僻地⑤
どれほど飛んだのか、もう見当もつかない。
翼を得たことが嬉しすぎて、速度も方向も気にせず、夢中で空を翔けていた気がする。
その時——
それまで何をしても晴れなかった霧が、一瞬で消えた。
視界の先には、陽光を反射して煌めく海原が、果てしなく広がっていた。
思わず羽ばたきを止め、宙に浮かんだまま、息を飲む。
「……なんて、綺麗なんだ」
本当に心を打つ美しさに出会ったとき、人は多くを語れなくなる。
ただ一言、「美しい」としか、言えなくなるのだ。
それが真実なのだと、今ならわかる。
目を凝らすと、遠くに陸地が見える。
報告にあった村かとも思ったが、気配が違う。
遠征隊の痕跡も、使徒たちの存在も感じられない。
おそらく、これは別の大陸。
……このまま飛び続けることもできる。だが、不思議と地に足をつけたくなった。
俺は方向を変え、その大地を目指して降下を開始した。
地面に足を着いた瞬間、奇妙なほどの安堵感に包まれた。
やはり、人間だった頃の感覚が残っているのかもしれない。
いや、きっと——
俺の本当の魂は、今でも「人間」なのだろう。
あたり一面に広がるのは、風が草を撫でる音しか響かない、静かな草原だった。
その穏やかさに身を委ねたい衝動もあったが……ここは、もう俺の“ホーム”ではない。
警戒して進むのが、この世界で生きる者の常だ。
まずは索敵。そして変装。できれば移動手段も確保したい。
だが、俺は探索系統のスキルに特化していない。
神話級の魔法は使用不可だが、マスタークラスまでは問題ない。
装備もすべてネームド。
探知されても即座に対応できる。
宝物庫は天空城の王座からしか開けず、今の手持ちアイテムでは十分とは言いがたい。
ここはMPを惜しまず、魔法を行使するしかないか。
もっとも、俺は効率厨ゆえに、詠唱省略系のアイテムは基本使う主義だが、どうせ同じMPを使うなら、詠唱ありで最大効果を発動させたい。ゲーム時代、詠唱シーンをスキップせずに見続けた俺には、あの呪文が染み付いている。
その言葉が、自然と口をついて出た。
「闇を裂きて、光も影も映す千の瞳よ。
封ぜられし扉を見開き、時の層を穿て。
我が魂を媒となし、万象を映す鏡たれ——
《サウザンド・サイト》」
発動。
索敵範囲は半径10キロ。
魔力源、生体反応、構造物、罠、転移門……そのすべてが、俺の視界に“視認”された。
さらに精神干渉耐性付き。
完全看破は無理だが、干渉の兆候さえあれば検知はできる。
この魔法の唯一のリスクは、精神力が低い者が使うと、
現実と視覚情報のズレにより、狂気に呑まれるという点だ。
だが——俺の精神耐性はすでにカンストしている。
そんなデメリット、存在しないに等しい。
……これが、“視認”の力か。
見える。
地の下も、空の彼方も、この身を中心にすべてが透けて見える。
「くっ、くくく……っ、ははっ……はははははははは!!」
全能感というやつに、身を任せて笑いがこぼれた。
ああ、やっぱり——俺、この世界じゃかなりの“バグキャラ”だな。
天空城もある。
最悪、帰ろうと思えばいつでも帰れる。
そう、俺……最強じゃね?
さて。
9キロ先に村を発見。
魔物も、精神干渉もなし。
見えるのは村人らしき存在と、動物たちのみ。
安全圏、確保。
あとは移動手段——
視認した村人に変装して、馬か何かをチャームで手懐ければいい。
……そう考えた瞬間だった。
身体中に走る、猛烈な“違和感”。
誰かが——俺を探知した。
反射的に防御魔法を展開。
前衛型のタンクを召喚し、部下たちを転移で呼び寄せ、即座に戦闘態勢へ——
その矢先。
チャネルが開かれた。
俺はすぐに、すべてを悟る。
——《ワールド・アカシックサーチ》。
フィンか。
味方の魔法だったと理解し、安堵する。
が、同時に察した。
今ので、居場所が完全にバレた。
使徒たちも、すでに動き出している。
チャネル履歴を確認すると、ノエルたちへルークが情報を送信済み。
遠征隊は天空城へと帰還。
そして……使徒たち全員が、一斉に動き出した。
このまま逃げ切れるか?
移動系特化型や探索特化型の使徒たち。
そして、その配下たちが跋扈するこの世界で——
俺は、どこまで生き延びられる?
感想ほしい.........dす