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第1話 地下の檻

 冷たい石の床。湿った空気が肺を重くし、鉄の匂いが鼻を突いた。

黒髪の少年はぐったりと座り込み、ゆっくりと瞼を開いた。

薄暗い。


 松明が壁に数本かけられているだけで、光は乏しい。橙の炎が揺らぎ、影を不気味に踊らせている。

 目の前には冷たい鉄格子。重々しい存在感が、自分が檻に囚われていることを突きつけてきた。

(……ここは……どこだ……?)

 思考が靄の中を漂う。だがすぐに、断片的な記憶がよみがえった。

 

――森。

 太陽の木漏れ日。鳥たちの囀り。

大きな手で髪を撫でてくれるのは、血のつながりこそないが、彼にとって確かな「母」――優しいゴリラだった。

隣では、父代わりの狼が鋭い牙をのぞかせながらも、穏やかに笑っている。

その温もりの中で、少年は何の不安もなく眠り、走り、笑っていた。

「立派に生えたな。お前の髪は……森そのものだ」

 かつて父が言った声がよみがえる。


「森?」

 幼い少年が問い返すと、父の狼は鼻を鳴らし、低く笑った。

「長く伸びる髪は、仲間と共に過ごした時の証だ。母に撫でられたことも、俺が噛んで遊んだことも、全部そこに染み込んでいる。髪を切るというのは、思い出を断ち切ることだ。だから――」


「だから、大事にしろってこと?」


「そうだ。お前は獣の子だ。獣は誇りを毛に宿す。髪を奪われることは、心を奪われるのと同じだ」

 母のゴリラがその言葉に頷くように喉を鳴らし、大きな手で髪を梳いた温もりまで蘇る。

 ……その穏やかな日々を。


 突如現れた二本足で歩く生き物が壊した。

 長い筒を持ち、大きな音とともに丸い物を放ち、仲間の獣たちを次々と撃ち倒していく。

 悲鳴。倒れる影。血の匂い。

 少年は叫び、突進した。拳を叩き込み、一人を倒した――そう思った刹那。

 首筋に鋭い痛み。何かが突き刺さり、全身の力が抜けていった。

 視界が闇に沈む中、母と父が必死に自分を呼ぶ声が耳に焼き付いていた。

(……俺は……捕らえられたのか……)

 胸の奥が焼けるように痛んだ。


 ――コツ、コツ、と規則正しい足音が近づく。

鉄格子の向こうに二つの影が現れた。

ひとりは金の長い髪を背に流した女。豪奢な衣を纏い、手には教鞭。口元には余裕と冷酷さの笑み。

もうひとりは鮮やかな青髪の青年。高身長で細身、沈んだ表情の影が顔に落ちている。

女は檻を見下ろし、甘やかに言った。

「目が覚めているのね。よろしいわ」


「ガァァッ!」

少年は咆哮を上げ、鉄格子に飛びついた。赤い瞳をぎらつかせ、柵を揺さぶる。


 女は冷たい笑みを深める。

「獣そのものね。野蛮で、無様」

 視線を青髪の青年へ向けた。

「どうすれば、こんな獣を従順にできるか……わかる?」


「……令嬢様」青年は低く答えた。「方法はございますが――」

「ええ、簡単なこと」女が言葉を遮る。


「三日間、食事を与えなければいい。飢えは心を折る。暴れ馬だって餓えには勝てないわ」

 少年には意味が理解できない。ただ女の声音から、良からぬことを告げられているのは

 直感でわかった。


 女は続ける。

「三日後、様子を見に来ましょう。……楽しみね」

踵を返し、去っていく。

青年も従うように姿を消した。


 夜。

 腹が鳴った。鋭い痛みが胃を刺し、体は次第に重くなる。

 水も食べ物もない。孤独と飢えが心を蝕む。

(……なぜだ……どうして……何も……)

震える体を支えるように、少年は自分の髪を掴んだ。

お尻まで無造作に伸びた黒髪を胸の前に引き寄せ、腕や首に巻きつける。

その長い髪に鼻を埋めると、母の腕の温もりや、父の毛並みの匂いが微かに蘇る気がした。

(……そうだ……この髪には……あの森が……家族が……残っている……)


 ぎゅっと体に巻きつけ、心を必死に繋ぎ止める。

目を閉じれば、母の大きな手が撫でてくれた重み、父の声が「誇りだ」と教えた響きが胸を

満たしていった。

(……俺は……帰る。必ず……森へ……)

 その誓いだけが、彼を繋ぎ止めた。


 三日が経った。


 黒髪の少年は、牢の片隅で力なくうずくまっていた。

腹は鳴り続け、手足は痺れるように重い。喉も乾き、頭の奥がぐらぐら揺れている。

それでも、燃えるような赤い瞳だけは消えず、鉄格子を睨み続けていた。

その時、足音が響く。


 カツ、カツ、と硬い靴音。冷気を伴うような足取りで近づいてくる。

檻の前に立ったのは金髪の女――令嬢だった。

彼女は鉄格子越しに静かに視線を落とすと、片手を伸ばし、少年の顔を覆う長い前髪を無造作に

つかんで持ち上げた。

衰弱していてもなお鋭い赤い瞳が露わになる。


「……まあ。やはり、顔立ちは悪くないのね」

令嬢はわずかに微笑むと、もう片方の白い手で少年の頬をなぞった。指先が頬の柔らかさを確かめるように動き、冷ややかな愛情を滲ませる。

「これほど可愛らしい顔を、獣じみた髪と装いで覆ってしまうなんて……本当に、もったいない子」

少年は赤い瞳を細め、低く唸り声を上げる。拒絶の声。

しかし、令嬢は楽しげに口元を緩めるだけだった。


――やめろ!そこは、母さんがいつも撫でてくれた大事な髪だ!

心の奥で叫んだ。だが口から漏れるのは、かすれた唸り声だけ。

指に引かれて頭皮が痛む。髪を雑に扱われる感覚が、胸の奥の記憶を踏みにじるようで、喉の奥から

怒りがせり上がった。


「この乱れた髪も、獣のような匂いも、もう必要ないの。私が綺麗に整えてあげる。服も食事も言葉も、全部人間のものを与えるわ。そうして初めて――あなたは、私の望む少年に育つのだから」

檻の中の空気が凍りついたように感じた。


 少年は言葉の意味をすべて理解してはいなかったが、その声音に潜む「強制」と「支配」の気配を本能で悟った。背筋を冷たいものが走り、胸の奥から怒りが噴き出す。

それでも令嬢は構わず、ゆっくり手を放し、背筋を伸ばした。

振り返り、背後で控える青髪の青年に命じる。


「ロニー。この子の髪を切りなさい。獣の影を、一片たりとも残さぬように」

ロニーと呼ばれた青髪の使用人の眉がわずかに動く。

「……令嬢様……」ロニーは苦い表情で答えた。

 「今すぐに」

 令嬢はそれだけ告げ、別室へと姿を消した。


 鉄扉が軋み、ロニーは檻の中に足を踏み入れる。

 直感で危機を悟った黒髪の少年は、最後の力で飛びかかった。

「ガァァッ!」

 しかし、腕を掴まれ、床に投げ倒される。

 冷たい金属の輪が、手首と足首に嵌められ、鎖で床に固定された。


「ハァッ……ガルル……!」

 少年は必死に暴れ、獣のように吠えた。

 ロニーは鞄から鋏を取り出す。

 光を反射する銀の刃が、少年の黒髪へ伸びていく。

 躊躇があった。

 ロニーの指が震え、一度は刃を止める。

 それでも命令には逆らえない。

 彼はゆっくりと、一束だけ髪を掴み取った。


「……すまない」

 小さな声が落ちる。

 鋏の刃が開かれ、黒い髪の束へと押し当てられた。

 少年の心臓が激しく打つ。赤い瞳に怒りと恐怖が宿る。

(やめろ……! それは……俺の……大事な物だ……!)

 閉じられた鋏の音が、地下牢に響いた。

 ――刃はまだ髪を噛んだばかり。

 だが確実に、少年の象徴が断ち切られようとしていた。

 次の瞬間を予感させる緊張が、牢全体を覆った。


皆さん、初めまして!

ルディと言います。

初めて小説を書いてみました。

拙い部分は多々あると思いますが、僕の物語を読んで何か感じられたら幸いです。

これは日々の圧力で押し潰されそうになった人に捧げる物語です。

どうぞ気軽に感想を書いてください♪

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最初から最後までドキドキが止まりませんでした!最初の牢屋の描写からもう空気が重たくて、読んでる自分まで息苦しくなる感じがしました。少年の赤い瞳や、髪に込められた「森と家族の思い出」の描写がすごく印象的…
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