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第12話 初めての感情

 馬車の車輪が石畳を叩き、乾いた音を響かせていた。

 ロニーの隣に座るライアンは、硬くなった背筋をわずかに震わせながら、車窓に張り付くように

外を見ていた。森しか知らなかった自分の目に、広がるのは見慣れぬ景色。街の外れを抜け、緩やかな

丘を越えると、ついにそれは姿を現した。


 ――ヴァルグランデ学院。


 森の木々を背に、空に溶け込むほど高い尖塔。厚い石の壁が四方を囲み、門扉の向こうには広大な

城の全貌が見えた。剣と魔法を学ぶため、王国中から若者が集う場所。寮も整い、遠方の者も安心して

暮らせるという。

 

 初めて目にするその巨大な建物に、ライアンの喉がごくりと鳴った。

 (……こんなとこで、俺はやっていけるのか?)


 馬車が門の前で止まると、ロニーが先に降りて手を差し伸べた。

 「ほら、ライアン。着いたぞ」


 ライアンは硬い靴底を石畳に下ろし、そびえる門を見上げた。

 (……でけぇ……! なんだよ、あんな建物……俺の森じゃ見たことねぇ)


 胸の奥で声が荒ぶる。体が自然に緊張で固くなる。背後で荷物を降ろし終えたロニーが、軽く息を

吐いた。青い髪が風に揺れ、黄色の瞳が柔らかく細められる。

 「じゃあ、ここからは一人だな。荷物は俺が寮に届けておく。週末になったら迎えに来るから、

  心配するな」


 「……ロニー」

 思わず呼びかけると、胸の奥の不安が零れ出しそうになった。


 ロニーはそんな表情を見抜いたかのように、肩に手を置いた。

 「大丈夫だ。お前はもう、人間の言葉を身に着けた。臆するな。……ああ、それと」

 声を低め、耳元に囁く。

 「時間があったら、学院の図書館に寄れ。『エルデア王国物語』って本を探してみろ。

  きっと、お前にとって意味のある話だ」


 「エルデア……?」

 聞き慣れない名を復唱し、ライアンは眉をひそめた。


 だがロニーは答えず、ただ優しく頭を撫でてから、馬車に戻った。荷台が軋み、車輪が回る。

振り返った時にはもう、青い背中は遠ざかっていた。


 (……一人、か)

 心臓が胸を叩く。けれど、足を止めるわけにはいかない。

 (人間界で……強く生きる。いつか森に戻る、その時まで……)

 深呼吸をして、門をくぐった。


 石畳の道を進むと、開けた広場が現れる。左右に噴水、奥には巨大な石造りの校舎。制服姿の

学生たちがあちこちに集まり、談笑し、笑い、時にぶつかり合っている。人間の数――その多さに、

ライアンは思わず足を止めた。


 (……こんなに……人間って、いるんだ……)

 喉が渇き、胸が縮む。


 その時、甲高い声が響いた。

 「やめて……っ!」


 視線を向けると、広場の片隅で、一人の小柄な少女が三人の男子に囲まれていた。

腕を掴まれているその小柄な少女は、淡いピンクの髪を三つ編みにして背に垂らし、緑の瞳には

涙が滲んでいた。一方、掴んでいるのは大柄な男子。灰色の長い髪を高く結び、黒い目は下卑た笑みを

浮かべている。


「ちょっとくらい付き合えよ。いいだろ?」

「嫌です……!」

 男子たちは下品に笑い、さらに少女に迫った。


 ライアンは足を止めた。

 (……なんだ、あれ……? )


 頭の奥で、声が響いた。父の低い声。母の温かな声。

 (......助けてやれ......)


 ライアンは一瞬戸惑った。しかし、思考が働く前に、足が勝手に動いた。

 少女の腕を掴む大男に歩み寄り、ライアンはその手首をがしりと握った。


「……離せ」

 短い言葉。だが声は低く鋭く、広場に響いた。


 大男が顔を歪める。

「なんだてめぇ……邪魔すんな!」

 仲間に顎をしゃくり、二人の男子がライアンに近づく。


 ライアンは深紅の瞳を細め、三人を睨み据えた。その眼差しは鋭く、まるで獣の威嚇のようだ。

空気が張り詰め、男子たちの動きが止まる。その威圧感に、三人の顔が蒼白になった。


 「……チッ、つまんねえ」

 悪態をつきながら、少女の腕を放し、背を向けた。


 取り残されたのは、ライアンと小柄な少女。胸に手を当て、荒い呼吸を整えている。怯えの色が

消えきらぬ瞳の奥に、それでも負けまいとする光が揺れていた。


 「……ありがとう。助けてくれて」

 緑の瞳が潤んで、まっすぐライアンを射抜く。


 その一言に、ライアンの胸が強く跳ねた。

 (……っ、何だ、この感じ……ロニーでも、あの女でもない……初めての声だ)


 「……あ、えっと……僕、ライアン」

 慌てて口を開き、拙く自己紹介をする。声が少し上ずっているのが自分でも分かった。


 少女は安堵したように微笑み、スカートの裾を軽く摘んで頭を下げた。

 「私はフィオナ。よろしくね、ライアン」


 胸の奥で、また違和感が広がる。けれど、嫌なものじゃなかった。

 その時――。


 「おーい、新入生諸君!」


 広場のざわめきを切り裂くように、大きな声が響いた。壇上に立っていたのは、白い短髪の男。

年齢はそれなりに重ねているように見えるが、引き締まった体には無駄がなく、まるで幾つもの戦場を

駆け抜けてきた剣士のようだった。


 青い瞳は鋭く、それでいて明るさを宿し、顔には揺るぎない自信が刻まれている。

 「私はダリオン! これから君たちを導く教師のひとりだ!」

堂々とした声が、広場を圧した。


 ライアンは思わず背筋を伸ばす。

 (……こいつ、ただの教師じゃねぇ。俺より強そう……)


 ダリオンは視線をゆっくりと学生たちへ巡らせ、口角を上げた。

 「さて――この学院では、剣士か魔術師か、それぞれの資質を見極める必要がある。これから

  “クラス分け試験”を行う。城内の試験場に移動しろ。臆することはない、全員が挑戦者だ!」


 (クラス分け試験……? なんだそれは)

 ライアンが眉をひそめていると、横からフィオナが小声で囁いた。


 「……やっぱり緊張するよね。私もすごくドキドキしてる。でも……なんだか楽しみでもあるんだ。

  自分がどっちに向いてるのか、やっと分かるから」


 「剣と魔法か……」

 (俺は……森でずっと体を動かして生きてきた。だったら――剣の方が向いてる、のか?)

 口には出さなかったが、そう考えると胸の奥で妙な高揚感が芽生えた。

 

 フィオナは緑の瞳を輝かせ、微笑んだ。

 「ライアンなら、きっと剣の方だと思う。さっき助けてくれた時……すごく強そうだったから」


 「……そ、そうかな」

 頬を赤くしながら、耳の後ろを掻いた。落ち着かない手の動きが、気持ちを誤魔化しているようだ。

 

 フィオナは胸に小さな手を当て、少し得意げに言った。

 「私はね、治癒魔法を学びたいの。傷ついた人を助けられるようになりたいから」


 そこで、ライアンの顔をじっと覗き込み、わざと間を取って唇を尖らせる。

 「――ライアンが怪我したら、私が治してあ・げ・る」


 「……っ!」

 ライアンは一瞬で耳まで真っ赤になり、慌てて視線を逸らした。胸の奥が妙に熱く、息が浅くなる。

 (な、なんだよこれ……変な感じがする……! 俺、どうしたんだよ……!)


 フィオナはその様子を楽しむように、口元を押さえて小さく笑った。


 「……あ、ありがとう」

 かすれた声でそう返すのが精一杯だった。


 フィオナはくすりと笑い、三つ編みを軽く揺らした。

「じゃあ、頑張ろうね。二人とも、いいクラスに入れますように」

その笑顔に釣られて、ライアンも小さく頷いた。胸の奥の鼓動が落ち着かないまま、二人は並んで

試験会場へ歩き出した。

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