴らとは格が違う」

わざとらしく観客に聞かせるように言い放ち、彼は悠然と列へ戻っていった。

 

 ライアンは喉の奥がひりつくのを感じた。

 (……すごい光だ。あんなの、俺には……)

胸の奥がざらつくように重くなる。

 

 ダリオン先生が次の名を呼んだ。

 「――フィオナ」

 

 名を呼ばれた少女は、少し肩をすくめながらも前へ出た。ライアンは思わず声をかける。

 「……がんばれ」

自分でも驚くほど素直に言葉がこぼれた。

 

 振り返ったフィオナは、小さく笑みを浮かべる。

 「うん、見てて」


 彼女の淡いピンク色の三つ編みが揺れ、水晶玉にそっと手が触れる。

刹那、またも金色の光が弾けた。今度は先ほどより柔らかく、温もりを帯びた光だった。


 「……すごい……」

ライアンの口から思わず声が漏れる。


 教師たちも顔を見合わせ、歓声をあげた。

 「また金色か! 今年は稀に見る豊作だな」

 「いやはや、素晴らしい」

 

 フィオナは照れくさそうに目を伏せ、そっとライアンの視線を探した。

ライアンは慌てて頷き、言葉を詰まらせながら口を開いた。


 「……き、きれいだった。その……光が」

耳まで赤くなっている自分に気付き、心臓が跳ねる。フィオナはふわりと笑い、ささやいた。


 「ありがと」

柔らかな金色がまだ脳裏に残っているうちに、ダリオン先生の声が響いた。


 「――最後に、ライアン」

 

 全ての視線が一斉に突き刺さる。ライアンは硬い足取りで前へ出た。


 (……俺に、光なんて出せるのか……?)

 

 冷たい汗が背筋を伝う。震える指先で水晶玉に触れた。

……瞬間、鈍く弱々しい赤色の光がぽつりと灯り、すぐに消えた。


 静寂。


 ついさっきまでの歓声が嘘のように消え失せ、試験会場が凍りついた。

誰かのくすくす笑いが空気を裂く。続いて、シグムントの嘲りが響いた。


 「なんだよ、それ。せっかく邪魔してくれたから、どれほどの奴かと思えば……

  出来損ないじゃねぇか」

ライアンの肩を指先で突きながら、わざと大声で言い放つ。


 「ははっ、こりゃ魔法の“ま”の字も知らん連中の方がまだマシだな」


 生徒たちの間から、抑えきれない笑いが広がっていく。

 「赤だって……」

 「まさか最低だなんて……」


 ライアンの胸が焼け付くように痛んだ。

 (……出来損ない……? 俺が……?)

拳を握るが、震えは止まらない。


 その時、フィオナが人垣を抜けて、ライアンの隣に立った。


 「やめてよ!」

 澄んだ声が会場を震わせる。

 「魔力量が少ないからって何? ……ライアンは弱くなんかない!」


 シグムントが鼻で笑い、肩をすくめる。

 「へぇ、わざわざ庇うのか? 出来損ないの横に立つより、俺と一緒にいた方がずっといいだろう」

下品な笑みを浮かべ、フィオナへ手を伸ばす。

 

 その瞬間、ライアンの体が前へ出ていた。

 「……やめろ」

 

 低く鋭い声。シグムントの眉がつり上がる。

 「出来損ないが、調子に乗るな!」

 

 胸ぐらを掴み、ぐいと持ち上げた。ライアンは苦しい息の中、覚悟を込めて睨み返す。

そこへ、ダリオン先生の響く声が割り込んだ。


 「そこまでだ!」


 雷のような声に、シグムントは舌打ちしながら手を離す。

 「チッ……次の試験で恥をかかせてやる」

吐き捨てるように言って、列へ戻っていった。

 

 ライアンは掴まれていた胸元をぎゅっと握りしめ、まだ残る熱を感じていた。

呼吸が荒い。心臓が暴れて、耳の奥まで響いてくる。ちらりとフィオナの顔を見やる。彼女の瞳は

まっすぐで、揺らいでいなかった。

 

 (……俺は、出来損ないなんかじゃない。絶対に――証明してやる)



 「――次は剣術の試験に移る」

 ダリオン先生の低い声が、重たい空気を切り裂いた。その瞬間、押し殺されていたざわめきが

再び動き出す。


 「魔術師を志す者は残らず退室してよい。剣を取る意志がある者だけ、残れ」

 

 フィオナが小さく手を振った。

 「ライアン、私……行くね」

 不安げな瞳に、けれど強い光が宿っている。


 「うん」

 ライアンは息を整えて頷いた。

 「……待ってて」

 (――俺は、ここで取り返す)


 会場に残ったのは、剣を選んだ十数名の生徒。壁際には縦棒が何本も立ち並び、その中央に木刀が

用意されていた。ダリオン先生がその一本を軽々と取り上げ、構える。白髪の短髪が光を受けて鋭く

際立ち、鍛え抜かれた筋肉がわずかに躍る。


 「よく見ておけ」

 一息に振り抜くと、縦棒が眩く金色に光った。

 場内から感嘆の声が上がる。

 「金色……!」「先生、やっぱりすげぇ……」

 

 先生は口元に笑みを浮かべた。

 「力の強弱だけじゃない。体の芯から剣に気を通す。それが剣士の基礎だ」

 

 生徒たちの視線が熱を帯びる中、最初に名を呼ばれたのはシグムントだった。

 「シグムント」

 

 灰色の長髪を結い上げた少年が、ゆったりと歩み出る。

 「見せてやるよ」


 木刀を肩に担ぎ、堂々と縦棒の前へ立った。彼の瞳が黒く光り、剣を横に振り抜いた。

縦棒が轟音を立てて金色に輝く。

 

 「すげぇ……魔力も剣も、両方かよ……!」

 「今年は当たり年だな」

 教師たちがざわめき、生徒たちの羨望が飛び交う。

 

 シグムントは顎を上げ、にやりと笑った。

 「魔術師でも剣士でも……俺は選べる。出来損ないには、一生分からねぇ領域だ」

視線は当然のようにライアンへ。


 (……っ!)

 胸の奥に熱い棘が突き刺さる。

 

 次々と生徒が試験を終え、やがてその名が呼ばれる。

 「――ライアン」

 

 フィオナが扉の前から手を振る。

 「がんばって!」


 その声に、緊張で固まっていた肩が少しだけほぐれる。

 (……負けない。俺は――)

 

 ライアンは木刀を握りしめ、縦棒の前へ進んだ。

シグムントの「無駄な足掻きだ」という嘲笑が背中を刺す。深呼吸。目を閉じ、ダリオン先生の

動きを脳裏に描く。体の芯に、何か熱いものを集めるように。


 「……はぁッ!」

 振り下ろした瞬間、縦棒が爆ぜた。轟音と共に破片が飛び散り、白い煙が渦を巻く。

風圧に煽られて、ライアンの前髪が揺れた。


 静寂。


 誰もが言葉を失っている。ライアンは呆然と手元を見下ろした。木刀は、柄しか残っていない。

 (……え? なんで……俺、折ったのか……? いや、壊した? え、これ……俺のせいか!?)

 

 恐る恐る顔を上げると、ダリオン先生が満面の笑みを浮かべていた。

 「見事だ!」

 ダリオン先生がライアンの肩を叩いた。

 「恐ろしいほどの膂力(りょりょく)だ。鍛えれば――学院の剣は、お前にこそ相応しい」

 

 割れんばかりの拍手が湧き上がる。

 「すげぇ!」「棒を壊したぞ!」

 

 フィオナが嬉しそうに叫んだ。

 「ライアン、すごいよ!」

 頬に熱が走る。

 「……あ、ありがとう」

 (出来損ない……なんて言わせない。俺は――!)


 シグムントは舌打ちし、黒い瞳に憎悪を宿して呟いた。

 「調子に乗るなよ……出来損ないの分際で」


 拍手がまだ名残を留めている中、ライアンはようやく木刀を置いた。胸の奥がじんわり温かく、

肩の力が抜ける。

 (……認められた。俺にも、人間としての力があるんだ……)


 隣に駆け寄ってきたフィオナが、ぱっと笑顔を向けてきた。

 「ねぇ、見た? 先生もすごく驚いてたよ!」

 

 緑の瞳が期待に輝いていて、ライアンは思わず視線を逸らした。

 「……ああ。けど、ちょっとやりすぎたかも」


 「ふふ、そんな顔しないの。壊すくらいの力があるって、みんなに見せつけられたんだもん。

  胸を張りなさいよ」

 フィオナはいたずらっぽくウインクする。その無邪気さに、ライアンの頬はまた赤くなった。

その時、ダリオン先生が前に出て、生徒たちへ声を張った。


 「よくやった。今日はここまでだ。試験で力を出し切っただろう。寮に戻って休むがいい。

  明日からが本番だ」

 

 教師から小さな封筒と地図が配られ、生徒たちはそれぞれの寮へ向かう準備を始めた。フィオナが

封筒を胸に抱え、ライアンを見上げる。


 「じゃあ、また明日ね。……楽しみにしてるから」

 「……ああ。僕も」

 短い返事だったが、胸の奥で言葉以上の熱が渦を巻いている。

別れ際、フィオナが小さく手を振る。ライアンは慌てて手を振り返し、足早に自分の寮へ向かう道を

歩き出した。


 (人間の寮……か。知らないことだらけだけど……やってみるしかない。森へ帰るその日まで――

  俺は、ここで強くならなきゃ)


暮れかけた空の下、黒髪の少年の背中は、ほんの少しだけ大きく見えていた。


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