僻地⑦
俺は、長くもあり短くもある思索の末に悟った。これ以上、逃げ回ることに意味はない。
村へ向かい、住民たちの思考を少しずつ操作して潜伏するという手も考えたが、すでに遅い。フィンを含む使徒たちが、ほぼ全戦力を挙げて追跡に動いている今、逃走など夢物語でしかない。
たとえ運よく逃げ延びたとしても、この異世界で新たな脅威と出会う可能性は消えず、俺は永遠に“王”という肩書から逃げ続けることになる。それは、あまりにも割に合わない。
……だが、一人で過ごした時間には、それなりに満足していた。静寂と自由。たったそれだけのことが、あの世界では得られなかったのだから。
そろそろ潮時か──。
自分にそう言い聞かせ、俺は近くにあった大きな岩に腰を下ろし、彼らの到着を待つことにした。
それから、体感で十分ほどが経った頃だろうか。
風一つ揺らさず、砂塵すら巻き上げず、空から舞い降りる影が視界に映った。
それは、黄金の光を纏った四騎の使徒たち──サーシャ、ルーク、ヒュー、そしてフィン。神話の軍勢さながらの陣形を組み、静かに、だが確実に、俺の元へと近づいてくる。
空中で滑らかに姿勢を変えながら、先頭に立つルークが最初に着地し、すぐさま片膝をついて跪いた。その動きがあまりにも儀礼的で完璧すぎて、一瞬、彼の口から発せられた言葉が頭に入ってこなかった。
「──王よ。我ら一同、お探し申し上げました。御供もつけず、いずこへと向かわれていたのですか?」
黙ったままの俺を見て、ルークはさらに深く頭を垂れ、独自に解釈を続ける。
「ご回答なきは、我らの忠誠が未だ足りぬという証。さらなる精進を誓いますゆえ、どうか、まずは城へお戻りください。このような穢れた地に、王のお身体を置かれることなど、許されはしませぬ」
訂正しようとして口を開きかけたが──それが致命的な不誠実さを晒すだけだと気づき、俺は言葉を飲み込んだ。
「王」という誤解を正すより、威厳を守ることを選ぶ。もはや、それがこの世界で生き延びる術でもあるのだから。
「……そうだな」
かすかに気だるげな声でそう呟いた瞬間、使徒たちは一斉に立ち上がり、まるで神の馬が牽くかのような黄金のチャリオットへと俺を導いた。
乗り込むというより、もはや運ばれるようにして座席に収められた俺は、ゆっくりと天へと浮かび上がる車輪の感触を背に受けながら、ふと思った。
──もし、あのとき「戻りたくない」と言っていたら?
それでもきっと、彼らは俺を力ずくで連れ帰ったのではないか──と。
だが、その考えはすぐに頭の中からかき消した。
それを想像したところで、何かが変わるわけでもない。
ただ、チャリオットの揺れだけが、俺の意志を慰めるように静かに続いていた。
チャリオットが雲を突き抜けていく中、俺はただ、遠ざかっていく地上をぼんやりと眺めていた。
誰もが忠誠を口にし、誰もが俺を「王」と呼ぶ。
だが、その“王”という仮面の奥にある本当の自分が、いつまで持ちこたえられるのか──
風を切る音に紛れて、そんな不安だけが静かに胸を満たしていった。