硝子窓が割れた
⚠︎本書は殺人や私刑を推奨したものではありません。
続く揺れが止まり、途端に鈍い音がする。劈くような金属音が読書の終わりを告げる。
「──ついたな」
最寄駅に到着したみたいだ。
機械音のけたたましさと共にドアが開く。無骨な車掌の声に急かされて、俺は電車を降りる。振り返るよりも速く、ブレーキの緩解音を鳴らすと共に、鉄の箱は走り去っていった。
一度リュックを下ろして本をしまう。瞼の重い朝、本なんて読めたものではない。ただ、今日はスッキリ読書ができた。
「今日は調子がいいな!あそこのサンドイッチでも食べてから学校に行こう」まだ時間にも余裕がある。
喫茶店ネメシスについた。古風なデザインの内装に、焙煎されたコーヒー豆のいい香り。路地の裏、その上この暗がりのせいなのか、商店街の外れに位置するこの店はあまり人気がない。故にここでのひとときは心地よかった。
「すみません。サンドイッチとマキアート…?を一つずつ」
ここのマスターは無口だけど、料理の腕はすこぶるいい。そして今日は…ちょっとだけ大人の階段を登ってみようと思ったんだ。もっとも、ブラックみたいな苦いのは飲めたものじゃない。だから、ネットで甘いコーヒーを調べてきたのさ。マキアートにラッテ…俺にとってこれ以上おしゃれな言葉はないね。
待っている間に本の続きを読むことにした。
"そして誰もいなくなった"
アガサの本はどれも名著だけど、中でもこの本は一番好きだ。文字だけの本から映像が紡ぎ出される。張り巡らされた伏線、序盤、中盤、終盤に隙がない。──まるで将棋だな?登場人物は皆、生きているようだった。架空の存在ではなく、筆者が作り出した虚像でもなく、彼らは彼らの世界を持っている。そんな彼らの死には一切の余念がない。添削することはできないのだ。ミステリとしても、単純な小説としても。この本の右に並ぶものはないと俺は思っているよ。
そうこうしている内に、頼んだ品が届き始める。生まれて初めて飲む珈琲はまったく苦くなかった。"どうやら俺は、自分が思っている以上に大人になっていたらしい"年甲斐もなくそう思った。マキアートは美味しかった。苦くはない、寧ろ甘いくらいだ。
そして、本命がやってくる。ここのサンドイッチは絶品だ!落ち着いた店内とは対照的なカツサンド、特製のソースがよく絡んだそれは、しがない貧乏学生の財布事情的には辛い値段だった。それでも、払う価値がある。肉厚でジューシー、挟んであるレタスとの相性は抜群だった。
朝ごはんを食べていなかったからなのか、あっという間に食べてしまった。時間的にもまだ余裕があるし、もう少し遠回りしよう。
商店街を東に行くと公園がある。閑静な住宅街の真ん中にあるそれは、手入れの行き届いた綺麗な場所だ。ここのベンチでくつろぐのも好きだった。
ベンチに座っていると、鳩が寄ってくる。近所のお婆さんがパン屑をあげているのをよく見かけていたから、この鳥どもが何を期待しているのかもなんとなく察しがつく。
「あっちいけ!何も持ってないやい!」
鳩の群れも諦めがついたのか、その場をさり飛び去っていった。いたたまれない気持ちにさせられた俺は少し公園を散歩してみることにした。
砂場の前に何か落ちている。近づいてみると、それが蝶だということが分かった。無学な俺ではなんの蝶なのか、そもそも蝶なのかすら分からないけど…
──見たところ、"それの羽は折られていた"
──上からボールが落ちてくる。くしゃくしゃと痛む手で必死にラケットを振る。先輩は僕をみて楽しそうだった。僕は楽しくない。
目の前をちょうが飛んでいる。僕はそれを叩き落とした。ラケットで、無意識に。背中に罪の意識がひた走る。恐る恐る潰れたそれを見る。ちょうは中途半端に羽を開いたまま動きを失っていた。
"僕は彼らと同じだ"
──朦朧とする意識を何とか保つ。例の薬を飲んで動悸を抑える。そして、逃げるようにその場を後にした。
学校前の道には桜並木が植えられている。でも、流石にもう、花を咲かせてはいなかった。
「今年も見逃しちゃったな…」
次はいつ、桜の花を見られるのだろう?
──桜並木の向こう側には小高い山がある。あそこには放課後よく登ったんだっけ。見晴らしがいいし、とても落ち着く。
僕にとって彼らは、とてもちっぽけで取るに足らない。学校を見下ろせるあの場所は、そう、僕に勇気を与えてくれていた。
──帰り道、僕は電車の音に耐えられなかった。
夜遅くの図書館。へし折られそうになった腕で、宙まう水筒をようやく取り戻せた僕は、帰り道につく。──今回も、テストの点数が良くなかった。
「努力してないからそうなるんだ」「この怠け者」
「縺雁燕縺ョ縺励◆邨碁ィ薙?隱ー繧ゅ′縺励※縺?k」
「謌第?縺励m縲√◎繧薙↑逅?罰縺ァ蟄ヲ譬。繧剃シ代?縺ョ縺ッ險ア縺輔↑縺」
僕にとって家は、安寧の地じゃない。
夜、灯に照らされた駅のホームは、輝いていた。吸い込まれそうなほど…きれいだった。
生まれつき身体の弱かった俺は、正面からじゃあ誰にも敵わなかった。そして、一番身近な大人ですら味方をしてくれない。それは、僕にとって…俺にとって、残酷な現実を突きつけてくる。どれだけ願っても、時間は巻き戻らないのだから。
僕は懸命に悩み、──そして決断した。
「残り時間まで10分もない。急がないと…」
曇りがかった空の下、僕は学校にやってきた。ここまではいつも通り…でも今日は少し違うのさ。
久しぶりに教室に行こうと思ってるんだ。別に合わせたい顔がいるとか…そんなんじゃあないけどね。
ここでの思い出は何もない。いや、何も覚えていない。だけれども、何故今日、ここにいるのかは分かる。
倒れそうなまでの動悸、暑くないのに吹き出る汗。目の前がチカチカと点滅する。震える手、蘇る苦い記憶。それも今日までだった。動かない脚を引きずって、階段を登る。
教室に入ると、目線が集中する。
それは好奇、玩具を取り戻せた幸福、多少の無関心と驚き、そして小さじ1杯分くらいの心配で構成されていた。
先生が何か言っているみたいだけれども、俺には聞こえない。
「時間がない。」
急足で、窓際の席へ向かう。
そこには奴がいた。ケタケタと薄汚い嘲笑を向け、罵詈雑言を浴びせてくる。
教室からも、悪意のこもった歓声が沸く。
徐に鞄を机に置き、時間がやってくる。カチカチとなっていた音がやむ。どうやら正常に動作したようで、俺は胸を撫で下ろした。最期に見たのは、うんざりするほどの赤。そして、
──硝子窓が割れた──
いじめをテーマにした短編です。
私自身よく覚えていないこともあって少しマイルドになっているので、そこまでグロくはないです。
主人公であるSは復讐を決断したのですが、私は出来ませんでした…その勇気はなかったですから。
さて、復讐に対しての私見は、宗教や文化ごとに異なります。仏教や、キリスト教は概ね復讐を禁止していますが、イスラームや儒教では、それを肯定、ないしは推進しているものもあります。
要するに、復讐が道徳的にどう問題があるのかなんて、誰も決められやしないのです。(もっとも、日本において私刑は禁じられているのでやめましょう)
個人的にいじめは、癌と同じで早期解決が肝要だと考えています。それも、加害者と被害者の両者を更生させないといけないと思うのです。いじめとは、動物に本来備わった種を安定させるために、異なる個体を排除しようとする本能です。やっている側は気持ちよくて当たり前だし、やられた側も傷つくように出来ています。
それらはある種の不可抗力ですが、それで諦めてしまっていては畜生と何ら変わりません。人間が、本当に人間であるのならば、教育を施すことで、彼らを律しなければならないはずです。無論、それでも無理な場合は加害者を罰するべきだとも思いますがね。
小泉メアリー名義では、こういった短編をジャンル問わず出すつもりです。あと初心者なので、お手柔らかによろしくお願いします。