限りなく空白
布団の中は、ぬくもりと静けさで満ちていた。
外では虫の声がかすかに鳴っている。
枕は少し冷たくて、目を閉じればすぐ眠れそうだった。
いつもの夜だった。
そう、ただの夜のはずだった。
なのに、ふと考えてしまった。
ほんのわずかな隙間から、ひとつの思考が流れ込んできた。
「宇宙って、どこまで続いてるんだろう」
それは、何気ない疑問だった。
教科書に書いてあったこと。ニュースで誰かが言っていたこと。
けれど、その瞬間、何かが開いてしまった。
頭の奥が、ざわっと音を立てる。
「終わりって、あるのかな」
そう思った時には、もう戻れなかった。
考えれば考えるほど、世界は広がっていく。
上へ、上へ、外へ、外へ。
空のその先。星のその先。
果てがない。
終わりが、ない。
「ずっと、続いてる……?」
視界は閉じているはずなのに、まぶたの裏に見えてくる。
黒くて、深くて、どこまでも広がっている、何か。
それはもう「空間」ではない。
ただ、「終わらない感じ」だけが、そこにある。
ずっと歩いていても終わらない廊下。
ずっと落ち続ける穴。
ずっと聞こえ続ける無音。
ずっと終わらない「今」。
眠ろうとしていたのに、眠れない。
心が、ぞわぞわとする。
呼吸が少し速くなる。
喉の奥が、ふさがるような感じ。
「怖い」というより、「止まらない」という感覚。
「もし……死んでも、終わらなかったら?」
そこからが、いちばんいけない領域だった。
死んだら、終わる。
眠るように、消えていく。
そう信じていたのに。
でも、もし、「終わらない死」があったとしたら。
何も感じないまま、永遠を過ごさなきゃいけないとしたら。
「終わらない無」と、「終わらない意識のない時間」。
「永遠」という言葉が、あまりに静かで、あまりに重たくて、
その無音が、自分の鼓膜を押しつぶしてくるようだった。
苦しい。
なぜこんなことを考えたのだろう。
やめたいのに、やめられない。
止めようとすればするほど、そこに引きずり込まれていく。
時計の音が聞こえる。
カチ、カチ。
でもそれも、なんだか嘘みたいだった。
それすら、「ずっと」鳴り続けるものの一部に感じられてしまう。
「お願い、助けて」
声にはならなかった。
助けを呼ぶ相手もいなかった。
隣の部屋には家族がいたけれど、この恐怖は言葉にできない。
もし言ったところで、笑われるだけだろう。
「変なこと考えるからだよ」って。
でも、それが「変なこと」だと思えなくなるのが、この恐怖の底だ。
「終わりがあるって、誰か言って」
自分でも意味がわからない。
けれどそれが、唯一の願いだった。
眠ろうとしていたのに、今はただ、
「終わってほしい」と祈っている。
この思考が、いつか尽きるように。
この感覚が、どこかで切れてくれるように。
でもそれすら、「どこまでも続いていく気がする」から、
だから怖くてたまらなかった。
目を開けても、閉じても、
その「無限」のかけらは、部屋の隅っこにずっといた。
それは音を立てず、姿もなく、ただ存在だけをちらつかせていた。
まるで、「おまえが眠ったとしても、わたしはここにいるよ」とでも言うように。
彼女は、布団の中で震えた。
誰にも届かない、誰にも理解されない恐怖。
形のない、終わらない、ずっとそこにある「何か」。
ただ、それだけが、この夜の中に、確かに在った。